実務文書の文章法
目次
- 序章 この本について
- 0-1. 何を扱う本か
- 0-2. 最初に伝えたい一点
- 0-3. 本書の構成
- 0-4. お手本と例文の約束
- 0-5. 本書自身の文体について
- 1.どの類型か(ここを間違えると全部ぶれる)
- 2.文末
- 3.時間(予測文書)
- 4.接続(段落の頭)
- 5.数量の語(ここは誤読が起きやすい)
- 6.書き出しと構成
- 7.出す前に見る五つ
- 第1章 あなたが書く文書はどれか
- 1-1. 文体を決める三つの変数
- 1-2. 五つの類型
- 1-3. 設計文書には二つの顔がある
- 1-4. 聴取文書には二つの型がある
- 1-5. まず類型を確定させる
- 1-6. 主体が消えることの意味
- 第2章 名詞化
- 2-1. 動詞で書けることを名詞にする
- 2-2. 機能動詞
- 2-3. 名詞化の過剰
- 第3章 文末の様相
- 3-1. 確信度の階梯
- 3-2. ④と⑤の違い
- 3-3. ③と⑥の非対称
- 3-4. ⑦の特殊性
- 3-5. 避けたい組み合わせ
- 第4章 体言止め ―― 言明の種類を宣言する
- 4-1. もう一つの軸
- 4-2. 「もの。」の正しい範囲
- 4-3. 体言止めにできない言明がある
- 第5章 程度と数量の目盛り
- 5-1. 量の定義が消えた文体
- 5-2. 「程度」ではなく「定義」である
- 5-3. 「緩やかに」と「徐々に」は答えている問いが違う
- 5-4. 数量の量詞 ―― 「数」「複数」「多数」
- 5-5. 幅としての数量 ―― 「ほぼ」「おおよそ」「程度」
- 第6章 時間の分節
- 6-1. 「今」が消える
- 6-2. 三つの層は時間の層であって、シナリオではない
- 6-3. 三つの層を混ぜない
- 6-4. 基準時点を書く
- 6-5. 過去の分節
- 6-6. 計画文書では、時間層を計画期間に置き換える
- 6-7. 条件付きの未来
- 第7章 文の構造 ―― 主語はどこへ消えるのか
- 7-1. 主語が消える三つの仕組み
- 7-2. 受動態 ―― 使ってよい場合と、記録の放棄になる場合
- 7-3. 名詞述語と「〜としている」
- 7-4. 挿入句の層構造
- 7-5. 一文の長さ
- 第8章 三つの様相
- 8-1. 「認識的」「義務的」「可能的」
- 8-2. 法的様相との違い
- 8-3. 可能性の階梯
- 第9章 ヘッジの重層
- 9-1. ヘッジとは
- 9-2. ヘッジの過剰
- 9-3. ヘッジの必要性を判定する
- 9-4. ヘッジと主張の両立
- 第10章 留保と例外 ―― 「もっとも」の論理
- 10-1. 「もっとも」の役割
- 10-2. 「もっとも」は段落に一つ
- 10-3. 「ただし」との区別
- 10-4. 「なお」との違い
- 第11章 条件付き主張と前提の明示
- 11-1. 条件付き主張
- 11-2. 前提の三層
- 11-3. 前提の明示と信頼度
- 11-4. 条件の示し方 ―― 設計文書で「〜のもとで」を使わない理由
- 第12章 因果と量化
- 12-1. 因果を示す語の区別
- 12-2. 複数の因果の序列
- 12-3. 因果の連鎖
- 12-4. 因果と推測の分離
- 12-5. 「平均」と「個別」を分ける
- 12-6. 量化の根拠を示す
- 第13章 書き出し
- 13-1. 総括で始まる
- 13-2. 類型ごとの書き出しの型
- 13-3. 「主体の立て方」と「視点」の違い
- 第14章 段落
- 14-1. 一段落一トピック
- 14-2. 段落内の論理構造
- 14-3. 段落の長さと項目番号
- 14-4. 段落と段落のつなぎ方
- 14-5. 「〜をみると」で段落を起こす
- 第15章 文書全体の構成
- 15-1. 類型ごとの全体構成
- 15-2. 結論を先に置く ―― 「起承転結」との違い
- 15-3. 分量と粒度
- 15-4. 二、三行で出すとき
- 第16章 聴取文書は何を記録するか
- 16-1. 「何を記録するか」の判定
- 16-2. 三つの型のうち、本書が扱う二つ
- 16-3. 「記録」の倫理
- 第17章 伝聞の階梯
- 17-1. 発言の種類を形式で示す
- 17-2. 記録者の心証を混ぜない
- 17-3. 整理したことは、整理したと断る
- 17-4. 同じ内容の繰り返しを記録する
- 第18章 語られなかったことを書く
- 18-1. 三人称記録の最大の役割
- 18-2. 「言及がなかった」の書き方
- 18-3. 欠落を記録する価値
- 第19章 一人称要旨と三人称記録
- 19-1. 何が「残る」のか
- 19-2. 同じ聴取からの二つの文書
- 19-3. 働きかけを受けた記録から、帰属を消さない
- 19-4. 一人称要旨の文末は、主語ではなく対象で決まる
- 第20章 レイヤの選択
- 20-1. 「レイヤ」とは ―― 何を落とし、何を残すか
- 20-2. 四つのレイヤ
- 20-3. 詳しさはレイヤではない
- 20-4. 一つの文書に落差をつくる
- 第21章 類型別の作文法
- 21-1. 予測文書の執筆手順
- 21-2. 診断文書の執筆手順
- 21-3. 記録文書の執筆手順
- 21-4. 設計文書の執筆手順(要件型)
- 21-5. 設計文書の執筆手順(方針型=戦略・計画)
- 21-6. 聴取文書の執筆手順(三人称記録)
- 21-7. 聴取文書の執筆手順(一人称要旨)
- 第22章 書く手順
- 22-1. 類型の確定
- 22-2. 主体と時間の確定
- 22-3. 全体の構成を決める
- 22-4. 冒頭を先に書く
- 22-5. 段落ごとに「一トピック一段落」を徹底する
- 22-6. 時間を置いてから、チェックリストに掛ける
- 第23章 推敲チェックリスト
- 23-1. 類型の確認
- 23-2. 主体の確認
- 23-3. 文末様相の確認
- 23-4. 語の確認
- 23-5. 時間の確認
- 23-6. 接続表現の確認
- 23-7. 数量表現の確認
- 23-8. 聴取文書の確認
- 23-9. 構成の確認
- 23-10. 時間が足りないときの三つ
- 23-11. 類型別の重点 ―― 一枚で使う短縮版
- 第24章 倫理
- 24-1. 主体を消すことの責任
- 24-2. 聴取文書での記録の正確さ
- 24-3. ヘッジと逃げ口上の境界
- 24-4. 名詞化による責任の分散
- 24-5. 数量の虚偽
- 24-6. 情報格差の悪用
- 24-7. 最後に
- 付録A 語彙表
- A-1. 文末様相(確信度)→ 第3章
- A-2. 体言止め(言明の種類)→ 第4章
- A-3. 程度副詞 → 第5章
- A-4. 数量 → 5-4・5-5
- A-5. 時間 → 第6章
- A-6. 因果 → 12-1
- A-7. 接続 → 第10章・14-4
- A-8. 条件 → 11-4
- A-9. 伝聞 → 17-1
- A-10. 機能動詞 → 2-2
- 付録B 演習
- 演習1-1 類型の判定
- 演習3-1 時間と様相の対応
- 演習5-1 程度副詞の目盛り
- 演習7-1 主語を戻す
- 演習10-1 「もっとも」「ただし」「なお」
- 演習11-1 前提の三層と、条件の示し方
- 演習12-1 因果の踏み込みと、量化の根拠
- 演習13-1 五類型の書き出しを書き分ける
- 演習14-1 段落を割る、つなぎを直す
- 演習15-1 構成の順序と、冒頭の総括
- 演習20-1 レイヤの判定
- 付録C 同じ題材を五類型で書く
- C-1 予測文書
- C-2 診断文書
- C-3 記録文書
- C-4 設計文書
- C-4′ 設計文書(方針型)―― 同じ題材を、決めたあとで書く
- C-5 聴取文書(三人称記録)
- C-6 聴取文書(一人称要旨)
- C-7 読み比べ
- 演習C-1
- 演習C-1 解答例
- 付録D お手本の出典
- D-1. 引いた文書
- D-2. これを標準として読まないこと
- D-3. お手本を一段落読む ―― 予測文書
- D-4. お手本を一段落読む ―― 聴取文書(三人称記録)
- D-5. お手本を一段落読む ―― 記録文書と設計文書
- D-6. お手本の使い方 ―― 借りるのは文ではなく読み方
実務文書の文章法
序章 この本について
対象読者:官公庁・金融機関・事業会社で、報告書・見通し・議事メモ・要件整理を書く立場にある方。すでに書いてはいるが、なぜその言い回しになるのかを説明できない、という方を想定しています。
ねらい:「役所文書」「大企業文書」と呼ばれる文体を、規則として取り出すこと。理解したうえで使い、使わない判断もできるところまで。
この本の背骨:①情報量を減らさずに、断定を減らす技術であること。②主体を消してよいのは、外界を語るときだけであること。この二つに反する書き方は、本書では一貫して誤りとして扱います。
0-1. 何を扱う本か
役所や大企業の文書には、独特の書き方がある。断定しない。主語が見えない。「緩やかに」「概ね」といった量の分からない副詞が並ぶ。読みにくい、何も言っていない、と揶揄されることも多い。
本書は、この文体を扱う。ただし擁護するためではないし、真似させるためでもない。この文体が何をどう制御しているのかを、規則として取り出すためである。
理解せずに真似るのが最悪である。理解したうえで使い、使わない判断もできる。そこが到達点になる。
扱う範囲は、文と段落に限る。 実務文書の仕事はこれだけではないが、次の四つは本書では扱わない。文体の規則として取り出せる範囲を超えるか、別の技術に属するためである。必要なら他書に当たってほしい。
- 図表・添付資料(図表の参照の仕方、本文との役割分担、グラフへの誤差の示し方)
- 版管理・改訂(改訂履歴、変更箇所の明示、旧版の扱い)
- 読む側の技術(受け取った文書から確信度や帰属を読み取る技術。付録D-6で扱うのは、お手本を読むときの手順だけである)
- メール・チャット(件名、スレッドの要約、引用と返信の切り分け)。ただし短文で出すときの詰め方は15-4で扱う
0-2. 最初に伝えたい一点
多くの人が誤解している。「この文体は、断定を避けてぼかす技術である」と。
違う。情報量を減らさずに、断定を減らす技術である。
ぼかすだけなら誰にでもできる。何も言わなければよい。難しいのは、確信の度合いを正確に伝えながら、断定はしないことだ。
来年度の売上は、2億円台後半になると予想される。
(作例)
曖昧に見えるが、実際には三つの情報を同時に伝えている。おおよそ2.5億から3億手前であること、点推定ではないこと、確信度は中程度であること。これを「2億円台後半くらいかもしれません」と書けば、情報は減る。
この区別がつかないまま書くと、ただの逃げ口上になる。それは抑制された文章ではなく、抑制された文章の失敗である。
もう一つ、本書が通す原則を先に置いておく。主体を消してよいのは、外界を語るときだけである。 自分のした仕事から主体を消すのは抑制ではなく、記録の放棄である。この原則は第1章1-6で立て、第7章で文法の側から裏づけ、第24章で倫理の問題として引き取る。
0-3. 本書の構成
第Ⅰ部で文書の類型を、第Ⅱ部で語と文を、第Ⅲ部で主張の論理を、第Ⅳ部で段落と構成を扱う。第Ⅴ部は他者の発言を記録する文書という特殊な領域にあて、第Ⅵ部で実務に落とす。付録Cでは、同じ題材を五つの類型で書き分けた実例を並べる。
読む順番。 残り時間で決めてほしい。
| 残り時間 | 読むもの |
|---|---|
| 明日まで | 早見表(次ページ)だけ。一枚で足りるように作ってある |
| 一週間ある | 早見表 → 第1章(類型の判定)→ 第13章(書き出し)→ 第14章14-4(段落のつなぎ方)→ 第22章(書く手順)→ 付録C(五類型の書き分け) |
| じっくり理解したい | 通読。ただし第24章(倫理)だけは、どこから読んでも先に読む値打ちがある。本書の技術はすべて両面を持っていて、その境界を扱うのがこの章である |
術語が多い章について。 第8章(三つの様相)、19-4、第20章(レイヤ)は、ほかより術語が多い。詰まったら飛ばしてよい。 第Ⅵ部(実践)と付録Cは、この三つを読まなくても使える。必要になったときに戻ればよい ―― 「可能性」の語を重ねてしまったとき(→第8章)、一人称の要旨で文末が揃わないとき(→19-4)、面談記録をどこまで整えるか迷ったとき(→第20章)である。
0-4. お手本と例文の約束
読み進めるうえで、三つ断っておく。
(1) お手本は公表文から採る。 本書が述べる規則が、実際にそう運用されていることを示すために、実在の文から引く。日本銀行の公表文を中心に据え、そこで揃わない類型を他の官庁の文書で補った。 使うのは次の八つで、書誌は付録Dにまとめた。
- 『経済・物価情勢の展望』(展望レポート、日本銀行) ―― 予測文書
- 『日本経済レポート』(内閣府) ―― 予測と診断が一文書の中で切り替わる例
- 『地域経済報告』(さくらレポート、日本銀行) ―― 診断文書と、企業の発言の記録
- 『〇年度の金融市場調節』(毎年度公表、日本銀行) ―― 記録文書
- 『パイロット実験の進捗報告書』(日本銀行) ―― 設計文書・要件型
- 『サイバーセキュリティ戦略』(サイバーセキュリティ戦略本部) ―― 設計文書・方針型
- 『社会資本整備重点計画』(国土交通省) ―― 設計文書・方針型
- 『金融政策決定会合議事要旨』(日本銀行) ―― 聴取文書(三人称記録)
日本銀行に多くを負っているのは、五類型のうち四つが、外から読める形で揃っているからである。ただし方針型(戦略・計画)は同行の文書には出てこないので、そこは他の官庁の文書で補った(→1-3)。
ここでの「お手本」は、正解という意味ではない。 真似る対象ではなく、規則が働いているところを確かめる材料である。引く先を公的機関に絞ったことの代償は付録D-2に書いた。
実在の文から引くのは、○の例だけである。 実在の文書を「悪い例」として挙げることはしない。
ただし、○がすべてお手本というわけではない。 実在の文から引いた○には出典を付けてある。出典の付いていない○は、本書が規則から作った文である(→(2))。
(2) ×はすべて作例。 本文中の「×」は避けるべき例、「○」はその直しである。×はすべて、規則を示すために本書が作った文である。○のうち出典が付いていないものも作例で、出典が付いているものが(1)のお手本である。
例文には、一つずつカッコ書きで出どころを付けた。 いま読んでいる例文が実在の文か作例かを、そのつど確かめられるようにするためである。
| カッコの中 | その例文は何か |
|---|---|
| (展望レポート・2026年4月「1.……」) | 実在の公表文からの引用(=お手本) |
| (作例) | 本書が規則から作った文。実在の文書ではない |
| (作例・社用車の運用) | 同じく作例で、通しで使っている題材に属するもの(→(3)) |
| (付録C-5「2.買い出し頻度」) | 本書の付録Cから引いた文(第Ⅴ部でだけ使う。→第Ⅴ部の冒頭) |
| (作例。付録C-3「3.食材ロス」と同じ文) | 付録Cの作例を、本文でも使っているもの |
付録Bの演習は、設問も解答例もすべて作例であるので、そこだけは一つずつ書いていない。
(3) 例文の題材。 作例の題材は、わざと分けてある。本文では〈社用車の運用〉など短い題材を使い、付録Cでは〈わが家の冷蔵庫〉を、演習の解答例では〈職場のコピー機〉を通しで使う。通しの題材に属する例文には、カッコの中に題材名も書いてある。
順序も断っておく。規則は実在の公表文から抽出したが、例文はその規則から作る。 元の文章をそのまま並べて後から説明する形を採らないのは、抽出元の癖まで規則になってしまうからである。
0-5. 本書自身の文体について
本書は、断定を減らす技術の本でありながら、それ自身は断定で書かれている。 「〜である」「〜してはいけない」と書いてある。この不一致は、意図したものである。理由を述べておく。
断定を減らすのは、外界の不確かなことを述べるときである(→1-6)。規則を述べる文は、外界の記述ではない。「予測文書では主体を消す」は、天気の予報ではなく、運用の記述である。ここで「主体を消すことが多いとみられる」と書けば、規則はただ読みにくくなる。
ただし、それで免責されるわけではない。本書が「〜である」と書いている事柄には、性質の違う三種類が混ざっている。
| 種類 | 本書での書き方 | 例 |
|---|---|---|
| 例外のない規則 | 「〜してはいけない」「〜を消さない」 | 自分のした仕事から主体を消さない(1-6) |
| 定型(ほぼそう運用されているが、外れる場合がある) | 「〜が定型である」「〜が多い」 | 設計文書の免責は「なお」で始まる(10-4) |
| 本書の提案(運用が分かれていて、本書が一つを選んだもの) | 「本書は〜とする」 | 「レイヤ」という呼び方(第20章)、「結・論・拠」という呼び方(15-2) |
例外のない規則は、次の五つだけである。
- 自分のした仕事から主体を消さない(1-6、7-2、24-1)
- 事実にヘッジを掛けない(9-3)
- 条件も分岐も足さないヘッジを、二重に掛けない(3-5、9-2)
- 記録者の評価を、三人称記録の本文に混ぜない(17-2)
- 働きかけを受けた記録から、誰が誰に求めたのかを消さない(19-3)
これ以外は、すべて定型か提案である。 言い換えると、上の五つの外で「〜してはいけない」と書いてある箇所は、例外のない規則ではなく、本書の書き方の誤りである。 本文の表記からは見分けられないので、判定はこのリストの側で行ってほしい。五つに載っていなければ定型か提案であり、自分の職場の運用を優先してよい。迷ったときの自問も一つだけである。その規則が破られた文書を、実務で見たことがあるか。 あるなら定型である。
規則の根拠について。 本書の規則は、公表文の運用から取り出したものである。ただし「そう運用されている」は、そう書くべき理由にはならない。そこで、規則を述べるときは、それが破られたときに読み手の側で何が起きるかを一緒に書いた。 「もっとも」を段落に一つに限るのは、二つ並ぶと読み手が本線を見失うからである(→10-2)。設計文書で「〜のもとで」を避けるのは、未確定の前提を確認済みと読ませるからである(→11-4)。読み手の側で起きることを書けない規則は、規則ではなく癖である。 本書の提案(「結・論・拠」「レイヤ」)にも、それぞれ理由を付けた(→15-2、20-1)。
本書自身が体言止めを使わないのは、第4章で述べた制約によるものではない。 体言止めは社内メモ・説明資料の形式であって、通しで読ませる文章の形式ではないからである(→4-3の末尾)。同じ理由で、本書の中で体言止めが出てくるのは、例文の中だけである。
もう一点。本書の規則は、日本語一般の文法ではなく、ある登録域(レジスター)の運用の記述である。「複数」は二以上を指すだけだ、というような記述(5-4)は、日常の日本語では成り立たない。その語が日常で持つ含みが、この文体では意図的に打ち消されている、という意味である。この区別は、そのつど断る。
早見表 ―― まずこの一枚
明日までに原稿を出す人のために、本書の内容を一枚にした。判断に迷ったら、ここへ戻る。
1.どの類型か(ここを間違えると全部ぶれる)
まず一つだけ問う。これは「外の世界」を述べる文書か、「自分がすること」を述べる文書か。 ここで主体を立てるかどうかが決まり、残りはほぼ自動的に決まる。
その文書は何を述べるか
├─ 外の世界のこと ────── 主体は消える
│ ├─ これからどうなるか ──── 予測文書
│ ├─ 今どうなっているか ──── 診断文書
│ └─ 誰が何を言ったか ────── 聴取文書(他者が立つ)
└─ 自分(自組織)のこと ── 主体が立つ
├─ 何をしたか ────────── 記録文書
└─ これから何をするか
├─ まだ決めていない ── 設計文書〈要件型〉
└─ もう決めた ──────── 設計文書〈方針型〉=戦略・計画
| 問い | 類型 | 時間 | 主体 | 典型文末 |
|---|---|---|---|---|
| これからどうなるか | 予測 | 未来 | 消える | 〜と考えられる |
| 今どうなっているか | 診断 | 現在 | 消える | 〜する必要がある |
| 何をしたか | 記録 | 過去 | 自分が立つ | 〜した |
| 何を作るか(未決) | 設計・要件型 | 条件付きの未来 | 自分が立つ | 〜が重要となる |
| 何をするか(既決) | 設計・方針型 | 計画期間 | 自分が立つ | 〜する/〜する必要がある |
| 誰が何を言ったか | 聴取 | 発言時点 | 他者が立つ | 〜との説明があった |
設計文書で迷ったら「決めたのか、決めていないのか」を問う。 決めていないのに方針型で書けば未確定が確定に化け、決めたのに要件型で書けばコミットメントが弱く読まれる。
聴取だけ、さらに二つに分かれる。経緯を残すなら三人称記録、相手の論理を伝えるなら一人称要旨。 ただし、要請・依頼を受けた記録は、誰が誰に求めたのかを必ず文面に残す(→19-3)。標準は三人称記録。
2.文末
確信度の階梯(上ほど確からしい)。
| 何を言いたいか | 文末 |
|---|---|
| 観測した | 〜している |
| 相当確からしい(ただし本線としてではない) | 〜可能性が高い |
| 本線として出す | 〜と予想される/見込まれる |
| データから読み取れる | 〜とみられる |
| 仕組みから導かれる | 〜と考えられる |
| 本線から外れた分岐 | 〜可能性がある/〜しうる |
要請は、この階梯の外にある(→3-4)。確からしさではなく、どうすべきかを述べている。
| 何を言いたいか | 文末 |
|---|---|
| 要請 | 〜必要がある/求められる |
時間との対応(→3-2)。
| 過去・現在 | 未来 | |
|---|---|---|
| 〜している(事実) | ○ | × |
| 〜とみられる(観察) | ○ | △(読み取れる材料があるときだけ) |
| 〜と予想される/考えられる | △ | ○ |
一文に様相は一つ。二重ヘッジは禁止(→3-5、9-2)。判定は「二つ目が条件か分岐を足しているか」で行う。 足していなければ、下げただけである。
ヘッジの濃さは、文書の性格で変える。 分析(予測・診断)は一段掛ける。方針の表明には掛けない。 決めたことに「〜していきたいと考えられる」と書けば、希望に見える。
3.時間(予測文書)
足もと(観測済み)→ 当面(現在の条件が続くと仮定できる範囲)→ 先行き(条件も変わりうる)。
三つは時間の層であって、悲観・標準・楽観ではない(→6-2)。分岐は各層の中で「もっとも」以下に置く。
戦略・計画文書では、この三層を使わない。 時間は計画期間に紐づく(「本計画期間中に」「令和12年度までに」)。
4.接続(段落の頭)
| 語 | 何を導くか |
|---|---|
| このため | 前を原因とする結果 |
| 一方 | 対比(並列ではない。→14-4) |
| このほか | 同じ階層の追加 |
| もっとも | 本線の外側の分岐。段落に一つまで |
| ただし | 本線そのものに掛かる条件 |
| なお | 補足・免責。対比ではない |
| 以上を踏まえると | 評価への転換 |
| したがって | 結論への転換 |
5.数量の語(ここは誤読が起きやすい)
| 語 | 言っていること | 言っていないこと |
|---|---|---|
| 数〜(数社・数日) | 片手で数えられる程度 | 正確な数 |
| 複数 | 二以上、それだけ(→下の但し書き) | 多いか少ないか |
| いくつか/何人かの | 二以上で、「複数」より多い | 全体に対する割合 |
| 一部 | 全体の中の少数 | 何割か |
| 多数/多くの | 多いという評価 | 評価の基準 |
「複数」が「二以上、それだけ」になるのは、その文書が量詞の系列(一人の→複数の→何人かの→多くの)を持っているときだけである(→5-4)。系列がなければ、日常どおり「何か所かある」と読まれる。
6.書き出しと構成
結論を一文で、一段落にして冒頭に置く(聴取文書だけは例外で、自分が説明したことから始める)。そのあとに論拠、最後に根拠。冒頭の一段落だけで要旨が分かるかが判定基準(→15-2)。
リスク・例外・制約・所見は、どの類型でも最後に置く(→15-1)。
7.出す前に見る五つ
- □ 受動態の行為者を補って、「当課」が入る文が残っていないか(→7-2)
- □ 事実にヘッジを掛けていないか。二重ヘッジはないか(→9-3、3-5、9-2)
- □ 「もっとも」が一段落に二つ以上ないか(→10-2)
- □ 前提を書いたか(予測・設計)。基準時点を書いたか(予測)(→6-4、11-2)
- □ 平均を書いた箇所で、分散に触れたか(→12-5)
方針型(戦略・計画)を書いたときは、これに一つ足す。
- □ 決めたことにヘッジが残っていないか(→9-3)。「〜が重要となると考えられる」は要件型の文体
類型別の重点は第23章23-11にある。 五つを見る時間もないときは、次の三つだけ見る(→23-10)。
- □ 確信度を下げた箇所に、条件が足してあるか
- □ 量化した箇所に、根拠の範囲(数え方・仕組み・時点)が書いてあるか
- □ 前提・数え方・因果を、読み手が確かめに行けるか
第Ⅰ部 基礎 ―― 三つの変数と五つの類型
第1章 あなたが書く文書はどれか
1-1. 文体を決める三つの変数
実務文書の文体は、突き詰めれば三つの変数で決まる。
- 時間指向 ―― 過去か、現在か、未来か
- 様相 ―― 確からしさを述べるのか、なすべきことを述べるのか、できることを述べるのか
- 主体 ―― 誰の行為を書いているのか。自分か、他者か、誰でもないか
この三つが決まれば、使うべき文末・副詞・接続表現はほぼ自動的に決まる。逆に、この三つを決めないまま書き始めると、一文ごとに文体が揺れる。
1-2. 五つの類型
三変数の組み合わせから、実務文書は五つに分かれる。
| 予測文書 | 診断文書 | 記録文書 | 設計文書(要件型/方針型。→1-3) | 聴取文書 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 何を書くか | これからどうなるか | 今どうなっているか | 何をしたか | 何を作るか | 誰が何を言ったか |
| 時間 | 未来 | 現在 | 過去 | 未来(条件付き) | 過去(発言時点) |
| 様相 | 認識的 | 認識的+義務的 | なし(事実) | 義務的+可能的+認識的(→1-3) | 伝聞 |
| 主体 | 消える | 消える | 自分が立つ | 自分が立つ | 他者が立つ |
| 典型文末 | 〜と考えられる | 〜する必要がある | 〜した | 〜が重要となる | 〜との説明があった |
具体例を挙げれば、事業計画の見通しが予測文書、内部監査報告が診断文書、業務報告が記録文書、システム要件定義が設計文書、面談記録が聴取文書である。
設計文書の欄は、次節でさらに二つに割れる。 上の表に書いたのは要件型(まだ決めていない段階)のほうで、決めたあとの方針型は文末も時間も変わる(→1-3)。
「典型文末」は、その類型で最も多い文末という意味であって、それ以外を禁じるものではない。 設計文書の典型文末は「〜が重要となる」だが、設計文書の中にも「〜と考えられる」は出てくる。要件そのものを述べる文が「重要となる」で、その要件を導く判断を述べる文が「考えられる」である。付録CのC-4がその形になっているので、読むときに見分けてほしい。混ざっているのではなく、役割が違う。
1-3. 設計文書には二つの顔がある
五類型のうち、設計文書だけは、同じ類型の中で文体が大きく二つに割れる。 割れ目は一つ、もう決めたのか、まだ決めていないのかである。
| 要件型 | 方針型(戦略・計画) | |
|---|---|---|
| 何を述べるか | これから作るものの要件 | やると決めたこと |
| 決まっているか | まだ決めていない | 決めた |
| 主な様相 | 義務的+可能的+認識的 | 義務的(認識的はほぼ消える) |
| 典型文末 | 〜が重要となる/〜しうる | 〜する/〜とする/〜を推進する/〜する必要がある/〜が不可欠である |
| 主体 | 当課・当室 | 我が国は・国は・当社は(強く立てる) |
| 時間 | 条件付きの未来 | 計画期間(→6-6) |
| 冒頭に置くもの | 経緯+免責 | 経緯+根拠(根拠法・上位計画) |
| 留保(「もっとも」) | 置く | 置かない |
「〜する必要がある」は診断文書とも共通するが、出る位置が違う。診断文書では段落の末尾に一度だけ出て、記述から処方へ転じる合図になる(→3-4)。方針型では本体を通して出る。処方そのものが本体だからである。
要件定義書・検討報告書が要件型、事業計画・中期計画・〇〇戦略・〇〇重点計画が方針型である。社内文書でいえば、企画部が回す「次期システム要件整理」が要件型、経営会議に出す「中期経営計画」が方針型にあたる。
二つを取り違えたときに何が起きるか。
×(決めたことを要件型で書く) 販路の拡大に取り組んでいくことが重要となると考えられる。
(作例)
決裁を通った計画にこう書くと、まだ検討中のように読まれる。 読み手は「で、やるのか」と尋ねに来る。
○ 販路の拡大に取り組む。
(作例)
×(決めていないことを方針型で書く) 次期システムは、クラウド基盤へ全面的に移行する。
(作例)
移行先をまだ決めていない段階でこう書くと、決定済みの事項として扱われる。 後で覆すと、決定を覆したことになる。
○ 次期システムの基盤については、クラウドへの全面移行を含めて検討する。この場合、既存の連携方式の見直しが必要となる。
(作例)
判定は、決裁を通ったかどうかで行う。 通っているなら方針型、通っていないなら要件型である。書き手の意気込みでは決めない。
決裁を通ったかどうかを、書き手が確かめられない場合がある。 他部門の計画を引き継いだとき、上位計画の記述をそのまま受けたときがこれにあたる。確かめてから書くのが原則だが、確かめる先がないなら要件型で書く。 未決を既決に書いて後から覆すほうが、既決を未決に書いて念を押されるより重い。そのうえで、どこまでが引き継いだ前提かを一行で断る(「〇〇計画において決定済みの事項として受けている」)。これは免責ではなく、決定の所在を書き残すことである(→19-3)。
なお、方針型でも認識的様相が残る箇所が一つだけある。将来のリスクや環境の見通しを述べる部分である。ここは外界の記述なので、予測文書と同じ扱いになる。
お手本 国際情勢が緊迫化し安全保障環境の厳しさが増す中、サイバー攻撃が国民生活・経済活動に深刻かつ致命的な被害を生じさせるリスクは、今後も一層高まっていくと考えられる。
(サイバーセキュリティ戦略・2025年12月)
戦略の本体が「国は……する」で書かれている文書でも、脅威の見通しを述べるこの一文だけは「と考えられる」である。 施策は決めたことだが、脅威がどうなるかは決められない。決められることと決められないことの境目が、文末に出ている(→21-5)。
1-4. 聴取文書には二つの型がある
五類型のうち、聴取文書だけは、同じ場からまったく異なる二つの文書が作れる。誰の視点で書くかという、もう一段の選択が残っているためである。この選択は書き出す前に済ませておく必要があるので、類型の確定と同時に決める。
| 三人称記録 | 一人称要旨 | |
|---|---|---|
| 誰の視点か | 記録者 | 話者 |
| 主語 | 「先方」「〇〇課長」 | 「私(〇〇)」 |
| 典型文末 | 〜との説明があった | 〜と考えている/〜考え |
| 何が残るか | 語られなかったこと | 話者の論理の筋 |
| 何が落ちるか | 話者の推論の流れ | 欠落・働きかけの所在 |
三人称記録は、語られなかったことを保存する。 「担当者については、明確な言及はなかった」という一行は、話者自身の視点で書いた文書には決して現れない。触れなかったことは、触れなかった本人の論理のなかには存在しないからである。
一人称要旨は、話者の論理を保存する。 三人称記録で「①②③を挙げた」と並列に潰れてしまう部分が、前提から結論への一本の線として立ち上がる。相手の考え方を他部署に伝えたいときは、こちらでなければ伝わらない。
選び方の原則は一つである。
相手の主張を理解し共有したいなら一人称要旨。経緯を残し後日の検証に備えたいなら三人称記録。
ただし、条件が一つ付く。相手から働きかけ(要請・依頼・申入れ)を受けた記録では、誰が誰に何を求めたのかを必ず文面に残す。 一人称要旨に丸めると、ここが消えて、要請が話者の一般的な所感に化けてしまう。標準は三人称記録である(消えようがないため)。一人称の言葉を使うなら、外側に「〇〇から、以下の趣旨の発言があった」という帰属の枠を置く。詳しくは19-3で扱う。
二つの型の詳細は第19章で扱う。第Ⅴ部に入るまでは、聴取文書と言えば二つの型があることだけ覚えておけばよい。
1-5. まず類型を確定させる
書き始める前に、自分の文書がどれかを決める。類型を取り違えた文章は、一文目で読者に違和感を与える。
悪い例(記録文書に予測の文体を持ち込む)
× 当室が実施した在庫の棚卸しは、円滑に行われたとみられる。
(作例)
自分がやったことを「とみられる」と書いてはいけない。実施したかどうかは推測の対象ではない。
○ 在庫の棚卸しについては、対象部署と日程を調整のうえ、予定どおり実施した。
(作例)
逆の誤り(予測文書に断定を持ち込む)
× 来期の受注は、設備更新需要により増加する。
(作例)
外界の予測は、断定では書かない。来期の受注は、書き手が確かめられる対象ではない。
○ 来期の受注は、設備更新需要に支えられて、緩やかな増加をたどると考えられる。
(作例)
1-6. 主体が消えることの意味
五類型のうち、予測文書と診断文書では主体が消える。記録文書と設計文書では立つ。聴取文書では他者が立つ。
ここには理屈がある。外界の現象を予測するとき、主体を立てると、その予測が機関の意思のように読まれてしまう。 「当社は来期の市況が悪化すると考える」と書けば、それは会社の公式見解になる。「来期の市況は悪化するとみられる」なら、分析上の判断にとどまる。
一方、自分の行為を書くときに主体を消すのは、記録の放棄である。誰がやったか分からない業務報告に意味はない。
主体を消してよいのは、外界を語るときだけである。 これは本書を通じて繰り返す原則であり、第7章で「では文法上どこで主語が消えるのか」を、第24章で倫理の問題として改めて扱う。
この原則には、裏の顔がある。 主語を浮かせれば責任の所在は確かにぼやける。だからこの文体は、責任を分散させる道具としても使える。本書はそれを技法として教えない。 主語が消える仕組みを第7章で扱うのは、使うためではなく、自分の文章から意図せず主体が消えていないかを自分で検出できるようにするためである。
第Ⅱ部 語と文
第2章 名詞化
2-1. 動詞で書けることを名詞にする
この文体の骨格は名詞化である。
| 動詞中心 | 名詞中心 |
|---|---|
| 価格が上がった | 価格上昇がみられた |
| 取引先が支払いを遅らせている | 取引先の支払遅延が生じている |
| 原材料が高くなって利益が減る | 原材料価格の上昇が利益の下押し要因となる |
名詞化には三つの効果がある。
(1) 動作主が消える。 「取引先が遅らせている」には主語があるが、「支払遅延が生じている」には誰もいない。現象が自律的に起きているように見える。
(2) 時制が消える。 「上がった」は過去だが、「価格上昇」には時制がない。文脈に委ねられる。
(3) 修飾が自由になる。 名詞になれば前にいくらでも条件を付けられる。「一部の先にみられる支払遅延」。動詞のままでは、この密度にできない。
三つのうち、(2)と(3)は情報を増やす方向に働く。(1)だけが情報を減らす方向に働く。名詞化を使うときに点検すべきなのは、いつも(1)である。 消えた動作主が外界の誰でもない何かなら問題はない。消えた動作主が自分の部署なら、直さなければならない(→第7章7-1、24-4)。
2-2. 機能動詞
名詞化した概念を文にするには、意味の薄い動詞が要る。これを機能動詞という。
- 〜となる/〜となっている(状態)
- 〜に作用する/〜方向に作用する(因果)
- 〜をたどる(経路)
- 〜を続けている(継続)
- 〜がみられる/〜が窺われる(観察)
- 〜に転じる(転換)
これらを覚えると、名詞句をいくらでも文にできる。同時に、いくらでも中身のない文が書けるようになる。
× 在庫水準の低下がみられるなかで、補充の必要性が高まる方向に作用している状況となっている。
(作例)
「みられる」「作用している」「となっている」の三つが重なり、一文で何も進んでいない。
○ 在庫が減っており、補充が必要になっている。
(作例)
見分け方は、その動詞を外して意味が変わるかである。「〜する状況となっている」から「となっている」を外しても意味が変わらないなら、その機能動詞は要らない。外せる機能動詞が一文に二つあったら、書き直す。
2-3. 名詞化の過剰
名詞化は強力だが、重ねすぎると意味が消える。
× 売上減少の継続の背景の分析の必要性が高まっている。
(作例)
「の」が4回続いている。読者は係り受けを解けない。格助詞「の」が3回を超えたら、分割する。
○ 売上の減少が続いており、その背景を分析していく必要がある。
(作例)
第3章 文末の様相
3-1. 確信度の階梯
文末は、書き手の確信度を符号化する。この文体では、明確な序列を持って運用される。
| 段階 | 形式 | 意味するところ |
|---|---|---|
| ① | 〜している/となっている | 観測された事実 |
| ② | 〜可能性が高い | 相当程度確からしい(ただし本線としてではない) |
| ③ | 〜と予想される/見込まれる | 標準のシナリオとして提示 |
| ④ | 〜とみられる | 観察に基づく判断 |
| ⑤ | 〜と考えられる | 推論に基づく判断 |
| ⑥ | 〜可能性がある/あり得る | 起こりうるが本線ではない |
②だけは、確からしさの目盛りと、本線かどうかの位置づけがずれる。 「可能性が高い」は分岐を述べる形であり、本線そのものを述べる形ではない(→3-3、付録A-1)。本線として出すなら③を使う。それでも②を③より上に置いてあるのは、この表が並べているのが確からしさだけだからである。分岐でありながら、本線として出す判断より確からしい ―― ②はその位置にある。可能的様相の側から同じ語を見たものが、第8章8-3の段階1である。二つの表は同じ一語を別の軸から見ているだけで、順位が食い違っているのではない。
⑦は、この階梯の外にある。
| 段階 | 形式 | 意味するところ |
|---|---|---|
| ⑦ | 〜必要がある/求められる | 事実ではなく要請 |
①〜⑥は確からしさの目盛りだが、⑦は確からしさを述べていない。番号を続けているのは、本書の他の箇所(6-1、付録A-5)で①〜⑥を番号で呼ぶのに揃えるためであって、⑦が⑥の下に位置するという意味ではない。 確信度の階梯は①〜⑥で、⑦は別の軸である(→3-4)。
3-2. ④と⑤の違い
最もつまずくのがここである。公式の定義はなく、本書が整理した定型である(→0-5)。境界には幅があり、二つを入れ替えても通る文はある。それでも次の線を引いておくと、書くときに迷いが減る。
- とみられる=データや観察から、そう読み取れる(帰納的)
- と考えられる=メカニズムから、そう導かれる(演繹的)
足もとの受注は、大口案件の剥落を主因に、減少しているとみられる。
(作例。統計がそう示している)
原材料価格の下落に伴い、利益率は回復していくと考えられる。
(作例。理屈からそうなるはず)
効くのは片側である。目の前のデータについて「と考えられる」と書くと、データを見ていないように読まれる。 逆向き(理屈から導いたことを「とみられる」と書く)は、材料を尋ねられるだけで済む。迷ったら、手元に数字があるかどうかで決める。
もっとも、この線引きは④を過去・現在に縛るものではない。未来についても、統計や先行指標から読み取れることは④で書く。
お手本 わが国経済は、伸び率を縮小しつつも、緩やかな成長を続けるとみられる。
(展望レポート・2026年4月)
未来について④が使えるのは、そう読み取れるだけの材料が手元にあるときである。材料がないまま④を使うと、根拠を尋ねられる。
因果を述べた文では、文末が何の確からしさを示しているのか。 ここが本書で最も混同されやすい。
足もとの受注は、大口案件の剥落を主因に、減少しているとみられる。
(作例)
この文には、確からしさが二つ入っている。減少しているという結論の確からしさと、それが大口案件の剥落のせいだという因果の確からしさである。
規則は一つである。文末が示すのは、結論のほうの確からしさである。 因果のほうの確からしさは、文末ではなく、「主因に/一因に/を背景に」という因果の語で示す(→12-1、12-2)。
これは④と⑤の区別とは独立した規則である。 本節に置いてあるのは、混同が起きるのが④・⑤を選ぶ場面だからであって、④・⑤に限った話ではない。断定でも②でも⑥でも同じように働く。確からしさの軸は、文末と因果の語の二本あると覚えておけばよい。
だから「主因に+とみられる」も「主因に+と考えられる」も成り立つし、断定と組むこともできる。
お手本 原材料価格の上昇を主因に悪化傾向が続いている。
(議事要旨・2025年4月30日、5月1日開催分)
因果のほうが推定にとどまることを前面に出したいなら、文を割る。
○ 足もとの受注は、減少している。これは、大口案件の剥落によるものとみられる。
(作例)
一文に確からしさの軸を二つ入れて、どちらに文末が掛かるのかを読み手に解かせない。軸が二つになったら、文を割る(→7-5)。
最後に、時間と様相の対応をまとめておく。観測できるのは、過去と現在だけである。 したがって、
- 未来に①(事実)の形は使えない。 ここだけは例外がない。来期のことを「増加している」と書けば、それは予測の断定である(→1-5)。
- 未来に④(観察)は、材料があれば使える。 上のお手本がその例で、先行指標から読み取れることを④で書いている。材料がなければ⑤に落とす。
- 過去・現在に②③⑥を使うことは、ほとんどない。すでに起きたことに確率を付ける場面が少ないためである。
この対応を外すと、一文目で読者は「この人は見てきたように書く」と判断する(→演習3-1)。
3-3. ③と⑥の非対称
「と予想される」は本線を示す。「可能性がある」は本線から外れた分岐を示す。両者を並べると、シナリオの階層が明示される。
来期の売上は、緩やかな増加をたどると予想される。もっとも、主要顧客の投資計画が後ずれした場合には、横ばい圏内にとどまる可能性がある。
(作例)
読者はこの二文だけで、確率分布のおおよその形を受け取る。
3-4. ⑦の特殊性
「必要がある」は他の六つと性質が違う。①〜⑥は世界がどうであるかを述べるが、⑦はどうすべきかを述べる。事実の記述から要請への転換が、文末一つで起きる。
診断文書は、この形式で段落を締めることが多い。事実で押して、最後に処方へ転じる構造である。
3-5. 避けたい組み合わせ
(1) 一文に複数の様相を混ぜる
× 収益は改善すると考えられ、投資も増加するとみられ、雇用も増える可能性が高いと予想される。
(作例)
どれが主張なのか分からない。一文一様相が原則である。
(2) 二重ヘッジ
× 〜となる可能性が高いと考えられる。
× 〜とみられると予想される。
× 〜が起こりうる可能性がある。
(作例)
確信度を二重に下げても情報は増えない。減る。
判定は一つである。二つ目のヘッジが、条件か分岐を足しているか。 足していれば、読み手は「どの条件が壊れれば主張も壊れるか」を受け取る。足していなければ、下げただけである ―― それが二重ヘッジである(→9-2、9-4)。一つめの「可能性が高いと考えられる」は、②に⑤を重ねて段階こそ動いているが、足された条件も分岐もない。 二つめも同じで、④に③を重ねただけである。三つめは特に紛れやすい。「起こりうる」がすでに⑥であり、「可能性がある」も⑥なので、階梯上はどこにも動いていない(→第8章8-3)。
段階が違えば二重ではない、という判定は採らない。 段階が動いたかどうかは書き手の側の事情であって、読み手が受け取る情報が増えたかどうかとは関係がない(→24-7)。
第4章 体言止め ―― 言明の種類を宣言する
4-1. もう一つの軸
第3章の文末様相は確信度を符号化する。これとは別に、言明の種類を符号化する軸がある。体言止めである。
社内メモや説明資料で多用されるが、正しく使い分けられている例は少ない。
| 形式 | 何を述べているか | 例 |
|---|---|---|
| 〜もの。 | 事項・取扱い | 前例に従い処理しているもの。 |
| 〜ため。 | 理由 | 単価の改定が遅行しているため。 |
| 〜考え。 | 意向・方針 | 年度内に着手する考え。 |
| 〜ところ。 | 進行中の動き | 対応を検討しているところ。 |
| 〜様子。 | 外部事象の観測 | 想定を上回るペースで動いている様子。 |
| 〜見込み。 | 予測 | 来月中に完了する見込み。 |
| 〜由。 | 伝聞 | 先方も同様の対応を採る由。 |
読み手は文末の名詞だけで、その文が何を述べているかを判別できる。
第3章の文末様相と語が重なるものがある。 「〜見込み。」(ここでの予測)と「〜と見込まれる。」(3-1の③)がそれで、同じ語根を持つ。二つは軸が違う。 「見込み。」が言っているのは、この文は予測であるという言明の種類であり、確信度は言っていない。「と見込まれる」が言っているのは、本線として出すという確信度である。
来月中に完了する見込み。(種類=予測。確信度は不問)
来月中に完了すると見込まれる。(確信度=③。種類は文末では宣言していない)
(作例)
したがって二つは置き換えられない。社内メモで確信度まで示したいなら、体言止めをやめて言い切る形に戻す。 表の七つはどれも同じで、言明の種類を宣言する代わりに、確信度を言わない形式である。確信度が争点になる文では、体言止めを使わない(→4-3)。
この七つは、社内メモ・説明資料・聞き取りメモの慣行である。 どの語が生きているかは、文書の種類によっても職場によっても違う。七つが全部そろって使われている場所は、まずない。
だから、表を埋めるように使わないこと。 自分の職場の過去の文書を見て、実際に出てくる語だけを使う。出てこない語を持ち込むと、体言止めの形だけが浮く。
4-2. 「もの。」の正しい範囲
最も誤用が多い。「〜もの」は「〜ものである」の省略で、述語を事柄として客体化する働きをする。「それは〜という事柄だ」と外から同定する形式である。
判定は「もの」という語を見て行うのではない。「もの」が受けている述語が何を述べているかで行う。
| 「もの」が受けている述語 | 可否 | 直し |
|---|---|---|
| 取扱い・事実(外から確かめられる) | ○ | ― |
| 自分の評価・意向(確かめようがない) | × | 「考え」「〜ている」 |
| 外部事象の観測 | × | 「様子」 |
○ 前例に従い処理しているもの。
(作例)
処理しているのは自分だが、述べているのは取扱いである。「この案件は前例どおりの扱いだ」と、外から確かめられる事柄を同定している。だから「もの」で受けられる。
× 重要であると位置づけているもの。
○ 重要であると位置づけている。
(作例)
こちらは評価である。重要と思っているかどうかは、書き手の中にしかない。外から同定できないものを同定する形式で書くと、自分の評価を他人事のように扱った文になる。
「位置づけている」は行為ではないのか、という疑いは正しい。位置づけるのは書き手のする行為である。だが、「もの」が客体化しているのは行為ではなく、その行為の中身のほうである。 「前例に従い処理している」も行為だが、「もの」で受けたときに同定されているのは〈前例どおりの取扱い〉という、外から確かめられる事柄である。「重要であると位置づけている」を「もの」で受けると、同定されるのは〈重要だという評価〉になり、これは外から確かめられない。行為かどうかではなく、同定される中身が外から確かめられるかどうかで判定する。
× 年度内に着手する方針であるもの。
○ 年度内に着手する考え。
(作例)
これは意向なので同じ理由で×だが、加えて誤りがもう一つある。「方針である」で意向をすでに名詞化しているところへ「もの」を重ねており、客体化が二重になっている。前の例(「位置づけているもの」)は二重にはなっていない。二重かどうかは、×の理由ではなく、×の重さの違いである。
外部で起きている事象にも使えない。
× 想定を上回るペースで動いているもの。
○ 想定を上回るペースで動いている様子。
(作例)
外部事象は、外から確かめられる。それでも「もの」が使えないのは、「様子」という専用の形式があるからである。使える形式が別にあるのに一般形式で受けると、読み手は「なぜ様子と書かなかったのか」を考えることになる。
4-3. 体言止めにできない言明がある
表に並べた七つは、それぞれ対応する言明の種類を持っている。裏返すと、対応する名詞が用意されていない言明は、体言止めにできない。
代表が要請である。「〜する必要がある」「〜が求められる」は、これを受ける体言止めの定型を持たない。「〜する必要。」とは書けない。
× 電子決裁への移行は、段階的に進める必要があるもの。
○ 電子決裁への移行は、段階的に進める必要がある。
(作例)
段落の他の文が体言止めで揃っていても、ここだけは言い切る。
体言止めが混在して読みにくい、という指摘はよく出る。ただし、揃え方を間違えると意味が変わる。
× 今後の対応方針については、関係部署と協議する考え。一方、電子決裁への移行は、段階的に進める必要があるもの。
(作例)
誤りは二つある。第一に、「必要がある」は要請なので「もの」で受けられない(→4-2)。第二に、同じ段落で自分の側のことを述べているのに、一方は意向(考え)、一方は事項(もの)で、言明の種類が揃っていない。
直し方は、その文が本当は何を述べているのかによる。方針を述べているなら、方針で揃える。
○ 今後の対応方針については、関係部署と協議する考え。一方、電子決裁への移行については、段階的に進める考え。
(作例)
要請を述べているなら、体言止めをやめて言い切る。
○ 今後の対応方針については、関係部署と協議する考え。一方、電子決裁への移行は、段階的に進める必要がある。
(作例)
避けたいのは、揃えるために「見込み」へ逃がすことである。
× 一方、電子決裁への移行については、段階的に進める見込み。
(作例)
義務(必要がある)を予測(見込み)に置き換えている。段落の見た目は整うが、やらなければならないことが、そうなりそうなことに変わっている。形式を揃えるために様相を変えない。
もう一点。体言止めは社内メモ・説明資料の形式であって、対外文書や正式な記録文書の本文の形式ではない。同じ内容でも、出す先が変われば言い切る形に戻す。体言止めのまま社外に出た文書は、しばしば「言い切っていない」ではなく「書きかけ」と読まれる。
第5章 程度と数量の目盛り
5-1. 量の定義が消えた文体
実務文書では、数字がない修飾語が並ぶ。「緩やかに」「相当程度」「おおよそ」。この文体の骨格である。
これらは、実は一つの尺度で整列している。ただし尺度は様相ごとに別立てになっている。確からしさを修飾する副詞と、要請の強さを修飾する副詞と、余力を修飾する副詞は、互いに交換できない。
| 何を修飾するか | 系列(大きい→小さい) | 使われる場面 |
|---|---|---|
| 認識的(変化の大きさ) | 急速に/大幅に → 相当程度 → 緩やかに → やや/幾分 → わずかに | 予測文書・診断文書 |
| 義務的(要請の強さ) | 強く → ぜひ → 可能な限り → できる限り | 診断文書の末尾・設計文書 |
| 可能的(余力・耐性の程度) | 十分に → 相応に → 相当に → それなりに | 診断文書のストレス評価 |
× 自己点検の徹底が、相当程度求められる。
○ 自己点検の徹底が、強く求められる。
(作例)
「相当程度」は認識的な系列の語なので、要請の強さには掛からない。逆に「十分な増加がみられる」も落ち着かない。「十分」は余力や耐性の語であって、変化の大きさの語ではない。
可能的の系列は、下へ行くほど口語に寄る。 「それなりに」は系列の末端を示すために置いたもので、社内の検討資料では使われるが、対外文書では「相応に」までにとどめるのが無難である。 系列の位置と、使ってよい場所は別である。
「幾分」は「やや」とほぼ同じ位置にある。 公表文でふつうに使われる語で、「やや」よりわずかに硬い。
お手本 春節期間は、中国人観光客が減少したことで、客室単価が幾分押し下げられた。
(さくらレポート・2026年4月)
「ほぼ横ばい」は、この系列の一員ではない。 「わずかに」の先にあるのではなく、変化の不在を述べる別の語である。系列の語は「どれだけ動いたか」を答えるが、「横ばい」は「動いていない」と答える。公表文では「横ばい圏内の動きを続けている」という形で、一つの状態として扱われる。
お手本 輸出や鉱工業生産は、基調としては横ばい圏内の動きを続けている。
(展望レポート・2026年4月)
系列の末端を「わずかに」で止め、横ばいは横ばいとして別に書く。「ほぼ横ばい」と「わずかに増加」は、似ているが違うことを言っている。
時間副詞(足もと・当面・先行き)も、この表には入らない。 程度の尺度ではなく時間の層を指すからである。第6章で別に扱う。
5-2. 「程度」ではなく「定義」である
例えば、「緩やかに増加」と「急速に増加」は、増加速度の定義を変える。
来期の売上は、設備更新需要に支えられて、緩やかな増加をたどると考えられる。
(作例)
多くの分野で、「緩やかな」は数%台の伸び、「急速な」は二桁の伸びを指す暗号として運用されている。ただしこの対応は分野ごとに違う。人口や地価を扱う文書の「急速な」と、スタートアップの売上を扱う文書の「急速な」は、同じ倍率を指さない。暗号は、読み手との間で共有されていなければ働かない。
では、データで示した方が明確なのに、なぜ副詞を使うのか。
その文脈で、その程度の信頼度でしか言えないからである。 数字で言い切るには根拠が足りない。しかし「分からない」では済まない。そこで「緩やかに」という量の分からない修飾語で、「大体このくらい」を伝える。
裏を返せば、根拠があるなら数字で書く。 根拠があるのに副詞に逃げるのは、この文体の用法ではない(→24-5)。
5-3. 「緩やかに」と「徐々に」は答えている問いが違う
この二語は、どちらも「ゆっくり」と訳せてしまうので混同される。しかし、答えている問いが違う。
- 緩やかに ―― 「どのくらい動いたか」に答える。5-1の系列の一員である
- 徐々に ―― 「どのように変わっていくか」に答える。系列には入らない
「緩やかに」は程度の語なので、「急速に」「やや」と入れ替えられる。「徐々に」は入れ替えられない。「急速に強まっていく」とは言えるが、それは「徐々に」の反対ではなく、別の軸の話である。
お手本で見ると、使い分けははっきりしている。
お手本(緩やかに) わが国の景気は、中東情勢の影響もあって一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復している。
お手本(徐々に) 所得から支出への前向きな循環メカニズムが徐々に強まっていく。
お手本(徐々に) 消費者物価の基調的な上昇率は、徐々に高まっていくと予想され……
(いずれも展望レポート・2026年4月)
「緩やかに回復している」は、回復の大きさが小さいことを言っている。「徐々に強まっていく」は、強まりの大きさを言っていない。時間をかけて次第に、という過程を言っている。だから「徐々に」は「〜ていく」と組みやすい。
したがって、二語は排他ではない。 同じ対象について、どちらの問いに答えるかで選ぶ。
○ 金利は、緩やかに低下している。(低下の幅が小さい)
○ 政策金利は、徐々に引き下げられていく見通しである。(一段ずつ下げていく過程)
(作例)
どちらも正しい。前者は幅を、後者は過程を述べている。同じ文で両方を言いたいなら、両方書く。
○ 政策金利は、徐々に、かつ緩やかなペースで引き下げられていくと考えられる。
(作例)
ただし、この形を実務で書く場面は多くない。 幅と過程の両方が争点になることが少ないためである。上の文は、二語が排他でないことを示すために作ったものであって、両方書くのが望ましいという意味ではない。どちらの問いに答えるかを選び、選んだほうだけを書くのが標準である。 両方書くのは、幅も過程も読み手が尋ねてくると分かっているときに限る。
誤りになるのは、程度を答えるべきところで「徐々に」を使い、量の情報を落としてしまう場合である。
× 売上は、徐々に減少している。(どのくらい減ったのかが分からない)
○ 売上は、緩やかに減少している。(数%台の減少)
(作例)
読み手の対応も変わる。「緩やかに」と書けば読み手は幅を見に来るが、「徐々に」と書けばこの先どうなるかを尋ねに来る。
5-4. 数量の量詞 ―― 「数」「複数」「多数」
実務文書では、数字が消える。代わりに「数社」「数千円」「数日」といった量詞が使われる。
一見、情報が減っているように見える。だが、むしろ情報の質が変わっている。
数社との協議
(作例)
「3社か5社か、はっきり分からない」のではなく、「複数社だが、片手で数えられる程度」という情報である。数字より、スケール感を伝える。
ここで最も間違えられるのが「複数」である。
日常の日本語で「複数の人が言っていた」と聞けば、ふつうは「何人かが言っていた」と受け取る。二人ちょうどを想像する人はいない。これは誤読ではなく、語が自然に持つ含みである。ところが、「複数」の隣に他の量詞が並んでいる文書では、その含みが打ち消される。 議事要旨は、同じ意見を述べた委員が何人いたかを、次の系列で書き分けている。
一人の委員は …… ある委員は …… 複数の委員は …… 何人かの委員は …… 多くの委員は …… 委員は(=全員)
(議事要旨・2025年4月30日、5月1日開催分に現れる系列を並べたもの)
『金融政策決定会合議事要旨』(2025年4月30日、5月1日開催分)では、この系列が一つの文書の中で使い分けられている。「複数の」は、「何人かの」「多くの」より下に置かれている。 すると「複数の委員」と書いてあることは、「何人かの委員」と書かなかったという情報になる。多いほうの語を選べたのに選ばなかったのだから、「かなりの数」という含みは残らない。
語そのものの意味が変わったのではない。上に別の語が並んでいるので、含みが働く余地がなくなっている。
この系列を持たない文書では、事情が変わる。 「複数」しか使わない職場で「複数の地域で」と書けば、読み手は日常どおり「何か所かある」と読む。自分の文書に系列があるかどうかを、先に確かめること。 無いなら、「複数」は量を言わない語として使えない。
| 語 | 言っていること | 言っていないこと |
|---|---|---|
| 数〜(数社・数日) | 片手で数えられる程度。おおむね二〜五 | 正確な数 |
| 複数 | 二以上。上の量詞を選ばなかったということ | 多いか少ないか |
| いくつか/何人かの | 二以上で、「複数」より多い | 全体に対する割合 |
| 一部 | 全体の中の少数。全体との対比が前提 | 何割か |
| 多数/多くの | 多い、という評価が入る | 評価の基準 |
対応が必要な地域も複数存在する。
(作例)
系列のある文書なら、この文が伝えているのは一件の偶発ではないということである。「かなりの数がある」とまでは言っていない。量が多いことを伝えたいなら「多くの地域で」と書くか、数を書く。
したがって、注意すべきなのは書き手の側である。 二件しかないと知りながら「複数」と書き、読み手が日常の含みのほうで「何件かある」と読むのを当てにするなら、それは語の選択が正しいまま読み手を誤らせている(→24-6)。
「多数」は逆の注意が要る。多いという評価が入るので、何を基準に多いのかを示さないと、根拠のない量化になる(→第12章12-6)。
5-5. 幅としての数量 ―― 「ほぼ」「おおよそ」「程度」
数字で「100から150」と言うのと、「百数十」と言うのは、精度が違う。
来期の設備投資は、100億から150億円程度の水準を想定している。
(作例)
「程度」があることで、「この数字は概数」という信頼度が伝わる。
来期の設備投資は、百数十億円程度を想定している。
(作例)
数字をあえて崩すことで、「概算」の感覚が強まる。
三つの語は、崩し方が違う。
- ほぼ=データとしてはこの数字だが、完全には一致しない
- おおよそ=見当。正確性は保証しない
- 程度=この幅の中、という感覚
ほぼ前年並み (データがそう示している。細かい誤差は除く)
おおよそ前年並み (見積もり。正確性は保証しない)
前年並み程度 (この範囲、という感覚)
(作例)
「ほぼ」は、数字を持っている人しか使えない。 持っていないのに「ほぼ前年並み」と書くと、実際には測っていないことを測ったように見せることになる。
第6章 時間の分節
6-1. 「今」が消える
実務文書では、時間が三つに分かれる。
- 足もと=分析時点からごく最近。すでに観測できている期間(「足元」「足許」とも書く。本書は「足もと」で通す。お手本の引用文は原文の表記のまま引くので、引用の中に「足元」が出ることがある)
- 当面=現在の条件が続くと仮定できる範囲の先
- 先行き=さらに先。条件そのものが変わりうる期間
この三つ以外の時間表現は、少ない。
三つとも、長さは決まっていない。 とくに「当面」は分野差が大きく、月単位で使う職場もあれば、数年を指す職場もある。お手本にした公表文でも、期間は定義されていない。
お手本 リスク要因としては様々なものがあるが、当面は、今後の中東情勢の展開が、金融・為替市場やわが国の経済・物価に及ぼす影響をとくに注視する必要がある。
(展望レポート・2026年4月)
ここでの「当面」は、中東情勢の帰趨が見えるまで、という意味であって、何か月という意味ではない。「当面」が区切っているのは時間の長さではなく、前提が持つ範囲である。 前提が変わりそうな地点までが「当面」で、その先が「先行き」になる。だから、同じ書き手でも案件によって長さが変わる。
読み手と長さの感覚が食い違いそうなら、一度だけ具体的に書く(「当面――本年度中を指す――については」)。毎回書く必要はない。
例えば、分析は「現在」ではなく「足もと」で述べる。「足もとの経営環境は」と言えば、「直近の統計が示しているところでは」という限定が含まれる。「現在」と書くと、書いた瞬間の状態を指すことになり、統計の公表ラグと合わない。
三つの層は、どこまで観測できているかで切られている。だから使える文末も層ごとに決まる。足もとは①(事実)と④(観察)、当面は③(標準シナリオ)、先行きは⑤(推論)と⑥(分岐)が中心になる(→第3章3-1)。
6-2. 三つの層は時間の層であって、シナリオではない
三つを並べると、見通しの全体が一枚に収まる。
足もとの受注は、大口案件の剥落を主因に、減少を続けている。当面についても、設備投資の低迷が続くとみられ、弱含みの推移が想定される。先行きについては、政策の効果が浸透するのに伴い、緩やかな改善をたどると考えられる。
(作例)
ここでよくある誤解を潰しておく。これは悲観・標準・楽観の三つのシナリオではない。 三つの時間層それぞれについて、本線の見通しを一つずつ述べているだけである。右へ行くほど明るくなっているのは、この例でたまたま本線がそういう形をしているからにすぎない。
シナリオの分岐は、時間の層とは別の軸に置く。各層の中で「もっとも」以下に並べるのが定型である(→第10章)。
当面については、設備投資の低迷が続くとみられ、弱含みの推移が想定される。もっとも、補助金の執行が前倒しされた場合には、下げ止まる可能性がある。
(作例)
時間の層が横軸、シナリオの分岐が縦軸である。この二つを混ぜると、読み手は「先行きは楽観的に書くもの」という誤った規則を受け取る。
6-3. 三つの層を混ぜない
層を混ぜると、原因と結果の順序が壊れる。
× 足もとの受注は、当面の設備投資の低迷を主因に、減少している。
(作例)
すでに起きていること(足もとの減少)を、まだ来ていない事情(当面の低迷)で説明している。 時間が遡っている。
○ 足もとの受注は、大口案件の剥落を主因に、減少している。当面についても、設備投資の低迷が続くとみられ、弱含みの推移が想定される。
(作例)
もう一つ多いのが、三層を一文に詰める形である。
× 足もとから当面、先行きにかけて、受注は緩やかに回復していくとみられる。
(作例)
まとめてしまうと、層ごとに文末様相を変えられなくなる。 ここでは「足もと」に「とみられる」が掛かり、観測できているものを推測で述べる形になっている(→3-2)。層は分けて書く。 一文ずつでよい。
6-4. 基準時点を書く
「足もと」は分析時点に貼りついた語である。同じ文書を三か月後に読めば、「足もと」が指す時期は変わっていない――変わっていないのに、読み手は読んだ時点のことだと思う。
だから、文書のどこかで一度、基準時点を明示する。
本稿は、11月末までに公表された統計に基づいている。
(作例)
これがあるだけで、「足もと」「当面」「先行き」のすべてに目盛りが入る。予測文書で最も省略されやすく、最も後で困る一行である。
6-5. 過去の分節
記録文書では、時間を細かく分ける必要がある。過去は「計画」「実績」「例外」の三層に分けるのが定型である。
上期の定期点検は、毎月第2水曜日に実施する計画とし、計6回行った。このうち、①機器の搬入と重なった1回を翌週に振り替え、②7月の不具合発生時には、定期点検とは別に臨時の点検を1回実施した。
(作例)
「計画とし」で計画を、「計6回行った」で実績を、「このうち」以下で例外を置いている。例外を書かない記録文書は、計画をそのまま貼っただけの文書と区別がつかない。
6-6. 計画文書では、時間層を計画期間に置き換える
足もと・当面・先行きの三層は、外の世界がどうなるかを述べる文書のための分節である。観測できている範囲、条件が続くと仮定できる範囲、条件も変わる範囲、という切り方をしている。
自分がすることを述べる文書では、この切り方が働かない。 自分の行動は観測の対象ではないからである。代わりに、時間は計画期間に紐づく。
| 外界を述べる文書 | 自分の行動を述べる文書 |
|---|---|
| 足もと | ― |
| 当面 | 本計画期間中に/今後○年で |
| 先行き | 中長期的に/○年度までに |
お手本 国は、「5つの原則」を、引き続き施策の立案及び実施に当たっての指針とする。
(サイバーセキュリティ戦略・2025年12月)
「引き続き」が期間を示している。ここに「当面」を入れると、外から観測した話のように読めてしまう。
計画期間そのものは、冒頭で一度、独立の一文で決めておく。
お手本 こうした観点から、本重点計画の計画期間については、交通政策基本計画の計画期間との一致を図り、令和12(2030)年度までとする。
(社会資本整備重点計画「はじめに」)
「〜までとする」で言い切っている。 「当面」も「先行き」も出てこない。なぜその期間なのか(別の計画と揃えるため)まで同じ文に入っているので、読み手は期間を動かせないものとして受け取る。以降、この文書の「計画期間内に」はすべてこの年度を指す。計画期間を書かない計画文書では、「今後」「中長期的に」がどこまでを指すのかが、最後まで決まらない。
計画文書で時間を書くときは、次の二つを分ける。
- 期限のある目標 ―― 「令和12年度までに〇〇を完了する」。年度と数値で切る
- 期限のない方向 ―― 「中長期的に〇〇を進める」。切らないことを明示する
2を1の形で書かない。 期限を書けないことに期限を書くと、その年度が来たときに未達として扱われる。逆に1を2の形で書かない。 決めた期限をぼかすのは、方針型で最も多い逃げである(→24-3)。
6-7. 条件付きの未来
設計文書の未来は、予測文書の未来とは形が違う。予測文書の未来は「どうなるか」だが、設計文書の未来は「その条件を満たしたらどうなるか」である。
容量の拡大は、消費電力量の増加につながる可能性がある。したがって、導入に向けては、容量と電力効率を併せて評価することが重要となる。
(作例。付録C-4「2.容量要件」と同じ題材)
「〜につながる可能性がある」(可能的)と「〜することが重要となる」(義務的)が組になる。予測文書のように「〜と考えられる」で締めると、まだ決めていない設計が、決まった見通しとして読まれる。条件の書き方そのものは第11章で扱う。
第7章 文の構造 ―― 主語はどこへ消えるのか
7-1. 主語が消える三つの仕組み
実務文書では、主語が見えないことが多い。消し方は三つある。
- 名詞化 ―― 「取引先が支払いを遅らせている」→「支払遅延が生じている」(→第2章)
- 受動態 ―― 「担当者が在庫を確認した」→「在庫が確認された」
- 非人称の述語 ―― 「〜となっている」「〜が求められる」「〜が窺われる」
この三つを並べたのは、使うためではない。自分の文章から意図せず主体が消えていないかを、自分で検出できるようにするためである(→1-6)。
原則は第1章で述べたとおり、一つしかない。主体を消してよいのは、外界を語るときだけ。
○ 受注は、大口案件の剥落を主因に、減少している。
(作例)
受注の増減に行為者はいない。ここで主語を立てれば、かえって嘘になる。これは責任の分散ではなく、行為者のいない現象を、行為者がいないとおりに書いているだけである。
対して、次は壊れている。
× 当室が実施した在庫棚卸は、対象部署と日程を調整のうえ、予定どおり実施した。
(作例)
誤りは二つある。第一に、「当室が実施した」が連体修飾に落ちているため、主文の主語は「在庫棚卸は」になる。棚卸が自分で自分を実施したことになってしまう。第二に、「実施した」が一文に二度出ている。 一度目を連体修飾に押し込んだせいで、主文の動詞がもう一度必要になった。
○ 当室は、在庫棚卸について、対象部署と日程を調整のうえ、予定どおり実施した。
(作例)
主語を文頭に戻せば、動詞は一度で足りる。主語を消したがると、動詞が増える。 これは文が壊れかけている合図として使える。
7-2. 受動態 ―― 使ってよい場合と、記録の放棄になる場合
受動態は、行為者を消さずに主題を入れ替える道具としても使える。問題は、行為者が誰かである。
使ってよい場合は二つ。行為者が文脈上自明であるとき。
○ 第3四半期の統計は、2月10日に公表された。
(作例)
公表したのは統計の作成機関であり、書くまでもない。もう一つは、行為者よりも対象の側が主題であるとき。
○ 本件は、2月の部長会に付議された。
(作例)
誰が付議したかではなく、付議まで進んだことが主題になっている。
記録の放棄になる場合は、消えた行為者が自分だったときである。
× 在庫が確認された。対応が検討された。
○ 当課は、在庫を確認し、対応を検討した。
(作例)
判定の方法は単純で、その受動態の行為者を補ってみて、「当課」「当室」「当方」が入るなら、能動に直す。 自分の仕事を受動態で書くのは、丁寧さでも慎みでもない。誰がやったか分からない業務報告に意味はない(→24-1)。
7-3. 名詞述語と「〜としている」
述語の側も名詞にできる。
本見通しは、現行の受注残が計画どおり消化されることを前提としている。
(作例)
「〜を前提としている」は、「〜が前提である」より一語長い。長いほうを選ぶ理由がある。「前提である」と書くと、前提が世界の側にあるように読める。「前提としている」と書くと、その前提を置いたのが書き手であることが残る。
× 本見通しは、受注残が計画どおり消化されることが前提である。
○ 本見通しは、受注残が計画どおり消化されることを前提としている。
(作例)
名詞述語が主体を消すとは限らない。「〜としている」「〜と置いている」「〜と仮置きしている」は、むしろ判断の主体を残すために使われる。予測文書と設計文書で多用されるのはこのためである。
7-4. 挿入句の層構造
長い文には、複数の層がある。
本見通しは、現行の受注残が計画どおり消化されることを前提としている。
(作例)
括弧で示すと、こうなる。
本見通しは、(現行の受注残が計画どおり消化されること)を前提としている。
(作例)
層が二つまでなら、読み手は解ける。三つを超えると解けない。
× 本見通しは、((現行の受注残が、(主要顧客の設備計画が維持される限り)、計画どおり消化されること))を前提としている。
(作例)
○ 本見通しは、現行の受注残が計画どおり消化されることを前提としている。この前提は、主要顧客の設備計画が維持されることを条件とする。
(作例)
層が三つになったら、文を割る。 実務文書の一文は長いが、長いのは修飾語の数であって、入れ子の深さではない。
7-5. 一文の長さ
一文に入れてよいのは、主張一つと、それを限定する条件一つまでである。
× 足もとの受注は減少しているが、当面は横ばい圏で推移するとみられ、先行きについては政策の効果が浸透すれば改善に向かう可能性があるものの、その時期は見通しがたい。
(作例)
四つの主張が一文に入っている。読み手はどれが本線か分からない。
○ 足もとの受注は、減少している。当面は、横ばい圏での推移が見込まれる。先行きについては、政策の効果が浸透するのに伴い、改善に向かうと考えられる。もっとも、その時期には振れを伴う可能性がある。
(作例)
一文一様相(→3-5)は、そのまま一文一主張でもある。
第Ⅲ部 論理
第8章 三つの様相
第3章では文末の一語を見た。この章で見るのは述部全体である。名前が三つ出てくるが、覚えるのは名前ではなく、名前を分けておくと何ができるようになるかのほうでよい。できるようになるのは二つ ―― 段落の中の並び順を点検できること(8-1)と、「可能性」を重ねる誤りを見つけられること(8-3)である。
8-1. 「認識的」「義務的」「可能的」
第1章で示した「様相」(確からしさ、なすべきこと、できること)は、文末だけでなく述部全体に関わる。三つとも、すでに出てきたものに名前を付け直しただけである。
- 認識的様相 ―― 世界がどうであるか(予測文書・診断文書の前半)。第3章の①〜⑥がこれにあたる
- 義務的様相 ―― どうすべきか(診断文書の後半・設計文書)。3-4で「階梯の外」とした⑦である
- 可能的様相 ―― 何ができるか、どうなりうるか(余力・リスク要因)。「〜しうる」「〜可能性がある」
一つの段落内で、これら三つが混在することもある。その場合、層の順序が決まっている。
足もとの受注は減少しているとみられる。(認識的)このため、経費の削減が求められる。(義務的)もっとも、市況が回復する可能性もある。(可能的)
(作例)
順序は「現状認識→対応→リスク」である。この順序を入れ替えると、読み手は処方の根拠を探しに戻ることになる。
8-2. 法的様相との違い
「〜なければならない」「〜してはならない」という法的な義務とは、別である。
実務文書の「〜する必要がある」は、より柔軟な勧告である。「そうすべき理由がある」という段階止まりで、強制力はない。
この差は実務上大きい。規程や契約の条文を引くときに「〜する必要がある」と書き換えてしまうと、義務が勧告に落ちる。引用するときは、原文の様相をそのまま運ぶ。
8-3. 可能性の階梯
可能的様相にも、認識的様相と同じように段階がある。
| 段階 | 形式 | 意味するところ |
|---|---|---|
| 1 | 〜可能性が高い | 本線ではないが、相当程度確からしい(=3-1の②) |
| 2 | 〜可能性がある/〜しうる | 本線から外れた分岐として、ありうる |
| 3 | 〜可能性は否定できない | 積極的な根拠はないが、排除もできない |
| 4 | 〜可能性は低い | ありうるが、本線から遠い |
| 5 | 〜は想定しがたい | 実質的に排除する |
この階梯は、第3章3-1の確信度の階梯と別物ではない。 段階1の「可能性が高い」は3-1の②と同じ語で、分岐を述べる形でありながら、本線として出す判断(③)より確からしいという位置にある(→3-1)。可能的様相の側から並べ直すと、それが段階の最上段に来る。本線を述べたいなら、この階梯からは選ばない。
この階梯について、二つ注意がある。
(1) 「起こりうる可能性がある」は段階ではない。 「起こりうる」がすでに段階2であり、「可能性がある」も段階2である。同じ段階を二回重ねているだけで、階梯上はどこにも動いていない。これは第3章3-5の二重ヘッジそのものである。
× 供給が途絶する事態が起こりうる可能性がある。
○ 供給が途絶する可能性がある。
(作例)
(2) 二重否定は、確信度を下げない。 これを取り違えている文書が多い。
× 供給が途絶し得ない可能性は低い。
(作例)
この文は「途絶し得ないという見方は当たりにくい」と言っている。つまり途絶しうるという、かなり踏み込んだ判断である。弱めたつもりで、実際には段階1に近いところまで強めている。
二重否定を使うなら、それが強めの留保であることを自覚したうえで、一重に直して書く。
○ 供給が途絶する可能性は否定できない。
(作例)
「否定できない」は、積極的な根拠がないまま警戒を促す形式である。読み手はここで身構える。身構えさせたくないなら、使わない。
第9章 ヘッジの重層
9-1. ヘッジとは
ヘッジとは、確信度を下げる言語装置である。三つの層がある。
- 副詞ヘッジ:「おそらく」「相当程度」「やや」
- 様相ヘッジ:「〜と考えられる」「〜可能性がある」
- 構造ヘッジ:「もっとも」「ただし」で留保を付ける
この三つは、ヘッジを見つけるための分類である。 重ねてよいかどうかの判定には使わない(→9-2)。
9-2. ヘッジの過剰
ヘッジを重ねすぎると、文が消える。
× おそらく、相当程度、緩やかな増加をたどる可能性が高いと考えられる。
(作例)
信頼度を五重に下げれば、読み手は何を信じればよいのか分からない。
この文は目盛りを見せるための作例で、実務でこの形を書く人はいない。 置いてあるのは、次に出す本物の失敗が同じことを二重にしていると分かるようにするためである。実際の原稿で出るのは、一見なんともない次の形である。
× 来期の受注は、現時点では不透明な面もあるが、緩やかに増加していくものと考えられる。
(作例)
読んで引っかかりはしない。しかし「現時点では不透明な面もある」と「と考えられる」で、同じことを二度下げている。 前半は留保の形をしているが、どの条件が壊れるのかも、どの分岐に移るのかも書いていない。 「確信は高くない」としか言っておらず、後半の様相ヘッジと同じことをしている。前半を削っても情報は減らない。
○ 来期の受注は、緩やかに増加していくと考えられる。
(作例)
もう一段下げたいなら、下げるのではなく条件を足す(→9-4)。
○ 来期の受注は、主要顧客の投資計画が維持されることを前提に、緩やかに増加していくと考えられる。
(作例)
自分の原稿で探すときは、「一文の中に、確信度を下げる働きの語がいくつあるか」を数える。 二つ以上あったら、二つ目を見る。条件か分岐を足しているか。 足していなければ、一つ削れる。
一つの主張には、ヘッジは一段が目安である。
○ 緩やかな増加をたどると考えられる。(様相ヘッジ)
○ 相当程度の増加が予想される。(副詞ヘッジ)
(作例)
二段目が許されるのは、それが条件か分岐を足しているときだけである。
○ 緩やかな増加をたどると考えられる。もっとも、その時期には振れを伴う可能性がある。
(作例)
二文目は、ただ下げているのではない。「時期」という別の分岐を足している。読み手は、増加そのものは動かないが時期は動きうる、という形を受け取る。これなら二段でよい。
ヘッジの層(副詞・様相・構造)は、判定には使わない。 層が違っても、二つ目が何も足していなければ二重ヘッジである ―― 上の×「不透明な面もあるが……と考えられる」は、留保(構造)と様相で層が違うのに二重ヘッジになっている。逆に層が同じでも、二つ目が条件を足していれば重ねられる。判定は層ではなく、足されたものの側で行う(→0-5の規則3、9-4、24-7)。
9-3. ヘッジの必要性を判定する
すべての主張にヘッジが要るわけではない。判定は、その主張が観測に基づくか、推論に基づくかで決まる。
事実は、ヘッジしない。
○ 上期の売上は、100億円であった。
× 上期の売上は、おおよそ100億円であったと考えられる。
(作例)
数えた数字に「と考えられる」を付けるのは、数えていないことを告白しているに等しい。
観察に基づく判断は、一段ヘッジする。
○ 足もとの受注は、減少しているとみられる。
(作例)
予測には、ヘッジは必須である。
× 来期の売上は増加する。
○ 来期の売上は増加すると考えられる。
(作例)
方針の表明には、ヘッジを掛けない。
ここが、この章で最も見落とされる。ヘッジは「確信度が足りないことを正直に示す」装置だが、決めたことについては、確信度は問題ではない。 問われているのはやるかやらないかであって、当たるか外れるかではない。
× 販路の拡大に取り組んでいく必要があると考えられる。
○ 販路の拡大に取り組む。
(作例)
×のほうは、決裁を通った計画に書かれていればコミットメントを自分で薄めている。 読み手は「取り組むのか、取り組むべきだと思っているだけなのか」を判別できない。
したがって、ヘッジの濃さは文書の性格で変える。
| 文書 | ヘッジ |
|---|---|
| 予測文書・診断文書(分析) | 事実は掛けない、判断に一段掛ける |
| 設計文書・要件型 | 要件を導く判断に一段掛ける。要件そのものは言い切る |
| 設計文書・方針型(戦略・計画) | 方針には掛けない。 掛けるのは、外部環境とリスクを述べる箇所だけ |
| 記録文書 | 掛けない。例外は原因の推定だけ(→21-3) |
| 聴取文書 | 記録には掛けない。所見には掛ける |
これは0-2の原則の例外ではない。 決めたことを「〜と考えられる」と書けば、読み手が受け取る情報は減っている。決定の事実が消えるからである。ヘッジを外すことで情報が増える、という一点で、他の場合と同じ規則が働いている(→24-7)。
9-4. ヘッジと主張の両立
ヘッジをしながら、同時に主張を明確にすることが、この文体の技術である。鍵は、確信度を下げる代わりに、条件を足すことにある。
× 来期の利益率は、改善するかもしれない。
○ 本見通しは、原材料価格が現行水準で推移することを前提としている。この前提のもとでは、来期の利益率は改善すると考えられる。
(作例)
前者は情報を減らしただけである。後者は、確信度を一段下げながら、どの条件が壊れれば主張も壊れるかという情報を足している。これが0-2で述べた「情報量を減らさずに、断定を減らす」の具体形である。
第10章 留保と例外 ―― 「もっとも」の論理
10-1. 「もっとも」の役割
「もっとも」は単なる接続詞ではなく、論理の構造化である。
本線を述べた後、「もっとも」で例外を導入することで、議論の全体像が見える。
来期の売上は、設備更新需要に支えられて、緩やかな増加をたどると予想される。もっとも、主要顧客の投資計画が後ずれした場合には、横ばい圏内にとどまる可能性がある。
(作例)
標準シナリオと、その外側にあるリスク要因が、一つの文脈で示される。「もっとも」以下は本線を打ち消さない。 打ち消してしまうなら、それは本線の立て方が間違っている。
10-2. 「もっとも」は段落に一つ
留保を重ねると、本線が見えなくなる。
× 来期の売上は増加すると考えられる。もっとも、市況が悪化すれば減少もありうる。もっとも、競争激化の影響も見込まれる。もっとも、主要顧客の投資計画には不確実性がある。
(作例)
三つの留保が横並びになり、どれが本線でどれが分岐か分からない。一段落に「もっとも」は一つまで。 留保が複数あるなら、段落を分けるか、リスク要因として節を立てて並べる。
なぜ一つまでなのか。 「もっとも」は、直前に述べた本線を一度脇へ置く合図である。二つ目の「もっとも」が来ると、読み手はそれが本線に戻って掛かるのか、一つ目の留保に掛かるのかを判断できない。上の×では、二つ目以降がどれに掛かるかを読み手が決めるほかなく、そこで本線が見えなくなる。規則は書き手の作法ではなく、読み手が本線を復元できるかどうかから出ている。
○ 来期の売上は増加すると考えられる。もっとも、主要顧客の投資計画が後ずれした場合には、横ばい圏内にとどまる可能性がある。
このほか、下振れ要因としては、市況の悪化と競争の激化が挙げられる。いずれも、現時点では本線の見通しには織り込んでいない。
(作例)
留保を並べたいときは、「もっとも」を繰り返すのではなく、リスク要因として列挙する形に切り替える(→第15章15-1の予測文書の構成)。
10-3. 「ただし」との区別
「もっとも」と「ただし」は、似て非なるものである。
- もっとも ―― 本線のシナリオの外側にあるリスク
- ただし ―― 本線そのものに掛かる条件や限定
来期の売上は増加すると予想される。もっとも、市況が悪化すれば減少もありうる。(外側のリスク)
(作例)
来期の売上は増加すると予想される。ただし、設備投資が計画どおり進む場合に限る。(本線の適用条件)
(作例)
見分け方は、それが破れたときに本線がどうなるかである。本線が別のシナリオに移るなら「もっとも」、本線が成り立たなくなるなら「ただし」。
「ただし」には、もう一つの用法がある。除外である。
○ 対象は、全支店とする。ただし、本年度中に統廃合が予定されている支店を除く。
(作例)
これは条件ではない。条件は「満たせば本線が成り立つ」という形だが、除外は「この部分には本線が及ばない」という形である。適用範囲の側を削っている。
| 用法 | 形 | 破れたときどうなるか |
|---|---|---|
| 条件 | ただし、〜の場合に限る | 本線が成り立たなくなる |
| 除外 | ただし、〜を除く | 本線は成り立つ。及ぶ範囲が狭まる |
規程・要領・契約の文では、除外の「ただし」(いわゆる但書)のほうが多い。二つの用法を一つの段落で重ねるのは、避ける。 「ただし、〜の場合に限る。ただし、〜を除く」と続けると、読み手は範囲を確定できなくなる。
ただし、規程の文では条件と除外が続くことが実際に多い。 どちらも書かなければ範囲が決まらない場合があるからで、これは禁止ではない。重ねるなら、どちらが範囲を決め、どちらが範囲を削っているのかを分けて書く。
○ 対象は、本年度中に更新期を迎える機器とする。ただし、更新の決裁が済んでいるものを除く。
(作例)
前段が適用範囲そのものを決めており、「ただし」は一度しか出ていない。条件のほうを「ただし」から本文に戻せば、但書は除外の一つだけで済む。
10-4. 「なお」との違い
「なお」は、主題と関連した補足情報である。論理的な対比ではない。
○ 本報告は、これまでの検討状況を取りまとめたものである。なお、ここで述べる要件は、現時点で車種の選定を確定するものではないことを予め明確にしておく。
(作例・社用車の運用。同じ形のお手本は13-2に引いた)
設計文書の免責は、ほぼ必ず「なお」で始まる。「もっとも」で免責を書くと、免責が本線の裏シナリオとして読まれてしまう。
第11章 条件付き主張と前提の明示
11-1. 条件付き主張
主張が成り立つ条件を明示することは、この文体では技術の中心にある。
本見通しは、現行の受注残が計画どおり消化されることを前提としている。
(作例)
「前提」を示すことで、その仮定が破れれば主張も破れることが分かる。読み手は、主張の当否ではなく前提の当否を検証できるようになる。
11-2. 前提の三層
前提にも、三つの層がある。
- データ的前提 ―― 分析の基礎となる統計や事実(「11月末までに公表された統計に基づく」)
- 行為的前提 ―― 主体が予定どおり行動する前提(「点検が計画どおり実施される」)
- 環境的前提 ―― 外部環境が変わらない前提(「原材料価格が現行水準で推移する」)
三つを分けて示すと、どの前提が破れると主張も破れるのかが見える。このうち破れやすいのは、たいてい2である。 自分の側の行為的前提を書かずに済ませた予測文書は、外れたときに外部要因のせいにできてしまう。
11-3. 前提の明示と信頼度
前提を明示することで、むしろ信頼度が上がる。
× 来期の売上は増加する。(前提が隠れている)
○ 本見通しは、現行政策が継続されることを前提としている。来期の売上は、増加すると考えられる。(前提が明示されている)
(作例)
読み手は、前提が妥当かどうかを判定できるようになる。前提を書かない文書は、外れたときに何が間違っていたのかを特定できない。
11-4. 条件の示し方 ―― 設計文書で「〜のもとで」を使わない理由
条件を示す言い方は複数あるが、すでに成立している条件を指す形と、これから満たすべき条件を指す形は、混ぜられない。
| 形式 | 何を含意するか | 使う類型 |
|---|---|---|
| 〜のもとで | その条件がすでに成立している | 予測文書・診断文書 |
| 〜にあたっては | これから行うことの手前で満たす | 設計文書 |
| 〜を踏まえると | すでにある事情を判断材料にする | 設計文書・診断文書 |
| 〜を前提として | 成否を問わず仮に置く | 予測文書・設計文書 |
予測文書で「〜のもとで」は自然に働く。
○ 週末の買い出しの効果が続くもとで、在庫は高水準を維持している。
(作例。付録C-1「1.現状」と同じ題材)
買い出しはすでに済んでいて、その効果が現に続いている。成立している条件である。
これを設計文書で使うと、未確定の前提が確定した事実に化ける。
× 搬入経路が確保されるもとで、容量要件は現行機を上回るものとなる。
○ 搬入経路の確保にあたっては、廊下の幅員を確認する必要がある。そのうえで、容量要件は現行機を上回るものとなる。
(作例)
×の文は、搬入経路がすでに確保されているように読める。実際には、まだ確認していない。設計文書が述べる条件は、これから満たす条件である。 成立済みの形で書けば、読み手は確認済みの事項として先へ進んでしまう。
これが、設計文書で「〜のもとで」を原則として使わない理由である。第23章のチェックリストと付録Cの採点の観点で繰り返し出てくるのは、この一点による。
例外が一つある。すでに成立している制約条件を述べるときである。
○ 関係法令の定めるところのもとで、本システムは〇〇の保存期間を満たす必要がある。
○ 既存建物の構造のもとで、搬入経路は北側廊下に限定される。
(作例)
法令も既存建物の構造も、これから満たす条件ではなく、設計が動かせない所与である。所与を所与として書いているので、「すでに成立している」という含意は正しい。
判定は、その条件を自分がこれから満たしに行くかどうかで行う。 満たしに行くなら「〜にあたっては」、動かせない前提として受けるだけなら「〜のもとで」でよい。迷ったときは「〜にあたっては」に寄せる。 所与を条件の形で書いても実害は小さいが、未確定を所与の形で書くと、読み手が確認済みとして先へ進む。
第12章 因果と量化
12-1. 因果を示す語の区別
実務文書では、因果関係の表現が細かく分かれている。分かれているのは、どこまで踏み込んだかを語で示すためである。
先に一点だけ置いておく。確からしさの軸は、文末と因果の語の二本ある(→3-2)。文末が示すのは結論のほうの確からしさで、因果のほうの確からしさは、下の表の語で示す。
| 形式 | 何を示すか | 注意 |
|---|---|---|
| 〜ことから | 観測された事実を根拠にする | 因果というより「根拠」。最も汎用 |
| 〜を主因に | 複数の原因のうち最大のもの | 他にも原因があることを含意する |
| 〜に伴い | 随伴。同時に動いていること | 因果を断定していない |
| 〜を背景に | 遠い条件。直接の引き金ではない | |
| 〜によって | 手段・媒介 | 行為者が不明確なまま使うと、因果の主体が見えなくなる |
| 〜ため | 理由。ただし目的にも読める | 両義になるため、文頭では避ける |
「〜によって」について補っておく。問題になるのは、行為者が「いない」ときではなく、「いるのに書いていない」ときである。
- 行為者不在 ―― そもそも誰の行為でもない。「自然災害によって被害が生じた」「気温の低下によって出荷が減少した」。ここで主体を立てれば嘘になる(→7-1)。そのまま使ってよい。
- 行為者明示 ―― 誰の行為かが書いてある。「政策の効果によって改善した」。問題ない。
- 行為者不明 ―― 誰かの行為なのに、その誰かが書かれていない。ここだけが問題である。
注意が要るのは三つめ、行為者がいるのに書かないまま「によって」を使うときである。
× 運用の見直しによって、処理時間が短縮された。(誰が見直したのか)
○ 当課が運用を見直したことにより、処理時間が短縮された。
(作例)
「によって」は手段を示す語なので、手段を用いた者がいる。その者が自分の側なら、書く(→7-2)。
踏み込みの度合いは、文末でも調整する。
○ 前年同期から5点減少した。これは、保管方法を見直したことによるものとみられる。(推定)
○ 前年同期から5点減少した。これは、保管方法の見直しによる。(断定)
(作例。付録C-3「3.食材ロス」と同じ文。21-3でも使う)
因果を断定できるのは、原因と結果の対応を実際に確かめた場合だけである。 数字が動いた時期と施策の時期が重なっているだけなら、「とみられる」を付ける。
12-2. 複数の因果の序列
複数の原因が同じ結果を生む場合、序列を語で示す。
足もとの受注は、大口案件の剥落を主因に、減少しているとみられる。
(作例)
「主因」と示すことで、他の要因も存在するが、これが最大であることが分かる。序列の語は三段ある。
- 主因 ―― 最大の要因。他の要因の存在を含意する
- 一因 ―― 複数あるうちの一つ。大きさは言っていない
- 背景 ―― 直接の引き金ではないが、条件を作っている
× 足もとの受注は、大口案件の剥落により、減少している。
(作例)
「により」は他の要因を排除してしまう。本当に単一の要因なのか、確かめてから使う。
12-3. 因果の連鎖
一つの現象が次の現象を生む場合、その連鎖を順に示す。
原材料価格の下落に伴い、利益率は回復していくと考えられる。このことは、設備投資への余力を生み出すと同時に、競争力の強化にも寄与しうる。
(作例)
原材料価格の下落 → 利益率の回復 → 設備投資の余力、という連鎖である。ここで文末が「考えられる」から「しうる」へ落ちていることに注意したい。連鎖が一段進むごとに確信度は下がる。同じ文末で押し通すと、三段目まで同じ確からしさで起きるように読まれる。
12-4. 因果と推測の分離
背景が分かっていない状態と、推測している状態は、書き分ける。
売上の減少が続いており、その背景を分析していく必要がある。(背景は不明。調査が要る)
売上の減少は、顧客需要の縮小が背景であると考えられる。(背景を推測している)
(作例)
この二つを混ぜた文が、最も読み手を困らせる。
× 売上の減少は、顧客需要の縮小によるものとみられるが、背景については引き続き分析していく必要がある。
(作例)
推測しているのか、していないのか。推測を出したなら、それを検証する形で次を書く。
○ 売上の減少は、顧客需要の縮小によるものとみられる。この見方については、地域別の内訳により引き続き検証していく。
(作例)
12-5. 「平均」と「個別」を分ける
量化の技術のうち、最も効くのがこれである。
単価の改定は、全体としては一巡している。もっとも、これは平均でみた話であり、取引先ごとの差はむしろ広がっている。
(作例。付録C-6「1.価格転嫁について」と同じ型を、単価の改定に移したもの)
書き手が自分で、自分の量化の適用範囲を限定している。 「平均では」「ただし個別には」という対比があることで、読み手は「一巡した」を全体に適用しない。
この一行がないと、平均の話が個別の話として運用されてしまう。平均を書いたら、分散に触れる。 これは量化の作法である。
12-6. 量化の根拠を示す
根拠なく量化しない。根拠を示すことで、同じ数字の重みが変わる。取引先への価格転嫁の状況を述べた一文を例に取る。
上位10社については、四半期ごとの改定ルールを設けており、機械的に反映される仕組みができている。
(付録C-6「1.価格転嫁について」。同じ文を20-3でも使う)
「ルールがある」「仕組みができている」という根拠があって初めて、「上位10社」という区切りが意味を持つ。根拠を書かずに「主要な取引先については対応済み」とだけ書けば、どこまでが主要なのかは書き手の胸の内にとどまる。
量化の根拠は、次の三つのどれかで示す。
- 数え方 ―― 何を母集団とし、どこで切ったか(「上位10社」「取引金額で上位8割」)
- 仕組み ―― なぜその区切りに意味があるか(「改定ルールを設けている」)
- 時点 ―― いつ数えたか(「9月末時点」)
三つとも書けないなら、その量化は書かないほうがよい(→24-5)。
三つを本文に散らさず、別掲することもできる。 定期的に出す文書では、そのほうが本文が軽くなる。
お手本 前回8年4月判断以降、足下の状況までを含めた期間で判断。……管内約580社からの協力を得て状況を聴取。
(管内経済情勢報告・令和8年7月判断「管内経済情勢報告の調査方法の概略」)
本文に入る前の一ページに、いつからいつまでを見たか(時点)と、何社に当たったか(数え方)が置いてある。本文の各項目は「持ち直している」「前年を上回っている」とだけ書いて、そのつど根拠を繰り返さない。根拠を一か所にまとめてあるので、本文の判定はすべてそこに紐づく。 自分の職場の定例報告でも、同じ置き方ができる。
1と3は、一文の中で同時に示すこともできる。
お手本 以上のような金融市場調節のもとで、日本銀行が2025年度に実施したオペレーションの回数は799回(前年度879回)と、量的・質的金融緩和が開始された2013年度以降では、最も少ない回数となった。
(2025年度の金融市場調節「1.概観」)
「799回」だけなら、多いのか少ないのかは読み手に分からない。この一文は、数え方(実施したオペレーションの回数)、時点(2025年度)、そして比べる範囲(前年度、および2013年度以降)を、数字と同じ文の中に置いている。「最も少ない」という評価が成り立つのは、どこからどこまでを見て最も少ないのかが書いてあるからである。「オペレーションの実施回数は大幅に減少した」と書けば、同じ事実から根拠が抜け落ちる。
第Ⅳ部 段落と構成
第13章 書き出し
13-1. 総括で始まる
実務文書は、総括で始まる。
当部の社用車は、稼働率が高い水準で推移しており、予備車を確保できない状態が続いている。
(作例・社用車の運用)
結論から始まる構造である。その後に、具体的な根拠や背景が続く。
総括は一文で、一段落にする。 二文になったら、二文目はすでに根拠である。根拠は次の段落へ送る。
13-2. 類型ごとの書き出しの型
類型ごとに、書き出しの型が決まっている。以下は同じ〈社用車の運用〉を題材にした五通りである。
予測文書
当部の社用車の走行距離は、足もと、高い水準で推移している。
(作例・社用車の運用)
総括を一文で。その後、足もと・当面・先行きの三時間層で分節する(→第6章)。
診断文書
当部の社用車の運用は、全体として支障なく回っている。
(作例・社用車の運用)
総括を一文で。その後、「〜をみると」で観点ごとに分節する(→14-5)。
記録文書
当部は、車両費の抑制と安全運行の確保の観点から、上期を通じて、社用車4台の運用管理を行った。
(作例・社用車の運用)
主体と方針を示したうえで、実績を記述する。時間軸は過去に固定する。順序は決まっていて、〈主体〉は、〈目的〉の観点から、〈期間〉を通じて、〈手段〉を主たる手段として、〈対象〉を〈動詞〉した、という形になる。
お手本 日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現の観点から、2025年度を通じて、短期金利の操作を主たる政策手段として、金融政策を運営した。
(2025年度の金融市場調節「1.概観」冒頭)
一文に、主体・目的・期間・手段・対象が全部入っている。この一文を読めば、以降に何が書いてあるかが決まる。 記録文書がこの形で始まるのは、後日に引くときの見出しとして働くからである。半年後にこの文書を探す人は、この一文だけを読んで当たりかどうかを判断する。
設計文書
当部は、リース満了を控え、次期車両に求められる要件の整理を行ってきた。本報告は、これまでの検討状況を取りまとめたものである。なお、ここで述べる要件は、現時点で車種の選定を確定するものではない。
(作例・社用車の運用)
経緯を示した後、免責を付ける。免責は「なお」で始める(→10-4)。
お手本 日本銀行は、2020年10月に決定した「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」に基づき、概念実証(2021年4月〜2023年3月)を行い、一般利用型の中央銀行デジタル通貨(Central Bank Digital Currency, CBDC)の基本的な機能や具備すべき特性が技術的に実現可能かどうかを検証してきた。
……
本報告書は、これまでのパイロット実験について、日本銀行決済機構局が取りまとめたものである。なお、ここで述べる設計内容、検討内容等は、現時点で社会実装時における設計を確定するものではないことを予め明確にしておく。
(パイロット実験進捗報告・2026年6月「1.はじめに」)
「〜に基づき」「〜してきた」で経緯を置き、「本報告書は……取りまとめたものである」で文書の位置を示し、「なお」で免責に入る。 設計文書の冒頭は、ほぼこの三段で固定されている。
免責の言い回しにも型がある。「現時点で〜を確定するものではないことを予め明確にしておく」。ここを「〜ではない」で止めず「予め明確にしておく」まで書くのは、免責したという行為そのものを記録に残すためである(→21-4)。
聴取文書
冒頭、当方から、上期の稼働実績および次期車両の検討状況について説明した。
(作例・社用車の運用)
自分が説明したことを先に置き、「これに対し」で相手の発言に移る。聴取文書だけは総括で始まらない。 総括を置くと、記録者の評価が冒頭に来てしまう(→第17章17-2)。
13-3. 「主体の立て方」と「視点」の違い
書き出しで決まるのは、文書全体の視点である。
当部は、車両費の抑制と安全運行の確保の観点から、社用車4台の運用管理を行った。
(作例・社用車の運用。記録文書なので「当部」が主体として立つ)
当部の社用車は、全体として支障なく稼働している。
(作例・社用車の運用。診断文書なので主体は立たず、「社用車」は観察の対象)
二文目の「当部の」は、所属を示す修飾語であって主体ではない。主体が立っているかどうかは、「〜は」の位置に行為者がいるかで見る。 主体の立て方で、文書の責任の所在が変わる。
第14章 段落
14-1. 一段落一トピック
実務文書では、一段落は一つのトピックを扱う。
1.稼働の状況
社用車の稼働率は、月初と月末に高まり、月央にかけて低下する循環を繰り返した。もっとも、7月以降は、訪問先の集約を進めたことから、循環の振幅は縮小している。
(作例・社用車の運用)
「稼働率の動き」というトピック一つに絞られている。ここに燃料費の話を足せば、段落は二トピックになり、読み手はどちらが主題か分からなくなる。
14-2. 段落内の論理構造
段落内では、通常「総括→具体→留保」の順で述べる。
- 総括文 ―― 社用車の稼働率は、月初と月末に高まり、月央にかけて低下する循環を繰り返した。
- 具体文 ―― 稼働率の差は、月初・月末で8割台、月央で5割台であった。
- 留保文 ―― もっとも、7月以降は、訪問先の集約を進めたことから、振幅は縮小している。
この順序は、第13章の総括の原則を段落の単位で繰り返したものである。文書全体も段落も、同じ形をしている。
14-3. 段落の長さと項目番号
実務文書の段落は、短い。3〜5文が目安である。
長すぎる段落は、論理の層が多すぎる。読み手は複数の思考段階を同時に保持することになり、負荷が高まる。
長い文書では、段落に項目番号が付く。
1.概観
2.稼働の状況
3.車両費
(作例・社用車の運用)
番号付けの効用は二つある。読み手が全体の構成を把握できること。そして、書き手が一つの番号に二つのトピックを入れられなくなることである。後者のほうが実務上は効く。
14-4. 段落と段落のつなぎ方
段落の頭に置く接続表現で、文書全体の論理が見える。
| 表現 | 何を示すか |
|---|---|
| このため | 前段落を原因とする結果 |
| 一方 | 対比。並列ではない |
| もっとも | 前段落の本線に対する留保(→第10章) |
| このほか | 同じ階層の追加 |
| 以上を踏まえると | 評価への転換 |
| したがって | 結論への転換 |
この表の割り当ては、本書が狭いほうに寄せてある。 実務では、もっと広く使われている語もある。狭く割り当てるのは、そうしたほうが接続表現そのものが情報を持つからであって、広い使い方が日本語として誤りだからではない。自分の職場の運用が広いなら、それに従ってよい。条件は一つで、一つの文書の中で二つの用法を混ぜないことである。 以下の二つは、その割り当ての中でも効きが大きい。
(1) 「一方」は対比にしか使わない。 単に次の話題へ移るだけなら「このほか」を使う。対比でないのに「一方」と書くと、読み手は存在しない対立を探す。
お手本 個人消費は、物価上昇の影響を受けつつも、雇用・所得環境の改善を背景に底堅く推移している。一方、住宅投資は減少傾向にある。
(展望レポート・2026年4月)
底堅い個人消費と、減少する住宅投資。向きが逆である。
実務では「一方、他方で」と並べて二つの論点を置くだけの使い方も珍しくない。上の但し書きが当たるのは、まずここである。
(2) 「以上を踏まえると」と「したがって」を重ねない。 前者は評価への転換、後者は結論への転換である。診断文書では「以上を踏まえると…と評価される」で評価を置き、その次に「〜する必要がある」で処方へ転じる。二つを続けて使うと、評価を飛ばして結論だけが残る。
以上を踏まえると、短期のストレスに対しては相応の頑健性を有しているものの、1週間を超える供給途絶には脆弱性を抱えていると評価される。予備の確保を含め、体制のあり方を検討していく必要がある。
(付録C-2「2.ストレステスト」末尾を〈社用車の運用〉に移した作例)
これは付録C-2(〈わが家の冷蔵庫〉の診断文書)の末尾を、社用車の題材に移したものである。「供給途絶」は、冷蔵庫の側では買い出しが途切れることを指していた。
お手本では、この転換が三段になっている。
お手本 最新の12月調査では、経常利益計画は前期から横ばいとなっており、関税交渉が7月に合意し、不確実性が一定程度和らいだことや、……年度末に近づいた段階のデータである実績見込みや実績は下方修正されにくい傾向があることを踏まえると、これ以上に企業収益が大幅に悪化する可能性は低いと思われる。こうした点を踏まえると、これまでの米国の関税措置による自動車産業の収益悪化の度合いは、ある程度明らかになってきたと考えられる。ただし、現在課されている自動車関税15%は、追加関税前の税率2.5%に比べれば相当程度高いと言え、今後の自動車産業の収益等に与える影響には引き続き注視が必要である。
(日本経済レポート・2025年度版「第1章第1節」)
〈データ〉→「こうした点を踏まえると」で評価→「ただし」で留保→「注視が必要である」で処方、という順である。評価(「明らかになってきたと考えられる」)と処方(「注視が必要である」)のあいだに「ただし」が入っていて、なぜ処方が要るのかが、そこで示されている。 留保を飛ばして「明らかになってきた。注視が必要である」と続けると、処方の理由が消える。
この一段落は、予測と診断が一つの文書の中で切り替わるところでもある。前半はデータの記述(診断)、「と考えられる」から先が見通し(予測)で、文末の様相がそこで切り替わっている(→3-1、1-5)。
このお手本は、本書の割り当てと二か所ずれている。 「ただし」が導いているのは自動車関税の水準という本線の外側の要因なので、10-3の基準では「もっとも」の側にあたる。「と思われる」も、3-1の階梯に入れていない語である。それでも○として引いているのは、この一段落から借りるのが語の割り当てではなく、〈データ〉→〈評価〉→〈留保〉→〈処方〉という順序だからである。 上の但し書きが当たる二つめが、ここである(→0-4(1)、付録D-2、D-6)。
14-5. 「〜をみると」で段落を起こす
診断文書では、観点ごとに「〜をみると」で段落を起こす。
稼働率をみると、月末の3営業日に集中する傾向が続いている。
整備の実施状況をみると、法定点検はいずれも期限内に完了している。
(作例・社用車の運用)
この形式の働きは、観点を宣言することにある。読み手は「次は別の観点の話だ」と分かる。
注意点が一つ。「〜をみると」は観測できるものにしか使えない。
× 今後の需要をみると、増加が見込まれる。
○ 今後の需要については、増加が見込まれる。
(作例・社用車の運用)
まだ観測していないものを「みる」ことはできない。予測文書でこの形が出てきたら、たいてい類型が混ざっている(→1-5)。
第15章 文書全体の構成
15-1. 類型ごとの全体構成
各類型には、典型的な構成がある。
予測文書
- 現状の総括
- 当面の見通し
- 先行きの見通し
- リスク要因
- 前提
診断文書
- 総括(安定している/課題がある)
- 観点別分析(「〜をみると」)
- 問題点の指摘
- 対応の勧告(「必要がある」)
記録文書
- 主体と方針の明示
- 実績の記述(時間軸で分節)
- 例外や特殊な対応
- 成果の評価
この四つが、お手本では冒頭の一節(「概観」)の中に、そのままの順で畳み込まれている。1は13-2に引いた「日本銀行は……金融政策を運営した」の一文、2と3は付録D-5に引いた二つの段落である(いずれも2025年度の金融市場調節「1.概観」)。原文はそちらで読んでもらうことにして、ここでは構成の側から二つだけ述べる。
実績は〈計画〉→〈実施〉→〈結果〉の三つで書く。 お手本では「減額計画に沿って」が計画を、「減額した」が実施を、「その結果……最も低い水準となった」が結果を受け持っている(→付録D-5の5)。何をしたかだけを書くと、決めたとおりにできたのかどうかが残らない。
例外は、例外として立てる。 お手本は「例外的な対応として」と名指したうえで、理由(「効果が及びにくいことから」)と目的(「需給逼迫感の改善を企図した」)を前に置いている(→付録D-5の7)。なぜ原則から外したかを書かない例外は、後日読んだときに、ただの不統一に見える。
設計文書
- 経緯と免責
- 前提となる条件
- 要件の詳細(複数の観点)
- 制約要因
- 今後の判断の留保
設計文書・方針型(戦略・計画)
- 根拠と適用範囲(根拠法・上位計画・計画期間)
- 環境認識と課題(ここだけ認識的様相)
- 方針・施策(言い切る)
- 想定される支障
- 進め方と、達成の測り方
聴取文書
- 説明・聴取の経過
- 相手の発言内容(テーマ別)
- 自分の所見(心証を分離)
五つを並べると、リスク・例外・制約・所見が、いずれも最後に置かれていることが分かる。本線を先に通し、本線から外れるものを後ろへ送る。これが類型を越えた共通の形である。
総括と末尾が食い違って見えるとき。 診断文書では、冒頭の総括が「安定している」で、末尾の評価が「脆弱性がある」になることがある。付録CのC-2がその形である。
冒頭:わが家の冷蔵庫は、全体として安定している。
末尾:1週間を超える供給途絶には脆弱性を抱えていると評価される。
(付録C-2「1.冷蔵庫の状態」冒頭と「2.ストレステスト」末尾)
これは食い違いではない。 冒頭は平時の判定、末尾はストレス下の判定で、条件が違う。診断文書がストレステストの節を持つときは、この二層構造になるのが定型である。
食い違いになるのは、同じ条件について反対の判定を置いたときである。
× 冒頭:当部の社用車は、全体として支障なく稼働している。
× 末尾:月末の3営業日については、車両の不足が常態化していると評価される。
(作例・社用車の運用)
こちらはどちらも平時の話なので、読み手はどちらを信じればよいのか分からない。総括を「平時の稼働に支障はないものの、月末には不足が常態化している」と直す(→15-2、演習15-1)。
見分け方は、冒頭と末尾で条件が変わっているかである。 変わっているなら、総括のほうに「平時は」と書き足しておくと、読み手は身構えずに済む。
15-2. 結論を先に置く ―― 「起承転結」との違い
文章の型としてよく引かれるのが「起承転結」と「序破急」である。起承転結は漢詩(絶句)の構成法に、序破急は雅楽や能楽の構成法に由来する。どちらも東アジアで育った型であって、外来のものではない。
この二つに共通するのは、結びを最後に置くことである。読み手を最後まで連れて行き、そこで着地させる。途中で読むのをやめる読者は想定されていない。
実務文書の読み手は、途中で読むのをやめる。決裁に回ってくる文書を、全部を最後まで読む人はいない。だから結論を最初に置く。本書ではこの形を、便宜上「結・論・拠」と呼ぶ。
- 結 ―― 結論を一文で
- 論 ―― その結論に至る論の筋
- 拠 ―― 根拠となるデータ
順序が逆になっていないかは、冒頭の一段落だけを読んで、文書の要旨が分かるかで判定できる。分からなければ、結論は後ろにある。
この順序の根拠は、読み手の読み方にある。 決裁に回る文書の読み手は、途中で読むのをやめる権利を持っている。結びを最後に置く型は、最後まで読んだ人にだけ結論が届く構造で、途中でやめた人には何も残らない。結を先に置けば、どこでやめても、やめた地点までの情報が届く。論と拠は、結を疑った人のために後ろに置いてあるのであって、順に読ませるために並べてあるのではない。「結・論・拠」という呼び名は本書の便宜上のもので(→0-5)、覚えるべきなのは呼び名ではなく、この読まれ方のほうである。
15-3. 分量と粒度
分量が決まれば、粒度も決まる。
| 分量 | 入るもの |
|---|---|
| 100字以内 | 結論のみ(「〜と考えられる」で終わる) |
| 300字程度 | 結論+理由を一つ |
| 1000字程度 | 結論+論拠+前提。観点は二つまで |
| 3000字以上 | 観点別の分節、リスク要因、前提の三層 |
分量が足りないときに削るのは、根拠ではなく観点である。 観点を三つ挙げて各一文にするより、観点を一つに絞って三文書くほうが、読み手には伝わる。制限字数の中で何を捨てるかを決めることが、この文体で最も整理力を要求される作業になる。
15-4. 二、三行で出すとき
報告がメールの本文や短文で回ることは多い。分量が二、三行になっても、本書の規則は落ちない。落ちるのは分量だけである。
削ってよい順に並べると、こうなる。
- 観点(複数あるうちの一つに絞る)
- 根拠の内訳(数字は残し、内訳は落とす)
- 前提の三層のうち、破れそうにないもの
最後まで残すのは、次の三つである。
- 文末様相。 事実か、観察か、推論か、要請か。一語なので削れない
- 主体。 自分のした仕事なら、主語は残す(→7-2)
- 破れそうな前提を一つ。 「〜を前提に」の一句
× 受注は好調です。来期も期待できそうです。
○ 足もとの受注は、前年を1割上回っている。来期も、主要顧客の投資計画が維持されれば、増加が続くと考えられる。
(作例)
二文で、事実と予測が分かれ、確信度が示され、破れる前提が一つ書いてある。短いほど、一語あたりの情報量を上げる必要がある。 短くなったから雑でよい、ではない。
逆に、短文では書けないものもある。 聴取文書の「明確な言及はなかった」(→18-2)や、記録文書の例外の列挙(→6-5)は、削ると記録として成り立たなくなる。これらが要る文書は、短文で出さない。
第Ⅴ部 聴取文書 ―― 他者の発言を書く
この部の例文について、先に断っておく。 第16章から第20章までの例文は、付録Cの二つの聴取文書から抜き出したものである。 面談は、切り取った一文だけを見ても何の話か分からないので、本文ではそのつど「どちらの文書の、どこから引いたか」を示す。
| どの例文か | 出どころ | どんな面談か |
|---|---|---|
| 三人称記録の例(第16〜19章) | 付録C-5 | 〈わが家の冷蔵庫〉の運用について、当方が母から聴取した記録 |
| 一人称要旨の例(第19〜20章) | 付録C-6 | 原材料価格の上昇を受けた事業運営の方針を、A社社長から聴取した要旨 |
先に付録C-5・C-6を通して読んでおくと、以降の例文が早く読める。 ほかの部では、本文の例文と付録Cの題材は分けてある(→0-4)。この部だけ揃えてあるのは、聴取文書の規則が一文ではなく文書全体の形に掛かるからで、断片を独立の作例に置き換えると、規則が働いているところが見えなくなる。
第16章 聴取文書は何を記録するか
16-1. 「何を記録するか」の判定
聴取文書が難しいのは、他人の発言を「記録」するときに、書き手の判定が必ず入るからである。
話者が語らなかったことを、記録すべきか。話者の説明のうち、重要だと思う点を強調すべきか。二度繰り返された発言を、二度書くべきか。
どれも、その場にいた記録者にしか判定できない。そして判定した以上、判定したことが分かるように書かなければならない。判定を隠して「そのまま書きました」という顔をするのが、聴取文書で最も多い失敗である。
16-2. 三つの型のうち、本書が扱う二つ
同じ聴取から作れる文書には、三つの型がある。
| 型 | 要約するか | 何が残るか |
|---|---|---|
| 逐語記録(速記録・発言録) | しない | 発言そのもの。語気も言いよどみも残る |
| 三人称記録 | する | 記録者の視点から、語られたことと語られなかったこと |
| 一人称要旨 | する | 話者の視点から、話者の論理 |
本書が扱うのは、下の二つである。 逐語記録には、本書の規則の多くが当てはまらない。要約しないのだから記録者の判定は入らないし、話者が語気を強めたならそのまま残す。「言い張った」のような記録者の評価語を避ける規則(→17-1)も、逐語記録には関係がない――そもそも記録者が述語を選ばないからである。
国会・審議会・株主総会のように、逐語記録が制度として求められる場がある。そこで本書の規則を持ち出さないこと。 逆に、逐語記録の作法を要約する文書に持ち込むと、記録者の評価が入り放題になる。
以下、第Ⅴ部で「聴取文書」と言えば、要約を伴う二つの型を指す。
この選択は、書き出す前に決める。決め直しながら書くと、矛盾が生じる。三人称記録として書き始めた文書の途中から話者の内面に入れば、記録者が読心術を使ったことになる。逆に、一人称要旨の途中に「言及はなかった」が混ざれば、話者が自分の沈黙を自覚していたことになる。
16-3. 「記録」の倫理
記録することは、同時に「何を記録しないか」を決めることである。付録C-5の三人称記録に、次の一行がある。〈わが家の冷蔵庫〉の買い出しをどちらが担うかは、その面談で当方が答えを持ち帰るはずの事項だった。
買い出しの担当については、明確な言及はなかった。
(付録C-5「2.買い出し頻度」)
この一行は重い。話者が「言及しなかった」という事実そのものが、記録の対象になっている。 書くか書かないかで、後日この面談がどう読まれるかが変わる。
だからこそ、書く基準を自分の中で一定にしておく。その場で期待されていた事項について言及がなかったときに書く、というのが実務上の基準である。期待されていなかった事項の不在まで書き始めると、記録は際限なく膨らみ、かつ記録者の関心が丸見えになる。
第17章 伝聞の階梯
17-1. 発言の種類を形式で示す
聴取文書では、話者が何をしたのか――説明したのか、指摘したのか、要求したのか――を形式で示す。
| 形式 | 何を示すか |
|---|---|
| 〜と述べた/〜との発言があった | 発言があったことだけを示す。最も中立 |
| 〜との説明があった | 経緯や理由の説明 |
| 〜との見方が示された | 判断・評価の表明 |
| 〜との指摘があった | 問題の所在を示す発言 |
| 〜との見解が示された | 主張として整理された表明 |
| 〜を求める意向が示された | 働きかけ(→第19章19-3) |
これは強度の階梯ではなく、種類の階梯である。上にあるほど強いのではなく、話者の行為が違う。
お手本では、同じ段落の中でこれらが使い分けられている。
お手本 わが国の景気について、委員は、一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復しているとの認識を共有した。何人かの委員は、これまでのハードデータをみる限り、わが国経済は、概ね従来の見通しに沿って推移しているとの見解を示した。一人の委員は、コンフィデンスなどのサーベイデータをみても、現時点では、各国の通商政策等の影響はまだ強く出ている訳ではないと指摘した。
(議事要旨・2025年4月30日、5月1日開催分)
「認識を共有した」「見解を示した」「指摘した」が一段落に並んでいる。どれも評価語を含まない。 そのうえで「委員は」「何人かの委員は」「一人の委員は」という量詞(→5-4)で、その見方がどこまで共有されていたかを示している。発言の重みは、形容ではなく、人数と形式で表す。
強度を書きたいときは、観察できる事実で示す。
○ 見直しを求める強い意向が示された。
○ 同じ趣旨の発言が、複数回にわたりあった。
○ この点については、二度にわたり強調があった。
(一つめと二つめは付録C-5「2.買い出し頻度」「1.現状認識」の形。三つめは作例)
「強調があった」は、話者が実際に語気を強めたときに限って使う。
三人称記録の本文では、次のように書いてはいけない。
× 〜と言い張った。
× 〜と主張して譲らなかった。
× 〜と繰り返すばかりであった。
× 〜と頑なに述べた。
(作例)
これらは話者の発言ではなく、記録者の評価を書いている。「言い張った」は「述べた」に記録者の心証を足した語である。
「三人称記録の本文では」という限定は、外せない。 逐語記録(→16-2)では、話者の語気をそのまま残すことが求められる場合がある。また、同じ文書でも「当方所見」の節に書くなら、記録者の判断として許される(→17-2)。禁じられているのは語そのものではなく、記録の部分に評価を混ぜることである。
中間の語がある。 「述懐した」「漏らした」「付言した」のように、禁止リストほど評価が濃くないが、中立とも言えない語である。判定はこれも一つで足りる。その語が、話者の行為を述べているか、記録者の解釈を述べているか。
- 「付言した」 ―― 本筋のあとに足したという、場の順序の記述である。使ってよい。
- 「述懐した」「漏らした」 ―― 過去を振り返って語った、言うつもりがなく出た、という記録者の読みが入っている。 本文では使わない。
使いたくなったら、読みを外して、観察できた事実に置き換える。 「漏らした」なら「〇〇について、問われていないところで言及があった」。「述懐した」なら「〇〇の当時について説明があった」。記録者が読み取った含みは、書くなら所見の節に書く(→17-2)。
17-2. 記録者の心証を混ぜない
大事なのは、形式の使い分けがあることで、記録者の心証を文面に出さずに済むということである。
× 先方は、信じられないことに、システム投資は不要だと述べた。
(作例)
「信じられないことに」は記録者の評価である。聴取文書の本文には入れてはいけない。
○ 先方からは、システム投資は不要であるとの見解が示された。
(作例)
形式だけで、発言の位置づけが示される。
では記録者の判断はどこへ書くのか。節を分けて書く。 三人称記録の末尾に「当方所見」を立て、そこにだけ心証を置く。
4.当方所見
買い出し頻度の見直しについては、先方の意向が相当程度固まっているものとみられる。
(付録C-5「4.当方所見」冒頭)
本文(「1.現状認識」から「3.冷凍庫の備蓄」まで)には「〜との見解が示された」「〜との指摘があった」しか置かず、「固まっているものとみられる」という読みは、この節まで送ってある。本文と所見を分けることで、読み手は「どこまでが相手の発言で、どこからが書き手の判断か」を一目で切り分けられる。
17-3. 整理したことは、整理したと断る
記録者は、聞いた順にではなく、理解した順に書く。ここに判定が入る(→16-1)。判定が入ったことは、断っておく。
理由として、①まとめ買いは週後半に鮮度が低下すること、②特売日が週2回あること、③冷蔵庫が満杯になると奥の食材が見えなくなること、の3点が挙げられた。なお、①〜③は当方が整理したものであり、この順で説明されたものではない。
(付録C-5「2.買い出し頻度」。買い出しの頻度を見直したいという話者の理由づけを、当方が三点にまとめた箇所)
この「なお」の一行が、記録の性格を変える。番号は話者が振ったのか、記録者が振ったのか。 断りがなければ、読み手は話者が三点に整理して話したと受け取る。話者の説明がもっと混沌としていた場合、それは記録者による改変になる。
同じ断りが要る場面は、ほかにもある。
- 発言を要約したとき(「趣旨は以下のとおり」)
- 複数の発言を一つにまとめたとき(「同趣旨の発言を一括して記載している」)
- 記録者が補った語があるとき(「〔 〕内は当方が補ったもの」)
公表文でも、この断りは一行で置かれている。
お手本 本日は、「財政総論」について事務局から資料に基づいて説明を行い、続いて「海外調査報告」について委員から資料に基づいて説明があり、その後質疑を行った。各委員からの質疑や意見は以下のとおり。
(財政制度分科会議事要旨・令和8年4月17日開催分「5.議事内容」冒頭)
この二文のあと、意見が箇条書きで並ぶ。誰が言ったかは書かれていない。 17-1で見た「一人の委員は」「委員は」のような帰属の書き分けを、この文書は採っていない。採っていないことが分かるのは、「各委員からの質疑や意見は以下のとおり」と先に断ってあるからである。 以降の箇条書きは、一人の発言か、複数が同じことを言ったのか、書き手が束ねたのかを区別しない ―― そう読んでよい、と冒頭の一文が決めている。
同じ類型でも、どこまで帰属を書くかは組織によって違う。 違ってよい。断りを置くかどうかのほうが、規則である。 断りなしに同じ箇条書きだけを並べれば、読み手は一つ一つを個別の発言として読む。
要約していないふりをしないこと。 これが聴取文書の作法の中心にある。
17-4. 同じ内容の繰り返しを記録する
同じテーマについて話者が繰り返し言及した場合、その回数を示す。
葉物野菜の廃棄が依然として続いていることへの言及が、複数回にわたりあった。
(付録C-5「1.現状認識」。当方の実績説明に対する話者の反応を記録した箇所)
「複数回」という回数と、「言及があった」という中立の形式が組み合わさることで、記録者が「重視していた」と評価しなくても、話者の力点が伝わる。 評価語を使わずに強度を伝える、最も基本的な方法である。
なお、ここでの「複数回」は二回以上という意味しか持たない(→5-4)。四回だったなら「四度にわたり」と書けばよい。
第18章 語られなかったことを書く
18-1. 三人称記録の最大の役割
三人称記録の最大の役割は、「語られなかったことを記録する」ことである。16-3で引いた一行を、もう一度置く。
買い出しの担当については、明確な言及はなかった。
(付録C-5「2.買い出し頻度」)
話者自身の視点で書いた一人称要旨には、この行は絶対に現れない。触れなかったことは、触れなかった本人の論理の中には存在しないからである。
18-2. 「言及がなかった」の書き方
欠落を書くときの形式は、ほぼ一つに決まっている。
○ 代替機の確保については、明確な言及はなかった。
× 代替機の確保については、言及されなかった。
× 代替機の確保については、話されなかった。
(作例。形は付録C-5「2.買い出し頻度」と同じ)
なぜ「明確な言及はなかった」なのか。理由が二つある。
(1) 受動態を避けるため。 「言及されなかった」は受動態で、誰が言及しなかったのかが消える(→7-2)。この文書で問題なのは、ほかでもない話者が言及しなかったことである。「言及はなかった」という存在の否定なら、行為者を消さずに済む。
(2) 「明確な」が、判定の範囲を残すため。 話者は関連することを何か言ったかもしれない。「明確な言及はなかった」は、記録者が聞き取れる範囲では明確な言及と呼べるものがなかった、と述べている。「言及されなかった」と断言すると、記録者が話者の発言すべてを完全に把握していたことになる。
この二語で、「期待していた事項について、明確には触れられなかった」という含みが正確に伝わる。
18-3. 欠落を記録する価値
なぜ、語られなかったことを記録するのか。
後日の検証のためである。
今の時点では、なぜ言及がなかったのか分からない。忘れていたのかもしれないし、避けたのかもしれない。分からないまま、事実だけを残す。 半年後に同じ論点が問題になったとき、この一行があれば「その時点では触れられていなかった」ことが確かめられる。
だからこそ、ここに理由を書いてはいけない。
× 買い出しの担当については、あえて言及が避けられた。
○ 買い出しの担当については、明確な言及はなかった。
(○は付録C-5「2.買い出し頻度」。×は作例)
「あえて」「避けられた」は記録者の解釈である。解釈は所見の節へ送る(→17-2)。
第19章 一人称要旨と三人称記録
19-1. 何が「残る」のか
聴取から二つの文書を作ったとき、それぞれに何が残り、何が落ちるのか。
- 三人称記録 ―― 「語られなかったこと」が残り、「話者の推論の筋」が落ちる
- 一人称要旨 ―― 「話者の推論の筋」が残り、「語られなかったこと」が落ちる
どちらかが優れているという話ではない。 落ちるものを承知で選ぶ、という選択である。両方が要るなら、両方を書く。
19-2. 同じ聴取からの二つの文書
同じ発言を、二通りに書いた例を並べる。付録C-5の三人称記録から一段落を取り、同じ発言を一人称要旨に書き直したものを下に置いた(下の一文は、この対比のために本書が作った)。話者は〈わが家の冷蔵庫〉の運用について聴取を受けた母で、当方が説明した上期の廃棄実績に反応した箇所である。
三人称記録(記録者の視点)
これに対し母からは、廃棄が前年から減少したことについて一定の評価が示された一方、葉物野菜の廃棄が依然として続いていることへの言及が、複数回にわたりあった。
(付録C-5「1.現状認識」)
一人称要旨(話者の視点)
廃棄が減ったことは、率直に評価している。ただ、葉物野菜については、保存方法の見直しがなお必要と考えている。
(作例。付録C-5「1.現状認識」を一人称要旨に書き直したもの)
三人称記録では、「廃棄の減少への評価」と「葉物野菜への繰り返しの言及」が並置される。どちらが話者の中で重いのかは、書かれていない。書けば記録者の判定になるからである。代わりに「複数回にわたり」という観察可能な事実が置かれている。
一人称要旨では、二つが一本の線になる。「減少は評価する。ただし葉物野菜には課題が残る」という話者の論理が立ち上がる。その代わり、「複数回にわたり」という事実は消える。話者の側からは、同じことを何度言ったかは見えていない。
19-3. 働きかけを受けた記録から、帰属を消さない
相手から要請・依頼・申入れを受けた記録には、規則が一つある。誰が誰に何を求めたのかを、文面に残す。
危ないのは、一人称要旨に丸めたときである。
一人称要旨に丸めた場合:「買い出しの頻度は、見直したほうがよいと考えている。」
(作例。付録C-5「2.買い出し頻度」を一人称要旨に丸めたもの)
この一文は、話者の一般的な所感としか読めない。要請が所感に化けている。 半年後にこの文書を読んだ人は、相手から見直しを求められた事実があったことを知ることができない。
○ 現行の週1回の買い出しについては、見直しを求める強い意向が示された。
(付録C-5「2.買い出し頻度」)
したがって、標準は三人称記録である。 三人称記録は、誰が何をしたかを構文の側で保つので、要請が所感に化ける余地がない。迷ったらこちらを選ぶ。
もっとも、消えるのは形式のせいではなく、丸めたせいである。 話者の言葉を一人称のまま残しても、外側に帰属の枠を置けば、働きかけは働きかけとして残る。 お手本がこの形をとっている。
お手本 財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった。
日本銀行には、政府との緊密な連携のもと、内外の経済情勢等を十分に注視しつつ、2%の物価安定目標の持続的・安定的な実現に向けた適切な金融政策運営を期待する。その上で、情報発信を含め、しっかりと金融資本市場とコミュニケーションを図っていただきたい。
(議事要旨・2025年4月30日、5月1日開催分)
中身は話者の言葉そのままで、「期待する」「図っていただきたい」と要請の形で書かれている。しかし外側に「財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった」という枠があるので、誰が誰に求めたのかは一目で分かる。「以下の趣旨の」が、要約であることの断りにもなっている(→17-3)。
規則を正確に述べ直すと、こうなる。
働きかけを受けた記録は、帰属が文面に残る形で書く。三人称記録がその標準形であり、一人称の言葉を使うなら、外側に帰属の枠を置く。
禁じられているのは、帰属が消えることである。 一人称という形式そのものではない。ただし、枠を置き忘れると即座に帰属が消えるので、枠を置く自信がないなら三人称記録にする。
働きかけの帰属にここまでこだわる理由は、書きやすさでも読みやすさでもない。働きかけを受けた事実は、後日に効いてくる事実だからである。
19-4. 一人称要旨の文末は、主語ではなく対象で決まる
一人称要旨の主語は、最初から最後まで「私」である。にもかかわらず、文末は一定しない。ここが最も間違えられる。
文末を決めるのは、主語が誰かではない。何について述べているかである。
| 何について述べているか | 文末 | 例 |
|---|---|---|
| 外部環境についての判断 | 〜とみている | 業界の集約は避けられないとみている |
| 外部事象の観測 | 〜様子 | 先ごとの差はむしろ広がっている様子 |
| 自分の評価 | 〜と考えている/評価している | 廃棄が減ったことは率直に評価している |
| 自社の方針 | 〜考え | 採算のとれる先に絞って残っていく考え |
| 進行中の施策 | 〜ところ | 多能工化を進めているところ |
| まだ決めていないこと | 〜したい/〜たいところ | 数字を見たうえで判断したいところ |
主語が「私」だからといって、すべてを「考えている」で受けない。
× 業界の集約は避けられないと考えている。転嫁は一巡したと考えている。多能工化を進めたいと考えている。
(作例)
三つとも別のことを述べているのに、文末が同じである。読み手は、確定した方針と進行中の施策と外部環境の見立てを区別できない。
○ 業界の集約は、避けられないとみている。転嫁は一巡したとみている。当面は、多能工化を進めているところ。
(付録C-6の文末を並べ直したもの。×はその書き換え)
一人称要旨における様相の切り替えは、話者の内面の描写ではなく、対象の分類である。 言い換えれば、文末を選ぶ前に、その一文が何の話かを決める。 外の話か、自分の評価か、決めたことか、まだ決めていないことか。それが決まれば、文末は上の表で引ける。話者の気持ちを推し量る必要はない。 ここを掴むと、一人称要旨は書けるようになる。
第20章 レイヤの選択
20-1. 「レイヤ」とは ―― 何を落とし、何を残すか
一人称要旨を書く記録者は、話者の発話をそのまま写すわけではない。整える。 「手が足りていない」と聞いたものを「要員の確保が課題である」と書けば、内容は同じで、語だけが変わっている。
整えるとき、落ちていくものには順序がある。 最初に落ちるのは生の語で、次に言いよどみや願望、次に話者自身が付けた限定、最後まで残るのが判定である。逆に言えば、どこまで落としたかで段階が決まる。
この段階を、本書ではレイヤと呼ぶ。公式の用語ではなく、短く書くための本書の呼び名である。平たく言えば、どこまで整えたかを表す。
番号は、下ほど生に近い。 レイヤ1が話者の語そのもので、レイヤ4が最も落としてある。層の数え方と同じ向きである ―― 下に生の材料があり、上へ行くほど、それが見えなくなる。
レイヤが高い ―― 多くを落としてある。判定だけが残り、公式の表明に近い
レイヤが低い ―― あまり落としていない。話者の語がそのまま残っている
落ちていく順序は、観察されたものである。 論理的にそうでなければならない、という話ではない。整える気のない記録者は話者の限定まで落とさないし、限定を落とすほど整える記録者は生の語を残さない ―― そういう組み合わせが実際に現れる、というだけである。したがって、この四段に乗らない組み合わせも作れる(→20-2の末尾)。
三人称記録では、レイヤの選択は起きない。記録者の視点で書く以上、全体が一つの格式に揃うからである。レイヤは一人称要旨だけの問題である。
20-2. 四つのレイヤ
| レイヤ | 残っているもの | 落としたもの | 語の目印 | どんなときに使うか |
|---|---|---|---|---|
| 4 | 判定・方針だけ | 生の語、言いよどみ、話者が付けた限定 | 「〜とみている」「〜考え」「〜方針」 | 話者の判断だけを他部署へ渡すとき |
| 3 | 判定+話者自身が付けた限定 | 生の語、言いよどみ | 「もっとも」「これは平均でみた話であり」「〜様子」 | 標準。 話者の論理を最も多く残せる |
| 2 | 判定+限定+決めきれていない段階 | 生の語 | 「〜したい」「〜たいところ」「〜していきたい」 | 決めていない段階を、決めたように読ませたくないとき |
| 1 | 話者の語そのもの | 何も落としていない | 「正直」「率直に言って」。日常語の述語 | 話者の力点を残したいとき。一文書に二箇所まで(→20-4) |
同じことを四通りに書くと、こうなる。
| レイヤ | 書き方 |
|---|---|
| 4 | 要員の確保を課題と認識している。 |
| 3 | 要員の確保は課題である。もっとも、これは繁忙期に限った話である。 |
| 2 | 要員を確保したいところ。 |
| 1 | ここは、正直、手が足りていない。 |
段を一つ上がるたびに、別の操作が起きている。
| 段の差 | 操作 | 落とすと何が起きるか |
|---|---|---|
| 1 → 2 | 形式化 ―― 生の語を報告体に改める | 語が改まる。話者の主張は動かない |
| 2 → 3 | 確定化 ―― 決めきれていない形を落とす | 話者が決めたことになる |
| 3 → 4 | 一般化 ―― 話者が付けた限定を落とす | 話者が広く当てはまると言ったことになる |
下の一段と、上の二段は、性質が違う。 形式化は語を替えるだけで、話者の主張の強さに触らない。ところが確定化と一般化は、落としただけなのに主張が強くなる。 20-4でレイヤ3を標準に置くのは、ここが理由である ―― 話者の主張を強めずに済む上限が、レイヤ3だからである。 レイヤ1を一文書に二箇所まで許せるのも同じ筋で、形式化を戻すだけなら、話者が言ったことは動かない。
「限定が残っているかどうか」がレイヤの問題になるのは、限定が落とせるものだからである。 話者が「ただし繁忙期に限る」と言ったのを、記録者は書いてもよいし、判定だけ残して落としてもよい。落とせばレイヤ4、残せばレイヤ3になる。内容の細かさとは別の話である(→20-3)。
そしてレイヤ4には、一般化が混じる。 限定を落とすと、判定の成り立つ範囲が広がって読まれる。「繁忙期に限った話である」を落とせば、読み手は通年の課題として受け取る。落としただけで、嘘は書いていない。 それでも、正しい操作のまま読み手を誤らせる形になっているのは、「複数」を含みに任せて使うのと同じである(→5-4、24-6)。範囲まで渡す必要があるなら、レイヤ3で渡す。
レイヤ2について補っておく。「〜したい」が落ちるのは、願望の形がまだ決めていないことを露呈させるからである。「〜する考え」と書けば決まったように読め、「〜したい」と書けば決まっていないことが残る。記録者は、決めていない段階を落とすこともできるが、落とせば話者が決めたことになってしまう(→20-4)。
この「〜したい」が三人称記録の本文に出てきたら、誤りである。 三人称記録は記録者の視点で書く以上、願望の形をそのまま置けば、それは記録者が話者の内心を書いたことになる。直し方は、内心ではなく発言の形式に戻すことである(→17-1)。
× 先方は、要員を確保したいところ。
○ 要員の確保を検討している旨の説明があった。
○ 要員の確保について、方針は示されなかった。
(作例)
決まっていないことを残したいなら、下の形を使う。 「示されなかった」は欠落の記録であって(→18-2)、記録者の読みではない。レイヤは一人称要旨だけの軸である(→20-1)ことが、ここでも効いている。
ここで、第4章の体言止めと混同しないこと。「考え」という語が選ばれるのは、それが意向・方針という言明の種類だからである(→4-1)。レイヤが決めるのは、同じ種類の言明から、何を落とすかである。言明の種類とレイヤは、別の軸である。
お手本での確かめ方。 さくらレポートの「企業等から聞かれた主な声」は、聞き取った発言を一人称要旨の形で並べたものである。レイヤはそろっていない。
お手本(レイヤ4) 板金加工工程等の省力化投資は今後も積極的に取り組む方針(札幌[金属製品])。
お手本(レイヤ3) もっとも、都市再開発案件等で高水準の受注残を抱えており、数年は高い繁忙度が続く見通し(札幌[建設])。
お手本(レイヤ2寄り) 建設コストが上昇する中、投資を検討する企業と施工価格がなかなか折り合わず、発注が見送られるケースが増えている(札幌[建設])。
(いずれもさくらレポート・2026年4月)
一つめは方針だけが残っている。二つめは「もっとも」以下に話者の限定が残っている。三つめは「なかなか折り合わず」という話者の語がそのまま残っている。同じ文書の中でレイヤが違うのは、記録者がそのつど選んでいるからである。
この揺れは、一つの組織の癖ではない。 同じ形の節は、財務局の管内経済情勢報告にもある。業種名を括弧で添えて、聞き取った発言を並べた箇所である。
お手本(レイヤ4) ……生産能力の増強に向けて計画的に設備投資を進めている。(電子部品・デバイス)
お手本(レイヤ2寄り) 現場では人手不足感がみられるものの、人員を大規模に増やすのではなく、発注管理のシステム化などにより省人化を進めていく。(小売)
(いずれも管内経済情勢報告・令和8年7月判断「2.各論」の「主なヒアリング結果」)
一つめは整った述語で判定だけが残っている。二つめは「大規模に増やすのではなく」という否定の言い回しと「進めていく」という決めきらない形が残っていて、どこまで決まっているかが読み手に伝わる。 二つの機関が、別々に同じことをしている。
最後に、四段に乗らない原稿について(→20-1)。三つの操作は別々のものなので、組み合わせは四つに限らない。実際に出るのは、生の語は残したまま、話者が付けた限定だけを落としたという形である(一般化だけ済んで、形式化が途中)。話者がこう言ったとする。
「大きいところはもう済んでますね。まあ、金額の小さい先はこれからですけど。」
(作例)
これを記録するとき、次の三つが並ぶ。
× 大きいところは、もう済んでいる。
○ 大きいところは、もう済んでいる。金額の小さい先は、これから。(レイヤ1)
○ 大口については、対応済みである。もっとも、金額の小さい先は手つかずである。(レイヤ3)
(作例)
×は、話者の語を残しておきながら、話者が自分で付けた限定のほうだけを落としている。 整えていないのに、主張だけが広がっている。こういう原稿は、レイヤがいくつかを問うのではなく、操作が食い違っていると見る。 たいていは整える途中で手が止まっており、先に形式化を済ませてから、限定を残すかどうかを決めると直る。
20-3. 詳しさはレイヤではない
最も多い誤解がこれである。付録C-6の一人称要旨から、続いた二文を引く。A社社長が、原材料価格の上昇分を販売価格に転嫁できたかを述べている箇所である。
私(A社社長。以下同じ)としては、転嫁は一巡したとみている。もっとも、これは平均でみた話であり、先ごとの差はむしろ広がっている様子。
具体的には、上位10社については、四半期ごとの改定ルールを設けており、機械的に反映される仕組みができている。
(付録C-6「1.価格転嫁について」。太字は引用にあたって付したもので、C-6本体の太字=レイヤ1とは別である)
太字の文は、前の文より詳しい。「転嫁は一巡した」という判定が、どの取引先について、どういう仕組みで成り立っているのかまで降りている。しかしレイヤは下がっていない。「〜ができている」という整った述語のまま、内容だけが具体化している。レイヤ4の文が、レイヤ4のまま詳しくなっただけである。
詳しさとレイヤは、独立している。
| レイヤが高い | レイヤが低い | |
|---|---|---|
| 詳しい | 上位10社については、四半期ごとの改定ルールを設けている | 上の10社くらいは、もう自動で上がるようにしてある |
| 粗い | 大口については、対応済みである | 大きいところは、まあ済んでいる |
レイヤを落としたつもりで内容を詳しくしているだけ、という原稿は多い。
理由は20-1の定義から出てくる。レイヤは「何を落としたか」の段階である。 落とす対象は、生の語・言いよどみ・限定・判定の四つであって、内容の細かさはその中にない。 詳しく書いても、落とした語は戻らない。
紛れやすいのは、一般化(→20-2)のほうである。 限定を落とすのも、詳しさを落とすのも、字数は減る。違いは範囲が動くかどうかにある。
| 何が起きるか | 落ちたもの | |
|---|---|---|
| 一般化(レイヤが上がる) | 適用範囲が広がる | 「どこで成り立たないか」 |
| 粗くする(レイヤは動かない) | 範囲は同じまま、粒度が粗くなる | 「どう成り立っているか」 |
上の表の「大口については、対応済みである」は粗いが、範囲は「大口」に限ったままなので、レイヤは動いていない。ここから限定語ごと落として「対応済みである」にすると、範囲が広がってレイヤが上がる。落とした語が「例外の在りか」を指していたなら一般化、「仕組みの中身」を指していたなら、ただ粗くしただけである。
判定は、語を見て行う。 述語が改まっているか、話者の語や限定が残っているか。内容の細かさは見ない。
20-4. 一つの文書に落差をつくる
一人称要旨は、全体をレイヤ3に置くのが標準である。話者の判断に限定が付いた状態が、いちばん情報量が多いからである。
そのうえで、話者が語気を強めた箇所だけをレイヤ1に落とす。
付録C-6の一人称要旨が、この形で書いてある。全体は「〜とみている」「〜様子」「〜考え」で整えられていて、レイヤ1に落ちているのは次の二箇所だけである。
1.価格転嫁について ―― ……他方、中小の先については、そうした枠組みがないため、一件ずつ交渉している状況。ここは、正直、手が足りていない。
3.人の確保について ―― 採用は、正直なところ、うまくいっていない。 処遇を上げれば解決するという話でもなく……
(付録C-6。太字がレイヤ1の箇所)
周囲がレイヤ3で揃っているので、この二箇所だけが浮き上がる。 話者の力点がどこにあったかが、評価語を使わずに伝わる。 「特に強調していた」と書けば記録者の評価になるが(→17-1)、レイヤを落とすだけなら、話者の語をそのまま置いたことにしかならない。
一つの文書に二箇所が限度である。 三箇所を超えると、落差が消えて全体がレイヤ1の文書になる。そうなると今度は、整えるべき箇所まで整えられていない、粗い記録として読まれる。
逆に落差をまったく作らず、全体をレイヤ4で揃えると、読み手には話者がどこに力を入れていたのかが分からない文書が残る。何も間違っていないが、面談に同席した意味がない文書である。
第Ⅵ部 実践
第21章 類型別の作文法
ここからは手順である。実際に書かれた文章は付録Cにまとめてあるので、手順を確かめながらそちらを参照してほしい。
21-1. 予測文書の執筆手順
- 現状を総括する一文を書き、それだけで一段落にする(→13-1)
- 足もと・当面・先行きの三時間層で展開する(→6-1)。三層は時間の層であって、悲観・標準・楽観ではない(→6-2)
- 各層で「本線 →『もっとも』で分岐」の構造を作る(→10-1)。「もっとも」は段落に一つまで
- リスク要因を節として立て、上振れ・下振れの両方を書く
- 末尾に前提を置く(→11-2)。データ的・行為的・環境的の三層を分けて書く
- 基準時点を一度だけ明示する(→6-4)
21-2. 診断文書の執筆手順
- 総括一文を置く(安定しているのか、課題があるのか)
- 「〜をみると」で観点を起こす(→14-5)。観点は分量に応じて二つから四つ
- 観点ごとに、事実で押す。 ここではヘッジを薄くする。観測できているものを述べているので、必要以上に下げない(→9-3)
- 「以上を踏まえると」で評価へ転じる(→14-4)
- 段落末で「必要がある」に転じる(→3-4)。ここで初めて義務的様相が出る
21-3. 記録文書の執筆手順
主体と方針を明示する。 「当課は、〜の観点から、〜を行った」の形(→13-2)
時間軸で実績を分ける。 計画・実績・例外の三層(→6-5、15-1)。実績の一つひとつは、〈計画〉→〈実施〉→〈結果〉の順に書く(お手本は付録D-5の5に引いた)。三つのどれが欠けても、記録としては読めるが、検証には使えない。
「このうち」「このほか」で並列する。 例外は①②③で番号を振る。例外には、原則から外した理由を添える(お手本は付録D-5の7に引いた)。例外だと書かずに並べると、読み手はそれを原則の一部として受け取る。
自分の行為に推量を使わない(→1-5)。推量が許されるのは、成果の原因を推定する一文だけである
○ 前年同期から5点減少した。これは、保管方法を見直したことによるものとみられる。
(作例。付録C-3「3.食材ロス」と同じ文。12-1でも使う)
お手本 この間、日本銀行による国債買入れの減額の進捗や国債補完供給にかかる減額措置の実施は、特に残存7年付近の現物の需給を一段と緩和させる方向に作用したと考えられる。
(2025年度の金融市場調節)
減額を行ったこと自体は事実として断定し、それが何をもたらしたかにだけ推量が掛かっている。自分のした行為と、その行為の効き方は、別に扱う。
なお、原因の推定には④も⑤も使える。観察から読み取るなら「とみられる」、仕組みから導くなら「と考えられる」(→3-2)。上のお手本が⑤なのは、需給の緩和という経路を辿って導いているからである。
- 受動態で書いた文を、能動に戻せないか確かめる(→7-2)
- 長い記録文書では、総括の節の末尾に、以降の構成を一段落で予告する
お手本 以下、本稿では、2025年度中の金融市場調節について解説する。まず、2章では、短期金融市場や国債市場等の動向と個々の金融市場調節手段の運営状況を説明する。次に、3章では、金融市場調節運営のもとでの日銀当座預金の動向と日本銀行のバランスシートを確認する。4章では、この間の金融市場調節運営に関する主な制度変更等を整理し、最後に、5章で、市場参加者との対話に関する取り組みを紹介する。
(2025年度の金融市場調節「1.概観」末尾)
「まず」「次に」「最後に」で、章の順を宣言している。 記録文書は通しで読まれるより、必要な箇所だけを引かれる(→13-2)。この一段落があると、読み手はどの章を開けばよいかを最初の頁で決められる。数枚で終わる記録には要らないが、節が五つを超えたら置く。
21-4. 設計文書の執筆手順(要件型)
- 経緯を述べたあと、免責を「なお」で付ける(→10-4、13-2)。「現時点で〜を確定するものではないことを予め明確にしておく」まで書き切る
- 前提となる条件を、仮置きであることを明示して置く。 「〜を前提として置いた」「〜と仮置きしている」(→7-3)
- 要件を複数の観点から述べる。 観点ごとに節を立てる
- 条件は「〜にあたっては」「〜を踏まえると」で示す。「〜のもとで」は使わない(→11-4)。設計文書の条件は、まだ満たしていない条件だからである
- 末尾で、決めていないことを決めていないと書く。 「実際に〜するかどうかは現時点では決定していない」
お手本 わが国でCBDCを発行するかどうかは、現時点では決定しておらず、今後の国民的議論のなかで決まっていくものだが、日本銀行としては、その議論に資するよう引き続き、デジタル社会に相応しい安定的・効率的な決済システムの構築につながる検討を進めてまいりたい。
(パイロット実験進捗報告・2026年6月「4.おわりに」)
「決定しておらず」と「進めてまいりたい」が同じ文に同居している。 決めていないことは決めていないと書き、そのうえで自分が続けることだけは意向として述べる。この二つを分けないと、検討を続けること自体が決定のように読まれるか、逆に何もしないように読まれる。
21-5. 設計文書の執筆手順(方針型=戦略・計画)
要件型(21-4)との違いは、三つに尽きる。 ここだけ押さえれば形になる。
| 要件型(21-4) | 方針型 | |
|---|---|---|
| 冒頭 | 免責を置く(「〜を確定するものではない」) | 根拠を置く(「〜に基づき、〜する」) |
| 方針の文末 | 〜が重要となる/〜と考えられる | ヘッジを外して言い切る(→9-3) |
| 「もっとも」 | 置く | 置かない。 留保はリスクの節へまとめる |
以下、細かくは七つになる。
- 経緯を述べたあと、免責ではなく根拠を置く。 何に基づいて決めたのかを示す。根拠法、上位計画、前回の計画、決裁の年月
お手本 この戦略は、サイバーセキュリティ基本法(平成26年法律第104号)第12条第5項において準用する同条第4項の規定に基づき、国会に報告するものである。
(サイバーセキュリティ戦略・2025年12月)
要件型が「確定するものではない」と範囲を狭めるのに対し、方針型は「何に基づくか」で位置を定める。どちらも本体に入る前に読み手の期待を固定している(→13-2)。
- 主体を強く立てる。 「国は」「当社は」「当部は」。要件型より前に出す。誰がやるのかを書かない方針は、方針ではない(→7-2)
- 方針にヘッジを掛けない(→9-3)。「〜する」「〜とする」「〜を推進する」「〜する必要がある」「〜が不可欠である」で言い切る(1-3の典型文末と同じ五つ)
- 外部環境とリスクを述べる節だけ、認識的様相に戻す(→1-3)。「〜と考えられる」が出てよいのはここだけ
- 時間は計画期間で書く(→6-6)。期限のある目標は年度と数値で、期限のない方向は「中長期的に」で
- 「もっとも」を置かない。 方針に本線と分岐はない。条件が付くなら「ただし」で限定するか、リスクとして節を立てる(→10-3)
- 達成の測り方を書く。 「〇〇を推進する」だけでは、達成したかどうかを誰も判定できない。指標か期限か、どちらかを添える
お手本 ・自転車ネットワーク計画を策定した市区町村数[令和6年度]340市区町村→[令和12年度]800市区町村
(社会資本整備重点計画・第3章。政策パッケージごとに置かれた指標の一つ)
〈何を数えるか〉〈いつの実績か〉〈いつまでにいくつにするか〉の三つが、一行に入っている。 数えるもの(策定した市区町村の数)が言い切られているので、達成したかどうかを第三者が判定できる。「自転車ネットワーク計画の策定を推進する」とだけ書いた場合と比べると、書き手が負った約束の量が違う。
指標を置いたら、測り直す機会も書いておく。
お手本 本重点計画は、進捗状況を把握するとともに、進捗が遅れている施策の課題の整理と解決方策等の検討を行うため、政策評価の公表等も踏まえ、定期的にフォローアップを行う。
(社会資本整備重点計画「第4章 計画の着実な推進」)
「進捗が遅れている施策」があることを、計画の側が先に認めている。 方針型は本体で留保を置かないが(→6)、遅れが出たときにどうするかは、留保ではなく手続きである。 ここを書かない計画は、未達が出た時点で読み直す根拠を失う。
要件型から方針型へ書き換えるときの手順は、機械的である。
| 要件型 | 方針型 |
|---|---|
| 〜することが重要となる | 〜する/〜を推進する |
| 〜が必要となりうる | 〜が不可欠である |
| 〜と考えられる(方針について) | 言い切る |
| なお、〜を確定するものではない | 削る(決めたのだから) |
| もっとも、〜の可能性がある | リスクの節へ移す |
逆向きの書き換え(方針型→要件型)は、機械的にはできない。 決めたことを未決に戻すのは、文体の問題ではなく決定の問題だからである。
21-6. 聴取文書の執筆手順(三人称記録)
- 説明の受領を示す。 「冒頭、当方から、〜について説明した。これに対し〜からは、」
- テーマごとに節を立てて発言を記録する
- 伝聞の形式を使い分ける(→17-1)。説明があった/見方が示された/指摘があった/見解が示された
- 整理したことは、整理したと断る(→17-3)
- 「明確な言及はなかった」で欠落を記録する(→18-2)
- 末尾に「当方所見」を立て、心証をそこにだけ置く(→17-2)
21-7. 聴取文書の執筆手順(一人称要旨)
- 話者を「私」で立てる。 「私(総務課長。以下同じ)としては」
- 対象によって様相を切り替える(→19-4)。主語ではなく対象で決まる
- 全体をレイヤ3に置く(→20-4)
- 話者の力点になった箇所だけをレイヤ1に落とす。最大2箇所
- 決めていないことは「〜たいところ」に留める(→20-2)
- 働きかけを受けた記録なら、三人称記録を標準とする。 一人称の言葉を使うなら、外側に帰属の枠を置く(→19-3)
第22章 書く手順
22-1. 類型の確定
書き始める前に、類型を確定させる。
- これからどうなるか? → 予測文書
- 今どうなっているか? → 診断文書
- 何をしたか? → 記録文書
- 何を作るか? → 設計文書
- 誰が何を言ったか? → 聴取文書
この判定を誤ると、全体の文体がぶれる。判定に迷うのは、たいてい一つの文書に二つの仕事をさせようとしているときである。その場合は、文書を分けるか、節を分ける。
22-2. 主体と時間の確定
次に、二つを決める。
- 主体 ―― 誰の行為を書くか(自分が立つか、他者が立つか、消えるか)
- 時間 ―― どの時点を基準に書くか(過去・現在・未来・条件付きの未来)
この二つは、類型が決まればほぼ自動的に決まる(→1-2の表)。自動的に決まらないと感じたら、類型の確定に戻る。
22-3. 全体の構成を決める
「結・論・拠」で考える(→15-2)。
- 結論は何か(一文で)
- その結論に至った論の筋は何か
- 根拠となるデータは何か
この三層を決めてから、文を書き始める。三層が決まらないうちに書き始めた文書は、書きながら結論が変わる。
22-4. 冒頭を先に書く
全体の構成が見えたら、冒頭から書く。予測文書なら現状の総括から。診断文書なら総括から。
冒頭で読み手の期待が決まるため、ここを後回しにしない。「あとで書き出しを整える」という進め方をすると、本文が先に固まってしまい、冒頭がその要約にしかならない。 要約は総括ではない。
22-5. 段落ごとに「一トピック一段落」を徹底する
一段落で複数のトピックを扱わない(→14-1)。書いている途中で二つ目のトピックが出てきたら、その場で段落を割る。
22-6. 時間を置いてから、チェックリストに掛ける
書き上げたら、第23章のチェックリストに掛ける。
このとき、一度時間を置く。 書いた直後は、自分の文章を意味の側から読んでしまうため、文末様相のぶれや主体の消失が見えない。半日置くだけでも違う。急ぐなら、音読するか、冒頭の一段落だけを単独で読み返す。
第23章 推敲チェックリスト
書き上げたら、時間を置いてから、ここへ掛ける(→22-6)。
各項目は、実際に多い失敗を裏返したものである。 引っかかったら、括弧の中の節へ戻る。そこに、その失敗の形と直し方がある。上から順に見る必要はない。 自分がよくやる失敗の節だけを覚えておいて、そこから見ればよい。
23-1. 類型の確認
- 一つの文書に二つの類型が混ざっていないか(→1-5)。最も多い失敗がこれである
- 予測文書で過去形を使っていないか(→3-2)
- 予測文書で「〜をみると」を使っていないか(→14-5)
- 記録文書で推量様相を使っていないか。使ってよいのは原因の推定だけ(→21-3)
- 設計文書で「〜のもとで」を使っていないか(要件型。→11-4)
- 設計文書が要件型と方針型で揺れていないか。決めたのか、決めていないのか(→1-3)
- 聴取文書で、語られなかったことを記録しているか(三人称記録の場合。→18-2)
23-2. 主体の確認
- 予測文書と診断文書で、主体が消えているか
- 記録文書と設計文書で、「当課」「当方」など主体が立っているか
- 受動態の行為者を補ったとき、「当課」が入る文が残っていないか(→7-2)
- 名詞化で、自分の部署の行為が消えていないか(→2-1、24-4)
- 主文の主語が連体修飾に落ちていないか。落ちると動詞が二度要る(→7-1)
- 聴取文書で、三人称記録なら記録者の視点か、一人称要旨なら話者の視点か
23-3. 文末様相の確認
- 一文に複数の様相が混ざっていないか(→3-5)
- 二重ヘッジになっていないか。二つ目のヘッジが条件か分岐を足しているか(→3-5、9-2)
- 「起こりうる可能性がある」型の重複がないか(→8-3)
- 二重否定を、弱めるつもりで使っていないか(→8-3)
- 事実にヘッジを掛けていないか(→9-3)
- 因果と結論の、どちらの確からしさを述べているのか決まっているか(→3-2)
23-4. 語の確認
- 外しても意味が変わらない機能動詞が、一文に二つ以上ないか(→2-2)
- 格助詞「の」が3回を超えていないか(→2-3)
- 「もの」で、自分の評価や意向を受けていないか(→4-2)
- 体言止めを揃えるために、意味を変えていないか(→4-3)。要請は言い切る
- 「緩やかに」と「徐々に」を、答えている問いで選んでいるか(→5-3)
23-5. 時間の確認
- すでに起きたことを、まだ来ていない事情で説明していないか(→6-3)
- 三つの時間層を、一文に詰めていないか(→6-3)
- 三層を悲観・標準・楽観のシナリオとして書いていないか(→6-2)
- 基準時点を書いたか(予測文書。→6-4)
23-6. 接続表現の確認
- 段落間の接続が論理に合っているか(→14-4)
- 「もっとも」「ただし」「なお」を混同していないか(→10-3、10-4)
- 「もっとも」が一段落に二つ以上ないか(→10-2)。留保が複数あるなら列挙に切り替える
- 「一方」を、対比でないところに使っていないか(→14-4)
- 免責を「もっとも」で書いていないか(→10-4)
- 因果の語(「ことから」「を主因に」「に伴い」「によって」)が、踏み込みの度合いに合っているか(→12-1)
23-7. 数量表現の確認
- 数字で言えるのに、副詞で済ませていないか(→5-2)
- 逆に、根拠がないのに数字で言い切っていないか
- 「複数」に「かなりの数」の意味を持たせていないか(→5-4)
- 「ほぼ」を、数字を持たないまま使っていないか(→5-5)
- 量化の根拠(数え方・仕組み・時点)を示したか(→12-6)
- 平均を書いた箇所で、分散に触れているか(→12-5)
23-8. 聴取文書の確認
- 三人称記録の本文に、記録者の評価語が混ざっていないか(→17-1、17-2)
- 心証を「当方所見」の節に分けたか(→17-2)
- 要約・整理したことを、断ってあるか(→17-3)
- 欠落を「明確な言及はなかった」の形で書いたか(→18-2)
- 一人称要旨に「言及はなかった」が混ざっていないか(→16-2)。話者は自分の沈黙を自覚していない
- 働きかけを受けた記録で、誰が誰に求めたのかが残っているか(→19-3)
- 一人称要旨で、文末を対象によって切り替えたか(→19-4)
- レイヤを落とした箇所が三つ以上ないか(→20-4)
23-9. 構成の確認
- 冒頭に総括があるか(例外:聴取文書。→13-2)
- 冒頭の一段落だけで要旨が分かるか(→15-2)
- 冒頭の総括と末尾の評価が、同じ条件について反対のことを言っていないか(→15-1)
- 一段落一トピックに保たれているか(→14-1)
- 一文の入れ子が三層を超えていないか(→7-4)
- 前提を書いたか(予測文書・設計文書。→11-2)
23-10. 時間が足りないときの三つ
全部を見る余裕がないときは、ここだけ見る。読み手が受け取る情報が減っているかどうかは、この三つで外から確かめられる(→24-7)。
本書には点検の表が四つある。どれを使うかは、残り時間ではなく、何を疑っているかで決まる。
| 使う表 | 何を見るか | こういうときに使う |
|---|---|---|
| 第23章23-1〜23-9(全項目) | 規則に照らした網羅的な点検 | 時間があるとき。出す先が外部のとき |
| 23-11(類型別の重点) | その類型で最も壊れやすい箇所 | 類型は決まっていて、そこを外していないか確かめたいとき |
| 早見表「出す前に見る五つ」 | よくある取りこぼし | 書き上げた直後。機械的に一度通す |
| 本節の三つ | 情報が減っていないか | 「ヘッジを掛けすぎた気がする」と思ったとき |
一つだけ選ぶなら、本節の三つである。 他の三つが拾うのは規則からの逸脱だが、本節が拾うのは、規則をすべて守ったうえで中身が無いという失敗だからである。これは他の表では検出できない。
- 確信度を下げた箇所に、条件が足してあるか。 下げただけなら、情報は減っている(→9-4、11-3)
- 量化した箇所に、根拠の範囲が書いてあるか(→12-6、12-5)
- 読み手が反証しに行ける形になっているか。 前提・数え方・因果を確かめる先が、文面にあるか
体言止めが揃っていない原稿より、前提を書いていない原稿のほうが重い。
23-11. 類型別の重点 ―― 一枚で使う短縮版
上の全項目を見る時間がないときは、自分の類型の欄だけを見る。その類型で最も壊れやすい箇所を並べてある。
予測文書(五つ)
- □ 過去形を使っていないか(→3-2)
- □ 足もと・当面・先行きを、シナリオとして書いていないか(→6-2)
- □ 時間が遡っていないか。三層を一文に詰めていないか(→6-3)
- □ 「もっとも」が一段落に二つ以上ないか(→10-2)
- □ 前提と基準時点を書いたか(→6-4、11-2)
診断文書(四つ)
- □ 冒頭の総括と末尾の評価が、同じ条件について反対のことを言っていないか(→15-1)
- □ 観点を「〜をみると」で起こしたか。観測できるものに限ったか(→14-5)
- □ 事実に不要なヘッジを掛けていないか(→9-3)
- □ 末尾が「〜する必要がある」に転じているか(→3-4)
記録文書(三つ)
- □ 受動態の行為者を補って、「当課」が入る文が残っていないか(→7-2)
- □ 自分の行為に推量を掛けていないか。推量は原因の推定だけ(→21-3)
- □ 計画・実績・例外の三層を書いたか。例外が無い記録は、計画の貼り付けと区別がつかない(→6-5)
設計文書・要件型(三つ)
- □ 「〜のもとで」を使っていないか。使うなら、動かせない所与に限っているか(→11-4)
- □ 免責を「なお」で置き、「予め明確にしておく」まで書いたか(→21-4)
- □ 要件を導く判断(〜と考えられる)と、要件そのもの(〜が重要となる)を書き分けたか(→1-2)
設計文書・方針型=戦略・計画(六つ)
- □ 方針にヘッジを掛けていないか(→9-3)。「〜が重要となると考えられる」は要件型の文体である
- □ 主体を立てたか。誰がやるのかが書いてあるか(→21-5)
- □ 認識的様相を、外部環境とリスクの節だけに限ったか(→1-3)
- □ 時間を計画期間で書いたか。期限のある目標と、期限のない方向を分けたか(→6-6)
- □ 達成の測り方を書いたか(→21-5、付録C-4′)。「〜を推進する」だけでは、達成したかどうかを誰も判定できない
- □ 「もっとも」を置いていないか。留保はリスクの節へ(→21-5)
聴取文書(四つ)
- □ 三人称記録の本文に、記録者の評価語が混ざっていないか(→17-1)
- □ 要約・整理したことを断ったか(→17-3)
- □ 欠落を「明確な言及はなかった」の形で書いたか(三人称記録。→18-2)
- □ 働きかけを受けた記録で、誰が誰に求めたのかが残っているか(→19-3)
第24章 倫理
24-1. 主体を消すことの責任
外界を述べるときに主体が消えるのは、この文体の正しい用法である。
× 当社は、来期の市況が悪化すると考える。(機関の公式見解になる)
○ 来期の市況は、悪化するとみられる。(分析上の判断にとどまる)
(作例)
問題は、同じ操作を自分の行為に対して行えてしまうことである。
× 対応の遅延が生じている。
○ 当課の対応が遅延している。
(作例)
前者が誤りなのは、文法が壊れているからではない。前者は文として完全に成立する。成立するからこそ、危ない。
境界は一つしかない。行為者がいない現象を書くときは消す。行為者がいる行為を書くときは消さない。 迷ったら、消えた行為者を補ってみる。補った結果が自分の部署なら、消してはいけない(→7-2)。
24-2. 聴取文書での記録の正確さ
相手の発言を記録するときには、必ず書き手の判定が入る(→16-1)。
「明確な言及はなかった」と記録することは、何をもって「明確」とするか、どの程度の言及があれば「言及あり」と判定するか、という書き手の判定を含んでいる。
その判定が、後日の検証に耐えるものであることに責任がある。判定した以上、判定したと分かるように書く。要約したなら要約したと断り(→17-3)、整理したなら整理したと断る。
24-3. ヘッジと逃げ口上の境界
ヘッジは、正当な不確定性の表現である。
○ 相当程度の確からしさがあると考えられる。(確信度に関する情報を与えている)
× 確かなことは申し上げられませんが、相当程度…(情報を隠している)
(作例)
境界は、読み手が何かを判断できるようになるかどうかにある。ヘッジを一段下げた代わりに条件を足しているなら、それはヘッジである(→9-4)。何も足さずに下げただけなら、逃げ口上である。
24-4. 名詞化による責任の分散
主語が消えると、責任も消える(→第2章、第7章)。
× 対応の遅延が生じている。(誰が遅延させたのか不明)
○ 当課の対応が遅延している。(当課に責任がある)
(作例)
名詞化が便利だからといって、責任を隠すために使ってはいけない。この文体が批判されるのは、たいていここが原因である。 断定を減らすことそのものが批判されているのではない。断定を減らす技術を使って、誰がやったかを消しているから批判される。
特に、自分の行為を記録するときは、名詞化で主体を消さない。
24-5. 数量の虚偽
数字を使わず「相当程度」と書くこと自体は許される(→5-2)。だが、それが実際には「わずかに」であるなら、虚偽である。
× 相当程度の改善が見込まれる。(実際には1%程度の改善)
(作例)
副詞は数字より弱い表現ではない。読み手の側で数字に翻訳される表現である(→5-1)。翻訳されることを知りながら、翻訳結果が事実と違う語を選ぶのは、数字を偽るのと変わらない。
翻訳の結果は、読み手ごとに幅を持つ。 「相当程度」を5%と読む人も、20%と読む人もいる。この幅があること自体は、書き手の責任ではない。 目盛りは分野と職場の中でしか共有されないからである(→5-2)。責任が生じるのは二つの場合である。
- 幅の外に出ているとき。 1%を「相当程度」と書けば、どの読み手の翻訳にも入らない。これが上の×である。
- 幅が争点になると分かっているとき。 5%か20%かで読み手の判断が変わる場面で副詞に留めるなら、数字を持っているのに出していないことを疑う(→24-6)。持っていないなら、幅のほうを書く(「5%から20%程度」)。
幅があるから副詞は使えない、ということではない。 幅の中で正しく、かつ幅が争点でないなら、副詞でよい。
同じ理由で、根拠があるのに副詞に逃げるのも、この文体の用法ではない。副詞を使う理由は「その程度の信頼度でしか言えないから」であって、「数字を出したくないから」ではない。
24-6. 情報格差の悪用
書き手は、読み手より多くの情報を持っている。その格差を使って読み手を誤誘導しないこと。
○ 上期の売上は、前年同期から5%減少した。もっとも、下期については、受注が確定している分だけでも相当程度の回復が見込まれる。
(作例)
根拠を示したうえでの「相当程度」は問題ない。
× 上期の売上は、前年同期から5%減少した。もっとも、下期の見通しは相当程度の回復が見込まれる。
(作例)
根拠を持っているのに書かなければ、読み手は「相当程度」を検証できない。検証できない量化は、情報を与えているように見えて、与えていない。
同じことは「複数」にも起きる(→5-4)。語そのものは正しい。正しい語を、誤読されると知って選ぶところに問題がある。
24-7. 最後に
本書が扱ってきた技術は、どれも両面を持っている。
主体を消す技術は、外界を正確に語るためにも、責任を隠すためにも使える。ヘッジは、確信度を正確に伝えるためにも、言質を取られないためにも使える。副詞による量化は、根拠の弱さを正直に示すためにも、弱い根拠を強く見せるためにも使える。
同じ規則が、両方に使える。 だから本書は、技術と倫理を別の章に分けなかった。第24章まで来て初めて倫理の話が始まるのではなく、第1章1-6の「主体を消してよいのは外界を語るときだけ」が、すでに倫理の規則だった。
区別の基準は、一つに集約できる。
その操作によって、読み手が受け取る情報は増えたか、減ったか。
増えたなら、それはこの文体の技術である。減ったなら、それは抑制された文章ではなく、抑制された文章の失敗である(→0-2)。
ただし、この基準はそのままでは使えない。 「増えた」かどうかを書き手が自分の内心で決めてよいことにすると、どんな書き方でも「増えたつもり」で通ってしまう。判定を内心に置かないために、外から確かめられる三つに分解する。
- 条件・前提が足されたか。 確信度を一段下げたなら、その代わりに「どの条件が壊れれば主張も壊れるか」が書かれているか(→9-4、11-3)。何も足さずに下げただけなら、減っている。
- 根拠の範囲が示されたか。 量化したなら、数え方・仕組み・時点のどれかが書かれているか(→12-6)。平均を書いたなら、分散に触れたか(→12-5)。
- 読み手が反証できる形になっているか。 前提の当否、数え方の当否、因果の当否を、読み手が自分で確かめに行けるか。確かめに行く先が文面にないなら、減っている。
三つとも、書いた文を見れば確かめられる。 書き手の意図を聞く必要はない。0-2の「2億円台後半」の例が情報を減らしていないと言えるのも、範囲・点推定でないこと・確信度の三つが文面から読み取れるからであって、書き手がそのつもりだったからではない。
逆に言えば、この三つに引っかからない書き方は、本書の規則をいくつか破っていても実害が小さい。 推敲の時間が足りないときにここから見る理由は、それである(→23-10)。
付録
付録A 語彙表
実務文書で頻出する語を、用法別に並べる。意味の説明ではなく、その語が何を約束しているかを書いてある。迷ったときは、約束できないほうの語を選ばないこと。
A-1. 文末様相(確信度)→ 第3章
| 語 | 何を約束しているか | 典型的な組み合わせ | 使えない場面 |
|---|---|---|---|
| 〜している/となっている | 観測した | 足もとの〜は、〜を主因に、〜している | 未来のこと |
| 〜可能性が高い | 本線ではないが、相当程度確からしい(→3-1の②、8-3の段階1) | もっとも、〜した場合には、〜可能性が高い | 本線を述べるとき(③を使う) |
| 〜と予想される/見込まれる | これを本線として提示する | 当面も、〜が続くとみられ、〜と予想される | 分岐を述べるとき |
| 〜とみられる | データや観察から読み取れる | 〜を主因に、〜しているとみられる | まだ観測できていないこと |
| 〜と考えられる | 仕組みから導かれる | 〜に伴い、〜していくと考えられる | 目の前のデータ/決めた方針について述べるとき |
| 〜可能性がある/〜しうる | 本線から外れた分岐 | もっとも、〜した場合には、〜可能性がある | 本線を述べるとき |
| 〜必要がある/求められる | 要請。事実ではない | 診断:以上を踏まえると、〜する必要がある/方針型:〈主体〉は、〜する必要がある(→1-3) | 体言止めにするとき(→4-3) |
| 〜する/〜を推進する | 決めた方針(方針型。→1-3) | 〈主体〉は、〜を推進する | 決めていないことを述べるとき |
| 〜が不可欠である | 決めた方針の前提条件 | 〜するためには、〜が不可欠である | 分析の結論を述べるとき |
A-2. 体言止め(言明の種類)→ 第4章
| 語 | 何を約束しているか | 典型的な組み合わせ | 注意 |
|---|---|---|---|
| 〜もの。 | 事項・取扱いとして外から同定する | 前例に従い〜しているもの。 | 自分の内面・外部事象には使えない |
| 〜ため。 | 理由 | 〜が遅行しているため。 | 目的にも読めるので、単独では使わない |
| 〜考え。 | 自分(または話者)の意向・方針 | 年度内に〜する考え。 | 決めていないことには使えない |
| 〜ところ。 | 進行中で、まだ決着していない | 〜を検討しているところ。 | 完了したことには使えない |
| 〜様子。 | 外部事象の観測 | 想定を上回るペースで〜している様子。 | 自分のことには使えない |
| 〜見込み。 | 予測 | 来月中に完了する見込み。 | 義務の代わりに使わない(→4-3) |
| 〜由。 | 伝聞 | 先方も同様の対応を採る由。 | 出所を書かないと使えない |
A-3. 程度副詞 → 第5章
| 系列 | 語(大きい→小さい) | 交換できない相手 |
|---|---|---|
| 認識的 | 急速に・大幅に/相当程度/緩やかに/やや・幾分/わずかに | 義務的・可能的の語 |
| 義務的 | 強く/ぜひ/可能な限り/できる限り | 「相当程度」は掛からない |
| 可能的 | 十分に/相応に/相当に/それなりに | 変化の大きさには掛からない |
- 幾分 ―― 「やや」とほぼ同じ位置。「やや」よりわずかに硬い
- 横ばい/横ばい圏内 ―― 系列の一員ではない。変化の不在を述べる別の語
- 緩やかに ―― 「どのくらい動いたか」に答える。系列の一員
- 徐々に ―― 「どのように変わっていくか」に答える。系列には入らない。「〜ていく」と組む
A-4. 数量 → 5-4・5-5
| 語 | 言っていること | 言っていないこと |
|---|---|---|
| 数〜 | 片手で数えられる程度 | 正確な数 |
| 複数 | 二以上であること、それだけ(量詞の系列を持つ文書で。→5-4) | 多いか少ないか |
| いくつか | 二以上で、全体の一部 | 割合 |
| 一部 | 全体の中の少数 | 何割か |
| 多数 | 多いという評価 | 評価の基準 |
| ほぼ | 数字を持っている。誤差を除けば一致 | 誤差の幅 |
| おおよそ | 見当。正確性は保証しない | 精度 |
| 〜程度 | この幅の中、という感覚 | 幅の端 |
A-5. 時間 → 第6章
| 語 | 指す範囲 | 使える文末 |
|---|---|---|
| 足もと | 直近。すでに観測できている | ①事実・④観察 |
| 当面 | 現在の条件が続くと仮定できる範囲の先(長さは分野による。→6-1) | ③予想 |
| 先行き | それ以降。条件そのものが変わりうる | ⑤推論・⑥分岐 |
| 上期中/年度内 | 記録文書で過去を区切る | 過去形 |
| 本計画期間中に/○年度までに | 方針型で期限のある目標を切る(→6-6) | 「〜する」「〜を完了する」 |
| 中長期的に | 方針型で期限を切らないことを明示する(→6-6) | 「〜を進める」 |
| 現時点では | 判断を保留していることの明示 | 「決定していない」等 |
A-6. 因果 → 12-1
| 語 | 踏み込みの度合い |
|---|---|
| 〜ことから | 根拠を示すだけ。因果は断定しない |
| 〜を主因に | 最大の要因。他の要因の存在を含意する |
| 〜を一因に | 複数あるうちの一つ |
| 〜に伴い | 同時に動いている。因果は断定しない |
| 〜を背景に | 遠い条件。直接の引き金ではない |
| 〜によって | 手段・媒介。行為者を要する |
| 〜による | 因果の断定 |
| 〜によるものとみられる | 因果の推定 |
A-7. 接続 → 第10章・14-4
| 語 | 何を導くか |
|---|---|
| もっとも | 本線の外側にある分岐・リスク。段落に一つまで |
| ただし | 本線そのものに掛かる条件・限定 |
| なお | 補足・免責。論理の対比ではない |
| このため | 前を原因とする結果 |
| 一方 | 対比。単なる話題の転換には使わない |
| このほか | 同じ階層の追加 |
| 以上を踏まえると | 評価への転換 |
| したがって | 結論への転換 |
| すなわち | 言い換えと具体化 |
A-8. 条件 → 11-4
| 語 | 条件が成立しているか | 使う類型 |
|---|---|---|
| 〜のもとで | すでに成立している | 予測文書・診断文書(設計文書では、動かせない所与に限る。→11-4) |
| 〜にあたっては | これから満たす | 設計文書 |
| 〜を踏まえると | すでにある事情を判断材料にする | 設計文書・診断文書 |
| 〜を前提として | 成否を問わず仮に置く | 予測文書・設計文書 |
| 〜と仮置きしている | 仮に置いたことを明示する | 設計文書 |
A-9. 伝聞 → 17-1
| 語 | 話者が何をしたか |
|---|---|
| 〜と述べた/〜との発言があった | 発言した(最も中立) |
| 〜との説明があった | 経緯・理由を説明した |
| 〜との見方が示された | 判断・評価を述べた |
| 〜との指摘があった | 問題の所在を示した |
| 〜との見解が示された | 主張として整理して述べた |
| 〜を求める意向が示された | 働きかけた |
| 〜との提案があった | 案を出した |
| 明確な言及はなかった | 触れなかった(欠落の記録) |
三人称記録の本文で使ってはいけない語:言い張った/主張して譲らなかった/繰り返すばかりであった/頑なに/あえて触れなかった。いずれも記録者の評価が入る(→17-1、18-3)。逐語記録には当てはまらない(→16-2)。所見の節へ送るなら書ける(→17-2)。
中間の語:付言した(=本筋のあとに足した。場の順序の記述なので使える)/述懐した・漏らした(=記録者の読みが入る。本文では使わない)。→17-1
発言者の範囲を示す量詞(→5-4):一人の〜/ある〜/複数の〜/何人かの〜/多くの〜/(全員の場合は無標)。「複数の」はこの系列の下のほうにあり、量の多さを言わない。
A-10. 機能動詞 → 2-2
〜となる/〜となっている/〜に作用する/〜方向に作用する/〜をたどる/〜を続けている/〜がみられる/〜が窺われる/〜に転じる/〜を維持している/〜にとどまっている/〜を余儀なくされる
外しても意味が変わらないなら、その機能動詞は要らない(→2-2)。
付録B 演習
各章の内容を確認するための演習である。解答例は一つの正解ではなく、規則に適合する書き方の一例として読んでほしい。
並びは章の順であって、易しい順ではない。 通しでやる必要もない。難度は三つに分かれるので、時間が限られているなら真ん中から始めるとよい。
| 難度 | 演習 | 性格 |
|---|---|---|
| 確認 | 1-1、5-1、10-1 | 規則を読んでいれば答えられる。飛ばしてよい |
| 実務 | 3-1、7-1、11-1、12-1、13-1、14-1、15-1 | ここが本体。 自分の原稿でそのまま起きる誤り |
| 枠組み | 20-1、C-1 | 本書の枠組み(レイヤ、五類型)に慣れていないと解きにくい。先に第20章・付録Cを読む |
演習20-1は、第20章の三つの操作(形式化・確定化・一般化)を先に見ておくと解きやすい(→20-2)。四段の順序そのものより、段のあいだで何が起きているかを問うている。
演習1-1 類型の判定
次の五つの題材について、どの類型で書くべきか判定せよ。
- 去年1年間の営業活動
- 来期の営業計画と見通し
- 今現在の営業状況と問題点
- 新規営業システムの導入計画
- 営業責任者からの意見聴取
解答例
- 記録文書(過去の活動を記述する)
- 予測文書(来期の見通しを述べる)
- 診断文書(現在の状況と問題を評価する)
- 設計文書(これから作るものの要件を述べる)
- 聴取文書(他者の発言を記録する)
補足。 2は「計画」と「見通し」が混ざっている。計画は自分が決めることなので設計文書寄り、見通しは外界の予測なので予測文書である。一つの文書に入れるなら節を分ける(→22-1)。5は、意見を聴いただけなら三人称記録でも一人称要旨でもよいが、要請を受けていたなら、三人称記録が標準である。一人称の言葉を使うなら、外側に帰属の枠を置かなければならない(→19-3)。
演習3-1 時間と様相の対応
「売上・受注」について、次の確信度で一文ずつ書け。ただし、書けないものが一つある。それがどれかを指摘せよ。
- 来期の売上について、観測された事実として
- 来期の売上について、相当程度確からしいこととして
- 来期の売上について、標準のシナリオとして
- 足もとの受注について、観察に基づく判断として
- 来期の利益率について、推論に基づく判断として
解答例
- 書けない。 来期はまだ観測できていない。事実の形で書けるのは、すでに観測された期のことだけである(例:「上期の売上は、前年同期から5%増加した」)。来期について事実の形で書けば、それは予測の断定であり、1-5の誤りになる(→3-2)。
- 来期の売上は、増加する可能性が高い。
- 来期の売上は、緩やかな増加をたどると予想される。
- 足もとの受注は、大口案件の剥落を主因に、減少しているとみられる。
- 来期の利益率は、原材料価格の下落に伴い、回復していくと考えられる。
補足(1の微妙さについて)。 「来期の売上は100億円となる見込み」は書ける。これは①(事実)ではなく、体言止めの「見込み」による予測だからである(→4-1)。同じく「来期の売上は増加する」も、文としては書ける。書けないのは、来期のことを①の形で書くことであって、来期について何も書けないという意味ではない。設問が「観測された事実として」と限っているので、答えは「書けない」になる。
この演習の要点。 文末様相は独立に選べるものではなく、時間指向と組で決まる。観測できるのは過去と現在だけなので、未来に①(事実)だけは使えない。④(観察)は、読み取れるだけの材料があれば未来にも使える(→3-2)。逆に、目の前のデータに⑤(推論)を使うと、データを見ていないように読まれる。
演習5-1 程度副詞の目盛り
「価格上昇」について、次の強度を表す副詞を選べ。
- 非常に強い上昇
- かなり強い上昇
- 中程度の上昇
- 弱い上昇
- 非常に弱い上昇
解答例
- 価格は大幅に上昇している。
- 価格は相当程度の上昇を続けている。
- 価格は緩やかに上昇している。
- 価格はやや上昇している。
- 価格はわずかに上昇している。
補足。 1について、「急速に」と「大幅に」は別のことを修飾する。「急速に」は速度、「大幅に」は幅である。一年で2割上がったことを言いたいなら「大幅に」、三か月で2割上がったことを言いたいなら「急速に」。両方を言いたいなら「短期間に大幅に上昇している」と書く。「急速かつ大幅に」は二重ヘッジの裏返しで、強調が重なるだけで情報は増えない。
演習7-1 主語を戻す
次の文から、消えた行為者を補って書き直せ。ただし、補わなくてよいものが一つある。
- 在庫の確認が行われた。(当課の業務報告)
- 受注の減少がみられる。(市況の分析)
- 対応方針の検討が進められている。(当室の作業)
- 単価の改定が遅行している。(取引先の動き)
解答例
- ○ 当課は、在庫を確認した。(行為者は当課。消してはいけない)
- 補わなくてよい。 受注の増減に行為者はいない。「〜がみられる」のままでよい(→7-1)。
- ○ 当室は、対応方針を検討している。
- ○ 取引先による単価の改定が遅行している。または、外界の記述として「単価の改定は、遅行している」のままでもよい。自分の側の行為でなければ、消したままにできる。
この演習の要点。 判定は「読みやすいかどうか」ではなく、補った行為者が自分の側かどうかである(→7-2、24-1)。2と4で主体を立てないのは、外界の現象に行為者がいないからであって、立ててはいけないからではない。「受注の減少が続いている」と書いても誤りではない(→0-5)。消してはいけないのは、1と3のように自分の側の行為から主体を消す場合だけである。
演習10-1 「もっとも」「ただし」「なお」
次の〔 〕に、「もっとも」「ただし」「なお」のいずれかを入れよ。同じ語を二度使ってもよい。
- 来期の受注は、増加すると予想される。〔 〕、増加が見込まれるのは、主要顧客の投資計画が維持される場合に限る。
- 来期の受注は、増加すると予想される。〔 〕、想定を上回る単価の下落が生じた場合には、横ばい圏内にとどまる可能性がある。
- 本報告は、現時点の検討状況を取りまとめたものである。〔 〕、ここで述べる要件は、車種の選定を確定するものではない。
- 足もとの稼働率は、高い水準で推移している。〔 〕、この稼働率は予備車を除いた台数で算出している。
解答例
- ただし(本線そのものに掛かる適用条件)
- もっとも(本線の外側にある分岐)
- なお(免責。論理の対比ではない)
- なお(数字の定義についての補足)
この演習の要点。 1と2の判定は、その条件が破れたときに本線がどうなるかで行う(→10-3)。1は投資計画が維持されなければ本線そのものが成り立たないので「ただし」。2は単価が下落しても「横ばい圏内」という別のシナリオに移るだけなので「もっとも」。3と4は、破れる・破れないという話ですらない。本線の当否に関わらない補足なので「なお」である。3を「もっとも」で書くと、免責が本線の裏シナリオとして読まれる(→10-4)。
なお、1〜4を一段落にまとめない。理由は「もっとも」の数ではなく、主題が違うことにある(→14-1)。1と2は来期の受注という同じ本線への条件と分岐だが、3は文書の位置づけ、4は数字の定義である。三つを一段落に置くと、読み手は何についての段落かを決められない。1と2だけを一段落に置くなら、そのときは「もっとも」が一つに収まっているかも見る(→10-2)。
演習11-1 前提の三層と、条件の示し方
(1) 次の予測文書には、前提が一つしか書かれていない。それがどの層かを答え、残る二層にあたる前提を、それぞれ一文で補え。
本見通しは、原材料価格が現行水準で推移することを前提としている。来期の製造原価は、横ばい圏で推移すると考えられる。
(作例)
(2) 次は設計文書の一文である。誤りを指摘し、直せ。
新しい調達先が確保されるもとで、製造原価は現行水準を下回るものとなる。
(作例)
解答例
(1) 書かれているのは環境的前提(外部環境が変わらない前提)である。残る二層は、例えば次のように補う。
- データ的前提 ―― 本見通しは、11月末までに確定した購買実績に基づいている。
- 行為的前提 ―― 本見通しは、期初に決定した調達先の切替えを、予定どおり実施することを前提としている。
(2) 「〜のもとで」は、その条件がすでに成立していることを含意する(→11-4)。調達先はまだ確保していないので、成立済みの形で書くと、読み手は確認済みの事項として先へ進んでしまう。
○ 新しい調達先の確保にあたっては、品質基準への適合を確認する必要がある。そのうえで、製造原価は現行水準を下回るものとなる。
(作例)
この演習の要点。 (1)で補いにくいのは、たいてい行為的前提である。自分の側が予定どおり動くことは、書き手にとっては当たり前に見えるので落ちる。そして落とした文書は、外れたときに外部要因のせいにできてしまう(→11-2)。(2)と合わせると、まだ満たしていない条件を、満たした形で書かないという一つの規則になる。
演習12-1 因果の踏み込みと、量化の根拠
(1)〜(3) 次の文は、確かめた範囲に対して因果に踏み込みすぎている。根拠に見合う形に直せ。
- 上期の残業時間は、前年同期から2割減少した。これは、5月に導入した会議時間の上限設定による。(確認したのは、施策の時期と減少の時期が重なっていることだけである)
- 足もとの受注は、大口案件の剥落により、減少している。(ほかにも減少の要因はある)
- 売上の減少は、顧客需要の縮小によるものとみられるが、背景については引き続き分析していく必要がある。
(4)(5) 次の文は、量化の根拠を欠いている。補って書き直せ。
- 主要な取引先については、単価の改定が完了している。
- 単価の改定は、一巡している。
解答例
- ○ …これは、5月に導入した会議時間の上限設定によるものとみられる。
時期が重なっていることしか確かめていないなら、断定はできない。「による」は因果の断定、「によるものとみられる」は推定である(→12-1)。 - ○ 足もとの受注は、大口案件の剥落を主因に、減少している。
「により」は他の要因を排除してしまう。「主因」なら、他にも要因があることを含意したうえで、これが最大だと言える(→12-2)。 - ○ 売上の減少は、顧客需要の縮小によるものとみられる。この見方については、地域別の内訳により引き続き検証していく。
推測を出したのか出していないのかが、元の文では分からない。出したなら、それを検証する形で次を書く(→12-4)。 - ○ 取引金額で上位8割にあたる12社については、四半期ごとの改定ルールを設けており、9月末時点で改定が完了している。
数え方(上位8割・12社)、仕組み(改定ルール)、時点(9月末)の三つを示した(→12-6)。「主要な」は、何をもって主要とするかが書き手の胸の内にとどまる。 - ○ 単価の改定は、全体としては一巡している。もっとも、これは平均でみた話であり、取引先ごとの差はむしろ広がっている。
平均を書いたら、分散に触れる(→12-5)。この一行がないと、平均の話が個別の話として運用される。
この演習の要点。 1〜3は「どこまで確かめたか」を語で示す練習、4・5は「どこまでを数えたか」を語で示す練習である。どちらも、書き手が自分の根拠の範囲を自分で限定している。 情報量を減らさずに断定を減らすとは、この作業のことである(→0-2)。
演習13-1 五類型の書き出しを書き分ける
題材を〈本社の会議室〉とし、五類型それぞれの書き出しを一文ずつ書け。そのうえで、次の二つに答えよ。
- 五つのうち、主体が立っているのはどれか
- 五つのうち、総括で始まらないのはどれか
解答例
- 予測文書 ―― 本社の会議室の予約率は、足もと、高い水準で推移している。
- 診断文書 ―― 本社の会議室は、大人数向けの部屋を中心に、逼迫している。
- 記録文書 ―― 当課は、稼働の平準化と予約漏れの防止の観点から、上期を通じて、本社会議室12室の予約運用を行った。
- 設計文書 ―― 当課は、新棟への移転を控え、次期の会議室構成に求められる要件の整理を行ってきた。なお、ここで述べる要件は、現時点で室数および配置を確定するものではない。
- 聴取文書 ―― 冒頭、当方から、上期の予約実績および新棟の検討状況について説明した。
主体が立っているのは記録文書と設計文書(いずれも「当課は」)。総括で始まらないのは聴取文書である。
この演習の要点。 診断文書の「本社の会議室は」を主体と取り違えやすい。「〜は」の位置にいるのが行為者かどうかで見る(→13-3)。会議室は何もしていないので、これは観察の対象であって主体ではない。同じ理由で、記録文書を「本社の会議室の予約運用は…行われた」と書くと、主体が消えて記録の放棄になる(→7-2)。
聴取文書が総括で始まらないのは、総括を置くと記録者の評価が冒頭に来てしまうからである(→17-2)。「会議室の逼迫について、先方も同様の認識であった」と書き出した時点で、それは記録ではなく所見になっている。
演習14-1 段落を割る、つなぎを直す
(1) 次の段落は二つのトピックを含んでいる。割れ。
社用車の稼働率は、月初と月末に高まり、月央にかけて低下する循環を繰り返した。燃料費は、単価の上昇を受けて、前年同期から1割増加した。もっとも、7月以降は、訪問先の集約を進めたことから、循環の振幅は縮小している。
(作例・社用車の運用)
(2)〜(4) 次の段落頭の接続表現は、いずれも誤っている。直せ。
- 稼働率は、高い水準で推移した。一方、燃料費は、前年同期から1割増加した。
- 以上を踏まえると、代替手段の確保について、検討していく必要がある。
- 今後の需要をみると、増加が見込まれる。
解答例
(1) 稼働率と燃料費で段落を割る。このとき、「もっとも」を稼働率の段落へ戻すことに注意する。元の並びでは、留保が直前の燃料費の話に掛かって読める。
社用車の稼働率は、月初と月末に高まり、月央にかけて低下する循環を繰り返した。もっとも、7月以降は、訪問先の集約を進めたことから、循環の振幅は縮小している。
燃料費は、単価の上昇を受けて、前年同期から1割増加した。
(作例・社用車の運用)
(2) ○ 稼働率は、高い水準で推移した。このほか、燃料費は、前年同期から1割増加した。
稼働率と燃料費は対立していない。対比でないのに「一方」と書くと、読み手は存在しない対立を探す(→14-4)。
(3) ○ 以上を踏まえると、故障時の代替手段が確保されていない点に、脆弱性があると評価される。代替手段の確保について、検討していく必要がある。
「以上を踏まえると」は評価への転換である。そのまま処方に飛ぶと、評価が抜け落ちたまま結論だけが残る(→14-4)。評価を一文置いてから、次の文で処方へ転じる。
(4) ○ 今後の需要については、増加が見込まれる。
まだ観測していないものを「みる」ことはできない(→14-5)。予測文書にこの形が出てきたら、たいてい類型が混ざっている。
この演習の要点。 (1)の「もっとも」の位置は、段落を割るときに最も落としやすい。留保は、それが掛かる本線と同じ段落に置く。 割った結果、留保が別のトピックの後ろに残っていないかを必ず確かめる。
演習15-1 構成の順序と、冒頭の総括
次のa〜eは、診断文書を構成する五つの段落である。
- a 整備の実施状況をみると、法定点検はいずれも期限内に完了している。
- b 配車計画の見直しについて、検討していく必要がある。
- c 当部の社用車は、全体として支障なく稼働している。
- d 以上を踏まえると、月末の3営業日については、車両の不足が常態化していると評価される。
- e 稼働率をみると、月末の3営業日に集中しており、予備車を含めても不足が生じている。
(1) 正しい順に並べ替えよ。
(2) 並べ替えると、冒頭と末尾が食い違う。どう直すか。
(3) この文書を300字に縮めることになった。削るのは観点か、根拠か。
解答例
(1) c → a → e → d → b。総括(c)、観点別分析(a・e)、評価(d)、勧告(b)の順である(→15-1)。
(2) cの「全体として支障なく稼働している」と、dの「不足が常態化している」が食い違っている。総括のほうを、結論を含む形に直す。
○ 当部の社用車は、平時の稼働に支障はないものの、月末には不足が常態化している。
(作例・社用車の運用)
判定の基準は一つで、冒頭の一段落だけを読んで、文書の要旨が分かるかである(→15-2)。元のcを読んだ読み手は「問題なし」と受け取り、そこで読むのをやめる。実務文書の読み手は途中で読むのをやめるので、それで終わってしまう。
補足。 総括が「安定している」で、末尾が「ストレス下では脆弱である」となるのは、食い違いではない(→15-1の「総括と末尾が食い違って見えるとき」)。付録CのC-2と演習C-1のbがその形である。この設問が食い違いなのは、冒頭も末尾も平時の話だからである。
(3) 観点を削る。 aとeのうち一方に絞り、残したほうの根拠は落とさない。観点を二つ挙げて各一文にするより、観点を一つに絞って三文書くほうが伝わる(→15-3)。この文書でいえば、勧告(b)が配車計画の話なので、残すのは稼働率(e)である。勧告につながらない観点から削る。
演習20-1 レイヤの判定
次の四つの文を、レイヤの高い順に並べよ(→20-2)。
- a 要員の確保が課題である。
- b 人手は、正直、足りていない。
- c 増員を進めているところ。
- d 年度内に増員する考え。
解答例
d・a → c → b の順。
dとaはいずれもレイヤ4である。dは方針、aは判定で、言明の種類は違うが、落としてあるものは同じ(→20-2の注記)。cは進行中で決着していない段階が語に出ており、確定化がまだなのでレイヤ2。bは「正直」と日常語の述語が残っており、形式化もされていないのでレイヤ1。
この演習の要点。 レイヤが測るのは話者の発話から何を落としたかであって、言明の種類(第4章)とも、内容の詳しさ(→20-3)とも別の軸である。dを「年度内に5名を増員する考え」と詳しくしても、落とした語は戻らないので、レイヤは4のまま動かない。
なお、aとdはどちらもレイヤ4だが、話者が限定を付けていたかどうかは、この四文からは分からない。 付けていたのに落としたのなら一般化が入っており、渡す先によってはレイヤ3に戻す必要がある(→20-2)。
付録C 同じ題材を五類型で書く
文体の違いは、同じ題材を並べたときに最もはっきりする。ここでは業務と無関係な題材を用い、五類型それぞれで書き分けた例を示す。
題材:わが家の冷蔵庫
五つの文章は、同じ冷蔵庫について書いている。書かれている事実もほぼ同じである。違うのは、時間指向・様相・主体の三変数だけである。
C-1 予測文書
1.現状
わが家の冷蔵庫は、一部に空きがみられるが、緩やかに充足している。
野菜室は、週末の買い出しの効果が続くもとで、高水準を維持している。卵は、朝食での消費ペースの高まりから、幾分減少している。作り置きの惣菜は、横ばい圏内の動きを続けている。一方、ヨーグルトは減少傾向にある。
2.見通し
先行きの在庫を展望すると、今週後半については、平日の消費が継続することから、充足ペースは鈍化すると考えられる。
すなわち、作り置き惣菜は、水曜日にかけて減少するとみられる。このことは、夕食の献立選択の幅を狭め、調理時間に対する押し上げ要因として作用しうる。もっとも、冷凍庫の備蓄が一定のバッファー機能を果たすため、在庫は、水準を切り下げつつも、底堅く推移すると見込まれる。
週末以降は、買い出しが予定どおり実施されるもとで、充足度は緩やかに高まっていくと考えられる。もっとも、実施時期には振れを伴う可能性がある。
3.リスク要因
本見通しは、今週中に来客がなく、買い出しが予定どおり実施されることを前提としている。
第1に、来客により消費が想定以上に増加するリスクがある。この場合、平日夜の買い足しを余儀なくされる可能性がある。
第2に、買い出しが天候や予定の変更により遅延するリスクがある。この場合、週末以降の回復が後ずれしうる。
逆に、外食の機会が想定以上に増えれば、在庫の減少ペースは緩やかとなり、充足度は上振れる可能性もある。
(作例・わが家の冷蔵庫)
C-2 診断文書
1.冷蔵庫の状態
わが家の冷蔵庫は、全体として安定している。
主要な区分の充足状況をみると、野菜室、冷凍庫ともに、必要水準を上回って推移している。冷蔵室は、乳製品を中心にやや水準を切り下げているものの、当面の消費を賄ううえで支障のない範囲にとどまっている。
賞味期限の分布をみると、3日以内に期限を迎える品目の割合は、前回から低下している。もっとも、葉物野菜については、期限の集中がなお解消されていない。
2.ストレステスト
想定外の事態に対する頑健性を確認するため、①買い出しが1週間実施できない、②来客により消費量が5割増加する、という2つのシナリオで検証した。
シナリオ①では、冷凍庫の備蓄により5日目までは夕食を賄えるものの、6日目以降は主菜の確保が困難となる。シナリオ②では、3日目に野菜室が枯渇する。
以上を踏まえると、短期のストレスに対しては相応の頑健性を有しているものの、1週間を超える供給途絶には脆弱性を抱えていると評価される。保存食の積み増しを含め、備蓄構成のあり方を検討していく必要がある。
(作例・わが家の冷蔵庫)
C-3 記録文書
1.概観
当家は、食費の抑制と食材ロスの削減の観点から、2026年度上期を通じて、週末のまとめ買いを主たる手段として、冷蔵庫の在庫管理を運営した。
上期中の買い出しは、原則として毎週土曜日に実施し、計24回行った。このうち、①天候不良により2回を日曜日に順延し、②来客対応のため3回の臨時買い足しを実施したほか、③9月の連休に際しては、1回分を前倒しで実施した。
2.在庫の動向
野菜室の在庫水準は、買い出し直後に高水準となり、週央にかけて低下する循環を繰り返した。もっとも、5月下旬以降は、葉物野菜の価格上昇を受けて購入量を抑制したことから、在庫水準は前年同期を下回って推移した。
冷凍庫については、常時2食分以上の備蓄を維持する方針を継続し、毎月末に在庫を確認したうえで、不足分を補充する措置を講じた。9月末時点の備蓄は4食分となり、年度当初から1食分増加した。
3.食材ロス
上期中に廃棄した食材は、計7点であった。内訳は、葉物野菜が4点、乳製品が2点、その他が1点である。前年同期から5点減少した。これは、①期限の近い食材を手前に配置する運用を6月に開始したこと、②水曜日に在庫を確認する運用を導入したことによるものとみられる。
(作例・わが家の冷蔵庫)
C-4 設計文書
1.はじめに
当家は、2024年に策定した方針に基づき、現行冷蔵庫の使用状況の確認と、次期冷蔵庫に求められる要件の整理を行ってきた。本報告は、これまでの検討状況を取りまとめたものである。なお、ここで述べる要件等は、現時点で導入時の仕様を確定するものではないことを予め明確にしておく。
2.容量要件
次期冷蔵庫の導入時には、世帯人数の変動も想定されることを踏まえると、求められる容量要件は現行機を相応に上回るものになると考えられる。一方で、設置可能な間口には制約があることから、想定使用量を一旦置いたうえで、容量設計上の含意を整理した。
具体的には、①週末のまとめ買い直後の最大在庫量を基準とすること、②来客時の増加分を2割程度見込むこと、③冷凍室の比率を現行より高めること、を前提として検討を行った。この結果、現行機を1.2倍程度上回る容量が必要となりうることを確認した。
もっとも、容量の拡大は消費電力量の増加につながる可能性がある点には注意が必要である。したがって、導入に向けては、容量と電力効率を併せて評価することが重要となる。
3.搬入経路
刷新にあたっては、搬入経路の確保が前提となる。廊下の幅員および扉の開口部を計測したところ、現行の経路では、幅670ミリメートルを超える機種の搬入が困難となりうることが判明した。この点については、搬入時に扉を取り外す対応も考えられるが、その可否は機種により異なるため、候補機種の選定段階で確認することが重要となる。
4.おわりに
現時点では、刷新に向けた技術的な制約要因は確認されていない。もっとも、候補機種ごとの仕様差は相応に大きく、選定にあたって考慮すべき事項が多く存在することも確認した。
なお、実際に買い替えを行うかどうかは現時点では決定しておらず、今後の使用状況のなかで判断していくこととなる。
(作例・わが家の冷蔵庫)
読むときの注意。 C-4には「〜と考えられる」(認識的様相)が一度だけ出てくる。「求められる容量要件は現行機を相応に上回るものになると考えられる」がそれである。設計文書の典型文末は「〜が重要となる」なので、混ざっているように見えるかもしれない。混ざっているのではなく、役割が違う(→1-2)。
- 要件を導く判断は「〜と考えられる」「〜となりうる」で書く ―― 容量がどれだけ要るかは、まだ推論の段階にある
- 要件そのものは「〜が必要となる」「〜が重要となる」で書く ―― 「容量と電力効率を併せて評価することが重要となる」
前者を「重要となる」で書くと、推論が要件に化ける。後者を「考えられる」で書くと、要件が見通しに化ける。この二つが同じ節の中に並んでいるのが、設計文書の標準的な姿である。
C-4′ 設計文書(方針型)―― 同じ題材を、決めたあとで書く
C-4は要件型である。まだ買い替えを決めていない段階で、要件を整理している。同じ題材を、買い替えを決めたあとに書くとこうなる(→1-3、21-5)。
1.方針
当家は、2024年に策定した家計方針および前回の検討結果に基づき、次期冷蔵庫を2027年度上期中に導入する。本方針の対象期間については、機種の選定から導入後の検証までを含め、2026年度から2028年度上期までとする。
2.導入の考え方
容量は、現行機を1.2倍程度上回る水準を確保する。基準は、週末のまとめ買い直後の最大在庫量とし、来客時の増加分を2割見込む。世帯人数の変動は、この範囲で吸収する。
消費電力量については、容量の拡大に見合う効率の改善を、機種選定の要件とする。容量と電力効率は、いずれか一方ではなく総合で評価する。年間消費電力量は、容量が1.2倍となる場合においても、現行機と同水準にとどめる。
搬入経路は、機種の選定に先立って確保する。幅670ミリメートルを超える機種を候補とする場合には、扉の取り外しの可否を事前に確認する。取り外しができない場合は、当該機種を候補から外す。
3.想定される支障
候補機種の仕様差は大きく、要件をすべて満たす機種が対象期間内に市場に出ない可能性がある。この場合、導入時期は後ずれしうる。
4.進め方と達成の測り方
2026年度中に候補機種を三機種まで絞り込み、2027年度第1四半期に選定する。
・食材の廃棄点数[2026年度上期]7点→[2028年度上期]4点以下
・年間消費電力量[現行機・2026年度]330キロワット時→[次期機・2028年度]330キロワット時以下
導入後は、在庫水準と消費電力量を記録し、上の二つの指標に照らして、対象期間の末に要件の妥当性を検証する。
(作例・わが家の冷蔵庫)
C-4と読み比べて、どこが変わったか
| C-4(要件型) | C-4′(方針型) | |
|---|---|---|
| 冒頭 | 「本報告は、これまでの検討状況を取りまとめたものである」+免責 | 「〜に基づき、〜する」+根拠 |
| 容量 | 現行機を上回るものになると考えられる | 現行機を1.2倍程度上回る水準を確保する |
| 電力 | 併せて評価することが重要となる | 総合で評価する(=要件とする) |
| 搬入 | 選定段階で確認することが重要となる | 選定に先立って確保する |
| 末尾 | 買い替えを行うかどうかは決定していない | 2026年度中に絞り込み、2027年度第1四半期に選定する |
| 「もっとも」 | 二箇所 | ゼロ(留保は「3.想定される支障」に集めた) |
| 対象期間 | 無い | 冒頭で一文に切ってある(2026年度〜2028年度上期) |
| 達成の測り方 | 無い | 指標二つ(廃棄点数・年間消費電力量) |
認識的様相が残っているのは一箇所だけである。 「対象期間内に市場に出ない可能性がある」「導入時期は後ずれしうる」。ここは自分では決められないことなので、決めた形では書けない(→1-3)。決められることと決められないことの境目が、文末に出ている。
読むときの注意。 上の表の下二行、C-4に無くてC-4′にあるものが、方針型の要である。方針型が崩れるのは、たいていこの二つが抜けたときである(→6-6、21-5)。
- 対象期間が、冒頭で独立の一文として切ってある。 「2026年度から2028年度上期までとする」。これが無いと、以降の「対象期間内に」「今後」がどこまでを指すのか、最後まで決まらない。なぜその期間なのか(導入後の検証までを含めるため)が同じ文に入っているので、読み手は期間を動かせないものとして扱える。
- 達成の測り方が、〈何を数えるか〉〈いつの実績か〉〈いつまでにいくつか〉の三点で書いてある。 「食材の廃棄点数[2026年度上期]7点→[2028年度上期]4点以下」。三つ揃っているので、達成したかどうかを書き手以外が判定できる。「食材ロスの削減を進める」とだけ書いた場合と比べると、書き手が負った約束の量が違う。
この二つは、要件型には置けない。 まだ決めていないのだから、期間を切る対象も、達成を測る対象も無い。置けばそれ自体が決定になる。決めたかどうかは、文末だけでなく、この二つの有無にも出る。
どちらが正しいという話ではない。 決めていない段階でC-4′を出せば、決まっていないことが決定として扱われる。決めたあとにC-4を出せば、「で、やるのか」と尋ねられる。文書の形は、決裁がどこまで進んだかで決まる。
C-5 聴取文書(三人称記録)
1.現状認識
冒頭、当方から、上期の買い出し実績および廃棄の状況について説明した。
これに対し母からは、廃棄が前年から減少したことについて一定の評価が示された一方、葉物野菜の廃棄が依然として続いていることへの言及が、複数回にわたりあった。この点については、購入量の問題ではなく保存方法の問題であるとの見解が示された。
2.買い出し頻度
現行の週1回の買い出しについては、見直しを求める強い意向が示された。
理由として、①まとめ買いは週後半に鮮度が低下すること、②特売日が週2回あること、③冷蔵庫が満杯になると奥の食材が見えなくなること、の3点が挙げられた。なお、①〜③は当方が整理したものであり、この順で説明されたものではない。
このうち③については、当方が上期報告で指摘した把握漏れの問題と同一の事象を指しているものとみられる。
買い出しの担当については、明確な言及はなかった。
3.冷凍庫の備蓄
常時2食分以上を維持する現行方針については、特段の異論は示されなかった。もっとも、備蓄の中身については、同一の品目が長期間滞留しているとの指摘があった。
この点に関連し、備蓄品を定期的に消費する日を設けてはどうかとの提案があった。当方からは、実施可能性を検討する旨を回答した。
4.当方所見
買い出し頻度の見直しについては、先方の意向が相当程度固まっているものとみられる。もっとも、担当者の割り振りについては言及が回避されており、この点が今後の論点となる可能性がある。
廃棄の削減については、先方と当方の認識に大きな隔たりはみられない。保存方法の見直しを先行させることで、一定の成果が見込まれると考えられる。
(作例・わが家の冷蔵庫)
C-6 聴取文書(一人称要旨)
ここで題材が替わる。理由がある。
C-5の面談は、働きかけを受けた記録である。「現行の週1回の買い出しについては、見直しを求める強い意向が示された」という一行がそれにあたる。働きかけを受けた記録では、誰が誰に何を求めたのかを文面に残さなければならない(→1-4、19-3)。この面談をそのまま一人称要旨に丸めると、その一行が消える。 帰属の枠を置いて書くことは不可能ではないが、そうすると結局、三人称記録に近い形になる。だから、この面談の一人称要旨は作らない。
そこで、一人称要旨の例には別の面談を用いる。以下は、取引先の経営者から事業運営の方針を聴取し、一人称要旨としてまとめたものである。同じ聴取を二通りに書いた対比が見たい場合は、この先の演習C-1の解答例eとfを読んでほしい。 そちらは同一の面談を三人称記録と一人称要旨の両方で書いてある。
書き手は、レイヤを全体として3に置きつつ、話者が語気を強めた箇所だけをレイヤ1に落としている。以下、太字がその二箇所である(→20-4。節の見出しは除く)。
原材料価格上昇下の事業運営方針(A社社長説明要旨)
1.価格転嫁について
私(A社社長。以下同じ)としては、転嫁は一巡したとみている。もっとも、これは平均でみた話であり、先ごとの差はむしろ広がっている様子。
具体的には、上位10社については、四半期ごとの改定ルールを設けており、機械的に反映される仕組みができている。他方、中小の先については、そうした枠組みがないため、一件ずつ交渉している状況。ここは、正直、手が足りていない。
この点、乙社(地場の加工業)の例で申し上げると、同社は当社の創業期からの取引先であり、価格の話を持ち出しにくい面がある。先代からの付き合いもあり、数字だけで割り切れないところがある。もっとも、赤字で続けるわけにもいかないので、今期中には話をしたいと考えている。
2.他社の動きについて
同業では、転嫁が進まない先から順に撤退が始まっている。当社がそうした先の受け皿になれるかというと、設備にも人にも余力がなく、選別せざるを得ない。
業界全体としてみれば、集約が進むこと自体は避けられないとみている。ただ、当社としては、規模を追うより、採算のとれる先に絞って残っていく考え。
3.人の確保について
採用は、正直なところ、うまくいっていない。 処遇を上げれば解決するという話でもなく、現場を任せられる層が薄いことが本質的な問題であると認識している。
当面は、既存の社員の多能工化を進めているところ。もっとも、これも限界があり、外部からの登用も含めて検討していきたい。
(作例・取引先経営者からの聴取)
この例で効いている装置
(1) レイヤの落差 ―― 全体はレイヤ3だが、「正直、手が足りていない」「正直なところ、うまくいっていない」の二箇所だけレイヤ1に落ちている。話者の力点がここにあることが、文体だけで伝わる。一つの文書に二箇所が限度で、多用すると効果が消える(→20-4)。
(2) 対象による様相の切り替え ―― 外部環境(業界の集約)は「とみている」、取引先ごとの状況の観測は「様子」、自社の方針は「考え」、進行中の施策は「ところ」。主語はすべて「私」のまま、対象が何かで文末が変わっている(→19-4)。
(3) 平均と個別の分離 ―― 「これは平均でみた話であり、先ごとの差はむしろ広がっている」。第12章12-5の型を、話者自身が使っている。自分の量化の適用範囲を自分で限定することで、説得力が上がる。
(4) 同業他社は論評せず、取引先は自社との関係として語る ―― 二つは扱いが違う。同業については「転嫁が進まない先から順に撤退が始まっている」と事実だけを述べ、評価語を避けている。話者の側に関係のない相手だからである。 一方、乙社の段落は、創業期からの取引や先代からの付き合いまで述べている。これは乙社の論評ではなく、自社が価格の話を切り出せずにいる理由の説明である。 主語は終始「当社」「私」の側にあり、乙社の経営や姿勢についての判断は一つも入っていない。社外に出る可能性のある文書で線を引くのはここである。 相手を評価すれば論評になり、自社との関係を述べれば、自社の判断の説明になる。
(5) 「〜していきたい」の扱い ―― 末尾の「検討していきたい」はレイヤ2にあたる。ここを「検討していく考え」と書けばレイヤ4に上がる。どちらも自社の方針の表明であり、言明の種類は同じである(→4-1)。違うのは整え方だけで、「〜していきたい」は話者がまだ決めきれていない段階であることを残す。決めていないことを決めたように書かないのも、記録の正確さである(→20-2)。
C-7 読み比べ
| 予測 | 診断 | 記録 | 設計 | 聴取 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 時間 | 来週まで | 今この瞬間 | 過ぎた半年 | これから先 | 先週の面談 |
| 問い | どうなるか | 大丈夫か | 何をしたか | どう作るか | 誰が何を言ったか |
| 様相 | 認識的 | 認識的+義務的 | なし | 義務的+可能的 | 伝聞 |
| 主体 | 消える | 消える | 自分が立つ | 自分が立つ | 他者が立つ |
| 文末 | と考えられる | 必要がある | 〜した | 重要となる | 説明があった |
| 書き出し | 総括を一文で | 総括→「〜をみると」 | 主体と方針 | 経緯と免責 | 説明の受領 |
設計の欄は要件型(C-4)である。 方針型(C-4′)は、様相が義務的だけに寄り、書き出しが「経緯と根拠」、文末が「〜する」になる。そこに対象期間と指標が加わる(→C-4′)。
同じ事実が、五通りの文法で書ける。 どれが正しいという話ではない。読者が何を知りたいかによって、選ぶべき類型が決まる。
冷蔵庫の中身を知りたい人には診断文書を、来週の献立を考えたい人には予測文書を、去年何を買ったか調べたい人には記録文書を、買い替えを検討したい人には設計文書を、相手が何と言ったかを知りたい人には聴取文書を渡す。
聴取文書には、さらに二つの書き方がある。C-5が三人称記録、C-6が一人称要旨である。ただしこの二つは別の面談を記録したものであり、対比としては不完全である。同一の聴取から二つを書き分けた例は、次の演習C-1の解答例e・fで示す。
交渉の経緯を残したいなら三人称記録、相手の論理を理解し共有したいなら一人称要旨である。ただし、働きかけを受けた記録では、誰が誰に何を求めたのかを文面に残す(→19-3)。標準は三人称記録で、一人称の言葉を使うなら帰属の枠を置く。
類型の選択は、読者の問いの選択である。
演習C-1
次のいずれかの題材を選び、五類型すべてで書き分けよ。各300字程度でよい。
- 通勤経路
- ベランダの植木
- 子どもの朝の支度
- 職場のコピー機
採点の観点
- 五つの文末が互いに異なるか(→3-1、1-2)
- 主体が立つ/立たないを使い分けているか(→1-6、7-1)
- 予測文書で過去形を使っていないか(→3-2)
- 記録文書で推量様相を使っていないか。原因の推定は例外(→21-3)
- 設計文書で「〜のもとで」を使っていないか(→11-4)
- 聴取文書で、語られなかったことを記録しているか(→18-2)
演習C-1 解答例
題材として「職場のコピー機」を選んだ場合の例を示す。
a 予測文書
部門共用の複合機は、稼働の増加が続くもとで、消耗品の交換頻度が高まっている。
先行きを展望すると、当面は、下期の決算関連業務が本格化することから、印刷枚数は増加するとみられる。もっとも、電子決裁への移行が段階的に進んでいることを踏まえると、増加のペースは前年に比べて緩やかなものにとどまると考えられる。
その後は、移行の効果が浸透するのに伴い、印刷枚数は減少に転じていくと見込まれる。もっとも、転換の時期については、移行の進捗次第で振れを伴う可能性がある。
(作例・職場のコピー機)
確認点 総括を一文段落で置き、時間副詞(当面/その後)で分節。主体は立てず、過去形も使っていない。留保は各段落に一段まで。
b 診断文書
部門共用の複合機は、全体として安定して稼働している。
障害の発生状況をみると、紙詰まりによる停止が月に数回生じているものの、いずれも現場対応で復旧しており、業務への影響は限定的にとどまっている。稼働率をみると、月末の3営業日に集中する傾向が続いている。
もっとも、当部門には代替機がなく、故障により停止した場合には、他フロアの機器を利用せざるを得ない。復旧までの時間によっては、決算関連業務に影響が及びうる。代替手段の確保について、検討していく必要がある。
(作例・職場のコピー機)
確認点 総括を一文段落で置いたうえで、各段落を「〜をみると」で起こしている。事実断定で押して、段落末で「〜必要がある」に転じている。ヘッジは薄い。
c 記録文書
当課は、印刷コストの抑制と機器の安定稼働の観点から、上期を通じて、部門共用の複合機の運用管理を行った。
消耗品の発注は、計6回実施した。このうち、①トナーの発注が4回、②その他部材の発注が2回である。いずれも在庫が規定水準を下回った時点で発注し、納品までに欠品は生じなかった。
保守については、契約に基づく定期点検を2回受けた。このほか、7月に紙送り機構の不具合が生じた際には、保守業者に連絡のうえ、当日中に部品交換を行った。
上期の印刷枚数は、前年同期から1割程度減少した。これは、5月に導入した両面印刷の既定設定によるものとみられる。
(作例・職場のコピー機)
確認点 主体(当課)が立ち、過去形で記録し、①②で列挙している。自分の行為に推量様相を使っていない。末尾の「〜によるものとみられる」は、行為ではなく原因の推定なので推量でよい。
d 設計文書
当課は、現行機のリース満了を控え、次期機種に求められる要件の整理を行ってきた。なお、ここで述べる要件は、現時点で選定を確定するものではない。
要件の検討にあたっては、①月間の印刷枚数、②月末への集中度、③電子決裁への移行の進捗、を前提として置いた。このうち③については、移行の完了時期が確定していないことから、現行水準が当面継続するものと仮置きしている。
処理速度については、月末の集中時に待ち時間が生じている現状を踏まえると、現行機を上回る水準が必要となる。もっとも、速度の向上は本体価格の上昇につながりうるため、リース料を含めた総コストで評価することが重要となる。
設置場所については、現行の位置では動線が交錯している。この点は、配置の変更により改善しうるが、電源と通信配線の制約があるため、選定段階で確認することが重要となる。
(作例・職場のコピー機)
確認点 「〜にあたって」「〜を踏まえると」で条件を示し、「〜のもとで」は使っていない。「重要となる」「〜しうる」で義務的様相と可能的様相を主軸にしている。冒頭で免責を置いた。
e 聴取文書(三人称記録)
1.運用方針
冒頭、当方から、上期の運用実績と次期機種の検討状況について説明した。
これに対し総務課長からは、印刷枚数の減少について一定の評価が示された一方、月末の集中については、部門側の業務の組み方に起因する面があるとの指摘があった。
2.次期機種
処理速度の引き上げについては、慎重な見方が示された。理由として、集中は特定の3営業日に限られており、その時期の待ち時間のために年間のリース料を引き上げるのは均衡を欠く、との考えが述べられた。
なお、代替機の確保については、明確な言及はなかった。
3.当方所見
処理速度については、先方と当方の認識に隔たりがある。もっとも、費用対効果の観点からの指摘であり、月末以外の稼働状況を示すことで、議論の余地は残されていると考えられる。
代替機の確保については言及が回避されており、この点は別途確認していく必要がある。
(作例・職場のコピー機)
確認点 伝聞の形式を使い分けている(指摘があった/見方が示された/考えが述べられた)。「明確な言及はなかった」で欠落を記録し、心証は所見に分離している。所見の「言及が回避されており」は解釈だが、本文ではなく所見に置いているので許される(→18-3)。
f 聴取文書(一人称要旨)
同じ聴取を、話者の視点で書くとこうなる。
1.運用の考え方
私(総務課長。以下同じ)としては、複合機の運用は、費用と利便性の折り合いをどこでつけるかに尽きると考えている。
上期の印刷枚数が1割程度減ったことは、率直に評価している。ただ、これは両面印刷の設定を変えた効果であって、業務のやり方が変わったわけではないため。月末に印刷が集中するのは、部門側が締めの作業を後ろに寄せているためであり、機器の能力の問題として扱うのは筋が違うと考えている。
2.次期機種について
処理速度の引き上げには、慎重でありたい。集中しているのは月末の3営業日であって、その時期の待ち時間のために年間のリース料を引き上げるのは、正直、割に合わないとみている。
もっとも、待ち時間の実態を把握できていないことは事実であり、この点は数字を見たうえで判断したいところ。当課としては、月末以外の稼働状況も含めて整理してもらえれば、改めて検討する考え。
(作例・職場のコピー機)
確認点 外部の損得についての見立ては「とみている」、その事情をどう扱うかという自分の判断は「と考えている」、自分の評価は「評価している」、評価の限定を支える理由は「〜ため」、進行中の判断保留は「〜ところ」、方針は「〜考え」。主語はすべて「私」のまま、対象が何かで様相が切り替わっている(→19-4)。
レイヤは全体を3に置き、「正直、割に合わない」の一箇所だけ落とした。また末尾を「検討する考え」(レイヤ4)とする一方、その前を「判断したいところ」(レイヤ2)に留めている。決めている部分と決めていない部分が、文体だけで切り分けられている(→20-2、20-4)。
なお、eでは「代替機の確保については、明確な言及はなかった」と記録されていたが、fにはその記述が現れない。 触れなかったことは、触れなかった本人の論理には存在しないからである(→19-2、16-2)。
eとfを並べると何が分かるか。 eを読めば、この面談で何が話題にならなかったかが分かる。fを読めば、総務課長がなぜ処理速度に慎重なのかが分かる。どちらか一方しか書かないなら、後日この面談について問われたときに答えられないことが必ず出てくる。 両方が要る場面は、実務では珍しくない。
採点の観点との対応
| 観点 | 該当箇所 |
|---|---|
| 1 五つの文末が異なるか | と考えられる/必要がある/〜した/重要となる/指摘があった(fは「考え」「ところ」「ため」) |
| 2 主体の使い分け | abは主体なし、cdは「当課」、eは記録者からみた「総務課長」、fは話者自身の「私」 |
| 3 予測文書で過去形を使わない | aに過去形なし |
| 4 記録文書で推量を使わない | cの推量は原因推定の一箇所のみ |
| 5 設計文書で「もとで」を使わない | dは「にあたって」「踏まえると」 |
| 6 語られなかったことの記録 | e「代替機の確保については、明確な言及はなかった」。fには現れない |
付録D お手本の出典
D-1. 引いた文書
本文で「お手本」として引いた文は、すべて次の十の文書からの引用である。いずれも各機関がウェブサイトで公表しており、全文を読める。
| 略称 | 書誌 | 類型 |
|---|---|---|
| 展望レポート・2026年4月 | 日本銀行「経済・物価情勢の展望(2026年4月)【基本的見解】」2026年4月28日公表 | 予測 |
| 日本経済レポート・2025年度版 | 内閣府政策統括官(経済財政分析担当)「日本経済レポート(2025年度版)」令和8年2月 | 予測+診断 |
| さくらレポート・2026年4月 | 日本銀行「地域経済報告 ── さくらレポート ──(2026年4月)」2026年4月6日公表 | 診断 |
| 管内経済情勢報告・令和8年7月判断 | 財務省東北財務局「管内経済情勢報告」令和8年7月判断(令和8年8月5日公表) | 診断 |
| 2025年度の金融市場調節 | 日本銀行金融市場局「2025年度の金融市場調節」2026年6月(日本銀行レポート・調査論文) | 記録 |
| パイロット実験進捗報告・2026年6月 | 日本銀行決済機構局「中央銀行デジタル通貨に関する実証実験『パイロット実験』の進捗報告書(2026年6月)」2026年6月 | 設計・要件型 |
| サイバーセキュリティ戦略・2025年12月 | サイバーセキュリティ戦略本部「サイバーセキュリティ戦略」令和7年12月23日 | 設計・方針型 |
| 社会資本整備重点計画 | 国土交通省「第6次社会資本整備重点計画」令和8年1月16日閣議決定(計画期間 令和12年度まで) | 設計・方針型 |
| 議事要旨・2025年4月30日、5月1日開催分 | 日本銀行「政策委員会・金融政策決定会合議事要旨(2025年4月30日、5月1日開催分)」(2025年6月16日、17日開催の会合で承認) | 聴取 |
| 財政制度分科会議事要旨・令和8年4月17日開催分 | 財務省「財政制度等審議会財政制度分科会(令和8年4月17日開催)議事要旨」 | 聴取 |
引いたのはいずれも一文から数文である。全文はどれも公表されているので、気になった箇所は原典に当たってほしい。 本書が抽出した規則は運用の観察であって、どこかの機関が定めた文章規程ではない。
選んだ理由。 本書の五類型(と、設計文書の二つの顔)が、そのまま揃うためである。
| 類型 | 文書 | 何が観察できるか |
|---|---|---|
| 予測 | 展望レポート | 総括で始まり、足もと・当面・先行きで分節し、リスク要因と前提を末尾に置く構成(→第13章、第15章) |
| 診断 | さくらレポート/管内経済情勢報告 | 観点別の分節。「企業等から聞かれた主な声」「主なヒアリング結果」は一人称要旨の集積で、どちらもレイヤが同じ文書の中で揺れている(→第20章)。管内経済情勢報告は、判断の母集団と調査期間を本文の外に別掲している(→12-6) |
| 記録 | 2025年度の金融市場調節 | 主体を立てた冒頭一文、過去形、計画と実績と例外の分節、原因推定に限った推量(→13-2、21-3) |
| 設計・要件型 | パイロット実験進捗報告 | 経緯と免責の三段、条件の示し方、決めていないことを決めていないと書く末尾(→13-2、11-4、21-4) |
| 設計・方針型 | サイバーセキュリティ戦略/社会資本整備重点計画 | 根拠を置く冒頭、方針にヘッジを掛けない文末、計画期間で切る時間、留保を置かない構え(→1-3、9-3、6-6、21-5) |
| 聴取 | 議事要旨/財政制度分科会議事要旨 | 発言の種類を形式で書き分け、評価語を使わず、人数の量詞で重みを示す(→第17章)。財政制度分科会のほうは帰属を書かない書き方で、そう読んでよいことを冒頭の一行で断っている(→17-3) |
記録文書は、そもそも公表される機会が少ない。自分の職場では、過去の業務報告がこの位置に来る(→D-6)。
診断と聴取に二つずつ当ててあるのは、機関を分けるためである。 同じ類型を別の機関がどう書いているかを並べられないと、抽出した規則が一つの組織の癖なのかどうかを、読者が確かめられない。さくらレポートと管内経済情勢報告、日本銀行の議事要旨と財政制度分科会の議事要旨は、それぞれ別の機関が、同じ類型を、同じ骨で書いている。 揃っていない箇所(帰属をどこまで書くか、レイヤをどこに置くか)も、並べたほうが見える。
日本経済レポートを入れたのは、予測と診断が一つの文書の中で切り替わる様子が見えるからである。 現状を述べる節では事実で押し、見通しに移ると「と考えられる」に落ち、「ただし」で留保を付け、「注視が必要である」で処方に転じる。第Ⅳ部で述べた構成が、一つの文書の中で二度繰り返されている。この四段がそのまま出ている一段落を、14-4に引いた。
社会資本整備重点計画を入れたのは、方針型の二つの弱点 ―― 時間と、達成の測り方 ―― がどちらも書いてあるからである。 計画期間を冒頭で一文に切り(→6-6)、施策ごとに〈いつの実績〉→〈いつまでにいくつ〉の指標を置き(→21-5)、末尾に測り直しの手続きを書いている。サイバーセキュリティ戦略のほうは、根拠の置き方と文末の言い切りで引いた(→21-5、D-5)。方針型に二つ当ててあるのは、この二つで観察できるものが違うからである。
D-2. これを標準として読まないこと
引く先を公的機関に絞ったので、あらかじめ断っておく。
これらの文章は、この文体の正解ではない。 それぞれの組織が長く続けてきた運用であって、他の組織がそれに合わせるべきものではないし、本書がそれを推奨しているわけでもない。ここで引いているのは、規則が働いているところを外から確かめられる材料としてである。
絞ったことの代償も、そのまま残っている。
- 組織ごとの癖が混ざる。 語の選び方・句読点・段落の長さには、その組織の慣行が入っている。本書が規則として書いたのは複数の組織にまたがって見られるものに限ったが、その線引きは筆者が引いたものである。類型ごとに機関を分けて引いたのはそのためで(→D-1)、それでも日本銀行の文書の比重は残っている。第Ⅴ部のレイヤの四段と、5-4の量詞の系列は、一つの文書の中に系列が揃っているという条件に寄りかかっている ―― 本文でそのつど断ったとおり、系列を持たない文書では、そのまま働かない(→5-4、20-1)。
- 公的機関の文書に偏っている。 民間企業の社内文書は、もっと短く、専門語の密度が高く、読み手が限られている分だけ説明が薄い。分量と説明の厚みは、そのまま持ち込めない。
- すべて、公表を前提とした文書である。 記録文書・設計文書まで外から読めるのは有難いが、外に出す前提で書かれた記録・設計であることは変わらない。内部限りの業務報告や要件定義書は、もっと直言的で、免責も薄い。ここから読み取れるのは骨格までで、踏み込みの加減は、自分の職場の文書で測り直す必要がある。
- 方針型の二つは、国の文書である。 主体の立て方が「国は」「我が国は」と重い。社内の中期計画に同じ重さを持ち込むと、大げさに読まれる。借りるのは「主体を立てる」という一点であって、語の重さではない(→D-6)。
したがって、本書の規則と自分の職場の運用が食い違ったときは、職場のほうを採ってよい(→0-5)。食い違いに気づいたこと自体が、この本の使いどころである。
D-3. お手本を一段落読む ―― 予測文書
規則を一つずつ確かめるより、一段落を通して読むほうが早い。
お手本 わが国の景気は、中東情勢の影響もあって一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復している。海外経済は、一部に弱めの動きもみられるが、総じてみれば緩やかに成長している。輸出や鉱工業生産は、基調としては横ばい圏内の動きを続けている。企業収益は、製造業において米国の関税政策による下押しの影響がみられるが、全体としては高水準を維持している。
(展望レポート・2026年4月「1.わが国の経済・物価の現状」冒頭)
四文で、次のことが起きている。
- 第一文が総括で、一文で終わっている(→13-1)。景気全体の判定をここで済ませ、以降は個別の項目に降りる。
- 主体が立っていない(→1-6)。「わが国の景気は」「海外経済は」「輸出や鉱工業生産は」は、いずれも観察の対象であって行為者ではない。予測文書・診断文書で主体が消えるとは、この状態を指す。
- 文末がすべて①(観測された事実)である(→3-1)。「回復している」「成長している」「続けている」「維持している」。現状を述べる節では、ヘッジを掛けない(→9-3)。ヘッジが出てくるのは、この先の見通しの節からである。
- 「〜もみられるが」で留保を先に置き、判定を後ろに置く。「一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復している」。留保を先に、判定を後ろに置くと、判定のほうが主文になる。逆にすると留保が主文になる。
- 程度副詞が目盛りとして働いている(→5-1)。「緩やかに」「総じてみれば」「基調としては」「全体としては」。どれも、判定の適用範囲を狭めている。「総じてみれば」は平均の話であることの断りで、12-5の型がここに現れている。
- 横ばいが系列の語ではなく、独立の状態として書かれている(→5-1)。「横ばい圏内の動きを続けている」。
D-4. お手本を一段落読む ―― 聴取文書(三人称記録)
お手本 中国経済について、委員は、政策面の下支えはあるものの、不動産市場や労働市場の調整による下押しが続くもとで、改善ペースは鈍化傾向にあるとの見方を共有した。
(議事要旨・2025年4月30日、5月1日開催分)
一文だが、ここにも規則が四つ入っている。
- 「〜との見方を共有した」で、発言の種類と範囲を同時に示している(→17-1)。「見方」なので判断の表明であり、「共有した」なので全員である。ここが「一人の委員は……との見方を示した」なら、一人だけの発言になる。記録者は評価語を一つも使っていない。
- 「〜もあるものの」で留保を先に置いている。D-3の4と同じ形である。
- 「〜もとで」が、すでに成立している条件を指している(→11-4)。不動産市場・労働市場の調整は現に続いている。これが設計文書なら「〜にあたっては」になる。
- 「鈍化傾向にある」で、方向だけを述べて速度を述べていない。速度まで言えるなら「緩やかに鈍化している」と書ける。書いていないのは、そこまで言える材料がないからである(→5-2)。
D-5. お手本を一段落読む ―― 記録文書と設計文書
記録文書と設計文書は、予測・診断・聴取と違って書き手が主体として立つ。読むときは、そこを中心に見る。
記録文書。 冒頭の一文は13-2に引いた(「日本銀行は、……金融政策を運営した」)。そのすぐあとに続く二文を読む。
お手本 具体的には、金融市場調節方針として、2025年12月の金融政策決定会合までは、政策金利である無担保コールレート(オーバーナイト物)を0.5%程度で推移するよう促すこととした。その後、12月の金融政策決定会合では、同レートを0.75%程度で推移するよう促すことを決定した。
(2025年度の金融市場調節「1.概観」)
- 主体が消えない(→1-6、7-1)。「こととした」「決定した」の主語は、冒頭の「日本銀行は」のままである。予測文書の冒頭(D-3)と並べると、違いがはっきりする。
- 文末がすべて過去形の断定である。 自分がしたことに推量を掛けていない(→1-5)。推量が出るのは、施策の効き方を述べる箇所だけである(→21-3)。
- 「具体的には」で総括から実績に降り、「その後」で時間を刻んでいる(→6-5)。総括の一文がまずあり、そのあとで細かくなる。段落の中も文書の全体と同じ形をしている(→14-2)。
同じ節の先に進むと、実績と例外が、それと分かる形で分かれている(→15-1、21-3)。
お手本 この間、長期国債の買入れについては、2024年7月および2025年6月の金融政策決定会合で決定した長期国債買入れの減額計画に沿って、毎四半期4,000億円程度ずつ月間の買入れ額を減額した。その結果、2026年1~3月の国債買入れ額は8.7兆円(月間2.9兆円)と、量的・質的金融緩和を開始した2013年4~6月以降で最も低い水準となった。
(2025年度の金融市場調節「1.概観」)
- 実績が〈計画〉→〈実施〉→〈結果〉で書かれている。 「減額計画に沿って」(計画)、「減額した」(実施)、「その結果……最も低い水準となった」(結果)。決めたとおりにできたかどうかが、一文の中で確かめられる形になっている。
- 結果の数字に、比べる範囲が添えてある(→12-6)。「2013年4~6月以降で」。どこからどこまでを見て「最も低い」のかが書いてあるので、評価が検証できる。
お手本 日本銀行の保有比率が高い既発債については、国債買入れ減額の効果が及びにくいことから、需給逼迫感の改善を企図した例外的な対応として、国債市場の流動性改善に資する場合における国債補完供給の減額措置……について、要件緩和の対象となる国債の銘柄等の拡充も行った。
(2025年度の金融市場調節「1.概観」)
- 例外が「例外的な対応として」と名指されている。 そのうえで、原則から外した理由(「効果が及びにくいことから」)と目的(「需給逼迫感の改善を企図した」)が前に置かれている。例外だと書かずに並べれば、読み手はそれを原則の一部として読む。
設計文書。 こちらは13-2に引いた一段落(パイロット実験進捗報告・2026年6月「1.はじめに」)を、もう一度、末尾の二文だけ見る。13-2では〈経緯〉→〈文書の位置〉→〈免責〉という三段の型として読んだ。同じ二文から、記録文書と並べたときに見えるものを取り出す。
- 「本報告書は……取りまとめたものである」で、文書の位置を宣言している。 何を決める文書で、何を決めない文書なのかを、読み手が読み進める前に確定させる。記録文書の「日本銀行は……運営した」と、同じ位置にある一文である。
- 「現時点で」が二重に効いている。 時点を切ることで、将来の確定を妨げずに、現在の非確定だけを述べている。 これがないと、永久に確定しないと読まれうる。
二つを並べると、同じ骨が見える。 どちらも、〈主体〉→〈範囲の宣言〉→〈本体〉の順である。記録文書は「何をしたか」の範囲を、設計文書は「何を決めないか」の範囲を、本体に入る前に確定させている。主体が立つ類型では、範囲の宣言が冒頭に来る。
方針型も、同じ骨である。 ただし宣言するのは、範囲ではなく根拠になる。サイバーセキュリティ戦略の冒頭は「〜の規定に基づき、国会に報告するものである」で始まり(21-5に引いた)、要件型の「〜を確定するものではない」と同じ位置に、逆向きの宣言が入っている。要件型は範囲を狭め、方針型は位置を定める。どちらも、本体に入る前に読み手の期待を固定している。
本体に入ってからは、三つが同時に起きる。主体が「国は」で立ち、文末が「〜とする」で言い切られ、留保が出てこない(お手本は6-6と21-5に引いた)。この三つが揃うと、読み手は「決まったこと」として受け取る。一つでも崩すと、決まっていないように読まれる。 社会資本整備重点計画は、同じ骨に時間と測り方を足している ―― 計画期間を冒頭で独立の一文に切り(→6-6)、施策ごとに〈何を数えるか〉〈いつの実績か〉〈いつまでにいくつか〉の指標を一行で置く(→21-5)。
二つの機関の文書で同じ骨が出ているという一点が、ここで確かめたかったことである。
D-6. お手本の使い方 ―― 借りるのは文ではなく読み方
文を借りない。 「緩やかに回復している」をそのまま持ってきても、自分の題材には合わない。借りるのは、「総括を一文で置く」「現状の節ではヘッジを掛けない」「留保を先に、判定を後ろに置く」という骨のほうである。
いちばん借りる値打ちがあるのは、読み方である。 D-3からD-5でやったのは、一段落を取って、次の四つを順に見ただけである。
- 文末を見る。 どの様相が使われているか。節が変わると変わるか。
- 主語を見る。 どこで消えているか。消えた行為者を補うと誰が入るか。
- 留保の位置を見る。 判定の前にあるか、後ろにあるか。一段落にいくつあるか。
- 程度の語を見る。 何を限定しているか。限定を外すと何が変わるか。
この四つを、自分の職場の過去の文書に向ける。 上司が直した跡のある原稿があれば、なおよい。出てくるのは、本書に書いていない規則である。そちらのほうが、自分の原稿には効く。
本書の役割は、そこまでである。規則の一覧を渡すことではなく、自分の職場の文書を規則として読めるようにすることにある。読めるようになったら、本書の記述と食い違う箇所が必ず出てくる。そのときは、目の前の文書のほうを信じてよい。
本書で示した規則は、官公庁・金融機関・事業会社の公表文書および内部文書に広くみられる運用を、筆者が規則の形に整理したものです。公式に定められた文法ではなく、組織・分野によって運用には幅があります。本書が「例外のない規則」として扱うのは0-5に挙げた五つだけで、それ以外は定型か、本書の提案です。特に、程度副詞が指す量の目盛り(→5-2)、「当面」が指す期間(→6-1)、体言止めの語の選び方(→4-1)、伝聞の形式の使い分け(→17-1)は、職場ごとの慣行が優先します。自分の職場に定まった書き方があるなら、そちらに従ってください。
「お手本」として引いた文は、いずれも日本銀行・内閣府・財務省・国土交通省・サイバーセキュリティ戦略本部が公表している資料からの引用です(書誌は付録D)。本書の解釈は筆者のものであり、これらの機関の見解ではありません。 また、これらの文書を模範として推奨するものでもありません(→付録D-2)。引用した文書の記述内容(景気判断・見通し・政策に関する事項)は公表時点のもので、本書はそれらを文章の書き方の例として引いているだけです。