代替本店
代替本店
本書はフィクションである。日本銀行大阪支店、大阪取引所、清算機関ほか、実在する組織の名称を用いているが、その描写・判断・言動はすべて創作であり、当該組織の見解、体制、業務運営とは一切関係がない。住和銀行、浪華短資をはじめとする金融機関、事業会社、および登場人物は、すべて架空である。過去の金融危機に触れる箇所も同じである。実際に起きた出来事を背景として用いてはいるが、そこで誰が何を判断し、何を頼み、何を引き受けたかは、すべて創作であって、特定の取引、特定の企業、特定の個人の行動を描いたものではない。首都直下地震は一つの想定にすぎず、その実現、規模、時期について、本書は何も述べていない。
金曜
六月の、光の強い午後だった。
大阪、中之島。土佐堀川に沿って、日本銀行大阪支店の建物が二棟、前後に並んでいる。手前は明治の石造りで、緑青を吹いたドームを川に向け、観光客に写真を撮られている。その背後に、窓の少ない灰色の箱が控えている。誰も撮らない。仕事は、こちらでしている。
その灰色のほうの五階、営業課のフロア。天井が低く、蛍光灯が白い。事務机が島型に四列。窓際の席で、戸田真紀は先週の訓練のレビュー報告書を書いていた。
代替本店立ち上げ訓練。首都圏で大規模災害が起き、東京の本店が機能を失ったと仮定して、大阪支店が日本銀行の中枢を引き受ける。年に一度やる。今年で十四回目になる。オペレーションの再開目標は二時間、実測は一時間五十四分だった。数字だけ見れば合格である。
フロアの奥に二重の認証扉があって、その向こうがオペルームだった。彼女が書いているのは、その扉の向こうで先週やったことである。
大阪支店のオペルームは、東京の本店のそれを縮尺で写した部屋である。奥行きのある長方形で、正面の壁一面が、二十四枚の大型パネルを縦二列に並べたビデオウォールになっている。
平時は、そのうち六枚しか点いていない。短期金利、為替、国債先物、日銀ネットの処理状況、NHK、そして何も映していない黒が一枚。残りの十八枚は、年に一度の訓練の日にだけ点く。
長机が二列、パネルに向かって据えられ、一席あたり端末が三台から四台。床には配線を束ねたモールがテープで留められ、部屋の隅にはカラーコーンが一本、いつからか置きっぱなしになっていた。
部屋の後方の高い位置に、見学者用の窓がある。厚いガラス越しに、フロア全体を上から見下ろせる。年に何度か、本店の役員や海外の中央銀行の視察団が、そこから中を覗いていく。
ガラスの内側は、たいてい静かだった。
画面の、書きかけの一行でカーソルが点滅していた。
想定が甘い。
彼女は、その五文字をしばらく見ていた。
同じ一行を、過去に二度書いている。一度目は五年前、二度目は一昨年。二度とも正式に受理され、正式に検討され、正式に「今後の課題」の欄に転記された。転記されたものは、翌年の同じ欄にも転記された。三度書けば、三度目として読まれる。内容ではなく、回数として読まれる。あの人はいつもそう書く、という形で受け取られたものは、その瞬間に情報ではなくなる。
彼女は五文字を消した。かわりに「概ね所期の水準を達成した」と打った。事実だった。
訓練は、一系統ずつしか撃っていない。共通担保オペを撃ち、終わってからドルオペを撃ち、終わってから指値を撃つ。実際に首都直下が来れば、全部を同時に撃つことになる。二時間で。東京の三割の人数で。それを書けば、報告書は不合格になる。根拠は勘だけで、勘は転記できない。
彼女は本店の金融市場局に十年いた。共通担保も、ドルオペも、指値も、現場で撃った。二年前に大阪への内示を受けたとき、上司に左遷ですかと聞いた。返事はなかった。返事がなかったことを、彼女はいまだに正確に覚えている。
机の隅に、角の潰れた黒い手帳がある。端末に打ったものは検索できるが、検索できるということは、あとから文脈を剥がして引用できるということでもある。重要な時刻だけは手で書く。訓練の記録も、そこに書いてある。
フロアの入口で声がした。
「戸田さん、ちょっとええか」
武田修三だった。大阪支店長。日本銀行の大阪支店長は、代々、理事をもって充てられる。六人しかいない理事のうちの一人が、東京を離れてこの街に常駐している。それ自体が、この組織がこの場所に払ってきた保険料の額を示していた。
武田は本店で金融機構局長をやり、危機のたびに火消しに回った男だ。関西の生まれで、役員になってから言葉が戻った。着任の日に、わしが大阪におる意味はな、東京が黙ったときに日本銀行として喋ることや、それだけや、と言った。訓練のたびに同じことを言う。
その武田が、来期の配置案を指で叩いた。
「フロント、東京の三割。これで、ええんやな」
問いの形をしていたが、問いではなかった。予算と定員は本店が握っている。理事を経由すれば数人は動かせるかもしれないが、数人では意味が変わらない。
戸田は、部下の中村を、バックアップ要員なしで実務に残す欄に判を押した。乾いた、小さな音がした。
武田は配置案をしばらく見ていたが、何も言わずに支店長室へ戻った。
窓の外で、土佐堀川の水面が午後の光を砕いている。川向こうの北浜には大阪取引所の円筒形の建物が見える。日経225先物と長期国債先物。日本の値段の半分は、もともとこの街にある。堂島の米会所から数えて三百年、大阪は値段をつける街だった。
◇
同じ午後、その北浜。
証券取引所の裏手のビルに、住和銀行の大阪本店が入っている。その二十六階が、国際・市場部門の西日本の司令塔ということになっているが、実質的には、副頭取一人を置いておくための部屋だった。営業と市場の部隊は、下の階にいる。
住和銀行は、大阪に本店を置いていた二つの銀行が一つになってできた銀行である。合併したときの新聞は、西日本最大の金融再編、と書いた。それが四半世紀前になる。
北浜のこのビルは、合併前の一方の本店だった。二十六階は役員フロアである。廊下の突き当たりに大会議室があり、その両側に役員室が十二室並んでいる。設計されたときには、十二人が毎朝ここへ出勤してくる前提だった。秘書室があり、応接が三つあり、来客用のエレベーターが別に一基あった。
いま、使われている役員室は一つである。
本店機能が東京へ移り、頭取が移り、企画が移り、リスク統括が移り、最後に、朝の役員会そのものが東京で開かれるようになった。空いた十一室のうち、四室は東京から出張してくる役員のための部屋として残された。三室は役員応接に改められ、二室は鍵がかかったままだった。残る二室は、いまも役員室の札のまま、机も応接セットも据えたままで、ただ主がいない。
出張用の四室が使われるのは、年に何度かである。応接の三室は、来客の数だけ開く。
来客用のエレベーターは、いまも動いている。ボタンを押すと、たいてい二十六階で止まったまま待っている。誰も呼ばないからだ。
沖はこの階の廊下を一日に何度か歩く。靴音が、思ったより大きく響く。廊下が、人のいる前提の広さでできているからだった。
沖誠一郎は、その部屋の窓を背にして座っていた。住和銀行副頭取、大阪駐在。頭取と他の副頭取は東京にいる。彼だけが、ここにいる。
朝、東京から電話があった。来期の役員体制について。要するに、もう一期、大阪でお願いしたい、という話だった。相手は丁寧だった。関西財界との関係は沖さんでないと持たない、という言い方をした。持たない、という言葉の使い方が上手いと沖は思った。持たないのではなく、余っているのだ。
彼は六十三歳になる。二十六階から見えるものは、川と、日本銀行のドームと、その向こうの空だけだった。晴れた日には緑青の色まで見える。今日は見えた。
彼の前のモニターも、川向こうと同じくらい動いていない。クロスカレンシー・ベーシス。円を担保にドルを借りるときの上乗せコスト。線は狭いレンジの底で凪いでいる。ドルはいくらでも、安く借りられた。世界が日本を信じているあいだは。
沖は、その凪いだ線を誰よりも信じていなかった。
川向こうの日本銀行大阪支店長とは、半年に一度、会う。
在阪の民間銀行のトップと、日銀の支店長。どちらかが訪ね、次はどちらかが訪ねる。往来、と呼ぶ。四月と十月に決まっていて、決まった時間だけ、決まった話をする。
沖が大阪に来てから、七年で十四回になる。武田修三が支店長に来てからは、六回。
話す内容は毎回ほとんど同じだった。関西の景気。設備投資の出足。中小企業の資金需要。人手不足。最後に必ず防災の話が出る。南海トラフか、首都直下か。どちらかの名前が出て、互いに、備えは大事ですな、と言う。
湯呑みが二つ出て、五十分で終わる。
沖は、この往来を、正直に言えば退屈だと思っていた。十四回のうち、本当のことを言った記憶は一度もない。向こうもそうだろうと思っていた。
ただ、武田という男のことは、少し面白いと思っていた。関西の生まれで、役員になってから言葉が戻ったという。金融機構局長のころの評判は、東京にいたころの沖の耳にも入っていた。あの人は危機のときにしか本領が出ない、と誰かが言っていた。
危機のときにしか本領が出ない人間は、平時には少し扱いにくい。
自分もそうだ、と沖は思ったことがある。思っただけで、誰にも言わなかった。
抽斗を開けた。奥に、黄ばんだ紙が一枚入っている。一九九八年のディーリング・チケット。彼はニューヨークの資金デスクにいた。ジャパンプレミアム。邦銀というだけで、ドル市場で余分に払わされた上乗せ金利。住和が一晩のドルを繋ぐためにLIBORにいくら乗せたか、手書きの数字が残っている。
三十年、捨てていない。
理由を、彼は自分でも正確には説明できない。教訓のためだと、若い連中には言う。備忘だと言う。だが本当のところ、この一枚は証拠だった。あのとき自分は正しかった、という証拠。そして誰にも見せられない証拠だった。見せれば、あの話をまた始めた、と思われる。
円なら、この銀行は死なない。厳密には、川向こうが刷ってくれる。だがドルは違う。ドルだけは、この銀行がどれほど大きくても健全でも、一枚もこしらえられない。海の向こうの中央銀行が刷ったものを、借りて、繋いでいるだけだ。日本リスクが跳ねて借り換えの蛇口が締まれば、健全な銀行がドルの一枚で死ぬ。
彼はそれを見たことがあった。
見たことのある人間は、この銀行にもう何人もいない。
沖は抽斗を閉じた。それから、机の上のBCP要員配置案を見た。緊急時の大阪常駐残存要員。ドルを扱える人間、コルレス網を叩ける人間、海外拠点と英語で殴り合える人間。東京の、三割。
彼は判を押した。押しながら、自分がこの表を本気で読んでいないことに気づいていた。発動されたことのない規程の、発動されたことのない要員表である。七年、押してきた。
◇
同じ午後、東大阪。
町工場と住宅が細かく混ざり合った一角に、谷口製作所がある。従業員八人。金属加工。二輪のチェーンに使う、小指の先ほどの部品を削っている。
谷口信夫は、事務所の窓を開けて、機械の音を聞いていた。三号機の音が少し変わった。ベアリングだろう。来月でいい。
昼過ぎに、マレーシアの取引先から短いメールが来た。次のロットの数量確認と、それから、来月そちらへ行くという話。相手の調達担当者とは十九年の付き合いになるが、一度も会ったことがない。会わないまま十九年経った。毎年、旧正月に下手な英語のカードが届く。今年のには、家族の写真が入っていた。子どもが二人に増えていた。
谷口は返事を書いた。書きながら、辞書を三回引いた。十九年やっても引く。
先代が始めた工場である。谷口は二代目で、継いだときには借金と機械が四台あった。いまは機械が七台ある。借金もある。
四時前に、経理をやっている妻が事務所に入ってきて、名古屋の岡島産業からの入金がまだ来ていない、と言った。谷口は、あそこはたまに遅れる、月曜には来る、と答えた。実際、たまに遅れる会社だった。
工場の外で、シャッターが半分だけ下りている。夏場はいつもそうしている。全部下ろすと暑いからだ、と谷口は説明する。だが本当の理由は別にあって、先代が、全部下ろしたら朝に開ける気がせえへんようになる、と言っていたからだった。理由は聞かずじまいになった。
◇
最初に来たのは、チャイムだった。
フロア中の端末から、わずかにずれて重なって鳴った。何人かが顔を上げた。誰も立たなかった。大阪の人間にとって、この音は、たいてい何も起こらずに終わる音である。
端末に震源が出た。
震源地:東京23区
最大震度:7
マグニチュード:8.4
読んだ人間から順に、動かなくなった。
揺れは、来なかった。
一分半、来なかった。
そのあいだに、五階の全員が、これから自分たちの見るものを知った。四百キロというのは、そういう距離だった。報せは光の速さで来る。揺れは、あとから、歩いて来る。
来たときには、もう緩かった。ブラインドの紐が壁を打った。誰かの机の紙コップのコーヒーに、細かい同心円が外へ外へと走った。それから、長い横揺れ。船に乗せられたような、芯のない揺れ方だった。
大阪の揺れは、それだけだった。
天井から吊られたテレビに速報が出た。椅子を鳴らして立ち上がる背中がいくつも見えた。映っているのは文字だけだった。
東京都心、震度7。大手町・霞が関で大規模被害の模様。詳細不明。
報告が波のように届いた。東京本店、応答ありません。専用回線、ダウン。メール、不達。電話も。誰かの声が途中で切れた。
武田が支店長室から出てきた。上着は着ていなかった。彼はフロアの中央に立ち、テレビを三秒だけ見上げて、それから訓練で何百回も言った言葉を言った。
「代替本店を発動する。本部を三階の大会議室に置く。本部長はわしや」
決断ではなかった。首都圏で震度七を観測した場合、人の判断を介さずに機能が移管される。東京の建物は丈夫で、並の揺れでは止まらない。だから自動発動の閾値は最上限に置かれている。その、めったに引かれない引き金が引かれた。発動後の代替本店を統べる権限は、規程上、現地の最上位者に帰属する。武田が本部長はわしやと言ったのは、宣言ではなく確認だった。
地下倉庫からプレートが運び出された。
檜の一枚板に「代替本店」と彫り込んで、黒く墨を入れてある。三十年近く前に作られたものだった。誰が作らせたのか、いつから倉庫にあるのか、いまの職員は誰も知らない。年に一度の訓練でも、これは出さない。訓練で出す決まりになっていないからだった。
運び出したのは総務課の二人で、埃を拭いてから、新館の正面ホールへ持っていった。
そこで、二人は困った。
掛ける金具がなかった。壁には「日本銀行大阪支店」の銅板が嵌まっているだけで、その隣に何かを掛ける前提の穴は、どこにも開いていない。三十年、誰も掛けようとしなかったのだから、当然だった。
総務課の年長のほうが、しばらく壁を見て、それから工具箱を取りに行った。
コンクリートに穴を開ける音が、ホールに響いた。二か所。埃が落ちた。
十四時五十五分、プレートが掛かった。少し左に傾いていたので、若いほうが直した。
そのあいだに、五階では未処理件数が一万件を超えていた。
三十分で、三階の大会議室が対策本部に変わった。長机がロの字に組み直され、正面の壁にモニターが三面。左からNHK、市場情報、日銀ネットの処理状況。ホワイトボードが四枚引き出され、一枚目に時系列、二枚目に未処理、三枚目に対外連絡と書かれた。四枚目は白いままだった。衛星電話が二台、窓際に据えられた。部屋の後方には、いつのまにか折り畳みの簡易ベッドが壁沿いに並べられていた。宿直用の仮眠室は上階にある。あるが、本部の要員は部屋を離れられない。総務課の誰かが、もう長期戦を見ていた。
五階では、十八枚が点いた。
訓練の日にしか点かないパネルが、手順書では二時間かけて踏むことになっている起動を四十分に圧縮して、下から順に灯っていった。左端の三枚に日銀ネットの処理ログが流れ始める。赤と黄の行が、下から上へ、絶え間なく積み上がっていく。中央に日本地図。被災地の点が時間とともに増える。その隣にNHK。音は絞ってあるので、字幕だけが動いている。右の八枚は金融機関別の流動性のヒートマップだった。緑だったセルが、一つずつ赤へ変わっていく。
職員は全員、防災服に着替えた。紺のブルゾンの背に、白い文字が入っている。年に一度の訓練で袖を通すだけの服で、誰にも似合っていなかった。
床のモールに足を取られる者が二人出たので、総務課がトラテープを貼りに来た。部屋の隅のカラーコーンは、結局そのままだった。
戸田は本部に入らなかった。持ち場は五階のオペルームである。
彼女が最初に見たのは、相場でもニュースでもなかった。日銀ネットのステータスだった。
正常稼働。
喉の奥で小さな音が鳴った。
RTGSは東京が壊滅しても完璧に動く。データセンターは無事で、大阪のバックアップも待機している。完璧に動いているから、送金指図を出せなかった銀行のフェイルが、一件ずつ、正式に記録されていく。誰も悪くない。誰のミスでもない。東京の銀行の資金部門が物理的に指図を出せない。それだけの理由で。
画面の隅で、未処理件数のカウンターが回り始めた。412。1,540。11,540。
彼女は黒い手帳を開いて書いた。
14:31。
「課長、日銀ネットは、正常です」
中村亮太だった。二十七歳。入行五年目。声が固い。
正常、という二文字を口に出したあとで、彼は自分の言ったことの意味に気づいたらしく、黙った。
戸田は、カウンターを見たまま言った。
「中村くん。滞留の明細は、開かないでいい」
「でも、たどれば、どこの先まで詰まってるか」
「たどらなくていい。件数と、金額だけを見て」
中村は端末に向き直った。しばらくして、また振り向いた。
「件数だけですか」
「件数でいい。中身はいらない」
彼女がその指示を出したのは、正しい理由からだった。件数が二桁増えるたびに人間の名前を一つずつ見ていたら、この子は月曜まで持たない。一件ずつ心を配れば、一件も処理できなくなる。それは実務の常識で、彼女自身が十年かけて身につけたものだった。
中村は頷いて、端末に向かった。
◇
同じ十四時三十三分、川向こう。
大阪取引所のサーキットブレーカーが、日経225先物と長期国債先物を停止させた。だが、このシステムも、運営する人間も、最初から大阪にいる。十五分後、板は開いた。東証の現物は沈黙したままだった。
この瞬間から、日本に値段をつけられる場所は、大阪に一つだけになった。
◇
住和銀行、北浜。二十六階も同じ横揺れに同じように軋んだ。
沖が最初に失ったのは、揺れではなかった。
「副頭取。東京本店、応答しません」
「トレジャリー、繋がりません」
「グループ財務部、全滅です」
住和のドル資金を握る頭脳は、そのすべてが東京にあった。トレジャリーも、ALMも、グループ全体の資金ポジションを管理する部署も、大手町のビルの中で一挙に落ちた。
報せを持ってきたのは、下から上がってきた市場営業部の課長である。二十六階にある端末は、彼の机の上の一枚だけだった。あとは役員室と、応接と、鍵のかかったままの扉と、靴音である。
沖は部屋を出た。来客用ではないほうのエレベーターで、七つ下へ降りた。十九階。国際・市場部門の大阪のフロアである。
扉が開いた瞬間に、音が違った。電話の声と、椅子の鳴る音と、机を叩く音。廊下の靴音が響くのは、人のいない広さのほうだった。
沖はフロアの中央のモニターへ歩いた。相場は見なかった。
決済網のステータスを見た。ニューヨークのFedwire、CHIPS。CLS。すべて正常。レールは一ミリも傷ついていない。
CLSだけは、正常という言葉の意味が違った。
外国為替の決済を、売りと買いを同時に落とすことで守る仕組みである。円とドルを交換するなら、円は日銀ネットを通じて、ドルはFedを通じて、同じ瞬間に動く。片方だけが渡ってしまう事故を消すために、世界が二十年かけて作った。
同時に落とすということは、片方が入らなければ、もう片方も落ちないということでもある。
CLSの決済の時間帯は、東京の午後にかかる。円の払込は、東京の銀行が日銀ネットへ指図を出して行う。
十四時三十一分は、その最中だった。
払い込めない参加者の取引は、落ちない。落ちなかった取引の相手は、世界中にいる。ロンドンの銀行が今日受け取るはずだった円が来ない。ニューヨークの銀行が今日渡すはずだったドルが止まる。彼らは損をしたのではない。ただ、今日のポジションが予定と違うものになった。
システムは設計どおりに動いていた。設計どおりに、落ちなかった。
そしてCLSを通していない相対の取引では、もっと古い恐怖が戻ってきていた。円は東京の午後に渡し、ドルはニューヨークの午後に受け取る。渡してから受け取るまでの数時間、相手が飛べば、渡した円は戻らない。その数時間を消すためにCLSが作られたのだった。
沖は、その画面を三秒見た。
明日から、日本の名前を相手に円ドルを組むこと自体に、値段がつく。彼はそう思った。組めなくなるのではない。組めるが、高くなる。日本の相手とやったら決済が落ちなかった、という一日が、今日できた。値を出す側は、次から広い値を出す。信用を疑うからではない。事故が一度起きた経路として覚えるからである。市場は、理屈より事実を早く学習する。
心臓は打っている。血管も無傷だ。その完璧なレールの上を、住和のドルが流れない。流す指図を出す主体が東京で消えたからだ。
次に彼が見たのは、その日のスクエアだった。払うべきドルと、手元にあるドルの差。海外拠点の決済、顧客の引き出し、自行のドル建て負債の満期。それらが要求する額から、いま口座にある額を引く。
マイナスだった。構造的にショートしている。
平時なら、東京のトレジャリーが一日のうちにこの差を埋める。円をドルに換え、借り、ロールする。その東京が消えた。差を埋める主体がいない。
沖はフロアを見渡した。ドルを扱える人間が、三割だけ残っている。彼らが彼を見ていた。
彼は、自分の内側で何かが立ち上がるのを感じた。
それは恐怖ではなかった。もっと悪いものだった。三十年前から抽斗に入れてある紙が、いま、証拠から道具に変わろうとしていた。このフロアにいる人間のうち、いま何が起きているかを本当に理解しているのは、自分だけである。彼はその事実を、正確に、味わった。
味わったことに気づいて、彼は一瞬、自分を恥じた。それも一瞬だった。
彼はフロアを出て、二十六階へ戻った。
抽斗を開けた。三十年前のチケットを出して、机の上に置いた。
昼にも一度、開けて、閉めている。同じ紙である。同じ紙が、二時間で別のものになっていた。
黄ばんだ紙の上には、手書きの数字が縦に並んでいる。日付と、期間と、上乗せ幅。彼が一晩ごとに書き足していったものだった。二十五。三十二。四十一。六十。八十七。一週間で、数字は四倍になっている。
三十年、彼はこの並びを、自分が正しかったことの証拠として見てきた。証拠は、読み返すものである。読み返すだけのものだった。
いま、彼はそれを、上から順に読んだ。読みながら、順番のほうを見ていた。
数字が跳ねる前に、何が起きたか。一日目、名前に値がつかなくなった。二日目、コルレス先の資金担当が、電話口で一拍置くようになった。三日目、CPの借り換えが立たなくなった。四日目、CPを刷れなくなった企業が、銀行の約束を引きに来た。五日目、その約束を開けた銀行が、自分のドルを失った。
紙に書いてあるのは数字だけである。順番は、書いていない。書いていないものを、彼は三十年、忘れなかった。
彼はメモ用紙を一枚引き寄せて、その順番を五行、書き写した。数字は書かなかった。今回の数字は、まだ立っていない。
書き終えて、彼は日付の欄を見た。金曜だった。三十年前の一日目も、金曜だった。偶然である。偶然だと分かっていて、彼はその二つの金曜をしばらく並べて見ていた。
一日目は、もう終わっている。二時間前に。
彼は五行のうちの一行目に、指で線を引いた。それから二行目にも引いた。三十年前は一日ずつ進んだものが、今度は半日で二つ進んでいる。速さのぶんだけ、こちらの持ち時間が短い。
紙を折って、内ポケットに入れた。チケットのほうは、抽斗に戻さなかった。机の上に、伏せて置いた。
「大阪の市場営業部を、住和の代替トレジャリーとする」と彼は言った。「ドルの資金繰りは、今日から大阪で決める。河野を呼べ」
その日のうちに、机が動いた。動いたのは、上のほうだった。
代替トレジャリーが決めるのは、平時なら本店のALM委員会が何段もかけて決めていた種類のことである。それを、この日から一人の判で決める。判を押す人間は二十六階の電話から離れられない。ならば、端末を上げるしかなかった。
廊下の突き当たりの大会議室から、長机と椅子が運び出された。合併前に十二人の役員が毎朝そこで顔を揃えていた部屋に、市場営業部の端末が入った。配線は床を這わせるしかなかった。
彼の机の上で、一つの数字が動き始めた。累積のドル不足額。まだ小さい。だが増える方向にしか動かなかった。
◇
河野達彦が、市場営業部長として二十六階へ上がってきた。五十一歳。円の運用とドルの調達の両方を差配する男である。平時なら、この二つは別々の部署が別々の時間軸で静かにこなす。
「副頭取」と河野は言った。「円は私が受けます。日銀のオペがいずれ来ます。担保をかき集めて応札します。問題はドルです。ロンドンが」
「ロンドンの誰だ」
「資金証券に、若いのが一人残ってます」
「一人か」
「一人です」河野は言葉を切った。「本店ALMが死んでますから、承認を取る先がありません」
沖は窓の外を見た。川向こうのドームが午後の光を鈍く返している。
「承認は俺が出す」と彼は言った。「一人にするな」
河野は頷いた。頷いてから、動かなかった。
「副頭取。一つだけ、先に申し上げます」と彼は言った。「円とドルは、詰まり方が逆です」
「言え」
「円は、出るほうは詰まりません。日銀が撃てば、いくらでも出ます。詰まるのは、受け取る側です。うちは受け取れます。受け取れん先が、この国にはようけあります」河野は言った。「ドルは逆です。受け取る側は生きてます。ニューヨークもロンドンも、レールは無傷です。詰まるのは、出るほうです。出す元が、この国のどこにもない」
沖は、内ポケットの紙のことを考えた。五行のうちの二行に、線を引いてある。
「撃てるが受け取れない円と、受け取れるが撃てないドルだ」と彼は言った。
「そういうことです」
「どっちが先に死ぬ」
「ドルです」河野は即答した。「円は、日銀が撃つと決めたら、その日のうちに撃てます。ドルは、日銀が撃つと決めても、原資が海の向こうです。決めてから、着くまでの時間が要る。その時間を、うちは持ってません」
沖は窓のほうを見なかった。見る必要がなかった。同じことを、二時間前に紙へ書いている。
「円はお前の判で受けろ。ドルは俺の判で出す」と彼は言った。「二つとも、東京へ上げるな。上げる先がない」
同じ川の両岸で、二つの銀行の代替の司令部が、同じ午後に立ち上がった。どちらの側も、そのことを知らなかった。
週末
円が足りない、という言い方を、十年前の実務家なら本気にしなかっただろう。
長い緩和のあいだ、日本銀行の当座預金には五百兆を超える残高が積み上がっていた。どの銀行も使い切れない円を口座に寝かせ、日銀はそれに利息を払っていた。取るべき理由も、出すべき理由もない。資金繰りという言葉は、あの頃、実務から半分死んでいた。
正常化が終わって、それが戻ってきた。
いま日銀当座預金にあるのは、置かねばならない額と、その上の薄い上積みだけである。各行は毎日、自分の口座の入りと出を読む。足りない日は市場から取り、余った日は出す。
だからコール市場が生きている。だから短資会社の電話が鳴る。だから日本銀行の金融調節は、毎日の資金過不足を読み、オペで過不足を埋めるという、教科書どおりの仕事に戻っていた。
戻っていたということは、詰まれば止まるということでもあった。
◇
危機の最初の数時間、日本銀行は、何もしなくても金を貸していた。
補完貸付。市場ではロンバートと呼ぶ。あらかじめ担保を差し入れてある先なら、自分の申し込みだけで翌日物の資金を借りられる。中央銀行のいちばん外側の安全弁である。
金曜の夕方、生き残った銀行の資金担当者が、まずこの蛇口に手を伸ばした。
だが、この蛇口には形が決まっていた。金利には罰の上乗せが乗る。最後の手段として設計されているから割高なのだ。期間は翌日物まで。今夜借りても明日には返して借り直す。危機が何日続くか分からない夜に、翌日物の借り換えを毎朝やり直すのは、綱渡りを朝ごとにやり直すことだった。
そして何より、ロンバートは受け身の制度だった。銀行が自分から借りに来なければ一円も出ない。その、借りに来るべき資金部門の多くが、東京で応答しなかった。
蛇口は開いている。汲みに来る手がない。
戸田は残高を見ながら、内線で三階の対策本部に上げた。
「支店長。ロンバートでは足りません。割高で、翌日物で、受け身です。こちらから条件を決めて撃たせてください」
受話器の向こうで、武田は一拍置いた。
「共通担保やな。額は」
「オファー額を示しません。固定金利で、按分なしの全額落札です」
「按分せんのか」
「按分するには、いくら要るかをこちらが読めていないといけません。読めません」
「読まんでええ。段取り、進めえ」
共通担保オペは違う。金利を日銀の側で決められる。罰を乗せず、政策金利並みに置ける。期間も一週間でもそれ以上でも延ばせる。条件を日銀が提示し、銀行が応札する。市場を通さず、中央銀行のバランスシートから直接、能動的に、大量に注ぐ。
主砲である。
ただし平時の共通担保オペには、オファー額がある。日銀が今日はいくら出すと決め、応札がそれを超えれば按分する。毎日の資金過不足を埋めるための道具だから、埋めるべき額の外へは出さない。
戸田が武田へ上げたのは、そのオファー額を外してくれ、という話だった。金利だけ固定して、按分をやめ、応札されただけ全部出す。いくら要るかを日銀が読むのをやめて、要る側に言わせる。
平時の運用ではない。だが、平時の運用は、いくら要るかを日銀が読めるという前提の上にできている。その前提が金曜の午後に消えていた。
だが主砲には撃つ相手がいる。そして相手は、日銀が思うよりずっと少なかった。
日本銀行が直接金を出せるのは、日銀に当座預金を持ち、かつオペの相手方に選ばれている先だけだ。銀行。一定の規模を備えた信用金庫。信金中央金庫や農林中央金庫といった系統の中央機関。大手の証券会社。短資会社と証券金融会社。それだけである。生命保険会社も、損害保険会社も、大阪の中堅以下の証券会社も、その外にいる。彼らは、日銀のオペに札を入れる口を持たない。心臓から直接血をもらう管を持たない。
心臓は完璧に打っている。動脈まで血は届く。その先の毛細血管を血が通うには、生きた手が要る。
金曜の夕方から、戸田は応札先になりうる銀行に、自分から電話をかけ続けた。一本目、住和銀行大阪本店、市場営業部長の河野。
「日銀の戸田です。共通担保オペの即日物を本日中に出します。応札できますか」
「担保を確認させてください。三十分ください」
受話器の向こうで、河野の部下が別の受話器に叫んでいるのが聞こえた。ロンドンからだった。ドルは副頭取に上げる。この円のオペを受けるかどうかは、市場営業部長の決裁だけで決めるしかない。待つべき東京がない。
発射する側と、受け取る側。平時に細く張られていた実務者同士の線が、その夕方から綱になった。
その日のうちに、日銀ネットの稼働時間に特例が打たれた。開始を五時へ繰り上げ、終了を二十三時まで延ばす。武田は報告を三十秒で聞いて、延ばせるだけ延ばせ、とだけ言った。
延ばしたところで、指図を打つ人間がいなければ一件も動かない。それも分かったうえで延ばした。開いている時間が長いことだけが、こちらから相手に渡せる唯一のものだった。
十八時、戸田は共通担保オペの即日物をオファーした。固定金利、オファー額の表示なし、按分なしの全額落札。締切は十八時四十分。
即日物のオペを打つのは、平時にはない。当日中に決済する資金供給は、震災か、大きなシステム障害のときにしか出てこない道具だった。
東日本大震災のとき、日銀は翌営業日に、即日物だけで十五兆円をオファーした。当時の過去最大である。だがそれは、東京が無事で、全先が東京の資金部門から応札できた前提の数字だった。
札は、入った。
数のほうは、思ったより入った。本店を地方に置く地銀と第二地銀、そして信用金庫。彼らの資金部門は自分の県で無事だった。担保も差し入れてある。端末も動く。被災していない銀行が被災していない手つきで札を入れてくることは、はじめから分かっていた。
入らなかったのは、額のほうだった。
締切までに集まった応札額は、あのときの一割に届かなかった。この国の円資金の太いところを握っているのは、資金部門を東京に集約した数行である。集約したのは効率のためで、効率は平時には正しかった。その数行が、一行も札を入れてこなかった。
数の上では応札欄が埋まっている。埋めた先が動かせる金の桁が、桁として足りない。日銀の発射能力と、相手方の受け取り能力の非対称が、応札額の合計という一つの数字になって画面に出た。
弾は撃てる。問題は受け取る側だ。受け取った先がその金を外へ流すかどうかは、誰にも分からない。
戸田は、その合計額を三十秒ほど見ていた。
十年前、本店で同じ画面を見たことがある。そのときも応札欄は下まで埋まっていて、彼女は次の頁へ送る操作をした。送る操作を覚えているということは、指が覚えているということだった。
その指が、いま勝手に動いた。頁が送られた。
二頁目も埋まっていた。三頁目も。名前は下まで並んでいる。大阪の銀行の名前もあった。ただ、並んでいる横の、金額の欄が、どれも同じくらいの長さだった。十年前の画面では、一行ごとに桁が違った。桁の違いが、そのまま日本の金の分布だった。
いまは、どの行も同じ桁で、その桁が二つ足りない。
彼女は最終頁まで送って、また一頁目へ戻した。戻す操作も、指が覚えていた。
空いているのではない。埋まっているものが、軽い。
彼女は端末から手を離し、膝の上でズボンの生地をいちど握った。誰も見ていなかった。
◇
その夜、中村の指がミスタイプをした。
バックスペース。もう一度。三度目で通った。四度目で、通らなかった。
応札処理の確認の一本が、担保差入のステータス更新を待つあいだに時限に間に合わなかった。一枠が空席のまま流れた。
中村が青ざめて振り向いた。
「課長、すみません、私が」
戸田は彼を見なかった。流れた枠は戻らない。彼女は自分の端末で次の供給枠を無言で打ち直した。
「中村くん」
「はい」
「いま何時」
「二十一時四十分です」
「休憩、四十分。上の仮眠室で寝おいで」
「まだ」
「これは命です」
彼女が彼を責めなかったのは、優しさではなかった。責めれば、この子は次の一時間で三回間違える。それも実務の常識だった。そして、彼をバックアップなしでここに残す欄に判を押したのは、四月の自分である。
中村が出ていったあと、フロアには彼女の打鍵音だけが残った。
打ち直した供給枠の、二桁目を、彼女は一度間違えた。確定の前に気づいて、消した。
彼女は自分の指を見た。震えてはいなかった。震えていないのに間違えるのだ、と知った。
中村は、上へ行く前に、非常階段の踊り場で母に電話をかけた。三分で切れた。
母は奈良にいる。揺れは大阪と同じくらいやった、と言った。それから、ちゃんと食べや、と言った。
中村は、食べてる、と答えた。食べていなかった。
◇
夜半、五階に外線が入った。
大阪の中堅の証券会社だった。声は若く、切迫していた。
「日銀さんから、直接、資金をお借りできませんか。うちはもう」
電話を取った職員が言葉に詰まり、戸田に替わった。
「日本銀行が直接お取引できるのは、当座預金をお持ちの先だけです」と彼女は言った。自分の声が、思ったより事務的に出たことに気づいた。「御社にはその口がありません。お取引のある銀行から、コールでお取りください」
「その銀行が、出してくれへんのです」
沈黙があった。切れてはいなかった。相手はまだそこにいた。
戸田は、何か言うべきだと思った。何を言っても嘘になると思った。
「申し訳ありません」と彼女は言った。
回線が切れた。
彼女はカウンターを見た。二万件を超えていた。
いまの一本は、その数に入っていない。当座預金先でない先のフェイルは、日銀ネットに記録されない。壁の外で誰が倒れても、この数字は一つも増えない。
彼女はそれを、以前から知っていた。知っていることと、受話器越しに聞くことは、別のことだった。
戻ってきた中村が、フロアの入口で立ち止まっていた。
彼は自分の席に座り、しばらく端末を見ていた。それから、鞄からA4のノートを出して、机の下に置いた。
いまの電話の会社の名前を、彼は聞いていた。書いた。日付と、時刻と、社名。
誰にも見せる予定はない。どこに提出するあてもない。中身はいらんと言われている。
彼は、いらんと言われたものを、書いた。
◇
同じ夜、その電話の向こう側にいた銀行でも、一人が起きていた。
大阪の地方銀行の資金部門の次長である。その日の十八時の共通担保オペへ札を入れたのも彼である。
金は入っていた。画面の中の当座預金の残高は、金曜の朝より厚くなっている。
夜半から、取りの電話が続いていた。
生保が一本。平時なら、この会社はコールの出し手である。運用の余資を翌日物で回す側で、取りに来たことは一度もない。今夜は取りだった。解約と保険金の払いが立て込んでいて、しかも手持ちの国債でレポを組もうとしたら、値がつかないから掛け目が引けないと言われた、という話だった。
損害保険が一本。中堅の証券会社が三本。三本目のは、声が若かった。
彼は全部断った。
理由は、彼の手元のノートに一行で書いてある。月曜、自行所要不明。
不明、というのは正しかった。東京の本部が落ちていて、自分の銀行が月曜に何をいくら払わねばならないかを、彼は知らなかった。全国の支店から上がってくる資金繰りの見込みは、平時なら東京の資金部が一日に三度、集計する。集計する部屋がない。彼の手元にあるのは、関西の分だけだった。
そしてその月曜が、積み最終日だった。満たせなければ過怠金が課される。額は大きくない。額の問題ではなかった。
積みの進捗を計算する数字も、東京にあった。関西の分だけを見て、彼は残りを推測した。推測の幅は、彼が今夜出せるかもしれない額より大きかった。
知らないまま他人へ回して、月曜に自分が落ちれば、それは彼の判断が落としたことになる。彼の銀行は当座預金先である。落ちれば日銀ネットに記録が残る。誰がいつ何を判断したかまで、あとから、正確に。
理由は、もう一つあった。ノートには書いていない。書くまでもないことだったからである。
彼が断っているのは、コールの取りである。コールに出す金は、誰にも約束していない金だ。約束していない以上、出さなくても、契約のどこにも触れない。断り方は、すんませんうちも苦しいんで、の一言で足りる。彼はその一言で足りると知っていたから、その一言で断った。
一方、彼の銀行が企業に張っているコミットメントラインは契約である。引かれれば貸さねばならない。断れば債務不履行になり、その一件は翌朝には板を渡る。日本の銀行が約束を守らなかった、という形で。
月曜にどれだけ引きが来るかは、分からない。分からないが、来れば断れない。
断れない払いのために取っておく金は、断れる払いから先に削る。
これは彼の性格ではなかった。順番である。彼の椅子に誰が座っていても、同じ順番になる。
出せば、記録に残る。出さなければ、何も残らない。
彼は出さなかった。
三本目の若い声のことを、彼は月曜の朝には忘れていた。忘れられる程度には、その夜、断った電話は多かった。
日銀の金は、確かにその銀行に入っていた。入って、そこで止まっていた。止めたのは制度ではない。月曜の自分を守ろうとした、正しい一人だった。
◇
その、動脈から毛細血管へ血を配る役目を平時に担っていたのが、短資会社だった。
短資会社が繋いでいるのは、二つの市場である。
一つは無担保コール。今日の金を、担保を取らずに翌日物で貸し借りする。相手の名前だけを担保にする市場で、だから相手を知っていることが商売になる。
もう一つが、担保付きのほうだった。現金担保付債券貸借と、現先。国債を渡して金を借り、翌日返して国債を戻す。市場では両方まとめてレポと呼ぶ。桁は、無担保コールの十倍ある。壁の外の生損保も中小証券も、日々の資金の大半はこちらで繋いでいた。無担保で名前だけを見てもらえる先は、そう多くない。
その取引の大半が、短資会社の電話とスクリーンを通る。出し手と取り手を知り尽くし、声一つで数百億を動かす、市場の交換台である。
主要三社のうち二社は、本社機能が東京・日本橋界隈にあった。金曜の午後以降、二社のスクリーンは更新を止め、電話は鳴らなくなった。仲介者が消えるとは、出し手と取り手が互いを見つける方法を失うということである。
一社だけ残った。浪華短資。明治の堂島で生まれ、いまも本社を大阪・高麗橋に置いている、業界最古参。とはいえフロントの主力はとうに東京へ移していて、大阪本社に残るのは部長の早瀬昌平と若手が三人である。
金曜の夜、高麗橋の古いビルの三階で、早瀬は四台の電話を机に並べ、紙の顧客名簿を広げた。システムのマッチングは東京のサーバーごと沈黙している。だから明治のやり方でやる。一件ずつ、電話で、声で繋ぐ。
「わし、これ得意やねん」と早瀬は若手に言った。「三十年前はこれしかなかった。あんたら、いま歴史の現場におるんやで」
冗談のつもりだった。誰も笑わなかったので、早瀬は自分で少し笑った。
繋ごうにも、繋ぐ相手がいなかった。
無担保のほうから、先に死んだ。
平時、コール市場に金を出すのは銀行と、MRFをはじめとする投資信託である。その出し手が、一社残らず蛇口を締めていた。
理由は、同じではなかった。
銀行のほうは、順番だった。大阪で一晩に何本も断った、あの資金部門の次長と同じ順番である。約束していない蛇口から先に締まる。日本中の資金部で、同じ順番が同じ夜に働いていた。
投信のほうは、別だった。解約が殺到していた。MRFも公社債投信も、金曜の午後から解約の受付が積み上がっている。手元の余剰は、まず解約の払い戻しに充てるほかない。コールへ出す玉が、そもそも残っていなかった。運用会社は明日いくら要るかを知らないのではない。明日いくら出ていくかを、はっきり知りすぎていた。
どちらも、強欲ではなかった。市場の最上流は、約束の順番と、解約の順番どおりに、正しく涸れた。
担保付きのほうは、別の死に方をした。
レポは、名前を見ない市場である。国債さえ渡せば、誰でも金を取れる。壁の外の先が翌日物を繋げていたのは、この一点によってだった。
その国債に、値がなくなった。
取引の当事者の信用には、何も起きていない。ただ、渡すものの値段が消えた。それだけで、市場が組めなくなった。
無担保は、出し手が金を離さないから死んだ。担保付きは、担保に値がないから死んだ。
前者は月曜になれば戻るかもしれない。後者は、国債に値段が戻るまで戻らない。
交換台は生きていた。交換すべきものがなかった。
早瀬の四台の電話は、取り手からの取りばかりを書き取った。出し手の欄は白いままだった。ホワイトボードの片側だけが埋まっていった。
浪華短資自身は、日本銀行の当座預金先である。オペの相手方にも選ばれている。だから早瀬は、日銀から直接、資金を取ることができた。
彼は取った。金曜の十八時の共通担保オペに、自分の会社の名前で札を入れている。取った金を自己勘定でコールに出した。短資会社は仲介だけをする商売ではない。自分の腹でも張る。四十年、彼はそちらの側でも生きてきた。
出せたのは、その晩、二百億だった。
自己資本と、社内の与信枠が、そこで止めた。壁の内側と外側の両方に足を掛けている会社が、日本にたった三社しかなく、そのうち二社が沈黙し、残る一社の背丈がこれだった。
「うちが出せる分は、もう出しました」と早瀬は若手に言った。「桁が二つ足りませんのや」
日付が変わるころ、早瀬は日銀の戸田に電話をかけた。彼は日銀の人間の直通番号を、四十年分、頭に入れている。
「戸田さん。うちは生きてます。うちの札も入れました。せやけど、板に出し手がおらん。銀行が金を握って離さへん。おまけにレポが組めん。国債に値がついてへんので、掛け目が引けんのですわ。厚めに取ったらええやないかと言う先もありますけどな、何から厚めに取るんです。金曜の午後の値しか残ってへんのですわ」
「無担保のほうは」
「無担保は名前で取る市場です。今夜、名前で金を出す気のある人間は、日本に一人もおりまへん」早瀬は言った。「このままやと、うちの向こうにおる生損保も、中小証券も、翌日物が一本も取れん。干上がります」
戸田は受話器を握ったまま目を閉じた。
答えは、二つあった。
一つは分かっていた。銀行が離さないなら、銀行が離したくなるほど注ぐしかない。心臓が動脈をあふれさせるしかない。それが共通担保オペの本当の狙いだった。
もう一つは、彼女の手の中になかった。レポが組めないのは資金が足りないからではない。国債に値段がないからである。値段を戻すには、国債を買う側に回らねばならない。そちらは金融調節ではなく、市場に壁を置く仕事だった。
「早瀬さん。月曜、増やします」
「増やしてください」早瀬は言った。「わし、電話持って待っときますわ。持っとくだけは、できますんで」
◇
同じ夜、ドルの世界では逆のことが起きていた。ドルには出し手が殺到していた。ただし、取りに、ではない。逃げに、である。
ニューヨークが開くと、ドルCP市場が邦銀と邦企業の名前に対して扉を閉め始めた。
CP。企業や銀行が短い資金を市場から直接借りる、無担保の約束手形。今日借りて、満期が来たら新しいCPを刷って返す。その借り換えの連鎖が、平時には水のように途切れない。
その水のいちばん大きな出し手が、米国のプライムMMFだった。彼らが金曜の午後、一斉に日本の名前から手を引いた。首都直下。株安、債券安、円安。日本という国の信用が板の上で値踏みされ始めたという報せが、太平洋を渡った瞬間に。
円安、という二文字を、市場は最初、信じなかった。過去の震災では、本邦の機関投資家が海外資産を売って円に戻すという観測が、決まって円を押し上げてきた。アルゴリズムもそう学習している。今回は、その円を買い戻すはずの主体そのものが、東京で決済を断たれて板に出られなかった。学習された反射が空振りしたことに市場が気づくのに、半日もかからなかった。
空振りしただけではない。逆向きの実弾が出ていた。
海外勢が日本の株と債券を売れば、手元に円が残る。残った円を、彼らは自国の通貨に戻して持ち帰る。売った額だけの円売りが、板に出る。買い戻す側が消えたところへ、持ち帰る側だけが並んだ。
もう一つ、細い流れがあった。ドルの調達に詰まった邦銀が、手元の円を担保にドルを取りにいく。為替スワップである。理屈のうえでは、これは直物の需給に効かない。円を渡し、先の期日にそれを返してもらう約束が、同時に立つからだ。だが、その約束が立たない値段でしか組めなくなれば、あとは直物で買うしかない。何行かが、そうした。
首都直下が起きて日本円が売られる、という絵を、市場はその日のうちに描き終えた。描いてしまえば、あとは早い。
月曜に満期の来るドルCPが、借り換えられなくなった。刷っても買い手がいない。
そうなれば、企業は次の蛇口に手を伸ばす。コミットメントライン。銀行があらかじめ、いざというときは必ず貸すと約束してある契約上の枠。CPが刷れなくなった企業が、この約束を一斉に引きに来る。数十社が同時に。
その約束を交わした銀行の一つが、住和だった。
住和のドルの現場は、二つある。
一つは、ニューヨーク支店である。Fedwireとコルレス網に直結し、住和のドルの入り口と出口がここにある。金曜の東京は十四時三十一分だった。ニューヨークは、まだ午前一時三十一分である。支店には夜間の当直が一人いるきりで、その日のドルの決済は、数時間前にとうに閉まっていた。資金証券部長の寺内邦彦が叩き起こされたのは、東京から数えて一時間後だった。彼は着替えもせずに車を出したが、着いたところで、その朝までにできることは何もなかった。ニューヨークの朝はまだ来ていなかった。
もう一つが、ロンドン支店である。
東京の十四時三十一分は、ロンドンの朝である。地球上で住和がその瞬間に動かせた唯一のデスクが、そこにあった。そして時差の関係で、ロンドンはニューヨークの午後を深夜に見る。つまり、金曜のニューヨークで扉が閉まっていくところを、最初から最後まで、起きたまま見る席でもあった。
その席に、湊悠介が座っていた。
入行六年目。ロンドンに来て一年半になる。資金証券のデスクには本来四人いるが、上席の三人は日本から出張中の役員のアテンドで、金曜からずっと空港とホテルのあいだにいた。飛行機は飛んでいない。
その日の昼、湊は近くの店でシャツを二枚買っていた。ロンドンに来て一年半で、はじめて自分で選んだ店だった。紙袋は机の下に置いてある。
画面のドルCPの気配が次々に消えていく。取引先からのライン引き出しの連絡が、メールで、電話で積み上がっていく。承認を仰ぐべき本店ALMは死んでいる。
湊は大阪に繋いだ。声が震えていた。
「副頭取。ドルが回りません。ロンドンで、住和の名前に値段がつかなくなってます。それに、取引先がラインを次々に。私一人では、どれを開けてどれを止めるか、判断が」
沖は、静かに言った。
「一件ずつ判断するな。それをやるとお前が潰れる。契約で必ず開けねばならんラインと、そうでないものを二つに分けろ。開けねばならんものだけ俺に上げてこい。判断は大阪でする。お前は手と目だ。頭はいらん」
言ってから、沖は少しのあいだ受話器を持ったままでいた。
自分がいま言ったことは、正しい。ニューヨークで、彼自身が上司から同じことを言われた。あのとき彼は救われた。
だが、いま言った理由は、それだけではなかった。一件ずつ上げられたら、自分が持たない。彼は、ロンドンの若手のためにその言葉を選んだ顔で、自分のために選んでいた。
彼はそれに気づいた。気づいて、そのまま電話を切った。
◇
夜半、二十六階に一本の電話が入った。
壁の外からの悲鳴ではなかった。壁のいちばん内側からの、静かな、事務的な、そして途方もなく大きな声だった。
日本を代表する自動車メーカーのグループ財務を統べる、磯貝という男からだった。沖とは平時に何度も卓を囲んでいる。声は落ち着いていた。切迫の色はなかった。数字だけが切迫していた。
「沖さん。夜分に恐縮です。弊社のドルCP、来週の月曜と火曜の満期分、ロールが立ちません。市場が閉じました。月曜分は自前で立ちます。火曜分が立ちません」
沖は、その二つの日付の意味をすぐに理解した。ニューヨークの火曜の午後までに、その会社の代理人銀行の口座にドルがなければならない。東京から見れば、火曜の未明までに手当てを終えているということである。
「ついては、御行とお約束いただいているコミットメントライン、フルに引かせていただきます。金額は、いま手元で」
磯貝の言う数字を聞いて、沖は窓の外の暗い川を見た。
数十億ドル。住和がいま世界中から掻き集められる希少なドルの、相当な部分を一夜で飲み込む額だった。しかもこの電話は一本では済まない。総合電機の世界最大手も、アパレルの巨大チェーンも、同じ夜に同じ約束を引きに来ていた。
磯貝は脅していなかった。懇願もしていなかった。契約上の正当な権利を行使しているだけだった。
沖は二つの道を同時に見た。
開ければ、住和の希少なドルが枯れる。翌日の自行の決済に穴が開くかもしれない。
拒めば、日本を代表する自動車メーカーが対外債務を期日に払えなくなる。数十年ぶりの、邦ブルーチップのドル・デフォルト。そしてそれは一社の問題では済まない。市場は瞬時に学習する。日本の最優良企業ですらドルが払えなかった、と。その報せが板を渡った瞬間、すべての邦銀・邦企業の名前がドル市場からさらに深く締め出される。
三十年前に彼が実弾で見た連鎖の、桁違いの再来だった。
「磯貝さん」と沖は言った。「開けます。住和は約束を守る。数字は明日の朝までに詰めます」
受話器を置いて、彼は自分のカウンターを見た。累積のドル不足額が、大きく跳ねていた。
開けると決めた。開けるためのドルを、住和はまだ持っていなかった。
彼は椅子の背にもたれた。二十六階の窓に、自分の顔がぼんやり映っていた。
三十年前、彼はこの側にいなかった。上乗せ金利を払わされる側の、末端の一人だった。いまは決める側にいる。決める側にいて、そして、決めるための材料が一つもない。
窓の中の顔が、笑っていた。
見間違いだと思って、彼は身を乗り出した。口の端が、確かに上がっていた。彼は指でそこを押さえた。押さえているあいだは平らになった。指を離すと、戻った。
首都が潰れている。この街の外で人が死んでいる。彼の銀行は明日飛ぶかもしれない。その全部を正確に知っている顔が、窓の中で笑っていた。
彼は立ち上がって、ブラインドを下ろした。
止めようとしたのではなかった。見ないで済ませようとしただけだった。それは、彼自身が分かっていた。
◇
土曜。上階の仮眠室が回らなくなり、三階の簡易ベッドが埋まり始めた。仮眠は九十分交代。
廊下の壁に、金曜の夜から紙が一枚貼ってある。本店と、東京の関連施設の職員の、安否確認の一覧である。総務課が、繋がった回線から入った分だけを手で書き足していく。名前の横に丸を打つ。土曜の朝で、丸は半分に届いていなかった。
貼ったのは総務課の判断で、誰の指示でもない。オペルームは五階、対策本部は三階の会議室の中である。この廊下を通るのは、上と下を行き来する者だけだった。
戸田は本店の金融市場局に十年いた。一覧の中ほどに、その課の名前が並んでいる。
彼女はその前を一日に何度も通った。立ち止まったのは、二度だった。
武田が、どこからか出前のうどんを人数分抱えて戻ってきた。理事が自分で岡持ちを提げていた。
「食え。飯は戦力や」
誰も笑わなかった。全員が食べた。うどんは少し伸びていた。それでも温かかった。
戸田は自分の器を取る前に、一杯を中村の端末の脇に置いた。何も言わずに。
中村は、机の下のノートに、その日一日で三件を書き足していた。全部、壁の外からの電話だった。彼は誰にも言っていない。書いていることを課長に知られたら、たぶん止められると思っていた。実際には、止められるかどうか、彼にも分からなかった。
土曜の夜半、九十分の仮眠のあいだに、戸田は一度だけ目を覚ました。スマートフォンを見ると、妹から、地震の二日前に届いて返しそびれたメッセージが一件あった。
例の鉢、水やらなくていいからね。
旅行のあいだ預かってくれと押しつけられた、名前も知らない多肉植物のことだった。
戸田はしばらくその一行を見て、返さずに画面を消した。やらなくていいと書いてある。やらなくていいものは、あとでいい。
◇
土曜の未明は、ニューヨークの金曜の午後だった。
寺内邦彦は、その日、支店の資金証券のフロアに一人でいた。現地の職員は帰していない。帰らせる理由も、置いておく理由も、どちらも同じだけあった。彼は置いておくほうを選び、選んだことを一度も口に出さなかった。
彼が最初に確かめたのは、相場ではなかった。CLSの落ち方である。
その日の決済セッションで、住和の名前が絡む取引のうち、円の払込が立たなかったものが、そのまま落ちずに残っていた。片方だけが渡ることを防ぐ仕組みだから、落ちないのが正しい。正しく落ちなかった取引の一覧が、彼の画面に並んでいた。
一覧の相手方の欄には、世界中の銀行の名前がある。ロンドン。フランクフルト。トロント。シドニー。彼らは損をしていない。ただ、金曜の夕方に、予定と違うポジションを持たされた。
寺内は、その一覧を印刷した。印刷して、相手方ごとに数えた。三十七先。
数えたのは、翌週に何が起きるかを知るためだった。落ちなかった取引の相手は、次に住和と組むとき、必ず一度考える。考える先が三十七ある、ということである。
現地の十六時すぎ、彼はドル資金の気配を見た。
住和の三か月の調達コストが、金曜の朝の水準から大きく離れたところに出ていた。出ていた、というより、置かれていた。誰も取りに来ないと分かっている値である。同じ画面の、米銀と欧州銀の名前の横には、金曜の朝とほとんど変わらない数字が並んでいた。
差は、信用の差ではなかった。国の名前の差だった。
彼は数字を書き取り、単位を換算して、余白に一行だけ書いた。
ジャパンプレミアム。
その言葉を実務で書いたのは、四十四歳の彼にとって初めてだった。教科書で読み、研修で聞き、一度も自分の手で書いたことのない言葉である。書いてから、彼は少し長く、その七文字を見ていた。
大阪へ上げるとき、彼はその一行を報告に入れた。入れるべきかどうかを、彼は三十秒考えた。副頭取は三十年前にニューヨークにいた人である。入れれば、あの話をまた始めさせることになるかもしれない、と彼は思った。
入れた。
大阪からの返信は、二行だった。
──読んだ。単位を、当時と同じ単位に直してもう一度送れ。
寺内は直して送った。返事はなかった。
二十六階では、沖がその数字を、机の上の黄ばんだ紙の隣に並べていた。
三十年前の手書きの数字と、今日の数字が、同じ単位で並んだ。
三十年前の一日目より、今日のほうが広かった。
彼は、それを誰にも言わなかった。言えば、比べたことが伝わる。比べたということは、三十年前の続きとして今回を見ているということである。それは、いま卓の上に置いていい種類の情報ではなかった。
彼は今日の数字のほうの紙を裏返して、その裏に、住和が月曜に払わねばならないドルの内訳を書き始めた。黄ばんだ紙には、何も書き足さなかった。三十年、一度も書き足していない。
◇
土曜と日曜、市場は開かない。
円の側では、その二日が動く二日だった。人が動き、担保が動き、端末が動いた。月曜の朝までに、動かした分だけ札が入る。
ドルの側では、数える二日だった。
海の向こうの市場が閉まっているあいだ、ドルは一枚も増えない。増えないものを、住和は数え続けた。ロンドンの湊が、契約で開けねばならないラインを一件ずつ仕分け、大阪へ上げる。大阪の河野が受けて、所要の欄に足していく。ニューヨークの寺内が、各拠点の手元にあるドルの有り高を、時差の順に確かめていく。
足すほうは伸びた。引くほうは伸びなかった。
湊が土曜の午後にロンドンから上げてきた報告の最後に、一行あった。
──本日、新規の取引先照会が四件ありました。うち三件は、当行の格付ではなく、当行の所在地を確認するものでした。
河野はその一行を読んで、大阪の朝の卓で沖に見せた。
「所在地です」と河野は言った。「格付やない。どこの国の銀行か、を確かめてきてます」
「三十年前と同じだ」と沖は言った。
「同じですか」
「同じだ。値段になる前に、質問になる」
沖は、二十六階の窓の外を見た。土曜の川に、船が一艘も出ていなかった。
河野が言った。
「副頭取。円のほうは、日銀が撃つと言うてます。撃たれた分は、うちは受け取れます。担保はまだ積めます」彼は言った。「ドルは、撃つと言う人間が、どこにもおりません」
「いる」
「どこにです」
「ワシントンだ」沖は言った。「ただし、あそこはうちの電話には出ない」
河野は黙った。
「日銀は円なら刷れる。刷れるものは、決めた日に出る」と沖は言った。「ドルは刷れない。刷れないものは、誰かが誰かに頼まないと出ない。頼める人間が日本に何人いるかという話だ」
彼は指を二本立てた。それから、一本折った。
「一人でいい。一人いれば足りる」
◇
武田の週末は、電話でできていた。近畿財務局長。大阪府知事。関西の地銀の頭取たち。そして繋がらない東京へ、一時間おきの呼び出し。理事である彼にしかかけられない電話があった。相手の格にこちらの格を合わせる。それも代替本店の機能のうちだった。
その週末の電話のなかに、一本、川向こうからかかってきたものがあった。
「武田さん。円やない。ドルや」沖は関西の言葉を使わない男だが、武田に対しては少しだけ使った。「企業のドル取付けが、桁が違う。うちが約束したラインを開け続ければ、月曜、住和のドルが枯れる。枯れれば、うちは日本のブルーチップの決済を落とす。落ちれば、火が噴く。これは一行の話やない」
「どこまで要る、いう話や」
「日銀のドルオペを、いまの形のままでは受けきれない。あれは週に一度、火曜の正午の入札だ。次の一本は明後日で、その一本が来るころには、うちの月曜の払いは終わっている。終わっているか、落ちているかのどちらかだ」
「日ごとに撃て、いうことか」
「日ごとに。全額供給で。期間も、一週間物では足りない」沖は言った。「それを撃つ原資があるかどうかは、そちらの話だ。俺には言う資格がない」
「言うてるようなもんやないか」
「言っていない」と沖は言った。「俺が言えるのは、住和にいくら足りないかだけだ。それは明日の朝、数字にして持っていく」
武田はしばらく黙っていた。
「聞いた。月曜、もういっぺん詰めよ」
武田は、四枚目の白いままだったホワイトボードにマーカーを走らせた。
月曜〇九時、市場再開。最悪を想定。
その下に、少し間を置いて、もう一行を書き足した。
ドル。沖。ワシントン。
◇
日曜の深夜、一つだけいい報せが届いた。全銀システムが大阪のバックアップセンターで完全に立ち上がった。個人の小口の送金が細く再開した。家族への仕送りが。アパートの家賃が。
太い血管はまだ詰まっている。毛細血管が先に通った。
ただし通ったのはシステムの側だけだった。全銀に指図を届ける各行の勘定系、その中継センターの多くは、まだ東京にある。管の本体は開通した。管に水を送るポンプが、行ごとに、まだ死んでいる。
戸田はその報告を聞いて、初めて三秒だけ目を閉じた。
川向こうの二十六階では、沖がまだ起きていた。彼の週末には、いい報せは一つも届かなかった。ドルの潮は引いたまま戻らなかった。
月曜
九時。本来なら取引開始のベルが鳴る時刻だった。
東京証券取引所の売買システムは、大阪の代替センターで立ち上がっていた。だが、その板に値を入れる人間が東京で飛んでいた。証券会社のプロップ・デスクも、マーケットメイクの担い手も応答しない。東証の注文の大きな割合を占めていた高頻度取引の業者は、そのコロケーション設備のほとんどが東京にある。彼らは撤退したのではない。接続手段を物理的に失って、市場から消えた。
買いの側が消えた。売りの側は、消えなかった。
売りは、海の向こうから来た。週末のあいだに、ロンドンとニューヨークで日本株のETFと預託証券が叩き売られている。日本の板が閉じているあいだ、世界は日本を売る場所をそこにしか持たなかった。そこで先についた値へ、月曜の朝の現物が、追いつきに行くことになる。海外年金のリバランス。マクロファンドの国別配分。トレンドを追うだけのCTA。理由はそれぞれ別で、方向だけが同じだった。
九時、板が開いた。開いた、と言えるかどうかは見方による。
東証プライムの九割が、寄り付かなかった。売り気配のまま値幅の下限に張りついて、値がつかない。ストップ安売り気配。板の買い数量の欄は、どの銘柄でも三桁だった。誰かがつけた指値が、下限のさらに何段も下に、忘れられたように一つだけ浮いていた。
値がついたのは、二種類だけだった。
一つは、その下限で誰かが受けた銘柄。もう一つは、逆の方向へ張りついた一群である。ゼネコン。道路。仮設と足場。建機のレンタル。生コンと骨材。電線。それから、首都圏に生産拠点を持たない食品と日用品。ストップ高買い気配。
首都直下は、日本の株式にとって全面的な災厄であり、ある種の会社にとっては十年分の受注だった。板は、そのことを九時二分で計算し終えていた。
そして、値のつかない板の下で、日経平均という数字だけが、前日比を計算するために気配値を拾って、意味のない指数を表示し続けていた。
現物の国債市場は、株よりも悪かった。
悪かったのは、値が飛んだからではない。飛ぶ場所すらなかったからである。業者間の売買を繋ぐブローカーも、値付けをするディーラーも、東京ごと沈黙している。売り気配も買い気配も出ない。スクリーンは、金曜の午後の数字を表示したまま止まっていた。金曜の夜に先物が示した暴落水準を、現物で確かめる手段がなかった。
値段のない国債は、担保価値を計算できない担保だった。
そして、この国の金融取引のほとんどすべての担保は、国債である。
◇
十時五分、日本銀行大阪支店は指値オペをオファーした。
放っておけばどうなるかは、金曜の夜から分かっていた。国債の値が決まらないまま担保の掛け目だけが動けば、その日の午後には証拠金の計算が回り始める。武田は、九時十二分に決めた。
「撃て。夕方まで待つ理由が一個もない」
法の壁はなかった。指値オペは金融調節の枠内で、執行の判断で引ける。楠木はまだ東京の瓦礫の中にいる。武田の判で足りた。
問題は、水準だった。
現物に気配がない。壁を置くには、どの利回りに置くかを決めねばならない。決めるための材料が、現物の側に一つもなかった。戸田は北浜の先物の板から逆に引いた。金曜の夜間立会から月曜の朝までに、先物は三度、値幅の下限に当たっている。当たるたびに水準が違う。彼女は三つの真ん中を取った。取った理由を、報告書に書ける形では説明できなかった。
十時五分、オファー。固定利回り方式による国債買入れ。対象は残存七年超十年以下の利付国債、指定した利回りで無制限に買う。
十一時十分、締切。
応札、七十億円。
戸田は、その数字をしばらく見ていた。
札が入らないのは、壁を信じたからではない。売れなかったからである。
指値オペは、日銀が買うオペだ。買うには、売りに来る者が要る。売りに来るのは国債売買オペの対象先で、その主力は東京にある。生き残った先も、売るべき現物が自社のどこにいくらあるかを把握できていない。残高を管理する部署が東京だからだ。
そして、仮に把握できても、渡せる玉が手元になかった。
国債は、持っている先の金庫で眠っているものではない。日々レポで貸し出され、担保に差し入れられ、翌日返され、また出ていく。同じ一本が一日に何度も名義を変えていく。その回転が、金曜の午後から止まっていた。
止まった理由は二つある。一つは、期日の来たレポが返らないこと。返す側が指図を出せない。決済が予定日に落ちないこと自体は事故ではなく、フェイルとして翌日へ繰り延べられる。繰り延べられた一本の向こうに、その一本を当てにしていた次の受渡がある。三営業日ぶんが積み上がっていた。
もう一つは、新しく組めないこと。国債に値がないから掛け目が引けない。組めなければ、いま手元にある玉を離す理由が誰にもない。
こうして、市場のどこかには確かにある現物が、どこからも出てこなくなる。
壁は置いた。壁の前に立つ者がいなかった。
昼前、その七十億という数字が板に出た。
出た瞬間、先物が下限へ叩かれた。
日銀が指値を撃ち、ほとんど札が入らなかった。それは二通りに読める。壁が効いたから誰も売らなかったのか、壁が無意味だから誰も相手にしなかったのか。板の側にいる人間は、迷わず後ろのほうを読んだ。日本の中央銀行が国債市場に壁を置こうとして、一日分の在庫にも満たない額しか買えなかった、と。
戸田は端末の前で、両手を膝の上に置いた。
弾は当たらなかったのではない。撃ったことが、こちらの弾数を敵に教えた。
彼女は黒い手帳を開いて、時刻だけ書いた。
11:10。
円のほうは、その朝、うまくいっていた。
九時二十分にオファーした共通担保オペの即日物に、金曜の四倍の札が入った。
日銀の側で額を増やしたのではない。金曜も月曜も、条件は同じである。固定金利、全額供給。応札されただけ全部出す。出す額を決めるのは日銀ではなく、札を入れてくる側だった。
増えたのは、応札できる側の事情が二つ動いたからだった。
一つは、人である。金曜に一行も札を入れてこなかった数行が、月曜の朝には入れてきた。週末の四十八時間で、彼らは大阪と地方の拠点へ人を移していた。バスで、車で、動いている在来線で。日銀ネットの端末を叩ける人間が、東京の外に何人いるか。金曜の答えはほぼ零で、月曜の答えは零ではなかった。この差が、そのまま桁になった。
もう一つは、担保である。共通担保オペで取れるのは、あらかじめ日銀に差し入れてある担保の範囲までだ。平時の各行は、要る分しか差し入れていない。差し入れれば手元で使えなくなるし、管理の手間もかかる。それは平時には合理的だった。週末のあいだに、各行が国債と貸出債権を追加で差し入れた。取れる枠が広がった。
ただし、追加で入れた国債にも掛け目がかかる。値が下がったぶん、同じ枠を作るのに多くの本数が要る。差し入れても、思ったほど枠にならなかった行がいくつもあった。
金曜が震災のときの一割に届かなかったから、四倍でも、まだ四割である。
だが、四割は零ではない。弾は、確かに壁の内側にたまっていった。
たまったまま、動かなかった。
銀行は受け取った円を抱えた。抱えるのが正しいからである。月曜は積み最終日で、各行は自行の積みを埋めることを何より先にした。日銀から取った金が、そのまま自行の当座預金に載って動かない。金融調節としては、これ以上ないほど素直な反応だった。
高麗橋の早瀬のスクリーンには、月曜も出し手が現れなかった。心臓は動脈をあふれさせた。動脈の先の枝が、一本も開かない。
◇
昼過ぎ、日本証券クリアリング機構が、清算参加者に対して過去に例のない額の変動証拠金を追加請求した。株の暴落と国債の暴落が、証拠金の計算式の上で合算された。しかも差し入れるべき担保の主役である国債そのものが値下がりし、掛け目を割り引かれて、同じ額を積むのにより多くの枚数が要る。
担保が下がったから証拠金が増え、証拠金が増えたから担保が足りない。
払込期限、火曜、午前十時。
一社でも履行できなければ、破綻社の当初証拠金、清算基金、機構の自己資本、そして生き残った参加者の損失分担へと、順に問われていく。制度は存在する。動かす人間がいない。
もう一つの期限が、東京の瓦礫の下から顔を出していた。火曜は国庫短期証券の入札日だった。国の資金繰りを日々つないでいる、短期国債の定例入札。しかも火曜は、同じ日に満期を迎える既発国債の償還日でもある。新しく札を売って得た金で、期日の来た分を返す。その輪が一日でも途切れれば、日本が国債を返せなかったという事実だけが残る。
発行を差配する本省理財局は、霞が関ごと沈黙していた。
◇
同じ月曜の朝、東大阪。
谷口は八時から事務所にいた。妻が来る前に、通帳の記帳をしに銀行へ行くつもりだった。
岡島産業からの入金は、まだ来ていなかった。
住和銀行東大阪支店のロビーには、記帳台の前に列ができていた。番号表示がなかなか進まない。谷口は作業着の上によそ行きの上着だけを羽織って、順番を待った。左手の親指の先が四角く欠けている。二十歳のとき、プレスに挟んだ指だった。丸めた作業帽の縁を、その親指で意味もなく撫でていた。
彼にはその日、三つの用があった。
一つ。岡島産業からの入金が来ていないこと。
二つ。アメリカの線材メーカーへの支払い。信用状決済で、ドル建てである。二輪のチェーンの部品には、決まった成分の線材しか使えない。国内で代わりが利かないから、十四年、同じところから買っている。この支払いが立たなければ材料が来ない。材料が来なければ、マレーシア向けの次のロットが作れない。
三つ。そのつなぎに、運転資金の枠を少しだけ広げてもらえないか、という話。
窓口の若い行員は吉田香といった。二十五歳、入行三年目。三つとも、はっきりとは頷けなかった。
入金のほうは、システムの問題だった。全銀は動いている。ただ、当行の勘定系がそこへ指図を送る中継のセンターが東京で、と吉田は説明した。管は通っているんです。うちのポンプが、まだ動かないんです。
説明しながら、彼女は手元のメモ用紙に図を描いた。全銀システムがあって、そこへ指図を送る管があって、管の途中にポンプがある。ポンプのところに小さく×を書いた。
そういう癖があった。窓口に立ち始めた年に、先輩から、口で言うより絵のほうが早い、と教わって、それからずっとやっている。字が丸くて、図はいつも少し可愛くなる。それを気にしていた時期もあったが、いまは気にしていない。
谷口は、その紙をしばらく見ていた。
「なるほど。ようわかりました」
わかっても、金は来ない。二人とも、それは分かっていた。
ドルのほうは、もっと言いにくかった。
谷口が求めていたのは、次のロットの線材を買うための信用状である。銀行が売り手に対して、代金は当行が払うと約束する紙だった。まだ出していない。出せば、そこから住和のドルの約束が一本増える。
本部から、外国為替に関わる新規の与信および新規の信用状の発行は当面停止、と通達が来ていた。理由は書かれていなかった。書かれていない理由を、吉田は知らない。
書いてあれば、こういうことだった。すでに出してある信用状は、書類が揃って呈示されれば払わねばならない。約束は約束である。だから住和は、いま持っている少ないドルを、すでにした約束のほうへ順に寄せている。新しい約束を一本増やすのは、その順番のいちばん後ろに、もう一つ荷物を載せることだった。
吉田はそこまでは知らない。知っていることは一つだけだった。この人の分は、後ろだ。
融資のほうも同じだった。当面、新規の与信は慎重に。銀行自身の資金繰りが読めない。自分の懐が明日どうなるか分からない銀行は、まず貸す手を引っ込める。真っ先に締められるのは、いつもいちばん立場の弱い借り手だった。
谷口は声を荒げなかった。
「そら、しゃあないですわな」と彼は言った。「日本中がえらいことになっとるんやから」
吉田は何か言おうとして、言葉が見つからなかった。
「あんたに言うても、どうにもならんのはわかってます」と谷口は続けた。「けど、いっぺんだけ言うときますわ。うちの部品な、チェーンのいちばん奥に入るピンですねん。コンマ数ミリの世界です。これが届かなんだら、向こうのラインが止まる。それだけのことなんです。それだけのことなんですけど、それだけのことが、十九年、続いてきたんですわ」
彼は帽子を丸め直して、立ち上がった。
「また来ます」
吉田は、その背中を見ていた。谷口製作所の口座は、彼女も見たことがある。決して大きくない。滞ったこともない。
去年の暮れに、谷口が窓口へ持ってきたことがある。従業員の年末賞与の振込依頼書だった。八人分。金額は全員違っていた。違う理由を、谷口は聞かれてもいないのに一人ずつ説明した。この子は今年、子どもが生まれたから。この子は、去年、少なかったから。
吉田は、そのとき、書かれた八つの名前を一つずつ端末に打ち込んだ。打ち込むと、名前は「振込先」になった。
彼女はその日の日報に、来店者の件数を書いた。八つの名前は、その一件のなかにあった。
◇
谷口が銀行から工場に戻ったのは、十時半だった。
八人は、いつもどおり働いていた。材料はまだ二週間分ある。作るものはある。作ったものを送り出す先の話が止まっているだけだった。
三号機の音は、金曜より少し大きくなっていた。
ベアリングである。谷口は、金曜には来月でいいと思っていた。来月でいい、というのは、来月には金があるという意味である。
彼は事務所の壁の暦を見た。来月がいつになるのかが、その朝、分からなくなっていた。
彼は機械の前に立って、音を三十秒ほど聞いた。それから、事務所に戻って、来月の欄に書いてあった「3号 ベアリング」の四文字を、消しゴムで消した。消して、どこにも書き直さなかった。書き直す先の月が、思い当たらなかったからである。
昼の休憩で、いちばん古い職人の吉江が、缶コーヒーを持って事務所に入ってきた。六十九歳。先代の代からいる。
「社長。金、大丈夫でっか」
「なんでや」
「朝、銀行行ってましたやろ。あの顔で帰ってくるときは、たいてい、あかんときですわ」
谷口は笑った。
「二十年見られとったら、かなわんな」
「二十九年です」
吉江は、缶コーヒーをもう一本、机に置いた。置いてから、少しのあいだ、そこに立っていた。
谷口は缶を開けた。開けてから、少し時間をかけて飲んだ。
「吉江さん」
「はい」
「そんなことに、ならんようにするわ」
「そうしてください」と吉江は言って、出ていった。
その週、八人は誰も休まなかった。作るものはあったし、作れば、いつかは出る。谷口はそう言い、八人はそう聞いた。
四か月後に、この八人を前にして別の話をすることになるとは、その週の谷口は考えていなかった。
◇
同じ月曜の朝、堺市。
八時十五分、府内に本店を置く信用金庫の支店の前に、四十人ほどの列ができていた。開店は九時である。
前の晩に、一つの投稿が回った。この信金は国債を大量に抱えており、先週の暴落で債務超過に陥っている、預金は戻ってこない。名前と、支店の写真と、それらしい数字が並んでいた。数字は、どこから取ったものでもなかった。
投稿は日曜の二十時ごろに出て、深夜には十万回以上、表示されていた。
信金の側は、日曜の二十三時に否定の文書を出した。当金庫の財務は健全であり、といういつもの書き出しで始まる文書だった。それを読んだ人間より、投稿を見た人間のほうが、二桁多かった。
月曜の朝、列は四つの支店にできた。九時に開けると、窓口とATMの両方に人が並んだ。金額はさほど大きくない。十万、二十万。ただ、人数が多かった。
本店の列の、前から七人目に、七十代の女がいた。彼女は投稿を見ていない。見た娘から夜中に電話が来て、お母さん、明日いちばんに行って、と言われた。それだけだった。
いくら下ろすかは決めていなかった。窓口で、おいくらにされますか、と聞かれて、はじめて考えた。三十万、と言った。理由はなかった。財布に入る額でいちばん大きい数字だった。
彼女はその三十万を、家の仏壇の引き出しに入れた。三日後に、半分だけ預けに戻った。全部を戻さなかったのは、なんとなく決まりが悪かったからである。
十時半、その信金の現金が、支店単位で足りなくなり始めた。
財務内容の問題ではなかった。信金は健全で、日銀に当座預金も持っている。ただ、当座預金の残高は、画面の中の数字である。列に並んでいる人が求めているのは、手で持って帰れる紙だった。
平時なら、警送会社が本部の金庫から回す。今週は、警送の車両が高速道路の点検と迂回で読めなかった。本部の手持ちも、金曜からの引き出しで薄くなっていた。
信金の理事長が、十一時に日本銀行大阪支店へ電話をかけてきた。
中之島の新館の地下には、金庫がある。日本銀行大阪支店は、西日本の現金の元締めである。銀行券を発行し、傷んだ券を引き取り、金融機関の求めに応じて出し入れをする。それが発券という仕事で、営業課の隣の課が、平時からそれだけをやっている。
武田は、報告を三分聞いて言った。
「出したれ。何億や」
「二十億です。ただ支店長、警送が」
「うちの車あるやろ」
「日銀の現金輸送車を、うちの職員が運転して、堺まで、ですか」
「ほかに誰が運転すんねん」
十三時二十分、中之島の地下の搬出口から輸送車が二台出た。日本銀行大阪支店の職員が、防災服の上に警備の腕章を巻いて乗った。府警に連絡を入れ、道路の状況を確かめながら、湾岸を南へ走った。
十五時前に、四つの支店に現金が入った。
窓口の行員が、札束を積み上げた。積み上げたのは、見せるためだった。列の後ろのほうにいた人が、それを見て、何人か帰った。
十六時には、列は十人を切っていた。
その日、その信金から引き出された預金は、総額で八億円だった。届けた現金は二十億円である。十二億が金庫に残った。使われないために運ばれた金だった。
この一件は、報告書の第五章に、地域金融機関における現金需要への対応、として二ページ書かれている。投稿を最初に流したのが誰なのかは、最後まで分からなかった。
◇
近畿財務局。庁舎は大阪城を望む大手前にある。
金融庁から出向中の藤川美咲は、朝から問い合わせに追われていた。追証の猶予はいつ出るのか。強制ロスカットを止めていいのか。証券会社の大阪拠点からの電話が鳴り止まない。
彼女の席は大部屋にある。金曜の午後から、その席にはほとんど座っていない。局長室の応接卓に紙を広げ、電話を一本取るたびに大部屋へ戻り、また上がってくる。局長室が、この三日で事実上の部屋になっていた。
告示の発出は東京の本庁の専権である。局長の桑原弘は、机の向こうから、苦しげに言った。
「俺に、告示を出す権限はない」
藤川は食い下がった。誰かがいま決めなければ、入金できない個人投資家のポジションが機械的に投げられ、空っぽの板をさらに叩き落とす。板が薄いいまは、個人の投げ売りでも指数が動く。
要請文は、藤川がとうに書き上げていた。証券各社に対して、強制決済を実務上可能な限り猶予されたい。あとは局長の名前を入れるだけだった。
桑原の手が、そこで止まっていた。
法的拘束力はない。従わせる力もない。もしこの一枚が、国による市場への不当な介入と読まれたら。猶予させたのに、結局崩れたら。国が私企業の損失処理に手を突っ込んだ。その一行だけが、あとに残る。
彼は三十七年、霞が関で、そういう「あとに残る一行」を恐れて生きてきた男だった。恐れてきたから、ここまで来られたとも言える。
「出したところで、誰も従う義務はない。ただの紙や」
藤川は立って、局長の机の受話器をそっと局長のほうへ押しやった。
「中之島が、繋がっています」
彼女が繋いだのだった。
桑原は受話器を取った。
「桑原さんか。武田や。定例の挨拶では顔を合わしてるが、こういう話で繋がるのは初めてやな」
「武田さん。面目ない。日銀に泣きつく筋の話ではないんだが」
「泣きつく、やない。同じ持ち場の話や。藤川さんから粗方聞いた。要請を出すべきか、迷うてはるんやろ」
桑原は正直に言った。権限がない。効き目の保証もない。ただ自分の名があとに残るだけの紙だ、と。
武田は少し黙った。
「桑原さん。わしはな、夜明けに弾を撃つ。実弾や。日銀が持てるいちばん重い弾や。せやけど、その弾は夜明けにしか撃てん。段取りが要る。判が要る。それまでのこの夜のあいだに、強制ロスカットが雪崩を打ったら、わしの弾が届くころには板は死んどる」
「法的根拠は」
「わしかて、今夜、法の際を踏み越える。根拠が揃うのを待っとったら、朝には誰も助からん」武田は言った。「せやから、あんた一人の名前で出せとは言わへん。わしも隣に名前を並べるわ。名前はあんたが先や。二つの判を、同じ紙に並べよか」
桑原は受話器を置いた。長い息を吐いた。それから、藤川のほうを見て頷いた。
紙は、そこから膨らんだ。
藤川が書いていたのは、証券各社への猶予の要請一本である。中之島からは、日銀の流動性供給についての一項が送られてきた。二つを並べて、藤川は、あいだが抜けていることに気づいた。
市場がいま怖がっているのは、追証でも日銀の弾でもない。国が明日、金を返せるかどうかである。
彼女は一項を起こして、局長の卓に置いた。
桑原は、それを読んで、動かなくなった。
猶予の要請には権限がない。それは彼が三十七年恐れてきた種類の危うさで、恐れ方も知っていた。効かなければ、ただの紙が残る。
一項は、種類が違った。
近畿財務局は、財務省及び金融庁の所掌事務のうち現地において処理し得るものを処理し。
処理し得るもの、と書いてある。何が処理し得るのかを、いま決められる人間は、この庁舎にいない。本省が沈黙している以上、線を引くのは彼である。狭く引けば、市場は国が何もできないと読む。広く引けば、権限のない事務を局の名前で引き受けたことになる。
三項は、効かなければ紙が残る。一項は、効いても残る。
「藤川さん」
「はい」
「これは、要請やない」
「要請ではありません」
「宣言や」
「宣言です」
桑原は、その二文字をしばらく見ていた。
結局、彼は線を引かなかった。処理し得るもの、という書き方のまま出すことにした。曖昧なほうが広く読まれる。広く読まれたほうが、今夜は効く。効いたあとで、誰かが範囲を問うだろう。問われたときに答えるのは、たぶん彼ではない。
三十七年で初めて、彼は、あとに残る一行を、あとに残るまま書いた。
十五時。近畿財務局長・桑原弘と、日本銀行理事・大阪支店長・武田修三の連名で、一枚の紙が市場へ出た。国内には日本語で、海の向こうの資金の出し手には英語で、同時に。
共同声明 ―― 金融市場の安定及び資金決済の円滑の確保について
このたびの地震により亡くなられた方々に深く哀悼の意を表するとともに、被害を受けられた皆様に心からお見舞いを申し上げる。
一、近畿財務局は、財務省及び金融庁の所掌事務のうち現地において処理し得るものを処理し、国債の発行及び償還が予定どおり行われるよう、必要な措置を講ずる。満期の到来する国債の元利金は、期日に、全額支払われる。一日の遅延も生じない。あわせて、金融機関の業務の健全性の維持に努める。
二、日本銀行大阪支店は、被災した本店の機能を代替する拠点として、金融市場の安定及び資金決済の円滑を確保するため、必要かつ十分な流動性の供給を含め、あらゆる措置を講ずる。
三、両者は緊密に連携し、我が国の信用秩序の維持に万全を期す。市場参加者におかれては、この間、機械的又は強制的な建玉の処分を含む過度な行動を厳に慎み、冷静な対応をとられるよう要請する。
近畿財務局長 桑原 弘
日本銀行理事・大阪支店長 武田 修三
Joint Statement on Ensuring the Stability of Financial Markets and the Smooth Settlement of Funds
We express our deepest condolences to those who have lost their lives in the earthquake, and our heartfelt sympathy to all those affected.
The Kinki Local Finance Bureau will process locally such affairs of the Ministry of Finance and the Financial Services Agency as can be processed here, and will take the measures necessary to ensure that the issuance and redemption of Japanese Government Securities are carried out as scheduled. Principal and interest on maturing government securities will be paid in full, on the due date. There will not be a single day's delay. The Bureau will also work to maintain the soundness of financial institutions.
The Osaka Branch of the Bank of Japan, serving as the alternate site substituting for the functions of its Head Office, will take every measure — including the provision of ample liquidity — to ensure the stability of financial markets and the smooth settlement of funds.
The two authorities will act in close coordination and spare no effort to preserve the stability of Japan's financial system. Market participants are strongly urged to refrain from excessive conduct, including the mechanical or forced liquidation of positions, and to respond with composure during this period.
Hiroshi Kuwabara, Director-General, Kinki Local Finance Bureau
Shuzo Takeda, Executive Director of the Bank of Japan and General Manager, Osaka Branch
法的拘束力は、この紙のどこにもない。三項目めは要請である。それを支えるのは、二つの職名だけだった。
英文は藤川が起こし、桑原が二度直した。直したのは二か所で、どちらも、断定を弱める方向ではなかった。
そのうえで、一行だけを書き足した。
霞が関の文書は、未来のことを言い切らない。努める。期する。万全を期す。所要の措置を講ずる。そう書いておけば、そうならなかったときに、書いた人間の逃げ場が一つだけ残る。桑原は三十七年、その逃げ場の置き方だけで昇ってきた男だった。
一日の遅延も生じない。
この一行には、逃げ場がない。主語も、努力も、留保もない。ただ、起きないと書いてある。
藤川はその一行を見て、様式が壊れていると思った。思ってから、壊れているのはこの一行のほうではないと気づいた。ほかの全部が、平時の様式で書かれているのだ。
局長は、和文と英文の同じ位置に、同じことを書いた。書き足してから、しばらくペンを置かなかった。
藤川は、発出のボタンを押したあと、自分の手が震えていることに気づいた。局長の手は震えていなかった。三十七年恐れてきた人間のほうが、押すときには落ち着いていた。
◇
同じ月曜、二十六階では、沖が別の期限と向き合っていた。
円の証拠金が担保の螺旋なら、ドルの側にあったのは、もっと単純で逃げ場のない引き算だった。
月曜、住和が払わねばならないドル。企業が引き出すコミットメントライン。自行が発行したドル建てCD・CPの満期償還。海外拠点のその日の決済。磯貝の会社の分だけではない。総合電機も、アパレルも、無数の中堅企業も同じ月曜に同じドルを求めてくる。
そして、ドルの預金だった。
預かるときは、帳簿に一行書くだけで済む。出ていくときは、コルレス網を通る現物の送金になる。平時は入りと出が釣り合うので、この非対称は表に出ない。
金曜の午後から、海外拠点の法人の口座が動き始めていた。大口で、預金保険の外にある金である。名前に不安の出た銀行から先に抜け、抜けるときは速い。寺内は土曜の朝の報告に、率を一つ書いて寄越した。沖は、その率が平時のどのストレステストの掛け目よりも大きいことを、見た瞬間に分かった。
それらを全部足した所要から、いま手元にある有り高を引く。
巨大なマイナスが残った。
手元のドルは、その前に底が見えていた。
ニューヨーク連銀に置いた預け金と、いつでも売れることだけを条件に選んである外債。毎年のストレステストが何か月ぶん耐えられるかを測っているのは、この二つである。厳しい想定でも数か月はもつ、と報告書には書いてあった。
金曜の夜から日曜にかけて、沖はそれを全部使った。四日である。
報告書は嘘を書いていない。あの想定には、コミットメントラインが一斉に満額引かれる週と、自行のCDが返せなくなる週と、円投が枠ごと閉まる週とが、同じ一週間に重ねて来ていない。重ねる理由が、なかったからである。
沖は思いつく限りの蛇口に手を伸ばした。
一つ。住和自身が米国のコルレス先と平時に結んでいる、自行向けのコミットメントライン。いざというときのための、住和のバックストップ。彼はそれを発動しにいった。
叩いたのはニューヨークの寺内である。相手先とは十年の付き合いがあり、寺内の電話なら先方の資金担当が直に出る。出た。
そして、一瞬、躊躇った。
寺内は、その一拍を大阪へそのまま報告した。金額の話は何一つ動いていない段階での、一拍である。報告すべきかどうか彼は迷い、迷った末に報告した。
「副頭取。数字はまだ返ってきていません。ただ、間がありました」
「長かったか」
「一秒ないと思います」
「充分だ」と沖は言った。
その一瞬が答えだった。契約はある。約束は交わしてある。にもかかわらず、資金担当は「日本の銀行」の名前を前に一拍置いた。三十年前に彼が払わされた上乗せ金利は、金利という数字である前に、この一拍だった。
寺内は、いま、沖が三十年前に座っていたのと同じ部屋にいる。デスクの並びも、窓から見えるものも、当時とはすっかり変わっている。変わっていないものが、その夜、一つだけ戻ってきていた。
さっき住和が磯貝に一切の躊躇なく差し出したものを、いま住和自身が、海の向こうから躊躇とともに値踏みされていた。
二つ。海外拠点のドルの預金をかき集める。シンガポール、香港、そしてニューヨーク。各拠点が抱える手元のドルを、大阪へ寄せる。寺内は自分の支店の当日の払いを立てるのに要る分だけを残して、あとを全部、大阪の指図に預けた。残した額は、彼の見立てで最低限だった。最低限を割る恐れがあることも、彼は知っていた。
三つ。割高なベーシスで円投する。有り余る円を担保に、罰のように高いコストを払ってドルに換える。
ただし、為替スワップの直物渡しは二営業日先である。今日組んでも、ドルが渡るのは明後日だった。火曜の朝に要るドルは、直物渡しの円投では間に合わない。使えるのは翌日物と、その手前の当日物。為替スワップ市場のいちばん細い隅で、平時なら一日に数えるほどしか出来ない場所である。
そこへ、邦銀が揃って手を突っ込んだ。
値段は、値段でなくなった。
そのあとに、値段の話ですらなくなるところが出た。
河野が気づいたのは、三社目だった。ロンドンの大手の一社が、ドル円のどの期間にも値を出してこない。回線は生きている。担当者も出る。出て、ドル円以外の話をする。
彼は直接聞いた。
返ってきたのは、事務的な英語だった。本日付で、日本の銀行の名前については、当日物・翌日物を含め新規は取らない。既にある残高は期日まで持つ。理由は、カントリー枠の見直し。
「枠が落ちました」と河野は報告した。「二社です。二社とも、うちの円投のいちばん太いところです」
沖は頷いた。
断られたのではない。断る場所のほうが閉じた。高くてもいいから貸してくれ、と言える相手がいるあいだは、まだ市場である。値を出さないと決めた相手に対しては、こちらから積める上乗せがない。
血を流しながら絞り出す。
沖は、それを全部やった。全部やって、足りなかった。
橋は架かる。この川幅には、橋の長さが届かない。
国には外貨準備がある。一兆ドルを超える。だがあれは為替のための金であって、一民間銀行の月曜の払いに回す建付けがない。建付けを今夜つくるなら、それは政治だった。政治は、夜明けには間に合わない。
この規模の穴を一夜で埋められるのは、市場でもコルレス先でもない。中央銀行だけだった。ドルを大量に、速く、住和のような銀行へ流し込めるのは、日銀の米ドル資金供給オペだけである。
だが、その定例のドルオペは平時のためにできていた。週に一度、火曜の午前中の入札。固定の期間、平時の規模。明日入札しても、次の着金は木曜日で、遅い。作り替えてもらうほかない。
そして、作り替えたところで足りるかどうかは、また別の話だった。
オペの原資であるドルそのものが、日銀がFRBからスワップラインで借りてくるものである。オペをいくら大きくしても、原資の枠が広がらなければ、出せる額は枠で頭を打つ。
沖は、そこまで考えて、そこで自分の考えを止めた。
枠の話は、こちらが口にすることではない。中央銀行が中央銀行から借りる金であって、民間銀行の副頭取が水準を云々していい種類のものではなかった。頼めば、頼んだこと自体が向こうの立場を狭くする。日銀の理事が、一民間銀行の要望を受けてFRBに枠の拡大を持ちかけた、という形になる。そういう形になったものは、卓の上でいちばん通りにくい。
彼が持っていっていいのは、一つだけだった。住和が明朝までにいくら足りないか。その数字を正確に置いて、あとは向こうの卓に任せる。
数字を置きに行く相手を、彼は選ばねばならなかった。
ドルオペの条件を組み替え、その原資について自分の判断でニューヨーク連銀へ渡り合える人間。日本にほんの数人しかいない。
彼の頭に一人だけ浮かんだ。金融機構局長として世界中の危機の火消しに回り、いまは川向こうで、半年に一度、湯呑みを挟んで関西の景気の話をしている、あの理事。
沖は河野を呼んだ。
「円の証拠金は、お前が日銀と詰めろ。担保が要るならなりふり構うな。ドルは俺が武田さんのところへ持っていく。今夜だ」
河野が出ていったあと、沖は一人になった。
机の上に、三十年前のチケットが伏せたまま置いてある。金曜の午後からそこにあった。彼はそれを表に返した。
三十年、これを見せる相手がいなかった。誰に見せても、昔の話をする人だと思われるだけだった。今夜、初めて、この一枚が意味を持つ場所に持っていける。
それが嬉しいのだ、と彼ははっきり自覚した。
事態は最悪で、自分は嬉しい。二つは同時に本当だった。彼は誰にもそれを言わないだろう。言わないまま、この夜を、たぶん人生でいちばんよく働くだろう。
◇
大阪の十七時は、ロンドンの朝九時である。
湊悠介は、月曜の朝、机の上に紙を二枚並べて座っていた。
左が、契約で開けねばならないライン。右が、そうでないもの。金曜の夜に副頭取から言われたとおりの二つに分けてある。
分けるのは、判断ではない。契約書を読んで、引き出し条件が満たされているかどうかを見るだけである。満たされていれば左。満たされていなければ右。頭はいらない。
三日目になって、彼はそれが嘘であることを知っていた。
条件のうちのいくつかは、判定に事実の確認が要る。確認する先が東京にあるものが、かなりあった。確認できないものを左に置くか右に置くかは、規則ではなく、彼が決めている。
彼は、決めていることを大阪へ上げなかった。上げれば、副頭取は一件ずつ見ることになる。一件ずつ見るな、と言ったのは副頭取である。
かわりに彼は、三枚目の紙を用意した。真ん中の紙である。確認できないもの、と表紙に書いた。左でも右でもないものを、そこへ積んでいく。
月曜の朝で、真ん中は十一件になっていた。
九時十五分、電話が鳴った。欧州の銀行の資金デスクだった。平時なら週に何度も声を聞く相手である。
用件は、来週の資金取引の枠の確認だった。相手は丁寧だった。丁寧に、住和の名前で組めるドルの期間が、いま何日までかを聞いてきた。
「一週間まででしたら」と湊は言った。
「一週間」と相手は繰り返した。「先週の月曜は、三か月でしたね」
「そうです」
「わかりました」と相手は言った。「悪く思わないでください。私の判断ではありません」
湊は礼を言って電話を切った。切ってから、自分がいま礼を言ったことに気づいた。
彼は三枚目の紙の余白に、その会話の時刻を書いた。書く欄はなかったので、余白に書いた。
十時、大阪から河野の電話が入った。
「湊くん。真ん中は」
湊は、息が止まりそうになった。
「十一件です」
「読んだ。副頭取にも見せてる」と河野は言った。「真ん中は、上げてこんでええ。お前が右へ倒せ」
「私が、ですか」
「お前が倒したら、それは判断やない。仕分けや」河野は言った。「判断は、倒したもんを大阪が引き受ける、いうところにある。そっちは俺らがやる」
「もし、私が間違って倒したら」
「間違うたら、うちが払う」と河野は言った。「払える範囲でしか、うちはお前に倒させてへん。範囲を決めたんは、こっちや」
湊は受話器を持ったまま、しばらく黙っていた。
「湊くん」
「はい」
「昼、なんか食え」
電話が切れた。
彼は真ん中の紙を取って、十一件を右へ倒した。倒すのに、四分かかった。
倒し終えて、彼は机の下の紙袋を、足でもう少し奥へ押し込んだ。
◇
十七時、伊丹空港に陸上自衛隊のヘリが一機降りた。
東京から運び出された役員の最初の一人、楠木憲一理事。金融政策管掌。金融政策と市場操作の、生き字引のような男である。
本店で「規程の楠木」と呼ばれた。規程にうるさいからではない。いま日本銀行が執行の現場で使っている規程の、少なくない部分を、若いころに自分の手で起案したからだった。オペの基本要領、担保の取扱い、非常時の代決の順序。書いた本人が、書いた文言のどこが薄いかをいちばんよく知っている。
武田とは同期だった。
彼は金曜の朝に着た背広のままだった。膝から下が白く、靴は片方だけ紐が違っていた。誰も、そのことに触れなかった。
三階の対策本部に入った楠木は、挨拶もそこそこに、戸田が金曜から出し続けてきた通知の束を一枚ずつめくった。長い時間をかけて。それから静かに言った。
「よくやっている。ここまでは執行の範囲だ。だが武田、ここから先は違う。担保の拡大も、買入れの枠も、政策委員会の専管に踏み込む。委員会なき決定は日銀法に反し得る。一度、止まれ」
「止まったら、火曜の朝に市場が死ぬで」
「法を踏み外した中央銀行は、市場より先に死ぬ」
二人の理事がホワイトボードを挟んで動かなくなった。武田の言う市場と、楠木の言う法は、どちらも正しかった。どちらも正しいまま両立しない夜が来ようとしていた。
楠木の視線が、ホワイトボードの隅の走り書きで止まった。
ドル。沖。ワシントン。
「これは何だ」
「もうすぐ川向こうから客が来る。住和の沖副頭取や」武田は言った。「円の担保の話が規程の壁やとしたらな、楠木。ドルの話は主権の壁や。日銀が刷れんものをよこせ、いう話や」
戸田は部屋の隅でモニターを見ていた。カウンターは二十万件を超えていた。まだ増えていた。
◇
十八時。二本の電話が、ほとんど同時に鳴った。
一本は五階の戸田の直通。河野からだった。
「日銀さん。明日の朝十時、変動証拠金、数千億が積めません。国債が下がって、担保の値打ちが目の前で溶けてる。うちが飛べば、うちだけでは済まへん」
もう一本は三階の武田の卓上。川向こうの沖から。
「武田さん。これからそちらへ渡る。期限が二つある。火曜の朝七時に、うちが自分で発行したドルのCDが落ちる。ニューヨークの月曜の締めだ。その半日あとに、日本のブルーチップのCPが来る。前のほうで倒れれば、後ろは自動的に倒れる。数十年ぶりの対外デフォルトだ。円の担保もドルの主権も、同じ夜に、あんたの机の上で決まる」
同じ一つの銀行の、円と、ドル。二つの期限が二正面から同じ火曜の朝を指していた。
月曜 二十二時
楠木は、まず規程の人として、規程の道を全部試した。
対策本部の衛星電話の前に椅子を据えた。政策委員会は九人。会議を開き、議決をするには、議長が出席し、かつ現に在任する委員の三分の二以上が出席していなければならない。六人である。
議長は総裁で、その総裁が東京で安否不明だった。だが、そこは詰まらない。議長に事故があるときは、あらかじめ定められた委員が職務を代理する。止まるのは議長ではない。頭数のほうである。
総裁と審議委員三人は東京で安否不明。一人は地震の前から入院中。動けるのは四人。四人が全員そろっても、定足数に二人足りない。
正確には、四人のうちの一人は綿谷副総裁である。東京で被災し、辛うじて連絡のつく場所にいるという。頭数には入る。だが、あの回線で議事が成り立つのかどうかは、別の話だった。六人を揃えたところで、揃ったことになるかどうかを、楠木が自分で決めなければならなくなる。
そこまで数えて、彼は数えるのをやめなかった。
足りない二人は、安否の分からない四人の中から出すよりほかなかった。ファクスと衛星電話で、一人ずつ当たっていく。総裁は、どの回線にも出なかった。審議委員も二人、応答がなかった。一人だけ繋がった審議委員は、誠実な人だった。誠実であるがゆえに、状況の把握に半日ほしいと言った。
半日はなかった。
二十二時、楠木は受話器を置き、対策本部の白い天井を長いあいだ見上げた。
定足数は満たせない。委員会は開けない。規程の道はすべて潰れた。それを、規程の人自身が一本ずつ確認した。
◇
同じ二十二時、新館の通用口で、傘の雫を落としながら記名をする男があった。
沖誠一郎だった。淀屋橋を歩いて渡ってきたのだった。
出迎えたのは総務課の当直の若い職員である。来客名簿の様式は平時のままで、来訪目的の欄があった。職員は、そこに何と書けばいいのか分からなかった。沖が、支店長にお約束をいただいております、と言った。職員はそのまま書いた。
通されたのは、三階の応接室だった。対策本部の大会議室から、廊下を一つ隔てた部屋である。壁に何代か前の支店長のころの記念写真が掛かっていて、卓の上には何も出ていなかった。職員は上着を預かろうとして、濡れているのに気づき、椅子の背に掛けた。
武田が入ってきたのは、二分あとだった。
武田と沖が、卓の両側に座った。
十五回目である。
四月と十月に、七年で十四回。十五回目が、六月の、雨の、真夜中になった。
湯呑みは出なかった。秘書室には鍵がかかっていた。当直の職員がお茶をお持ちしますと言ったが、武田が自分で給湯室へ行って、紙コップに水を汲んできた。一つを沖の前に置いた。
「悪いな。秘書は金曜の夜に帰らせた。ここに置いといても、させる仕事が一つもないんや。茶っ葉の在処、わし知らんのやわ」
「けっこうです」
職員は扉を閉めて、廊下に出た。閉める前に、卓の上の紙コップを二秒ほど見た。あとで総務課の日誌に、来客一名、と書いた。時刻は書いた。用件の欄は空けた。
十四回のあいだ、二人は関西の景気の話をしてきた。設備投資の出足。中小企業の資金需要。人手不足。そして最後に必ず、備えは大事ですな、と言い合ってきた。
そのうちの一回で、武田が言ったことを、沖はなぜか覚えていた。三年前の十月である。首都直下の話になって、武田が湯呑みを置いて、こう言った。
──あれが来たらな、沖さん。わしとあんたが、この街でいちばん忙しい人間になるで。
沖は、そのとき、笑って受け流した。社交の一言だと思ったからだ。
いま、それを思い出して、彼は武田の顔を見た。武田も、たぶん同じことを思い出していた。どちらも、口には出さなかった。
沖は前置きをしなかった。
「日銀のドルオペを開けてほしい。定例のままでは届かない。週に一度の入札を、日ごとに。按分をやめて全額供給に。期間は、翌日物や一週間物ではなく、八十四日物まで」
彼はそこで一度切った。
「それから、渡しの日だ。定例のドルオペは、落札から二営業日先の渡しになっている。火曜の朝に落札して、木曜に着金では、うちはもう死んでいる。当日渡しにしてほしい」
「当日」
「当日だ。そこがいちばん難しいことも知っている」
彼は数字の綴りを卓に置いた。
「住和が明朝までに足りない額だ。うちの分だけを書いてある。ほかの行の分は、俺には分からない。分からないものは書かなかった」
「住和のためか」
「住和のためじゃない。住和が企業のドル決済を落とさないためだ。一社の邦ブルーチップが対外債務を払えなくなった瞬間に、市場が学習する。日本はドルが払えない、と。そこから先は三十年前の桁違いの再来だ」
武田は、しばらく沖の顔を見ていた。それから卓の上で指を組んだ。
「沖さん。あんたの言うことは筋が通っとる。せやけど三つ、問題がある。一つ。日銀のドルオペも、相手は当座預金先の銀行だけや。住和には出せる。あんたが約束を張ってる会社には、直接は一円も出せん。あんたがそれを企業まで流さなあかん」
沖は頷いた。承知の上だった。
「二つ。あんた、賢いから言わへんかったな。原資の話や」
沖は答えなかった。
「オペの原資のドルは日銀が刷った金やない。FRBから借りてくる金や。いまの枠のままでは、条件をなんぼ組み替えても、この数字は出ん」武田は綴りを指で叩いた。「その枠を広げるいうのは、日銀が独りで決められることやない。あんたが言わへんかったのは正しい。言うてもろてたら、わしはあんたの銀行の使いになってしもてた」
「そういうつもりで黙ったんじゃない」
「そういうつもりでなくても、そうなるんや」武田は言った。「三つ。そもそもこれは政策委員会マターや。そして委員会は今夜、開けん。さっき楠木が確かめた」
沈黙が落ちた。窓の外で雨が土佐堀川を打っていた。
武田は立ち上がり、窓辺へ歩いた。川向こうの住和のビルの灯りが、雨の中に滲んでいた。
「なあ、沖さん。わしはな、円やったらなんぼでも刷らせる。けさも指値を撃った。無制限の買いの壁を国債に置いた。七十億しか買えんかったがな。それでも夜明けにもういっぺん撃つ。撃ち方を変えて。国の値段そのものを、中央銀行が底で支える。円の世界では、わしは最後の貸し手や。その上には誰もおらん」
彼は振り返った。その顔に、初めて疲労がはっきりと出ていた。
「せやけど、ドルだけは、わしにも刷れん。日銀の刷れる金は円までや。ドルはよそ様の通貨や。わしも頭を下げる側に回る」
沖は、持ってきた紙を卓に置いた。一九九八年のディーリング・チケット。
「三十年前、俺はこれをニューヨークで払った。邦銀いうだけで上乗せされた金利だ。あのとき、頭を下げる列に日本の中央銀行はいなかった。銀行がめいめい勝手に払わされた」沖は言った。「今夜は、日本銀行が列の先頭に立ってくれ。あんたが頭を下げれば、その後ろの住和も、そのまた後ろのブルーチップも助かる」
武田は、そのチケットを長いあいだ見ていた。
「あんた、これ、ずっと持っとったんか」
「ずっと持ってた」
「なんで」
沖は、答えなかった。
武田はそれ以上聞かなかった。彼は紙コップの水を一口飲んで、それから沖のほうを見た。
「聞いた。数字は預かる」
「やってもらえるのか」
「やる、とは言わん。今夜わしが言えることは一つだけや。あんたが持ってきた数字は、卓に乗る」武田は言った。「どこの卓に、誰が、どう乗せるかは言わへん。あんたには言わんし、うちの人間にも半分しか言わん」
「訊いていない」
「訊いてへんな。賢いお人や」武田は言った。「せやけど念のために言うとくわ。今夜わしが誰に何を頼んだかを、あんたが知って持って帰ったら、あんたの行内の誰かが誰かに喋る。喋られた頼みごとは、値段が上がるんや。四十年、それだけは動かん」
沖は答えなかった。答える必要のあることを言われていなかった。
十四回、この男は沖に本当のことを何も言わなかった。沖も言わなかった。そういうものだと思っていた。十五回目に、この男が何を隠しているのかを、沖は初めて見た。隠しているものの中身ではない。隠し方の手つきである。
「帰り」と武田は言った。「あんたは、あんたの銀行に帰って、あんたの判を押せ。ドルが来ると分かってから押すんやったら、それは判やない。ただの確認や」
沖は立ち上がった。チケットを取って、内ポケットに戻した。見せるために持ってきたのであって、渡すために持ってきたのではなかった。
武田は、返せとも、置いていけとも言わなかった。
傘を取り、扉を押した。
廊下で、一人の女とすれ違った。同じ廊下の先の、小さな会議室へ入っていくところだった。手に、角の潰れた黒い手帳を持っていた。
女は沖を見た。傘の雫を落とした、住和の客。それだけだった。沖も女を見た。日銀の夜番の職員。それだけだった。二人は会釈ほどの間も置かずにすれ違った。
通用口までは、さきの若い職員が送りに出てきた。傘をお持ちしますと言われて、沖は、けっこうです、と二度目に言った。
沖は、また雨の橋を渡って帰った。
まだ一枚のドルも来ると決まっていない、自分の銀行へ。
◇
小さな会議室で、長机の上に日銀法の条文の綴りが開かれていた。楠木、武田、そして戸田。
「三十八条の特融なら筋は通る」と楠木は言った。「だが内閣総理大臣と財務大臣の要請が要る。官邸も本省も、いまこの瞬間に文書を出せる状態にない。今夜には間に合わない」
「なら、担保の拡大です」と戸田が言った。「社債も、地方債も、貸出債権も適格担保に読み替える。担保の基準は、委員会が基本を定め、細目は執行に委ねられています」
「二つ問題がある。一つ、適格担保の範囲は、委員会が基本を定める事項に際どく触れる。二つ、こちらのほうが悪い」楠木は言った。「国債が溶けている。適格担保をいくら広げても、住和が積める担保の値打ちが今夜も明日も目減りしていく。器を大きくしても、注ぐ水が蒸発している」
戸田は言葉に詰まった。それは彼女が現場の勘で分かっていて、しかし口にしたくなかった、いちばん硬い事実だった。
楠木は日銀法の綴りをゆっくりとめくり始めた。四十年近く、この条文集を守るためだけに生きてきた男だった。
その指が、あるページで止まった。長いあいだ、そこを見ていた。
「三十七条」
「三十七条か」
「金融機関等において、電子情報処理組織の故障その他の偶発的な事由により、予見し難い支払資金の一時的な不足が生じた場合であって、その不足する支払資金が直ちに確保されなければ当該金融機関等の業務の遂行に著しい支障が生じるおそれがある場合において」楠木は読んだ。「金融機関の間における資金決済の円滑の確保を図るために必要があると認めるときは、第三十三条第一項の規定にかかわらず、当該金融機関等に対し、政令で定める期間を限度として、担保を徴求することなくその不足する支払資金に相当する金額の資金の貸付けを行うことができる」
会議室が静まった。
「この条文はな、武田。もともとはコンピュータが落ちたときのためのものだ。システム障害で一時的に決済の玉が足りなくなった銀行に、日銀が無担保でその日を繋ぐ。それだけの、地味な、めったに抜かない抜き身だ」
「この地震は」と戸田が言った。
「そうだ。電子情報処理組織の故障その他の偶発的な事由。首都直下で、東京の決済機能が物理的に飛んだ。これ以上の偶発的な事由がどこにある」楠木は言った。「そのうえ、目的の要件は、金融機関の間における資金決済の円滑の確保、と書いてある。四日間、この建物でやってきたことに、ほかの名前があるか」
戸田は答えなかった。
「文言のほうが、この事態に誂えたように合っている」楠木は言った。「担保が溶けるのなら、最初から担保を取らなければいい。無担保で貸す。三十七条はそれを許している」
武田がゆっくりと身を乗り出した。
「三十七条は、確か、要請やのうて」
「届出だ。総理と財務大臣には、行ってから届け出ればいい。動けない官邸を待たなくていい」
武田が息を吐いた。戸田が、初めて背もたれから背を離した。
楠木は、そこで綴りを前へ戻した。
戻す必要のない手つきだった。答えの分かっている場所を、確かめに行く手つきだった。
「十五条」
彼はそのページを、二人のほうへ向けて置いた。
「第二項第一号。次に掲げる事項は、委員会の議決を経なければならない。一、第三十七条第一項の規定による貸付けの実施、及び第三十八条第二項の規定による業務の実施」
誰も何も言わなかった。
「開けん委員会の議決が要る、いうことか」と武田が言った。
「そうだ」
「三十八条と、同じ壁の内側やないか」
「同じ壁の内側だ」楠木は言った。「私は抜け道を見つけたのではない。同じ壁の、いちばん薄いところを見つけただけだ」
彼は、二つの条文を並べて置いた。
「三十八条は、内閣が動かなければ開かない。三十七条は、委員会が開かなければ開かない。今夜はどちらも動かない。違いは一つだ」楠木は言った。「三十八条を撃てば、私が越える壁は日本銀行の外にある。三十七条を撃てば、越えるのは中の壁だ。私が、私の家の中で、私の規程を破る」
「どっちが軽い」
「軽くはない。近いだけだ」
楠木の顔は晴れなかった。むしろいっそう苦しげだった。彼はもう一度、三十七条のページへ指を戻した。
「それに、文言のほうも、まっすぐには通らない。政令の期限は一月だ。日数のほうは、法が呑んでいる。呑んでいないのは『一時的』の中身だ。この条文が想定しているのは、半日、一日の決済の詰まりだ。それを、この規模、この期間、システム全体の危機に当てはめる」彼は言った。「四十年、私が一度もしてこなかった読み方だ。文言は合っている。だが精神を、私はいま引き伸ばそうとしている。そして、引き伸ばした先で、経るべき議決を経ずに実行する」
長い沈黙があった。
破ったのは武田だった。
「楠木。議決のないまま、撃つで」
「執行部だけで撃つということだ」
「そうや」
楠木は答えなかった。目を条文に落としたまま、動かなかった。
そのとき、戸田の口から声が出た。
「……あとで、書けます」
二人が彼女を見た。
彼女は、自分が声を出したことに自分で驚いていた。驚いたまま、続きが出た。
「間違っていたなら、あとで、間違っていたと書けます。撃たなければ、そのあとでが来ません。書くための市場が、明日なくなります」
言い終えて、部屋が静かになった。
そこで彼女は、自分が何をしたのかを理解した。
課長である。理事が二人いる部屋で、撃つか撃たないかの話に口を挟んだ。この組織で、それは事務方のすることではない。決めるのは理事で、彼女は数字と条文と手順を用意する側である。二十年、その線を一度も踏み越えたことがなかった。踏み越えなかったのは、規律のためというより、越えたことのある人間を何人か見てきたからだった。
「差し出がましいことを申しました」と彼女は言った。
「かまへん」と武田は言った。
楠木は何も言わなかった。ただ、少し目を伏せた。
線を越えたことだけが、彼女の頭にあった。中身のほうの重さに気づいたのは、そのあとだった。
書くことを恐れて五文字を消したのは、四日前の自分である。その自分が、書くことを担保にして、他人に引き金を引かせようとしていた。しかもその他人は、彼女が命令を出せる相手ではなかった。出せないと知っていて、言った。言えば効くと知っていたからだ、と彼女は思った。思ってから、それはいっそう悪いと思った。
「どこまで貸せる」と武田が言った。「無担保で」
「三十三条で、積んだ担保の分を貸す。その上に三割を、三十七条の無担保で載せる。合わせて担保の百三十パーセントまでと、私は引く」楠木は言った。「ただし、明朝十時に足りない額を一円も超えない。三十七条が許すのは、不足する支払資金に相当する金額までだ。それ以上は私の筆では引けない。それ以上引けば、それはもう三十七条ではなく、別のものになる」
「その額は、誰が出す」
「戸田さんの課が出す」と楠木は言った。「そこは事務方の仕事だ。一円まで詰めてもらう」
「詰めます」と戸田は言った。
それが、彼女がその夜、言うべき唯一の言葉だった。
楠木は綴りの後ろの、施行令の頁を開いた。貸せる相手を確かめるためだった。
「金融機関。有価証券関連業を行う金融商品取引業者。証券金融会社。それから、貸金業法施行令第一条の二第三号に掲げる者」
「短資会社です」と戸田が言った。
楠木は頷いて、顔を上げた。
「戸田さん。証券会社が入っている」
戸田は、その一行を見た。
金曜の夜半の声が戻ってきた。うちはもう、と言いかけて途切れた声。お取引のある銀行から、コールでお取りください、と自分が言った。その銀行が、出してくれへんのです、と相手が言った。
「その先には」と彼女は言った。「口がありません」
「口」
「日銀に当座預金の口座がありません。貸すと決めても、出す道具がないんです。日銀の貸付けは、当座預金への入金でしか出せません。口のない先へ渡す仕組みが、うちにはありません」
楠木は動かなかった。
「平時なら、道はあります」と戸田は続けた。「取引銀行の当預口を経由して、全銀で落とす。誰の口を通すかを決めて、通す銀行に承諾を取って、担保の代わりに何を押さえるかを決めて、法務に見せて、弁済の順位を書いて、事務の手順を起こして、双方の端末を合わせる」彼女は言った。「一件で、平時なら二週間です。今夜、この人数では、一件も組めません」
「二週間」
「東京がいれば、もっと短い。東京がいません」
楠木は、施行令の頁をしばらく見ていた。
「制度は、口のない者にも貸せると書いてある」
「書いてあります」
「書いてあるだけだ」
彼は指を、頁のいちばん下の一行へ戻した。
「短資は、口を持っている」
「持っています。金曜の夕方のオペに、自分の名前で札を入れました。取った金は、そのまま自己勘定でコールへ出しています」
「いくら」
「二百億と聞いています」
「なぜそこで止まる」
「自己資本と、与信枠です」と戸田は言った。「日銀がいくら貸しても、あそこの腹は大きくなりません」
彼は頁を閉じた。閉じるとき、指がわずかに止まった。
戸田は、その手を見ていた。三十七条は、住和を救う。同じ三十七条が、金曜の夜半の声を対象に含んでいる。含んだまま、届かない。届かない理由は法ではなく、口と、人数と、時間だった。高麗橋には届く。届いた先が、二百億のままだった。
彼女は、そのことを手帳に書かなかった。手帳には時刻しか書かない。二十年、一度も破ったことのない決まりだった。
楠木は条文から目を上げ、ガラス越しにフロアを見た。壁沿いの簡易ベッド。空のうどんの器。マニュアルを指でなぞりながら端末を叩く若い職員。
彼はもう一度、衛星電話を取った。東京で被災し、辛うじて連絡のつく場所にいるという綿谷副総裁に。
九人のうちの一人である。一人に聞いたところで議決にはならない。それは楠木がいちばんよく知っていた。知っていて、かけた。
回線はひどかった。ノイズの向こうから切れ切れの声だけが届いた。
……法の枠内……判断……大阪に──
そこで回線が落ちた。
枠内であると判断する、なのか。枠内かどうかの判断を大阪に委ねる、なのか。
楠木はかけ直した。繋がらなかった。彼は受話器を持ったまま、長いあいだ動かなかった。彼が四十年守ってきた規程は、破片を根拠にすることを許さない。
彼は受話器を置いた。そして机の上の稟議書を自分の前に引き寄せた。三十七条に基づく、無担保の一時貸付けの実行稟議。起案者の欄に、もう戸田の判が押してある。
「聞こえたことにして押すのではない」と楠木は言った。「聞こえなかったと知った上で、押す」
審査の欄に、楠木の判。乾いた音がひとつ。
彼は稟議書を武田の前に滑らせた。決裁の欄が空いていた。武田はそれを見下ろし、それから同期の顔を見た。
「規程のお前が押した判や。重いで」
「執行のお前が押す判のほうが重い」楠木は言った。「三つの判で通す。間違うときは、三人で間違える」
「九人で決めることを、三人でやるんやな」
「三人で決めるのではない」と楠木は言った。「三人で引き受けるだけだ。決めた者は、今夜、どこにもいない」
決裁の欄に、武田の判。乾いた音がもうひとつ。
武田は稟議書を裏返して、その裏に指を置いた。
「あと四つある。共通担保、ドル、指値、補完供給。夜明けに全部撃つ。そっちはどうなんや」
「そっちは撃てる」と楠木は言った。「共通担保も、補完供給も、ドルオペも、基本要領は委員会がとうに定めてある。額と期間と水準は、要領の枠の中の執行だ。指値も、いまの調節方針の中で引ける」
「ドルの枠は」
「スワップの取極を結ぶことは議決事項だ。だが今夜動くのは、既にある取極からいくら引くかの上限だ。結び直すのでなければ、執行で引ける」楠木は言った。「私はそう読む。四十年、同じように読んできた読み方だ」
「渡しの日は」
「そこは法の話ではない。事務の話だ」楠木は言った。「オペの渡しを当日にするなら、その原資を引くスワップの実行も当日でなければならない。ドローイングを当日渡しで受けられるかどうかは、向こうの事務が決める。頼め」
「頼む」
「それと、当日渡しにすると、応札から着金までが二時間を切る。落札の通知、コルレスの指定、送金の実行を、その中でやる」楠木は戸田のほうを見た。「訓練でやったことは」
「ありません」
「では、今夜のうちに一度、紙の上で通してくれ」
「一本だけか。越えるのは」
「一本だけだ」
武田が立ち上がった。
「一本でええ。一本あったら足りる」
「足りない」と楠木は言った。「一本でも、越えたことは越えたことだ」
彼は稟議書を脇へ寄せて、代わりに白い紙を一枚、机の中央に置いた。
「越える話は済んだ。次は、撃ち方だ」
武田が座り直した。
「戸田さん。けさの指値は、なぜ札が入らなかった」
「売る玉が、なかったからです」と戸田は言った。「壁は置きました。売りに来る側に、日銀へ渡す現物がありませんでした。三晩、担保に取られた国債が戻ってきていません」
「在庫の所在は」
「業者の側も掴めていません。残高を管理しているのが東京です」
楠木は頷いた。それから、紙に四角を四つ書いた。
「順番を変える。補完供給を先に撃つ。指値の前にだ」
「玉を配ってから、壁を置く、いうことか」と武田が言った。
「配った玉を売らせるのではない」と楠木は言った。「補完供給は買戻条件付だ。翌日、日銀へ返してもらう。返す約束の玉を日銀に売られては困る」
「ほな、何のために配るんや」
「詰まりをほどくためだ」
彼は紙の上に、短い線を何本か縦に並べた。
「フェイルが三日ぶん積んでいる。先頭の一本に渡す銘柄がない。だから落ちない。落ちないから、その受渡を当てにしていた次が動けない。次が動けないから、その次も動けない。列の先頭に一本挿せば、後ろが順に落ちる」
「落ちたら、どうなる」
「列のどこかで、自分の玉を握らされていた者の手が空く。日銀に売れるのは、その空いた手が持っている玉だ」楠木は言った。「補完供給は弾ではない。弾を持っている者の手を空ける道具だ」
戸田は、その説明を聞きながら、自分が朝それを思いつかなかった理由を考えていた。
思いつかなかったのではない。玉が出てこないことは分かっていた。分かったうえで、玉を出す手立てを打つ前に、壁のほうを先に撃った。撃たずに一日置く選択肢が、彼女の中になかったからである。
「売れる者を先に作る。売れない相手に無制限に買うと言っても、それは無制限ではない。ただの空砲だ」楠木は言った。「けさの七十億は、こちらの弾数を市場に教えただけだった。同じ撃ち方を二度してはいけない」
彼は四角の一つ目に「補完供給」、二つ目に「指値」と書いた。
「それから、水準の引き方も変える。先物の三つの安値の真ん中では、根拠が説明できない。引け値から引く。明示的に、何ベーシス下、と決めて、あとから誰でも同じ数字が出せる形にしておく」
戸田は、その言い方に顔を上げた。あとから同じ数字が出せる、という条件は、市場のためのものではない。検証のためのものだった。
「それと、時刻だ」と楠木は言った。「けさは十時五分に撃った。板がいちばん厚い時間だ」
「厚いほうがええんとちゃうんか」武田が言った。「買い手がおるほうが」
「逆だ。厚い板を動かすには弾が要る。三割の人数で、いちばん弾が要る時間に撃った。それでけさは負けた」楠木は言った。「六時にしろ」
「六時」
「五時にニューヨークが閉じる。ロンドンはまだ寝ている。世界の流動性が一日でいちばん薄くなる谷だ。薄い板は、少ない弾で動く。三割の人数には、三割の撃ち方がある」
彼は紙の余白に、六時、と書いた。
「そして、証拠金の払込は十時だ。六時に撃てば、四時間残る。四時間は、事務の側が間に合う最小の幅だ。戸田さん、それで足りるか」
戸田は三秒ほど考えた。
「足ります。ぎりぎりです」
「ぎりぎりでいい」と楠木は言った。「余裕を取ると、時刻が後ろへずれる。ずれたら板が厚くなる」
◇
二十三時四十分。武田は小さな会議室を出て、対策本部へ戻った。戸田を呼んだ。
「ドルの所要、いまの数字を持ってきてくれ。住和の分と、それ以外で読めてる分と、分けて」
「読めていない分は」
「読めてへんと書いといて。書いてなかったら、わしが勘で喋ることになる」
戸田が五階から綴りを提げて降りてくると、武田は部屋にいた要員を廊下へ出していた。
理由は言わなかった。十分ほどで戻れるやろ、とだけ言った。夜勤の八人が、紙コップと端末を置いたまま出ていった。誰も不審な顔をしなかった。四日目である。理事が人を出すのは、聞かせられない電話をかけるときだと、全員が知っていた。
残ったのは、二人だった。
武田は綴りを受け取って、長机の隅に置いた。開かなかった。それから、彼女に椅子を指した。
「そこにおって。数字を訊かれても、あんたが答えるんやない。わしに渡すだけや」
彼は窓際の衛星電話の受話器を取った。連絡簿は見なかった。手元のメモも見なかった。番号を記憶から直接押した。
回線が繋がったとき、武田の口から出てきた言葉に、戸田は顔を上げた。
関西弁が消えていた。
出てきたのは、訛りのない、正確で、抑制された英語だった。数字と条件と時間軸を無駄なく積み上げていく交渉の英語。彼女が本店の十年で、議事録の中でだけ読んできた種類の英語である。読んで知っているものと、隣で聞くものは、別のものだった。
四日前まで、この人は支店長室から出てきて、来期の配置案を指で叩いていた。フロント、東京の三割。これで、ええんやな。その同じ人間が、ニューヨーク連邦準備銀行の高官と対等に渡り合っていた。
武田は相手をファーストネームで呼んでいた。旧知だった。二〇〇八年の秋、世界中の中央銀行が真夜中の電話会議でドルの供給を協調して開いた、あの数週間。武田は国際局の企画役として、その回線の日本側にいた。以来二十年、バーゼルの塔で、危機のたびの深夜の電話で積み上げてきた人脈である。
その数週間に、もう一つあった。
破綻の連鎖が始まっていたニューヨークで、資本を失いつつある北米の金融機関へ、邦銀の一行が資本を入れるという話が持ち上がった。ジムから電話が来たのは、東京の未明だった。頼む、東京で止めてくれるな、と彼は言った。要請ではなかった。中央銀行が他国の銀行の買収を要請できるはずがない。だから懇願だった。
東京は止めたがっていた。官邸筋も、金融庁も、同じことを言った。火中の栗である。あれを掴めば、向こうの火がこちらへ渡る、と。
武田は説き伏せた。一介の企画役が、である。正確には、説き伏せるための紙を自分で書き、それを持って霞が関と永田町を回る上司の横に、四日間、立ち続けた。渡る火より、渡らなかった場合にこちらが背負う火のほうが大きい。数字はそれしか言っていなかった。四日かかった。資本は入り、その金融機関は残り、火は渡らなかった。
渡らなかったことは、誰の手柄にもならなかった。渡らなかったことは、起きなかったことだからである。
台帳にない貸しが、そこで一つできた。武田は二十年、それを誰にも数えさせなかった。
戸田に聞き取れた断片は、こうだった。スワップライン。ドローイングの拡大。実質、無制限まで。八十四日物。フルアロットメント。日本のブルーチップが火曜の朝にドルで飛ぶ。それを止めるための、時間との勝負。
一度だけ、武田が受話器を口から離して、彼女のほうへ手を出した。戸田は綴りを渡した。彼は頁をめくらず、彼女が付箋を貼った一枚だけを見て、数字を英語で読み上げた。読み上げてから、綴りを閉じて返した。
武田は脅さなかった。売り込みもしなかった。頼んでいた。
二〇〇八年の話は、一言も出さなかった。出せば、それは取り立てになる。取り立てたものは、返ってきても貸しの精算であって、判断ではない。彼が今夜ほしいのは、向こうの卓が自分の判断でうなずくことだった。
最後に、彼は英語で短く言った。
「Jim. In yen, I am the lender of last resort. In dollars, I have no one behind me.」
頼みの言葉ではなかった。事実を一つ、卓の上に置いただけである。置かれた事実は、頼みよりも断りにくい。
回線の向こうで、相手が何かを答えた。
その声は、受話器を耳に当てた武田にしか届かなかった。戸田は、武田の横顔だけを見ていた。
武田は受話器を置いた。関西弁が戻ってきた。
「財務省には週末のうちに通してある」と彼は、誰にでもない調子で言った。「せやけど、スワップラインは政府の外貨準備やない。中央銀行が中央銀行から借りる金や。これは政治やのうて、中央銀行家の仕事や。わしの電話や」
「はい」
「取れる保証はない。ワシントンがうんと言うかどうかは、夜明けまで分からん。五時に発表があるか、ないかや」武田は言った。「六時の五発は、あるものとして仕込め」
「仕込みます」
彼女は綴りを取って、立ち上がった。
「戸田さん」
「はい」
武田は衛星電話の受話器に手を置いたまま、彼女のほうを見なかった。
「先週の訓練の報告書な。概ね所期の水準を達成した、と書いてあったやろ」
「書きました」
「あれ、書き直したな」
戸田は、綴りを持つ手に力を入れた。
「なんで分かるんですか」
「行が、詰まっとった」と武田は言った。「前の行の終いと、次の行の頭が近い。消して打ち直した行は、そうなるんや。四十年、決裁の紙ばっかり見てきた人間の、そこだけの特技や」
彼女は答えなかった。
「もとは、なんて書いてあったんや」
部屋には二人しかいなかった。夜勤の八人は廊下にいる。この会話に立ち会う人間は、誰もいない。彼女は、そのことを一度だけ考えた。
「想定が甘い、と書いていました」
武田は、そこで初めて彼女のほうを見た。
「五文字か」
「五文字です」
「なんで消した」
「三度目だからです」と彼女は言った。「五年前に一度、一昨年に一度、同じことを書きました。二度とも受理されて、二度とも今後の課題に転記されました。三度書けば、内容ではなく回数として読まれます。あの人はいつもそう書く、という形で受け取られたものは、その瞬間に情報ではなくなります」
「せやから、事実のほうを書いたんか」
「概ね所期の水準を達成した、というのも事実です」
「両方とも事実やな」
「両方とも事実です」
武田は、しばらく黙っていた。それから、受話器の上の手をどけた。
「戸田さん。わし、あんたが五文字を消したことを責めてへん」と彼は言った。「わしは、四月にあんたが判を押した配置案を、受け取った側や。フロント、東京の三割。これでええんやなと聞いて、あんたは判を押した。あんたが五文字を消したんとちょうど同じ理由で、わしはあの表を通した。通したら通るからや」
「支店長」
「今夜、その三割で五発撃つ。撃てたら、報告書には、三割で足りたと書かれる」武田は言った。「あんたの五文字は、そのときにもういっぺん要る。今度は、消すな」
「消したら、どうなりますか」
「四回目が来る」
彼女は答えなかった。
「返事はいらん」と武田は言った。「仕込み」
彼女は廊下に出た。夜勤の八人が壁際に立って待っていて、入れ替わりに部屋へ入っていった。誰も何も訊かなかった。
廊下の照明は半分落ちていた。三階から五階まで、階段を上がった。
上がりながら、彼女は自分がいま何を聞いたのかを考えた。
どの記録にも残らないことだった。稟議にも、報告書にも、時系列の一覧にも残らない。理事が誰にどんな声で頼んだかを書く欄は、日本銀行の様式のどこにもなかった。
踊り場で、彼女は上着の内から黒い手帳を出した。
出して、開かずに戻した。
時刻を書けば、その時刻から先が説明を要求する。二十年、時刻だけを書いてきたのは、時刻には説明が要らないからだった。この電話の時刻には、要る。
◇
五階に戻って、戸田は三人を呼んだ。ドルオペの事務を知っている人間が、大阪には三人しかいなかった。
机の上に、当日渡しを一本、紙で通す。落札から着金まで二時間。楠木に言われた作業である。
一本目で止まった。
落札通知の様式に、受渡日を書く欄がない。欄がないのではなく、欄はあるが、そこは入札日から二営業日を機械が数えて入れる。二営業日を数えない指示は、この様式にはなかった。十四年、数えなかったことが一度もないからである。
「手で入れられますか」
「入れられません」と一人が言った。「日付を人が触ると、通知そのものが出ません」
「出ないと、どうなりますか」
「落札先が、自分がいくら取れたかを知りません」
戸田は、それを紙の端に書いた。それから、次を聞いた。
「知らせる道は、通知のほかにありますか」
「電話です」
「何本ですか」
三人が顔を見合わせた。数えた。二十四本だった。取引先の資金担当へ、落札額と受渡と着金の口座を、二時間のうちに、一本ずつ読み上げて復唱させる。
「そのあとがあります」ともう一人が言った。「コルレス先の指定です。平時は応札票に書いて出してもらいます。その票の様式も、二営業日先の前提で組まれています」
「事前に取れませんか」
「取れます。いまから聞いて回れば」
「何時までに」
「四時です。それを過ぎると、先方の当直が交代します」
戸田は時計を見た。二十三時五十分だった。
「聞いて回ってください」と彼女は言った。「取れた先から、この紙に書いてください。取れなかった先も、取れなかったと書いてください。書いてなかったら、朝に勘で喋ることになります」
紙は一枚だった。二十四行の表を、定規なしで引いた。一行が細くなり、最後の三行は余白に追い出した。
三人が電話を掛け始めた。戸田はその横で、二時間の内側をもう一度、頭から通した。六時に入札。六時二十分に締め。二十四本の電話。日銀の側から送金の指図。着金。証拠金の払込が十時。
どこにも余裕はなかった。余裕がないことは、この作業をやる前から分かっていた。やって分かったのは、余裕がない場所がどこかということのほうだった。電話の二十四本である。一本が長引けば、そのぶん後ろが全部ずれる。
彼女は自分の黒い手帳を出した。
今度は開いた。時刻を書いた。〇時〇四分、紙上一本、通過。それから、その下にもう一行、書いた。
二十四本。一本三分。
これは時刻ではない。説明が要る種類の数字である。説明が要るものを手帳に書いたのは、二十年で初めてだった。
朝になれば、この紙は捨てられる。当日渡しのドルオペが一本通ったことは記録に残り、通すために誰が真夜中に二十四本の電話を掛けたかは、どこにも残らない。様式に欄がないからである。
◇
同じ夜。土佐堀川の対岸。
沖は二十六階に帰り着いていた。濡れた上着のまま机に向かった。目の前に一枚の稟議書があった。企業のコミットメントラインをフルに開ける。磯貝の会社の、総合電機の、アパレルの、そのすべての引き出しに、住和のドルで応じるという決裁。
その稟議書の決裁欄は、一つしかなかった。
平時なら、この額は沖ひとりでは決まらない。ALM委員会にかけ、リスク統括の査定を待ち、頭取の決裁を仰ぐ。数十億ドルの与信は、そうやって幾重もの手を通っていくものだった。その手が、いま一つ残らず東京の下にある。
金曜から、誰にも読まれないまま効き続けている、あの代替司令の規程。副頭取・大阪駐在に緊急時の全権を委ねる、一度も発動されたことのない一条。規程は、この夜のために、権限をたった一人の判へと畳んでおいたのだ。
そして、その判を押すいま、ドルはまだ一枚も来ると決まっていない。
中之島が今夜どこへ何を頼むのかを、沖は聞かされなかった。訊きもしなかった。数字は預かる、と言われただけである。その先の卓がうんと言うかどうかは、夜明けまで誰にも分からない。もし枠が拡大されなければ、日銀のドルオペはこの津波に届かない。届かなければ、いま開けると決めたドルを、住和は自分では作れない。そのとき飛ぶのは磯貝の会社ではなく、住和そのものだ。
河野が、稟議書の脇に立っていた。
「副頭取。ワシントンが応じる保証は、まだありません。いま押せば、ドルが来なかったとき、飛ぶのはうちです」
「分かってる」
「もう二時間、待てませんか」
「待って何が変わる」
「ワシントンが断ったときに、四つめを開ける時間が残ります」
沖は顔を上げた。四日のあいだ、二人ともその語を避けてきた。
「直物か」
「はい」
「今夜組んで、ドルはいつ渡る」
河野は黙った。
「言うてみろ」
「明後日です」
「火曜は」
「火曜は、届きません」
渡しの日は、買いであっても交換であっても、同じ慣行の上に乗っている。直物は約定の二営業日先に渡る。今夜円を売っても、ドルが手に入るのは水曜だった。水曜のドルは、火曜の朝を越えた銀行にしか要らない。
火曜に届くものを組むには、当日物か翌日物へ降りるしかない。そこは、この四日で邦銀が揃って手を突っ込み、値段が値段でなくなり、そのあと枠のほうが先に落ちた場所である。買いに回ったところで、通る針の穴は同じだった。
「四つめは、蛇口やないんです」と河野は言った。「口が、同じところに繋がってます」
沖は頷いた。
三十年やって覚えたことは、結局それ一つだった。額ではない。値段でもない。渡しの日である。日銀に頼んだ四つの組み替えのうち、三つは大きさの話で、一つだけが日付の話だった。ほかの三つが全部通っても、その一つが通らなければ、ドルは水曜に着く。
水曜に着くドルで返せる約束を、住和は一つも持っていなかった。
「押す」と沖は言った。
河野は答えなかった。
「火曜に届くものは、一つしかない」と沖は言った。「それを頼みに行った人が、いま川の向こうにおる」
沖はペンを取った。手が、少し止まった。
彼は、自分がこの瞬間を三十年待っていたことを知っていた。そして、待っていた人間が押す判は、本当に正しいのかということも、同時に考えていた。
正しいかどうかは、朝になれば分かる。朝になって分かることは、いま押す理由にはならない。
「ドルが来る保証がないと、知った上で押す」と彼は言った。
決裁の欄に、副頭取の判。乾いた音がひとつ。
彼のカウンターのドル不足額が確定した。住和が朝までにどこかから調達せねば、自らが飛ぶ、その額が。
◇
並行して、もう一つのことが川向こうで続いていた。
住和銀行東大阪支店。閉店後のシャッターの下りたフロアで、吉田香は、谷口製作所の名古屋からの入金を、システムの外で繋ごうとしていた。
やり方は、支店長が教えてくれた。管が使えんのやったら、人が渡す。三十年前に一遍だけやったことがある、と彼は言った。それだけのことや、と。
岡島産業の取引銀行に電話をかけた。四回目で担当者が出た。事情を説明した。相手も同じ状況だった。向こうの中継センターも東京にある。
「岡島産業さんの振込依頼は、いつ出ていますか」
「金曜の午前です」と担当者は言った。「うちはもう落としています。落として、送れていません」
吉田は復唱して書き取った。日付。金額。依頼人。それだけあれば、支店長が判を押せる。当てのない与信ではなくなるからだ。
「いま伺ったことを、一枚いただけませんか。当支店宛てで」
「出します」担当者は少し黙って、それから言った。「そのかわり、というわけでもないんですが」
「はい」
「岡島さん、今朝から、着かないのなら組戻してくれと言ってきていまして。組戻して、現金で持っていくと」
「それをされて、あとで元の指図が通ったら」
「二重になります」
「なりますね」
「そちらが受取人さんの決済を見てくださるのなら、それ、紙でもらえますか。うちの顧客に見せますので」
「出します」と吉田は言った。「当行が受けます。着金は、うちの中継が回復し次第です。それまでのあいだ、谷口製作所さんの当座の決済に支障が出ないよう、当支店で必要な措置を講じます」
ワープロを立ち上げる時間が惜しかったので、彼女は支店の便箋に手で書いた。定型の文例が手元になかったので、頭のなかで組み立てながら書いた。三行目で一度、書き損じて、便箋を替えた。
貴行御中
標記の内国為替による入金につき、当該資金の着金前であっても、谷口製作所様の当座の決済に支障が生じないよう、当支店において必要な措置を講じることを確認いたします。
住和銀行東大阪支店長
五分ほどして、ファクスが鳴った。名古屋からの一枚だった。振込依頼書の写しに、手書きが一行だけ添えてある。当行にて受領済、送信未了。
支店長は、その二枚を並べて見た。それから、彼女の便箋の下に決裁印を押した。乾いた、小さな音がした。
ファクスで送った。送信確認が出るまで、二人ともファクスの前に立っていた。
控えを一枚とって、原本は封筒に入れた。表に、谷口製作所、と書いた。
「これ、法的にはどうなんですか」と吉田は聞いた。
「なんも」と支店長は言った。「うちが払う言うただけや。払わんかったら、その紙が残るだけや」
彼女は、そのことをしばらく考えた。
同じ夜、高麗橋の三階では、早瀬が同じことを四十年前に覚えたやり方でやっていた。金額の桁は、二つ違った。
繋がったのは、入金のほうだけだった。
ドルの支払いは、どうにもならなかった。本部の外国為替の停止通達は、支店の裁量で外せるものではない。吉田は担当者に三度電話をかけ、三度とも同じ答えを聞いた。当行のドルの手当てが立ち次第、順次。
順次、という言葉に順番があることを、彼女はこのとき初めて意識した。順番があるなら、後ろがある。
彼女は二十三時に支店を出た。自転車で帰る道の途中に、谷口製作所の前を通る。シャッターが半分だけ下りていて、中に灯りがついていた。
吉田は、自転車を止めなかった。
◇
その夜、大阪で、三人が眠らずに同じ夜明けを待っていた。中之島で衛星電話を離さない武田。北浜で、来る保証のないドルに一行の命を賭けた沖。そして東大阪で、まだ工場にいた谷口。
三人のうち二人は、自分が何を待っているか知っていた。
火曜 六時
五時。ニューヨークが閉じ、ロンドンはまだ眠っている。世界の流動性が一日でいちばん薄くなる、谷の時間。
楠木が選んだ時刻だった。
五時ちょうど、ワシントン。FRBが、日銀とのスワップライン大幅拡大を公式に発表した。
対策本部でその速報を見た武田は、何も言わなかった。一度だけ深く息を吐いた。
楠木が横から言った。
「借りた弾だぞ」
「知っとる」
武田は、そのあと何も言わなかった。
発表文の末尾に、投票の結果が載っていた。反対、一。反対した委員の名前も、理由の要旨も、そこに書かれていた。一晩で決めるには大きすぎる、と。
武田はその一行を二度読んだ。
反対した人間のほうが、たぶん正しかった。正しいことを言った一人の名前が記録に残り、正しいとは言い切れないことを通した多数が、ドルを出す。
ジムは卓を説得した。説得できる人間が、たまたまあの椅子に座っていた。二〇〇八年の秋に回線の両端にいた二人が、二十年たっても、まだどちらも現役でいた。そのどれ一つも、日本銀行が用意したものではない。
二十年前の貸しが、二十年後に、こういう形で返ってきた。取り立てなかったから返ってきたのだ、と武田は思った。思ってから、そう思うこと自体が少し汚いとも思った。
彼はそれを、この先、誰にも言わないだろうと思った。言えば、一時間後に撃つ部下たちの五系統まで、運の話になる。
川向こうの二十六階でも、沖が同じ速報を見ていた。彼のカウンターは一晩じゅう赤かった。開けると決めたドルを、住和はまだ持っていない。
grantedと、funded。枠が承認されることと、ドルが実際に着金すること。ニューヨークのデスクで彼がいちばん骨身に沁みて知っている、二つの言葉だった。
彼はまだ息を吐かなかった。六時を待った。
◇
五時五十分、中之島。オペルームの全員が持ち場についた。
戸田の手元に、罫の入っていない紙が一枚あった。夜のうちに自分で書いた。五行しかない。
補完供給。共通担保。指値。ドル。三十七条。
書いてあるのはそれだけで、条件も額も入っていない。条件は頭に入っている。二十年、入れてきた。紙は、順番のためにある。撃つ順番を間違えたときに、間違えたことに気づくのが一分遅れる。その一分のために書いた。
一行目の頭に、鉛筆で小さく丸がつけてある。補完供給だけ、十五分早い。
訓練では、一系統ずつしか撃ったことがない。撃って、終わってから、次を撃つ。五本を束ねて同時に撃つ形は、この十四年、一度も紙になっていない。書けば不合格になる報告書に、彼女は三度、そう書こうとして三度消した。
いま、それが目の前の紙に五行で載っている。誰の稟議も、彼女の勘を根拠として認めてはいない。認めたのは、地面のほうだった。
部屋は、四日目の匂いがしていた。人と、紙と、温くなった缶コーヒーの匂い。誰も窓を開けなかった。窓がなかったからである。
いちばん奥の席の職員が、防災服の袖で二度、顔をこすった。隅のカラーコーンは、まだそこにあった。四日間、誰も動かさなかった。動かす理由がなかったし、動かさない理由もなかった。
戸田は自分の席に座り、両手を膝の上で一度、握って開いた。それから、キーボードに置いた。
オペルームの後方に、二人の理事が立った。武田と楠木である。
稟議は夜のうちに通してある。五系統の最後の承認は、この二人が口頭で出す。理事は端末に触らない。触れない。彼らにできるのは、そこに立って、順番を言うことだけだった。
「補完供給、五時四十五分」と楠木が言った。
「出しました」と戸田が答えた。
「取られているか」
「銘柄で十七。金額はまだ小さいです。ただ、フェイルの繰り延べが、朝いちで四本落ちました」
「落ちたか」
「落ちました」
「充分だ」楠木は言った。「指値。指定利回り、前日先物引けの二ベーシス下。据え置き」
「二ベーシス下、据え置き」
「共通担保、ドル、三十七条。六時、一斉」
「一斉」
そのあと、武田が言った。
「頼む」
カウントダウンのようなものは何もなかった。あるのは打鍵音だけだった。
五十九分。中村の指がエンターキーの上で止まった。震えていなかった。
六時、零分、零秒。
◇
三分後、最初の応札。住和銀行。河野だった。続いて二行目。四行目。週末に大阪へ人を出した地銀が七行目。九行目。
金曜と違うのは、額のほうだった。
条件は三日前と同じである。固定金利、全額供給。決めるのは、やはり札を入れてくる側だった。
月曜に人と担保が動き、火曜の朝までにもう一段動いた。移した人間が持ち場に慣れ、追加の担保が受け入れの手続きを終えている。そして、この朝はもう一つあった。日銀が国債に無制限の買いの壁を置くと分かっている朝に、国債を担保に差し出すことをためらう銀行はいない。担保の値が戻る前提で、担保が積まれた。
応札額の合計が、金曜の十七倍になった。
金曜が震災のときの一割で、月曜が四割で、火曜は、あのときを超えた。
危機の朝に銀行が求める円は、その日に要る円より多い。要るから取るのではない。要るかもしれないから取る。全額供給とは、その「かもしれない」に全部応じると宣言することだった。
誰も英雄的なことはしていない。全員が、自分の口座のことだけを考えて札を入れた。その総和が、市場を戻す量になった。
戸田は、その合計額を二度見た。金曜の十七倍という数字は、どこにも人の顔を持っていない。四百いくつの銀行が、それぞれ自分の口座だけを見て入れた札の合計である。彼女はそれを、少しも美しいと思わなかった。ただ、この数字なら止まらない、と思った。思ったとたんに、喉のあたりが乾いているのに気づいた。八十八時間、水をほとんど飲んでいない。
だが、応札してくるのはみな当座預金先の銀行だけだ。壁の内側だけが埋まっていく。生損保も、中小証券も、この画面には現れない。彼らに水が届くかどうかは、この銀行たちが受け取った金を抱え込むか離すかにかかっていた。
日銀の弾はここまでだった。撃った者は、あとは祈るしかなかった。
指値オペの画面に、最初の売りが当たった。
前日は、ここが動かなかった。今朝は動いた。
十五分早く出した補完供給が効いていた。
楠木が配ったのは、壁に撃ち込む弾ではなかった。翌営業日に売り戻す約束で出た玉は、日銀へは売れない。
配ったのは、詰まりを一段ほどく道具だった。
渡すべき銘柄がない、という一本の先頭に玉が入る。受渡が落ちる。落ちれば、その受渡を当てにして動けずにいた次の一本が動く。朝いちで四本落ち、四本の向こうに四十本ほどが繋がっていた。ほどけた先のどこかで、誰かの手が空く。空いた手が、壁へ売りに来る。
戸田は、その最初の一本が落ちるのを画面で見た。見ながら、これは誰の手柄でもない、と思った。玉を挿すと決めたのは楠木で、挿された先で手が空いたのは名前も知らない誰かで、彼女がしたのは、十五分早く出すという丸を紙の頭につけたことだけである。
二十年、彼女が言い続けてきたのは、結局その程度の大きさの話だった。その程度のことが、順番を変える。その程度のことを、三度、誰も受け取らなかった。
売れる者がいて、買う者がいる。値段とは、それ以上のものではない。
線の高さは、前日の先物の引け値から二ベーシス下に引いてある。現物で確かめる手段がなかったから、先物のほうから引くよりなかった。前日と違うのは、引き方を一つに決め、決めたことを動かさなかったことだった。
崩しに来ているのは、その先物のほうだった。北浜も、金曜以降、夜間立会を朝まで延ばしている。日本で値段のつく場所がそこしかない以上、閉める理由がなかった。海外勢が、薄い板を叩いて壁を試しに来たのだ。
だが、現物の側に無制限の買い手がいる。先物を叩けば、先物だけが現物より安くなる。安くなった先物は買われ、その買い手は同じだけの現物を日銀の壁へ売る。叩いた分が、そのまま日銀の口座へ吸い込まれていく。
壁は動かなかった。
無制限という三文字の意味を板が理解するのに、二十分かかった。二十分後、国債先物の売り崩しが止まった。国債の値が戻れば担保価値が戻る。担保価値が戻れば、証拠金の螺旋が逆に回り始める。
◇
六時四十分、高麗橋。
早瀬の机の四台の電話のうち、一台が鳴った。数日ぶりに、出しの声だった。
「五十億、翌日物、出せる」
早瀬は一瞬、受話器を握りしめた。壁の内側で水があふれ始めたのだ。埋めるべき穴が、いったん消えた。抱えているより出したほうが得になった。
二台目が鳴った。三台目が鳴った。ホワイトボードの白かった出しの欄が埋まっていく。
四台目は、レポの気配だった。国債に指値の壁が置かれたので、時価が引ける。時価が引ければ掛け目が引ける。掛け目が引ければ、組める。名前を見ない市場が、担保の値段とともに戻ってきた。
早瀬は取り手の生損保に電話をかけ直した。金曜の夜に、平時なら出し手であるはずのその会社が、取りで電話をかけてきていた。
「取れます。翌日物、繋がりました。現先のほうも、値ぇついてます」
言ってから、彼は少し声が震えたのを自分で聞いた。四十年やって、こんなことは初めてだった。若手の一人が、それに気づかないふりをして、別の電話を取った。
◇
八時、住和の証拠金、履行。
国債という担保が溶けてなお、その上の三割を無担保で日銀が支えた一時貸付けが、六時の実行から二時間で、住和の当座に入っていた。デフォルトウォーターフォールは起動しなかった。
昼、国庫短期証券の入札が予定どおり行われた。
本省なき条件決定を近畿財務局が引き受けた。入札そのものは、同じ朝に五系統を撃った中之島が、国の事務として回した。
発行予定額は動かせない。借換の輪が要求する額である。動かせるものは、入札のあとに来る。集まった札のうち、どこまでを採るか。足切りだった。
十二時三十分、札が出そろった。藤川は端末の前でそれを見た。
薄かった。合計は、予定額をかろうじて超えていた。
安い札まで全部採れば、額は満たせる。満たせるが、そのときの利回りが、今日の日本の借入コストとして板に出る。足切りの価格を上に置いて安い札を切り捨てれば、利回りは守れる。守って額が足りなければ、未達である。
彼女は数字を局長室へ持っていった。
「どこで切る」
「切りません」と藤川は言った。「全部採ります」
「高うつくで」
「高いのは、今日一日です」と彼女は言った。「未達のほうが、あとに残ります」
桑原は、その言い方をどこで覚えたのかを聞かなかった。
彼は判を押した。
全額が落ちた。未達には、ならなかった。そして、その調達した金で、その日満期を迎えた既発国債が、一円の遅れもなく償還された。
日本国は、火曜も金を借りられ、借りた金を期日どおり返せる国だった。
藤川は、償還の完了通知を見たあと、局長室のドアの前でしばらく立っていた。ノックはしなかった。局長は、いま自分の名前が入った紙が市場に効いたかどうかを、たぶん一生正確には知らないだろうと彼女は思った。
◇
同じ六時、二十六階でも、河野がもう一つの応札を入れていた。
日銀がFRBから借りたドルを当座預金先へ流す、その最初の一本に住和が応じた。河野の指が、円の証拠金の応札とドルオペの応札を、二つの端末でほとんど同時に叩いていた。金曜からずっと一人で背負ってきた二つの戦争の、最後の引き金を同じ朝に両手で引いた。
そして、ドルが着金した。
沖のカウンターの赤い数字が、初めて止まった。grantedがfundedになった瞬間だった。
大阪の火曜の朝は、ニューヨークの月曜の夕方である。
そこから先は、寺内の仕事だった。
彼は四日間、ほとんど眠っていない。ニューヨーク支店の資金証券は、金曜の夜から住和のドルの出口をたった一人で押さえてきた。大阪が決め、ロンドンが仕分け、実際に金を出すのはここである。出す弾がないあいだ、彼にできたのは、払う順番を並べ替えることだけだった。何を先に落とし、何を最後まで引っ張るか。引っ張ったものが期限に間に合わなければ、それが対外デフォルトになる。
外せないものが、二つあった。
一つは、住和自身の負債だった。自行が発行したドル建てCDの満期が、現地の月曜に来ている。銀行が自分の債務を期日に返せなければ、企業がどうこうという話の前に、そこで終わる。彼はそれを、四日かけて掻き集めた分と、シンガポールと香港から寄せた分と、コルレス先が渋りながら開けた分とで、月曜の夕方まで引っ張っていた。
もう一つが、磯貝の会社のCPである。
米国のCPは決済機関を通り、発行体の代理人となる米銀が、満期日の現地午後の期限までに払う。期限を過ぎれば、その時点で不履行として処理される。ニューヨークの午後の、動かない壁である。
会社のCPは、月曜満期分と火曜満期分に分かれていた。月曜満期分は額が小さく、会社の手元と、寺内が細く繋いだ分で、現地の月曜の昼までに通っている。
火曜満期分が、数十億ドルだった。
着金の通知が入ったとき、彼は自分の手元の順番表を見た。四日かけて何度も書き換えた紙である。
彼は、まず自行のCDを落とした。
Fedwireの顧客送金の締切は、現地の十八時である。行間の尻決めには、そのあと一時間ある。彼が押さえねばならなかったのは、前のほうだった。
締めの十二分前だった。
寺内はその十二分を、あとで誰にも言わなかった。言えば、綱渡りをした男の話になる。実際には、綱を渡ったのは彼ではない。彼は、綱が架かるまで落ちずにいただけだった。
そのあと彼は、磯貝の会社の火曜満期分を、代理人銀行の口座へ手当てした。ニューヨークの火曜の朝である。期限までに、半日あった。
半日という言葉を、彼はしばらく口の中で転がした。四日間、半日の猶予を一度も持っていない。持ってみると、それは猶予ではなく、ただの時間だった。
数十億ドルがコルレス網を通り、期日どおり決済された。
数十年ぶりの、邦ブルーチップのドル・デフォルトは起きなかった。
市場は、その決済を待たなかった。待つ必要がなかったからである。ワシントンが枠を開け、日銀が当日渡しでドルを出し、邦銀の一行がそれを取った。三つが並べば、火曜の払いが立つことは計算できる。計算できるものを、板は先に織り込む。
日本の最優良企業はドルを払える。そう読み替えられた瞬間、締まりかけていた扉が軋みながら押し戻された。
沖は相場を見なかった。夜通し見続けたベーシスの画面を見た。
一晩じゅう底へ底へと広がり続けていた線が、一目、上へ戻った。次の瞬間、もう一目。ワイド化が止まり、タイトニングが始まった。ドルの出し手が戻ってきたのだ。
時計を八時間戻したところ、ロンドン。湊の机に着金の確認が届いたのは、現地の夜十時だった。
彼は画面をしばらく見て、それから受話器を置いた。置いてから、自分がずっと受話器を持ったままだったことに気づいた。
デスクには誰もいない。フロアの照明は半分落ちている。彼は立ち上がって給湯のスペースへ行き、湯を沸かした。沸くのを待っているあいだ、手が震え始めた。四日間、一度も震えなかった手だった。
紅茶を淹れて、席に戻り、飲まずに冷ました。
机の下に、紙袋があった。金曜の昼に買ったシャツが二枚、入ったままになっていた。四日間、彼は何度もその袋を足で蹴っていた。蹴るたびに、あとで、と思っていた。
彼はそれを提げて、二時過ぎに部屋へ帰った。
袋を玄関に置いて、上着のまま床に座った。座ってから、動かなくなった。
四日間で、彼がいちばん鮮明に覚えているのは、相場でも数字でもなかった。副頭取の、頭はいらん、という一言だった。
シャツは、その週のうちに一度も袋から出さなかった。
翌週、上席の三人が戻ってきた。三人とも湊に、大変やったな、と言った。三人が空港で何をしていたかは、誰も話さなかった。
湊のその期の一次評価には、「困難な状況下で適切に対応」と書かれた。同じ文言が、その期、ロンドン支店の八人に書かれていた。
その八行が九月に大阪の一人の目に留まることを、そのとき誰も知らない。
◇
沖は椅子に深くもたれた。
自分でも意外なほど、何も感じなかった。
やり切ったという感じもしなかった。安堵もなかった。あったのは、終わってしまった、という手触りだけだった。
彼は、そのことに気づいて、しばらく動かなかった。
七時前に、彼は席を立とうとした。
立てなかった。腰が浮いたところで、膝から下が自分のものでなくなっていた。彼はもう一度座り、机の縁を両手で掴んだ。掴んでいる指が白かった。
四十秒ほどだった。
そのあいだ、彼は何も考えていなかった。三十年前のことも、磯貝のことも、ベーシスのことも考えていなかった。ただ、床が遠いと思っていた。
戻ってきたとき、目のふちが濡れていた。理由は分からなかった。悲しくはなかったし、嬉しくもなかった。彼は手の甲でそれを拭い、ネクタイを締め直して、立ち上がった。
廊下へ出て、河野を呼びに行った。呼びながら、自分の声が普通に出ることに、少し驚いた。
◇
河野は、その日の午後、一時間ほど席を外した。
部下には、外へ出る、とだけ言った。行き先は言わなかった。言うほどのものではなかったからである。
彼は北浜から地下鉄に乗って、三駅先の天満橋で降りた。二十年前に三年いた支店が、そこにあった。いまは別の会社が入っている。彼は歩道の向かい側に立って、そのビルを五分ほど見ていた。
何かを確かめに来たわけではなかった。その三年間に、特別なことは一つもない。むしろ、彼の四半世紀の中でいちばん退屈な三年だった。融資係で、朝から自転車に乗り、夕方まで得意先を回っていた。相場を見たことは一度もなかった。
この四日間、円とドルの二正面を一人で受けていたあいだ、彼はその三年のことを一度も思い出さなかった。思い出さなかったことに気づいたのは、火曜の夜である。
五分で足りた。何が足りたのかは、考えなかった。
見終えて、彼は同じ駅から同じ電車で戻った。
戻って、彼は何事もなかったように会議に出た。六月の対応を時系列に整理する打ち合わせである。彼は自分が金曜の十四時三十一分から火曜の八時まで、何時に何をしたかを、正確に述べた。誰も彼の記憶力を疑わなかった。
天満橋のことは、その時系列に入っていない。
◇
六時十四分。
金曜の十四時三十一分から、まる三日と四度目の夜を越えて増え続けたカウンターが、初めて減った。
214,050から、214,049へ。
一件。
誰も声を上げなかった。打鍵音は止まらなかった。
戸田は、その一行から目を離さなかった。
壁の内側の一件である。この数字が数えているのは、はじめからそれだけだった。東京のどこかで、誰かが端末の前に座れた。電気が来て、認証が通って、指図が一本だけ出た。
それだけのことが、八十八時間で初めて、逆を向いた。
彼女は、自分の右手が机の上で開いたり閉じたりしているのに気づいて、止めた。止めてから、まだ止まっていないことに気づいた。
窓のない部屋だった。夜が明けたことは、誰にも見えなかった。
戸田は黒い手帳を開き、一行目の14:31の下に書いた。
06:14。
書いた数字が、いつもより大きかった。
書いてから、彼女はペンを持ったまま動かなかった。
五文字が、そこに来ていた。
金曜の午後に消した五文字である。消したときには、まだ何も起きていなかった。いまは、全部起きたあとだった。全部起きたあとで、その五文字は、金曜より正確になっていた。三割で、五系統を同時に撃った。撃てた。撃てたことと、間に合ったことは、別のことである。ワシントンが五時にうんと言わなければ、この二行目は書かれていない。
書ける。二行のあいだの余白に、いま、書ける。
彼女は書かなかった。
書かなかった理由を、彼女はその場では言葉にできなかった。あとで何度か考えて、二つあると分かった。一つは、いまここで書けば、それは撃ち終えた人間の書く五文字になる、ということだった。撃ち終えた人間が甘いと書けば、謙遜として読まれる。
もう一つは、簡単だった。手が、動かなかった。
彼女はペンを閉じて、手帳を閉じた。
隣の席で、中村がまだ打っていた。フロアの奥で誰かが小さく咳をした。誰も何も言わなかったので、彼女も何も言わなかった。
言わなかった五文字は、そのまま、二行の余白の中に残った。
中村が振り向いて、課長、と言いかけた。
戸田は、画面を見たまま小さく頷いた。中村はまた端末に向かった。
減った一件が、どこの誰の一件だったのかを、彼女は知らない。知る欄は、この画面にない。
減り始めた数字は、そのあと速かった。八時に十九万を割り、正午に十四万を割った。水曜の朝には五桁になっていた。
そのあと
火曜の朝、東大阪。
谷口は八時前に工場を開けた。ラジオが、日銀が過去最大規模の資金供給を実施したと言っていた。市場は落ち着きを取り戻しつつある、と言っていた。
そのあとに、死者と行方不明者の数が読み上げられた。金曜より、また増えていた。谷口は手を止めて、最後まで聞いた。それから、三号機のスイッチを入れた。
九時過ぎに、住和の吉田から電話があった。名古屋からの入金は、水曜には入る見込みです、と吉田は言った。声が少し明るかった。
「ドルのほうは」
「まだです。すみません。順次と聞いてます」
谷口は礼を言って電話を切った。
材料の支払いが立ったのは、水曜の午後だった。吉田からの二本目の電話は、火曜のより落ち着いた声だった。処理が通りました、と彼女は言った。
アメリカの線材メーカーは、支払い確認の翌日に出荷した。船で二週間かかる。急ぐなら空輸だが、線材の重さと量では運賃が製品の利益を超える。谷口は電卓を三回叩いて、船にした。
予定より、二日遅れただけだった。
その二日で、マレーシア向けのロットが、押さえてあった便に間に合わなくなった。次の便は十日後だった。
彼は先方にメールを書いた。辞書を四回引いた。地震のこと、銀行のこと、材料のこと。書いてから、言い訳が多いと思って、半分に削った。削ったら二行になった。二行のほうが正しいと思ったので、二行で送った。
返事はすぐ来た。理解しました、無事でよかった、と書いてあった。
その通りだったのだろうと谷口は思った。
◇
六月の終わりの木曜、吉田香は谷口製作所を訪ねた。
用はなかった。処理はすべて通っている。入金は水曜に入り、信用状も出た。窓口で完結した話である。
支店長には、訪問の予定を口頭で伝えた。支店長は、何しに行くんや、と聞いた。吉田は、その質問に答えられなかった。
「行ってこい」と支店長は言った。
自転車で十二分だった。毎晩、帰りに前を通っている道である。前を通るのと、門を入るのは、別のことだった。
シャッターは半分だけ下りていた。
中に入って、彼女は最初に音に驚いた。窓口で聞いていた「金属加工」という言葉と、実際の音は、まるで違うものだった。低い音がいくつも重なっていて、そのうちの一つだけが、ほかより硬かった。
谷口が事務所から出てきて、手を拭きながら、おや、と言った。
「入金、通りましたやろ」
「通りました」と吉田は言った。「そのご報告に」
「電話で済みますがな」
「はい」
谷口は笑って、事務所へ通した。妻が茶を出した。吉田は、その茶を飲みながら、言うことを探した。
言うつもりだったのは、たぶん、詫びだった。ドルのほうが二日遅れたこと。その二日で、船の便が一つずれたこと。
言えなかった。詫びれば、詫びたぶんだけ、自分が軽くなる。
かわりに、彼女は聞いた。
「あの、さっきの音なんですけど」
「音」
「一つだけ、ほかと違う音がしてました」
谷口は、少しのあいだ吉田を見た。それから立ち上がった。
「三号機ですわ」
彼は彼女を機械の前へ連れていって、指で軸のあたりを示した。
「ベアリングです。もう替え時なんですけどな、いま替えると、二日か三日止まりますねん。止まってる二日で、次のロットが押す」
「押すと」
「押したら、船に間に合いません。船は待ってくれませんのや」と谷口は言った。「今回、押しましたやろ。あれ、材料が二日遅れただけです。二日で、便が一個ずれて、向こうへ着くのが十日遅れました」
吉田は、その二日のことを知っていた。当行のドルの手当てが立ち次第、順次。三度、同じ答えを聞いた二日である。
「二日で、十日ですか」
「二日で、十日です」
彼女は、はじめてその換算を見た。窓口で四時間と書いた紙のことを、なぜかそのとき思い出した。
「替えはらへんのですか。ベアリング」
「もうちょっと、様子見ますわ」と谷口は言った。「音が変わっただけで、まだ削れてますし」
彼は帽子を丸めて、欠けた親指の先でその縁を撫でた。
吉田は、その手を見ていた。
工場を出るとき、彼女は一度、振り返った。半分下りたシャッターの下から、機械の音が道へ出ていた。低い音がいくつもと、そのうちの一つだけ、硬い音が。
支店に戻って、彼女は日報を開いた。訪問先の欄に、谷口製作所、と書いた。用件の欄がある。しばらく考えて、入金処理完了のご報告、と書いた。
嘘ではなかった。
◇
値段は、来た道を逆にたどって戻っていった。最初に北浜の先物が買い戻され、ドル円が頭を打ち、国債の利回りが指値の壁の内側へ静かに降りてきた。最後に、空っぽだった現物の板にぽつりぽつりと買いが灯った。
クロスカレンシー・ベーシスは、暴発の底から日を追って平時のレンジへ登り返した。アメリカのドルCP市場は、邦銀・邦企業の名前をまた受け入れ始めた。円投のコストが下がり、コルレス先の躊躇が消えた。
ジャパンプレミアムは三十年ぶりに目を覚まし、四日で、また眠りに戻った。
◇
ニューヨークの秋は、大阪より早く来る。
寺内邦彦は、九月になっても、土曜の未明に印刷した一覧を捨てていなかった。CLSで落ちなかった取引の、相手方の一覧である。三十七先。数えたのは、翌週に何が起きるかを知るためだった。
翌週には、何も起きなかった。
起きたのは、そのあとだった。
三十七のうち三十五は、二か月かけて戻った。戻り方はまちまちである。一週間で何事もなかったように値を出してきた先もあれば、夏のあいだ短い期間しか組まず、九月になって静かに長いほうを出してきた先もあった。どこも、詫びなかった。詫びるようなことは、何一つ起きていないからである。
戻らなかったのが、二つある。
そのうちの一つが、月曜の夜に住和のコミットメントラインを開けた先だった。
あの晩、資金担当は一拍置いた。置いて、そのあと契約どおりに開けた。一秒に満たない間のあとで、約束を守った。寺内はその一拍を大阪へ報告し、副頭取は、充分だ、と言った。
その先が、秋になっても、住和の名前に出す期間を一か月までしか戻さなかった。金額の枠は元に戻っている。期間だけが戻らない。理由は聞いていない。聞けば答えるだろうが、答えは方針です、という種類のものになる。
約束を破った先ではない。破らなかった先である。破らずに済ませるために、あの晩、誰かが内側で一度、算盤を置き直した。置き直した算盤は、危機が終わっても元には戻らない。
寺内は、一覧の余白に一行書いた。
守ったほうが、正確に覚えている。
彼はその一枚を、大阪へ送った。
返信は、二行だった。
──読んだ。その紙は、こっちへ上げんでええ。お前が持っとけ。
寺内は、二行目をしばらく見ていた。
上げるな、という指示は、これまでにもあった。たいていは、上げても使い道がないという意味である。今度のは、少し違う読み方もできた。捨てろ、とは書いていない。
彼は聞かなかった。聞く種類のことではなかった。
九月に本部から回ってきた検証資料に、六月の住和のドル調達環境について一節があった。
海外市場における調達環境の一時的な悪化により、一部期間において調達コストの上昇が見られたが、その後、速やかに平時の水準へ復した。
ジャパンプレミアム、という語は、どこにも使われていなかった。
寺内は、四十四歳で初めてその語を実務で書いた日のことを思い出した。入れるべきかどうかを三十秒考えて、入れた。入れた語は、四か月後の紙に残っていない。
残らなかったことが間違いだとは、彼は思わなかった。あの語を正式の文書に書けば、次の格付の面談で必ず引かれる。引かれれば説明が要る。説明のために、また別の数字を作ることになる。書かないのが実務として正しい。
正しいまま、その語を実務で書いた人間が一人増え、その語の書かれた紙は、一枚も残らなかった。
彼は一覧を二つに折って、デスクのいちばん下の抽斗に入れた。
入れてから、これは証拠ではないと思った。証拠なら、いつか誰かに見せる日が来る。これは、見せる日の来ない紙である。来ないと分かっていて取っておくのは、たぶん、自分のためだった。
その抽斗には、ほかに、期限の切れた契約書の写しが三通と、前任者が置いていった支店の鍵の予備と、日本から持ってきたまま一度も使っていない印鑑が入っていた。置き場所のないものが、いつのまにか集まる抽斗だった。
彼は抽斗を閉めた。
◇
マレーシアの組立ラインは、止まらなかった。
部品の欠品は十日間あった。在庫が四日分、近隣の別の工程からの融通で三日。残る三日は、ラインの段取りを組み替えて凌いだ。生産計画への影響は軽微と、その工場の週報には書かれた。
同じ週報に、もう一行があった。単一供給元に依存する部品について、代替供給元の評価を開始する。
代替、という語が使われていた。同じ月、その語は日本でも、檜の一枚板に彫られて中之島の壁に掛かっていた。どちらも、本体が止まったときに何を立てるかという話である。
書いたのは、調達のリムという男だった。四十六歳。谷口と十九年やりとりをして、一度も会っていない。
彼はその一行を、地震の翌週の金曜の午後に打ち込んだ。打ち込んでから、送信する前に、席を立って外へ出た。工場の裏にゴムの木が三本ある。彼はそこで煙草を一本吸った。二年前にやめた煙草で、机の引き出しに一箱だけ残してあった。
戻って、送信した。
彼にとって、それは特別なことではなかった。地震のあった国から部品を買っている以上、いつか書かねばならない一行だった。彼は谷口に含むところがなかった。含むところがないまま、それを書いた。
その晩、彼は妻に、日本の取引先が大変らしい、と言った。妻は、どこの、と聞いた。名前を言っても分からないだろうと思ったので、大阪の、小さいとこ、と答えた。
言ってから、自分がその工場の写真を一枚も見たことがないことに気づいた。十九年、部品の寸法しか見ていない。
彼は次の旧正月にも、カードを出すつもりでいた。
◇
七月の初め、高麗橋。
浪華短資の大阪本社に、東京から役員が来た。今回の対応を踏まえて大阪本社の機能を見直したい、という話だった。バックアップ拠点としての位置づけを明確にし、要員を増やし、システムを二重化する。予算はつく。
早瀬は、頷いて聞いていた。
話の終わりに、役員が、あの紙の名簿はどうなりましたか、と聞いた。四台の電話と紙の名簿でコール市場を繋いだという話は、業界紙にも出ていた。
「ありますよ」と早瀬は言った。
彼は引き出しからそれを出した。A4のバインダーで、背が割れている。中は、印刷した名簿の上に手書きの書き込みが重なったもので、赤と青のボールペンが混ざっていた。誰が電話に出るか。誰が本当は決められるか。誰が二回目の電話までは出ないか。
「これ、データにしましょう」と役員が言った。「共有できるようにして」
「できませんわ」
「なぜです」
「これ、書いたやつにしか分からんことしか、書いてないんです」早瀬は言った。「わしがこの人は二回目まで出えへんと書いとるのは、二十年かけて二回目までかけたからです。データにしたら、それが、ただの『二回目』になりますやろ」
役員は、そうですね、と言った。翌月、大阪本社のバックアップ機能強化について、六ページの企画書が本社の会議に出た。企画書には、要員とシステムのことが書いてあった。紙の名簿のことは、書いてなかった。役員が忘れたのではない。書き方が分からなかったのである。
早瀬は、その年の十二月に定年を迎えた。名簿は若手の一人に渡した。渡すとき、これは引き継げるもんやないから自分で書き直せ、と言った。
若手は、いま、自分のを書いている。まだ薄い。
◇
七月。中之島。
金融庁と財務省と日本銀行の担当者が集まった、本邦金融機関の外貨資金調達の強靭性に関する非公開の検証ヒアリング。
沖は住和を代表してその席にいた。
始まる前の雑談で、六月の枠の拡大が一晩で通ったのは異例だという話が出た。ニューヨーク連銀の市場担当と日銀の武田理事は二〇〇八年の秋に同じ回線の両端にいた、と誰かが言った。財務省の側の人間だった。有名な話です、というふうに言った。
沖は、それを聞いて、六月の雨の夜の紙コップの水を思い出した。
あの夜、武田は誰に頼むのかを一言も言わなかった。言わなかったものが、ひと月半して、雑談として卓の上に出ていた。
出席者が教訓を語った。
「日本企業は強靭だった。首都直下でも、ブルーチップは対外債務を一件も落としていない」
誰かが頷いた。
「中央銀行スワップラインは、設計どおり機能した」
金融庁の側の一人が、そこで手元の紙をめくった。
「そのうえで、宿題を一つ申し上げます」と彼は言った。「各行の外貨流動性ストレステストですが、今回のような中央銀行の供給を織り込んだままのシナリオは、やはり適当でないと考えています。過去の中央銀行の政策効果は、可能な限り除去して想定を置いていただきたい。一定期間、為替スワップ市場の機能が停止して円投が一切できなくなる、というところまで含めて」
「自力で、ということですね」と誰かが言った。
「自律的に、と言っています」
正しいことだった。沖は、それが正しいことを、この部屋の誰よりも正確に知っていた。日本全体が沈んだときには中央銀行が出てくる。だが、一つの銀行の事情だけで詰まったときに、同じものが同じ速さで出てくる保証はない。頼れないものを頼れるものとして数えた資金繰りは、資金繰りではない。
そして、同じだけ正確に、もう一つのことも知っていた。
中央銀行の供給を抜いたシナリオで六月の四日間を引き直せば、住和は火曜の朝に死ぬ。どれだけ保守的に掛け目を置いても、どれだけ調達を長期化しても、あの穴は自力では埋まらない。埋めたのは、雨の夜の衛星電話一本だった。
来年、住和はその想定でテストをやり、生き延びる数字を作って持ってくることになる。作れる。作れてしまう。そして作った数字は、中央銀行に頼らずに済む態勢が整っていることを示す。
示されるものは、六月には無かったものだった。
当局は、それを承知で求めている。承知で求めるのが正しいことも、沖には分かっていた。六月の電話を前提に置いた瞬間、次の危機に備える理由が銀行の側から消える。だから外させる。外させたうえで、次も電話は鳴るだろうと、この部屋の全員が思っている。
思っていることは、議事要旨に書く欄がない。
「沖さん、当事者として、いかがですか」
沖は資料に目を落としたまま、二秒ほど黙った。
言うべきことは、一つしかなかった。我々が生き延びたのは、備えがあったからではない。日本銀行の理事が二十年来の友に頭を下げ、その友のいる卓が、今回はうなずくと決めたからだ。次も同じ人間が同じ椅子にいる保証はない。今回その穴を埋めたのは仕組みではなく、電話一本だ。
その全部が本当だった。
そして、その全部を口に出したときに、この部屋の人間に何が聞こえるかも、彼には分かっていた。自分が中心にいた四日間の話を、自分の口から、長く。
六十三の副頭取が、自分の武勇を、制度の欠陥という体裁で語っている。そう聞こえる。そう聞こえたら、内容は死ぬ。
「はい」と沖は言った。「制度が、機能しました」
誰かが頷いて、次の議題に移った。
議事要旨には、住和銀行より、危機時においてもスワップラインを原資とするドル資金供給が有効に機能した旨の発言があった、と記録された。
同じ議事要旨の次の項に、今後の外貨流動性ストレステストにおいては、過去の中央銀行の政策効果を可能な限り除去してシナリオの想定を設定することが望ましい旨、出席者の了承を得た、と記録された。
二つの行は、一行あけて並んでいた。
◇
会合のあと、廊下で、財務省の若い課長補佐が沖に声をかけた。
「沖さん、さすがでした。あの週は、もう、ほんまに」
「いや」と沖は言った。「みんなでやったことです」
彼はエレベーターに乗った。
北浜に戻った。誰もいなくなった夕方の二十六階で、彼はまずブラインドを上げた。六月に下ろしてから、ひと月半、誰も上げていなかった。夕方の光が入った。思っていたより、まぶしくはなかった。
それから抽斗を開けた。三十年前のチケットを出して、しばらく見ていた。
数字は変わっていない。紙は前より少し黄ばんでいる。
彼は、それを抽斗に戻して、閉めた。
彼は部屋を出て、廊下を歩いた。
十二の扉が並んでいる。四つは東京から来る役員の出張用、三つは応接、二つは役員室の札のまま空で、二つは鍵がかかったまま、一つが彼の部屋だった。廊下の照明は人感センサーで、歩いたところだけが順に点いて、通り過ぎると順に消えていく。
あの四日間、この廊下だけは何も変わらなかった。
六月の金曜から火曜の朝まで、この階には彼と河野と、下から上がってきた市場営業部の数人しかいなかった。出張用の四室にも、応接の三室にも、誰も来なかった。十一の扉が閉まったまま、日本のブルーチップのドル決済が、この階で決まった。決まったことを、この階の広さは一ミリも記憶していない。
突き当たりの大会議室の扉が、細く開いていた。
彼は中へ入った。六月に市場営業部の端末を入れた部屋である。配線は撤去され、長机は元の位置に戻り、椅子が十二脚、等間隔に並べ直されていた。
彼は、いちばん奥の椅子の背に手を置いた。
それから、声に出して言った。
「我々が生き延びたのは、備えがあったからではありません」
誰もいない部屋に、思ったより大きく響いた。
「日本銀行の理事が、二十年来の友人に頭を下げた。その友人のいる卓が、今回はうなずくと決めた。それだけです。次も同じ人間が同じ椅子にいる保証はない。円の側には十四年かけた二重化がある。ドルの側には、それがない。今回その穴を埋めたのは、仕組みやのうて、電話一本です」
言い終えて、彼は、自分が最後だけ関西の言葉になったことに気づいた。
六十三の男が、空の会議室で、聞く者のいない発言をしている。それがどれほど間の抜けた図であるかは、よく分かっていた。
分かっていて、彼はもう一度、最初から言った。
二度目は、少し声が低かった。
言い終わって、しばらくそこに立っていた。それから、椅子の背から手を離して、部屋を出た。扉は、元どおり細く開けたままにした。
エレベーターホールでボタンを押した。
来客用のほうが、二十六階で止まったまま待っていた。
翌週、東京から連絡があった。来期も大阪でお願いしたい、という話だった。関西財界との関係は沖さんでないと持たない、という言い方は、去年と同じだった。
彼は、承知しました、と答えた。
その電話のあとで、彼は一つだけ本部に上げた。ドルの資金繰りについて、東京と大阪の二重化を、人ではなく仕組みとして持つべきだという、A4二枚の提案である。
回答は三週間後に来た。趣旨は理解する、次期中期経営計画の検討課題として整理する、というものだった。
沖は、その回答を読んで、印刷せずに閉じた。
◇
九月の終わりに、その期の人事評価の集計が、部門統括のところまで上がってきた。
副頭取に評語を書く権限はない。海外拠点の一般行員の評価をつけるのは、支店長であり、東京の人事部である。沖の手元に来るのは、部門全体の分布を確かめるための、名前と評語だけの一覧である。
彼はロンドン支店の頁で手を止めた。
八人の名前が並んでいた。評語の欄は、八人とも同じだった。困難な状況下で適切に対応。
湊悠介の名前が、上から五番目にあった。
彼は一覧を閉じた。それから、また開いた。
三日後、沖は一枚の文書を起案した。
宛先はロンドン支店長。件名は、六月の外貨資金繰り対応に係る事実関係の確認について。副頭取名の、A4一枚である。
中身は事実だけを書いた。六月の四日間、住和のドルのコミットメントラインの開閉は、本店ALM不在のなか、大阪駐在副頭取の単独決裁で行われた。その決裁の判断材料は、ロンドン支店資金証券から時々刻々上げられた、契約上開けねばならないラインとそうでないものの仕分けである。当該仕分けは、期間を通じ、担当者一名によって行われた。
最後に一行だけ、事実の外へ出た。
──当該期間における当職の判断は、この仕分けの精度に全面的に依拠していた。
依拠していた、というのは事実である。全面的に、というのは、少し盛った。彼は自分でその一語を選び、選んだことを覚えておこうと思った。
評価の欄に字を書くことはできない。書けるのは、評価をつける人間が読む場所に、事実を一枚置いておくことだけだった。
その一枚は、支店長の手を経て、人事部のその期のファイルに綴じられた。
十二月に評語が書き換わったかどうかを、沖は確かめなかった。確かめれば、確かめたことのほうが目的になる。
彼は、これが贖罪であることを知っていた。
七月に、彼は言うべきことを言わなかった。誰もいない部屋で二度言って、それで済ませた。済ませた人間が、九月に、若い一人の評価が通る道に紙を一枚置いた。
安い、と彼は思った。
安いが、彼にできることの中では、いちばん高かった。
◇
翌年の三月、湊は東京の市場部門への異動を告げられた。理由は書かれていない。辞令に理由が書かれることはない。
赴任の前に、彼は大阪へ挨拶に寄った。二十六階の役員室である。
沖は、十分だけ会った。
用件は五分で終わった。残りの五分、二人はほとんど何も話さなかった。窓の外に川と、緑青のドームが見えていた。
湊が、帰り際に言った。
「あのとき、頭はいらん、と言われました」
「言った」
「あれで、楽になりました」湊は言った。「四日間で、いちばん覚えているのが、それなんです。何万人が困っているときに、自分がいちばんはっきり感じたのが、判断しなくていいという安堵で」
沖は、しばらく黙っていた。
「俺も、そう言われたことがある」
「いつですか」
「三十年前だ。ニューヨークで」沖は言った。「あのとき、俺も楽になった。楽になったことを、三十年、誰にも言っていない」
湊は、何か言おうとして、やめた。
「言わんでいい」と沖は言った。「言わずに持っておけ。そのうち、お前が誰かに同じことを言う日が来る。その日に、なんで自分がそれを言うのかを、二つ考えるはずだ。一つは相手のため。もう一つは自分のためだ」
「二つとも本当ですか」
「二つとも本当だ」と沖は言った。「それが分かってから言うのと、分からずに言うのとでは、あとが違う」
湊は礼をして、部屋を出た。
扉が閉まってから、沖は、自分がいま言ったことのうち、九月の一枚のことだけを言わなかったことに気づいた。
言わないほうがいい。言えば、あれは貸しになる。
彼は窓のほうへ椅子を回した。ブラインドは、七月に上げたきり、下ろしていなかった。
◇
同じ七月、東大阪。
住和銀行東大阪支店に、本部から一枚の通達が回ってきた。危機時対応の検証にあたり、支店における個別対応事例を報告されたい、という文面だった。様式が添付されていた。
吉田は様式を見た。欄は三つあった。事象の概要。対応内容。所要時間。
六月の月曜の夜のことを書こうとして、手が止まった。
事象の概要。当行中継センターの不通により、被仕向の内国為替が着金しなかった。
対応内容。仕向銀行に照会し、振込指図の存在を確認のうえ、書面を交付した。
所要時間。
彼女は、その欄をしばらく見ていた。
四時間だった。閉店後の四時間。電話を四回かけて、便箋を一枚書き損じて、送信確認が出るまで支店長と二人でファクスの前に立っていた時間。書けば四時間である。四時間と書いた紙は、四時間の紙になる。
彼女は三つの欄を埋めて、提出した。
報告は本部で集約され、七十件が一覧表になった。一覧表には対応内容を要約する欄があって、彼女の分は「仕向銀行への照会及び書面交付により対応」と要約された。
要約は、正しかった。
◇
同じ七月。同じ中之島の、別の建物。
BCP大阪連絡会の臨時会合。あの四日間を共に戦った人々が同じ部屋にいた。住和銀行の河野。清算機関の担当者。浪華短資の早瀬。近畿財務局の藤川。銀行の、証券の、清算機関の、短資の、行政の。全員が生きて、スーツを着て、座っていた。
出席者が教訓を語った。
「十四年かけて整備してきた大阪のデュアルオペレーション体制が、機能した」
誰かが頷いた。
「三割で、回りました」
もう一人が言い添えた。
「日銀法三十七条のあの弾力運用も大きい。有事の中央銀行に、あれだけの機動力があると示せた。次の雛形になる」
数人が頷いた。
戸田は会議室の隅で、その言葉が組み上がっていくのを聞いていた。
三割で回ったという結論は、日銀ネットのカウンターから引かれていた。彼女は、その数字が何を数えていて何を数えていないかを、部屋の誰よりも正確に知っていた。
雛形、という一語も聞いた。あの夜、楠木は、それはもう別のものになる、と言って四十年守った条文を自分の指で踏み外した。無担保の三割は日銀法の勝利ではない。政策委員会を通さず、執行部だけで撃った、その際どさの記録である。
彼女は手を挙げた。
部屋が彼女を見た。
「一点だけ、お願いがあります」と彼女は言った。「次の訓練を、全系統同時のシナリオにしていただけませんか。共通担保、ドル、指値、補完供給、それから緊急貸付け。同時に。この人数で」
議長が頷いた。
「なるほど。今回の実績を踏まえた、より実戦的な訓練ということですね」
「はい」
「大事な視点だと思います。今後の課題として、事務局で整理しましょう」
書記が打ち込む音がした。
戸田は、それ以上、言わなかった。
言えば言えた。月曜の指値は七十億しか買えなかった。火曜に効いたのは、楠木さんが谷の時刻を選び、補完供給を十五分先に出したからで、支店長が連絡簿も見ずに押せる番号を持っていて、その番号の先の人間が深夜に電話へ出たからで、河野さんが一人で決めたからで、早瀬さんの電話が四台あったからで、副総裁の声が聞き取れなかったからだ。そのうちの一つが違っていたら、私たちはここにいない。
言えば、それは、たぶん謙遜として受け取られる。完璧に撃ちきった人間が危なかったと言えば、謙遜以外の何に聞こえるだろうか。
今度は消すな、と武田は言った。四回目が来る、とも言った。
いま彼女が口を開けば、それは四回目にならずに済む。済むかわりに、謙遜になる。
彼女は口を閉じた。
会合は次の議題に移った。
◇
会合のあと、廊下で、誰かが戸田の肩に手を置いた。
「いやあ、戸田さん。よくやった」
「ありがとうございます」と彼女は言った。
◇
二つの会合は、同じ日だった。
中之島の、川沿いの道を二百メートル隔てた建物で、ほとんど同じ時刻に終わった。
沖は淀屋橋のほうへ、川沿いの道を東へ歩いた。戸田は同じ道を西へ、支店へ戻るために歩いた。七月の午後で、光が強かった。六月の雨の夜に沖が渡った橋が、その光の中に白く浮いていた。
二人は、街路樹の切れ目ですれ違った。
沖は、たったいま自分が言わなかったことを考えていた。制度が、機能しました。戸田は、たったいま自分が言えなかったことを考えていた。三度目は、三度目として読まれる。
どちらも前を見て歩いていた。前を見て歩いている人間どうしは、たいてい互いを見ない。
すれ違うとき、沖の目のはしを、黒いものがかすめた。相手が手に何か持っていた。手帳のようだった。角が潰れていた。
十メートルほど行ったところで、彼は足を止めた。
雨と、廊下と、傘の雫。どこかにその三つが並んでいて、思い出しかけて、届かなかった。
彼は振り返らなかった。歩きだして、橋を渡って、北浜へ帰った。
戸田は、何も気づかなかった。住和の副頭取が同じ日に同じ島の別の会合に出ていたことは、しばらくあとに、聞くともなく聞いた。聞いて、そうですか、と思った。
◇
八月の第一土曜日、戸田は妹の家に鉢を返しに行った。
二か月、預かったままになっていた多肉植物である。旅行のあいだだけ、という約束だった。旅行は、地震で流れた。
鉢は、生きていた。
危機のあいだ、戸田は一度も水をやっていない。やらなくていいと言われていたのだから、それでよかった。よかったはずだが、六月の終わりに鉢を見て、急に水をやった。三日おきに、四度。下の葉が二枚、透きとおって落ちた。あわてて止めた。止めたら、また持ち直した。
妹は玄関先で鉢を受け取って、へえ、大きなったやん、と言った。
「枯らすかと思っててん」
「うちも思ってた」
妹は、上がっていきいや、と言った。戸田は上がった。
姪が二人いる。上が中学生、下が小学生。下のほうが、テレビでやってた地震のとき、おばちゃん大変やったん、と聞いた。
「まあ、忙しかったな」
「どんな仕事しとるん」
「銀行の、銀行」
「なにそれ」
「銀行がお金を置いとくとこ」
姪は、ふうん、と言って、それ以上聞かなかった。
妹が麦茶を出した。二人は、母の膝の話と、上の子の進路の話と、近所のスーパーが潰れた話をした。一時間半いて、戸田は帰った。
帰りの電車で、彼女は、さっき自分が「忙しかったな」と言ったことを思い出した。
嘘ではなかった。ほかに言いようもなかった。八十八時間のことを説明しようとすれば、日銀ネットの話から始めなければならず、そこから壁の話になり、三十七条の話になる。麦茶を出してくれた妹に、それを話すのは、たぶん親切ではない。
説明しないほうが親切だと判断した相手が、この二か月で何人になったかを、彼女は数えていなかった。
◇
八月の初め、五階のフロアで、中村が戸田の席に来た。
手に、A4のノートを持っていた。
「課長。これ、どうしたらいいですか」
彼は表紙を開いた。日付、時刻、社名。四日間で四十一件。壁の外からかかってきて、断った電話の記録だった。
「書いてたんか」
「すみません。中身はいらんと言われたのに」
戸田はノートを受け取って、めくった。
知らない名前がいくつもあった。中堅の証券会社。損害保険。投資運用会社。事業会社が二件。ノートの最後のほうは、字が乱れていた。三日目の深夜のあたりだろうと彼女は思った。
一行目で、彼女の指が止まった。
金曜の夜半に、彼女自身が受けた電話だった。大阪の中堅の証券会社。お取引のある銀行から、コールでお取りください、と彼女は言った。その銀行が、出してくれへんのです、と相手は言った。申し訳ありません、と彼女は言った。
社名を見て、彼女は初めて、その銀行がどこなのかを考えた。
考えれば、すぐに分かった。金曜の十八時の共通担保オペで、日銀の金は確かにその銀行に入っていた。入って、そこで止まっていた。
たどれば分かったことだった。たどるな、と言ったのは彼女である。
戸田は、ノートを机に置いた。
置いたつもりだった。落ちる音がして、置いたのではなく落としたのだと分かった。指が開いていた。開いた覚えはなかった。
「課長」
「なんもない」
彼女は椅子の背に手をかけた。かけないと、まっすぐ座っていられる自信がなかった。八十八時間のあいだ、座り方を気にしたことは一度もなかった。
しばらく、二人とも黙っていた。フロアの端で誰かが電話を取る声がした。平時の声だった。
「中村くん」
「はい」
「これ、誰のために書いた」
中村は、すぐには答えなかった。
「最初は、あとで誰かに渡すつもりでした」と彼はようやく言った。「渡す先があると思ってたんです。三日目に、たぶんないと分かって、それでも書いてました」
「なんで」
「書いてないと、なかったことになる気がして」
「なったら、あかんのか」
中村は答えられなかった。答えを持っていない顔をしていた。
「たぶん、自分のためやと思います」と彼は言った。「その人らのためやったら、書くより、なんかしてるはずやから」
戸田は、その言葉を受け取った。
受け取ってから、机の隅の黒い手帳のことを考えた。
四日間で、彼女がそこに書いたのは二行である。14:31と、06:14。時刻だけだった。彼女は二十年、時刻しか書かない。人の名前を書いたことは、一度もない。
理由は、自分にきちんと説明できていた。名前を書けば、あとから文脈を剥がして引用される。手帳は自分の記憶の杭であって、証拠ではない。それは正しい。二十年、正しかった。
正しいまま、彼女の手帳には、四十一件が一件も入っていない。中村のノートには、四十一件しか入っていない。
「一晩、預からせて」と彼女は言った。
「え」
「明日、返す」
◇
その夜、戸田は自宅の卓でノートを開いた。
四十一件を、一行ずつ読んだ。読むのに一時間かかった。一件あたり一分半である。四日間で四十一件というのは、およそ二時間に一件だった。中村は二時間に一度、断りながら、机の下へ手を伸ばしていたことになる。
彼女は一行目に戻った。
たどらせなかったのは正しい。件数が二桁増えるたびに人間の名前を一つずつ見ていたら、中村は月曜まで持たない。それは実務の常識で、いまも彼女はその常識を疑っていない。
疑っていないまま、あの夜、彼女は受話器を置いた。置かずに、その銀行の資金担当の番号を押すことは、できた。番号は頭に入っている。一本で済んだはずだった。一本を、彼女はかけなかった。かけない理由が、自分の出した正しい指示のかたちで、すぐそこにあったからだった。
正しい判断が、一件を落とした。
その証券会社は、いまもある。彼女は昼のうちに調べていた。潰れていない。
潰れていないことは、彼女がしたことが正しかった証拠にはならなかった。潰れていたら、少なくとも、間違いの証拠にはなったのに。
彼女は電話を取った。
かけた先は、証券会社ではなかった。あの夕方に共通担保オペへ札を入れ、その金を抱えたまま夜半に三本の取りを断った、大阪の地方銀行の資金部門である。番号は頭に入っている。二十年、頭に入れてきた。
呼び出し音が四回鳴って、次長が出た。
「日銀の戸田です」
「これはこれは。先般は、大変お世話になりました」
「こちらこそ」
そこで、言うことがなくなった。
苦情を言うつもりはなかった。言えることが一つもなかった。彼は正しかった。月曜の自行の所要が読めない夜に、他人へ金を回さなかった。彼女が彼の椅子にいても、同じことをした。
「あの」と彼女は言った。「金曜の夜に、そちらへ、取りの電話が何本か入っていたと思うんですが」
「入ってました。ようけ」
「そのなかに、若い声の方は」
次長は、少し考えた。
「若い声、ですか」
「はい」
「いや」と彼は言った。「すんません、そこまでは。あの晩は、もう、なんぼでもあったもんで」
彼は嘘をついていなかった。本当に覚えていなかった。覚えていないことを恥じてもいなかった。恥じる理由がないからである。
「そうですか」と戸田は言った。「夜分に、失礼しました」
「いえ。またなんでも言うてください」
回線が切れた。
戸田は受話器を持ったまま、しばらく座っていた。それから戻そうとして、置く場所を二度、外した。三度目で置けた。
彼女は台所へ行って、水道の水を飲んだ。飲んで、コップを流しに置いて、そこで動けなくなった。
流しの縁を両手で掴んで、彼女は声を出さずに泣いた。
理由は、彼女にも分からなかった。その証券会社は潰れていない。次長は正しい。中村は書いた。自分は、八十八時間、一度も撃ち損じなかった。
数え上げれば、泣く理由はどこにもなかった。
数え上げられるものだけを数えてきた二十年が、その夜、はじめて足りなかった。
十分ほどして、彼女は顔を洗い、卓に戻ってノートを閉じた。閉じるとき、表紙に指の跡がついた。彼女は袖でそれを拭った。
拭いてから、拭かなければよかったと思った。
◇
翌朝、彼女は結論を持って出勤した。
危機対応の報告書には、日銀ネットの処理件数と、オペの実績と、体制の稼働状況を書く。当座預金先でない先からの照会は、そこには入らない。作れば作れるのかもしれないが、作ったところには、次の危機に誰かが数字を入れる。数字が入れば、それは件数になる。
対応の適切性を評価するところなら、ある。そこには四十一件も、一行目の一件も、適切として入る。
だから、出すところはない。それが結論だった。
彼女はノートを中村に返した。
「持っとき」
「え」
「持っとき」と彼女はもう一度言った。「出すとこは、ない」
中村はノートを受け取った。
「課長」
「なんや」
「これ、意味ありましたか」
戸田は、少しのあいだ、彼を見ていた。
けさ持ってきた結論を、そのまま言えばよかった。出すところがないのだから、意味はない。それがいちばん正確だった。
「ある」と彼女は言った。
「どういう意味が」
「知らん」と彼女は言った。「知らんけど、ある」
中村はしばらく立っていたが、何も言わずに自分の席に戻った。
彼はそのノートを、机の三段目の引き出しに入れた。その引き出しには、ほかに、入行のときにもらった辞令のコピーと、印鑑と、予備の眼鏡が入っていた。
◇
九月、報告書が完成した。
首都直下地震に伴う金融市場および資金決済への影響と、代替本店による対応について。本文四十六ページ、別添十二。
三階の廊下の紙は、七月に外された。外されるまでに、名前の横の印は、丸だけではなくなっていた。
その紙は、別添十二のどれにも入っていない。
第三章、第二節に、次の記述がある。
日銀ネットにおける未処理件数は、発災後八十八時間目に減少に転じ、以後急速に解消した。ピーク時においても決済システム自体は正常稼働を維持しており、機能不全は参加者側の要因によるものである。大阪支店における対応要員は東京本店の約三割であったが、上記の実績に鑑み、現行の要員配置は緊急時においても所要の水準を満たしたと評価できる。
この一段落は、翌年の訓練計画の前提として引用された。翌々年も引用された。
戸田は、この文章を読んだ。彼女の課が作った文章である。事実に、誤りは一つもなかった。
第四章、第一節に、月曜日の指値オペのことが書いてある。
六月×日午前、国債現物市場における値付け機能の喪失に対応し、指値オペを実施した。応札額は七十億円にとどまった。翌未明、国債補完供給を先行させたうえで同オペを再度実施したところ、応札は大幅に増加し、長期金利は指定水準の内側に収斂した。
戸田は、この二文のあいだにある一日を、自分で書いた。書いたときに、七十億という数字を残すかどうかを迷った。残さなければ、月曜の一日がなかったことになる。残せば、失敗が数字として残る。
彼女は残した。
残した結果、この節は、こう読めるものになった。まず撃ってみて、効かないので、翌日、玉を配ってから撃ち直した。実務としてまっとうな学習の過程である。
そう読めることに、彼女は不満がなかった。実際にそうだったからである。
不満があったのは、別のところだった。
月曜の朝、あれを撃つかどうかを迷った人間は、誰もいなかった。武田は九時十二分に撃てと言い、彼女は十時五分に撃った。迷わなかったのは判断が速かったからではない。ほかに撃てるものが何もなかったからだ。撃たずに一日置けば、置いたことがあとで問われる。それが分かっていたから撃った。
七十億という数字は、その朝、日銀に何ができなかったかの記録である。同時に、日銀が何かをした記録でもある。報告書に残せるのは、後ろのほうだけだった。
彼女は、そのことを誰にも言わなかった。
机の隅の手帳には、四日間について二行しかない。14:31と、06:14。
彼女は何度か、その頁を開いた。二行のあいだの余白は、そのままだった。
火曜の朝、そこに五文字を書かなかった。書ける場所は、それきり来なかった。書ける場所というのは、書いても謙遜に聞こえない場所のことである。撃つ前にしか、そういう場所はない。
名前を書かない決まりは、破らなかった。二十年、その決まりには理由があった。いまは、決まりだけが残っている。
その年の暮れ、彼女は新しい手帳を買わなかった。二十年、毎年一冊買ってきた。角の潰れた古いほうを鞄に入れて、年を越した。
余白は、まだそこにある。
十月に、オペルームの床のトラテープが剥がされた。四日間で二人が足を取られたモールは、配線ごと壁際へ寄せられ、その分だけ長机が動いた。テープの糊の跡が、床に二本、細く残った。
隅のカラーコーンは、動かされなかった。
彼女は一度、それを片づけようとして、立ち上がった。立ち上がって、そのまま座った。
置いてある理由は誰も知らない。知らないまま、十四回の訓練と、一度の本番を、それは同じ場所で見ている。片づければ、片づけたことすら誰も覚えていないだろう。彼女は、そのほうがいいのかもしれないと思い、それから、そうは思わないことにした。
コーンは、いまもそこにある。彼女は、そこにあることを、毎朝一度だけ確かめるようになった。
◇
同じ九月、東京へ戻る前の日に、楠木が支店長室へ寄った。
「一つ書いた」と楠木は言った。「三十七条の一件は、先例として扱うべきではない。要件を満たしたのではなく、要件のほうを引き伸ばした。そのうえ、経るべき議決を経ていない。そう書いて、記録に残した」
「回覧は」
「していない」
「せんのか」
「回覧すれば、反論が来る。反論が来れば、どちらが正しいかの話になる」楠木は言った。「正しさの話になった時点で、あれは制度の中に入る」
武田は何も言わなかった。
「お前が押させた判だ」と楠木は言った。責める調子ではなかった。事実を確かめる調子だった。「曲げたのは私の指だ。それは私が引き受ける。曲げろと言ったのはお前だ。それは、お前が引き受けろ」
「引き受ける」
「引き受けるというのは、忘れないということだ。ほかには何もない」
楠木は鞄を持って、扉のところで一度止まった。
「武田」
「なんや」
「ヘリに乗るとき、家内がどこにいるか知らなかった」
武田が顔を上げた。
「分かったんは」
「八日目だ。区の避難者名簿に名前が出た」楠木は言った。「無事だった」
武田は何も言わなかった。
「三十七条を読んだのは、その前だ」
武田は口を開きかけて、やめた。
「読めた」と楠木は言った。「自分でも意外だった」
彼は扉に手をかけて、それから、もう一度振り返った。
「何も言わなくていい。三か月、誰にも言わなかっただけだ」
楠木は翌日の便で東京へ戻った。金融政策管掌の理事として、そのあとも政策委員会の卓に座り続けた。座り続けたことのほうが、たぶん重かった。
武田は残った。その期、有事の中央銀行について三度、講演を頼まれた。二度断って、一度受けた。受けた回で、三十七条の話はしなかった。
二十年前の貸しは、六月に返してもらった。台帳にない貸しだったから、返ってきたことも台帳に載らない。日本銀行は、いま、あの卓に対して何も持っていない。それを知っているのは、彼だけだった。
次にドルが要るとき、頭を下げに行く人間は、手ぶらで行く。手ぶらであることにすら気づかずに行く。それを引き継ぐ方法を、彼は知らなかった。楠木のように、書いて、回覧せずに残すこともできない。貸し借りは条文ではないからである。
窓の外で、土佐堀川の水面が九月の光を砕いている。六月の金曜と、同じ砕け方だった。
彼は、自分がこのあと何年か、うまくやるだろうと思った。
うまくやるだろうと思えることが、いちばんこたえた。
◇
代替本店の解除は、段階的だった。機能が一つずつ東京へ戻り、最後の一つが戻ったのは八月の末である。
解除の日付は、通知の文書に残っている。掛けた時刻のほうは、どの文書にもない。
プレートを外したのは、掛けたのと同じ総務課の二人だった。年長のほうは、その秋に定年を迎える。二人はプレートを布で包み、地下倉庫の元の場所へ戻した。次に出すことがあるとすれば、そのときの職員も、誰が作らせたのかを知らないだろう。
壁に、穴が二か所残った。
埋めるかどうかを、誰も決めなかった。その年度の営繕計画に、正面ホール壁面補修、として一行が入った。翌年度の計画にも、同じ一行が入っていた。
穴は、正面ホールに入ってくる人の目の高さより、少し上にある。誰も気づかない。隣の銅板のほうを見るからである。
◇
九月の終わり、東大阪。
マレーシアの取引先からの次の発注は、前の期の半分だった。
理由は書かれていなかった。書かれていない理由を、谷口は知っていた。二社購買である。責める話ではない。自分が向こうの立場でも、そうする。
彼は事務所で、二晩、電卓を叩いた。
七台の機械のうち、二台は去年入れたばかりだった。返済は八年残っている。半分の数量でその返済を回すには、人を減らすしかない。八人のうち、二人。
減らして続けるか、続けずに終えるか。
三日目の朝、彼は妻に、たたもか、と言った。妻はしばらく黙って、それから、あんたが決めることや、と言った。それは反対ではなかった。
十月に社員を集めて話した。二人が泣いた。三人がすぐ次を見つけた。いちばん古い職人は、あと二年で辞めるつもりやったから、ちょうどええ、と言った。ちょうどよくないことは、その場の全員が知っていた。
マレーシア向けの最終ロットは、十一月に船に載せた。数量は少なかったが、寸法公差は十九年間で最良だった。谷口が自分で全数を測った。
六月の昼に、来月そちらへ行く、と書いてきた男である。七月の出張は、地震のあとの調整で流れた。そのあと、その話は二度と出なかった。会わないまま、十九年が終わった。
先方からのメールには、Thank you for nineteen years. と書いてあった。谷口は、その一行だけは辞書を引かずに読んだ。
◇
十二月の火曜日、住和銀行東大阪支店の吉田香が、書類を持って谷口製作所を訪ねた。
法人口座の解約と、当座貸越の精算に必要な書類だった。担当が来る必要は、本当はなかった。窓口で済む手続きである。
吉田は、私が行きます、と言った。支店長は、行ってこい、とだけ言った。理由は聞かれなかった。
工場のなかは、もう機械が四台になっていた。天井の高いところに、まだ油の匂いが残っていた。
谷口は書類に判を押した。乾いた、小さな音がした。
「長いこと、お世話になりました」
吉田は、何か言わなければと思った。
あの六月に、と言いかけた。あのとき、当行がドルを出せていれば、と言いかけた。言いかけて、それを言うのは自分のためだと気づいた。
「こちらこそ、お世話になりました」と彼女は言った。
谷口が、事務机の引き出しを開けた。
クリアファイルを一枚出して、机の上に置いた。中に、便箋が一枚入っていた。
「これ、あんたが書いてくれたやつです」
吉田は、それを見た。
自分の字だった。丸くて、罫線から少しはみ出している。下に支店長の決裁印が押してある。三行目で一度書き損じて、便箋を替えた夜のものだ。
「岡島さんとこの入金、これで通ったんですわ」と谷口は言った。「あのとき、これがなかったら、月末の給料が出てません。八人分」
吉田は、何も言えなかった。
その紙が守ったのは、円のほうだった。ドルのほうは間に合わなかった。船が一便ずれて、材料が遅れて、そこから先は、この紙とは何の関係もないところで進んだ。
吉田は、クリアファイルを見ていた。
「持って帰りますか」と谷口が言った。
「いえ」吉田は首を振った。「そちらに置いといてください」
谷口は頷いて、ファイルを引き出しに戻した。
工場を出るとき、吉田は一度、振り返った。
「あの」
「はい」
「作ってはった部品、一つだけ、いただけませんか」
谷口はきょとんとした顔をして、それから笑った。
「そんなもん、なんぼでもありますわ」
彼は作業台の脇の小箱から一つ摘まんで、彼女の手のひらに載せた。
小指の先ほどの、銀色の金属だった。持ってみると、思っていたより重かった。表面に、髪の毛より細い旋盤の跡が、一定の間隔で残っている。
「これ、チェーンの」
「そう。そこの、いちばん奥に入るやつです」と谷口は言った。「見えるとこには、一個も出ませんねん。うちの部品、どれも」
吉田は、それを名刺入れに入れた。
谷口は笑って、門のところまで見送った。
吉田は自転車を押しながら、少しのあいだ、その場に立っていた。それから支店に戻った。その日の日報に、訪問先の件数を書いた。
◇
その週の金曜、谷口は最後の片づけをした。
工具を段ボールに入れ、図面の綴りを紐でくくった。二十年分の綴りは十七冊あった。八冊を捨て、九冊を残した。残したのは、図面の隅に手書きの直しが入っているものだった。直しの入っていないものは、誰が引いても同じ図だった。
三号機のベアリングは、とうとう替えないままだった。買い手のついた四台に三号機は入っていて、引き取りに来た業者が、これ、まだ十年いけますよ、と言った。
夕方、事務所の電気を消した。
外に出ると、日が落ちかけていた。近所の工場の音が、まだ二軒ぶん聞こえていた。
彼はシャッターに手をかけた。
いつもは半分で止める。全部下ろすと、朝、開ける気がせえへんようになる。先代がそう言っていた。理由は、とうとう聞かずじまいだった。
彼はシャッターを、いちばん下まで下ろした。
鍵をかけて、鍵を上着のポケットに入れて、駅のほうへ歩いていった。
◇
翌週の月曜、吉田は解約の処理をした。
端末の画面に、解約理由を選ぶ欄があった。プルダウンを開くと、選択肢が四つ出た。
他行へ変更。取引縮小。事業終了。その他。
彼女は、その四つをしばらく見ていた。
事業終了、を選んだ。ほかに選びようがなかった。確定のキーを押すと、口座番号に取消線が引かれて、画面が閉じた。それだけだった。
吉田は日報を開いて、処理件数の欄に1と打った。
そのあと、しばらく手が動かなかった。
隣の先輩が、どないしたん、と聞いた。なんでもないです、と彼女は答えた。声が少し変になったので、席を立って給湯室へ行った。
給湯室で、三分ほど泣いた。
それから、流しに溜まっていた湯呑みを三つ洗った。自分のものは一つもなかった。
洗い終えてから、蛇口の水で目のふちを冷やして、戻った。誰も何も言わなかった。閉店前のいちばん忙しい時間で、みんな自分の窓口を見ていた。
彼女はその日、あと四人の客に応対した。二人には図を描いた。一人は年金の受取口座の相談で、もう一人は、亡くなった父親の通帳を持ってきた七十代の女性だった。手続きは長くかかった。吉田は、途中で一度、席を立ってお茶を出した。
夕方、机の三段目の引き出しを開けて、名刺入れから部品を出し、引き出しの隅に置いた。
その引き出しには、ほかに、のど飴の袋と、朱肉と、去年もらった支店の表彰状が入っていた。表彰の理由は、窓口応対の丁寧さだった。
彼女は引き出しを閉めた。
誰も、その部品が何かを、聞かなかった。
付録
付録一 ・ 人物
氏名と所属だけを掲げる。人物のしたことは本文にある。
日本銀行(中之島)
戸田 真紀(とだ・まき) ── 日本銀行大阪支店 営業課長。四十九歳。本店金融市場局に通算十年。二年前に大阪へ。
武田 修三(たけだ・しゅうぞう) ── 日本銀行 理事・大阪支店長。代替本店 本部長。六十二歳。国際局・金融機構局を歩む。関西の生まれ。
楠木 憲一(くすのき・けんいち) ── 日本銀行 理事(金融政策管掌)。六十二歳。武田とは同期。本店で「規程の楠木」と呼ばれた。
中村 亮太(なかむら・りょうた) ── 日本銀行大阪支店 営業課係員。二十七歳。入行五年目。
綿谷 洋(わたや・ひろし) ── 日本銀行 副総裁。東京で被災。
住和銀行(北浜)
沖 誠一郎(おき・せいいちろう) ── 住和銀行 副頭取・大阪駐在(国際・市場部門統括)。六十三歳。ニューヨーク支店の資金デスクに十年。
河野 達彦(こうの・たつひこ) ── 住和銀行大阪本店 市場営業部長。五十一歳。円の運用とドルの調達を差配する。
湊 悠介(みなと・ゆうすけ) ── 住和銀行ロンドン支店 資金証券。入行六年目。ロンドン赴任一年半。
寺内 邦彦(てらうち・くにひこ) ── 住和銀行ニューヨーク支店 資金証券部長。五十五歳。
吉田 香(よしだ・かおり) ── 住和銀行東大阪支店 行員。二十五歳。入行三年目、窓口。
市場・仲介
早瀬 昌平(はやせ・しょうへい) ── 浪華短資 大阪本社 営業部長。六十歳。生え抜きで四十年。
行政
桑原 弘(くわばら・ひろし) ── 近畿財務局長。五十九歳。財務省採用、主計・理財を歩む。
藤川 美咲(ふじかわ・みさき) ── 近畿財務局。三十四歳。金融庁から出向。
事業会社
谷口 信夫(たにぐち・のぶお) ── 谷口製作所 社長(東大阪・金属加工)。六十一歳。従業員八人。先代から継いだ二代目。
吉江(よしえ) ── 谷口製作所 職人。六十九歳。先代の代から二十九年。
磯貝(いそがい) ── 世界的自動車メーカー グループ財務統括。
海外
リム ── マレーシアの二輪組立メーカー 調達担当。四十六歳。谷口とは十九年。
ジェームズ・コステロ(James Costello) ── ニューヨーク連邦準備銀行 執行副総裁(市場グループ統括)。公開市場操作と中央銀行スワップラインを所管する。武田は彼を「ジム」と呼ぶ。
付録二 ・ 用語
金融の実務用語のうち、本文で説明を最小限にとどめたものを、ここに補う。読み飛ばしても本文は読める。
円・国内系
日銀ネット
日本銀行金融ネットワークシステム。全国の金融機関と日銀を結ぶ、資金と国債の決済システム。データセンターは複数拠点に分かれ、大阪にもバックアップが待機している。
RTGS(即時グロス決済)
送金指図を一件ずつ、即時に、相殺せず総額で決済する方式。安全だが、指図が来なければ一件も動かない。
未処理・決済の不履行(資金側)
予定された資金決済が予定日に実行されないこと。日銀ネット上に口座を持つ当座預金先の決済に限って記録される。壁の外にいる先の資金繰り破綻は、そもそもこのカウンターに現れない。本文で数え上げられる二十一万件は、この記録である。
日銀当座預金先/オペ対象先(壁)
日本銀行に当座預金口座を持つ先は、日銀ネットを通じて日銀と直接、資金・国債の決済を行える。銀行のほか、信用金庫、系統の中央機関、証券会社、短資会社、証券金融会社などが口座を持つ。ただし日銀から資金の供給を受けられるのは、そのうち公開市場操作(オペ)の相手方として選ばれた先だけである。選定には規模や事務処理能力の要件があり、同じ業態でも入る先と入らない先がある。信用金庫についていえば、業界の中央機関である信金中央金庫のほか、一定の規模を備えた個別の金庫がオペの相手方に名を連ねている。「壁」はこの線を指す。中堅以下の証券会社のように当座預金口座そのものを持たない先は、さらにその外側にいる。日銀の貸付けは当座預金への入金という形でしか出せないため、口座のない先には、貸すと決めても渡す道具がない。
トリクルダウン(二次分配)
日銀の供給した資金が、当座預金先の銀行を起点に市場の下流へ配られていく流れ。日銀の弾は当座預金先までしか直接には届かず、その先は、銀行が資金を抱え込むか放出するか、受け取る側の市場部門が生きているかに、すべてがかかる。
ロンバート(補完貸付制度)
金融機関が自らの申し込みにより、差入済み担保の範囲内で、日銀から翌日物資金を借りられる常設制度。金利はペナルティが上乗せされて割高、期間は翌日物。あくまで最後の手段として設計されている。何より受け身の制度であり、借りに来る者がいなければ一円も出ない。なお、この制度で出るのは円だけである。日本銀行が刷れるのは円であり、ドルの常設貸出制度は存在しない。ドルは、あくまでFRBから借りた原資を裁量的なオペで配るほかない。
積み最終日
一定規模以上の金融機関は、預金額に応じた額を日銀当座預金に置かねばならない。判定は日々ではなく一定期間の平均で行われ、その最終日が積み最終日である。届かなければ過怠金が課される。危機の只中に最終日が来れば、各行はまず自行の不足を埋め、市場へ出す順番はそのあとになる。
共通担保資金供給オペ(共通担保オペ)
日銀が包括的に受け入れた担保を裏付けに、条件を提示して能動的に資金を貸し付ける公開市場操作。金利を政策金利並みに置き、期間を長く設定できる。銀行の手元を意図的にだぶつかせ、抱えるより出すほうが得だという状態を力ずくで作ることで、二次分配を促す。危機時の主砲。
平時はオファー額を示し、応札がそれを超えれば按分する。毎日の資金過不足を埋める道具だから、埋めるべき額の外へは出さない。額を示さず応札を全額供給する形は平時の運用ではないが、その平時の運用は、いくら要るかを日銀が読めるという前提に立っている。前提が崩れた局面では、額を読むことをやめ、要る側に言わせるほかない。
なお、取れるのはあらかじめ差し入れてある担保の範囲までである。平時の各行は要る分しか差し入れていない。差し入れれば手元で使えなくなるからで、危機時に慌てて追加差入しても、値の下がった国債には掛け目がかかり、思ったほどの枠にならない。
即日物(当日決済)のオペは平時には打たない。震災や大規模なシステム障害のときにだけ出てくる道具である。
コール市場(無担保コール)
金融機関が主に翌日物の資金を、担保を取らずに貸し借りする市場。相手の名前だけを担保にするため、危機時には出し手が真っ先に消える。名前で金を出す者がいなくなれば、市場そのものが消える。
レポ(現金担保付債券貸借・現先)
国債を渡して資金を借り、期日に返して国債を戻す、担保付きの資金取引。残高は無担保コールの十倍規模にのぼり、短期資金取引の主戦場である。名前を見ない市場であり、国債さえ渡せれば資金を取れるため、壁の外の生損保・中小証券が日々の資金を繋ぐ手段でもある。
この市場は、相手の信用ではなく担保の値段で死ぬ。国債の時価が出なければ掛け目が引けず、いくら渡せばいくら借りられるのかが決まらない。取引当事者の信用に何も起きていなくても、渡すものの値段が消えただけで組めなくなる。無担保コールが出し手の判断で死ぬのに対し、レポは国債に値段が戻るまで戻らない。
フェイル(証券側)
市場でフェイルというとき、通常は資金ではなく、予定された証券の受渡が予定日に実行されないことを指す。それ自体は事故ではなく、翌日以降へ繰り延べられる市場慣行である。問題は連鎖のほうで、落ちなかった一本を当てにしていた次の受渡が動けず、その次も動けない。列が伸びるほど、市場のどこかに確かにある現物が、どこからも出てこなくなる。
約束の順番(コールとコミットメントライン)
危機時に出し手が消える理由は、強欲ではなく順番である。コールへ出す金は誰にも約束していない金であり、出さなくても契約のどこにも触れない。一方、企業に張ってあるコミットメントラインは契約であり、引かれれば貸さねばならず、断れば債務不履行になる。資金が限られれば、銀行はまず約束したほうへ寄せる。約束していない蛇口から順に締まっていく。市場の最上流は、約束の順番どおりに、正しく涸れる。
同じ順番は行内にも働く。所要準備、契約上の払い、そのあとに市場への放出が来る。積最終日が重なれば、放出はさらに後ろへ下がる。
MRF・投資信託(コールの出し手として)
平時のコール市場では、銀行と並ぶ主要な資金の出し手である。ただし危機時に彼らが出せなくなる理由は銀行とは異なる。解約が殺到し、手元の余剰を払い戻しに充てざるを得ないため、コールへ出す玉そのものが残らない。明日いくら要るか分からないのではなく、明日いくら出ていくかを、はっきり知りすぎている。
短資会社
無担保コールとレポの双方で、資金の出し手と取り手を仲介する専門業者。双方を知り尽くし、声一つで巨額を動かす交換台。この仲介役が消えると、出し手と取り手は互いを見つける術を失う。
仲介だけの商売ではない。短資会社は日本銀行の当座預金先であり、公開市場操作の対象先でもある。日銀のオペで自ら資金を取り、それを自己勘定で市場へ出すディーラー業務を併せ持つ。壁の内側と外側の両方に足を掛けている、数少ない当事者である。
ただし自己勘定で張れる額は、その会社の自己資本と与信枠が上限になる。仲介する額と、自分で出せる額とは、桁が二つも三つも違う。
JSCC(日本証券クリアリング機構)
株や国債先物などの取引で、売り手と買い手のあいだに入り、双方の相手方となって決済を保証する清算機関。参加者が一社でも履行できなければ、その穴をまず清算機関が引き受ける。
変動証拠金(バリエーション・マージン)
建玉の時価変動に応じて、清算機関が参加者から日々徴求する追加担保。相場が急変した日は請求額が跳ね上がる。しかも、差し入れる担保である国債自体が値下がりしていると、同じ額を積むのにより多くの枚数が要る。
デフォルトウォーターフォール
参加者が証拠金を履行できず破綻したとき、損失を埋めていく順序。破綻社の当初証拠金、清算基金、清算機関の自己資本、そして生き残った参加者の損失分担へと、滝のように下る。最後の段まで流れれば、無傷だったはずの他の参加者にまで損失が及ぶ。
掛け目(ヘアカット)
担保として受け入れる資産の評価率。相場急落時には、担保価値の目減りと掛け目の引き下げが重なり、担保不足が加速する。
全銀システム
銀行間の内国為替(振込)を中継する社会インフラ。センターは東西で二重化されている。ただし、各行が全銀へ指図を送る自行側の中継センターはこれとは別で、そちらが落ちれば、管が通っていても水を送る装置が行ごとに止まる。
銀行券・発券
日本銀行は銀行券を発行し、傷んだ券を引き取り、金融機関の求めに応じて現金を出し入れする。大阪支店は西日本の現金の元締めであり、地下に金庫を持つ。当座預金の残高は画面の中の数字だが、取付けの列に並ぶ人が求めているのは、手で持って帰れる紙である。
国庫短期証券(T-Bill)
国の一時的な資金繰りをつなぐ、短期の割引国債。定例入札で市場から資金を調達し、日々ロールしている。発行条件を決めるのは財務省理財局だが、入札そのものの実務は、国の事務として日本銀行が取り扱う。新規発行で得た資金で満期債を返す借換の輪を、平時は一日も切らさずに回している。
未達(札割れ)
入札で、応札額が発行予定額に届かないこと。国庫短期証券が未達になれば、市場が国への融資を渋った、事実上、国の資金繰りに黄信号が灯ったことを意味する。
財務局(地方支分部局)/権限なき要請
財務局は財務省の出先機関であり、金融庁の監督事務の一部も受託する。告示の発出は本庁の専権であり、局長にその権限はない。したがって強制決済猶予の「要請」には法的拘束力がない。
指値オペ
日銀が、特定の利回り水準で国債を無制限に買い入れると宣言するオペ。金利に事実上の壁を作り、それ以上の金利上昇(=国債価格の下落)を力ずくで止める。国の値段そのものを、中央銀行が底で支える。
ただし、これは日銀が「買う」オペである。買うには売りに来る者が要る。売りに来るのは国債売買オペ対象先の業者であり、その主力は東京にある。業者が生きていても、渡す現物が手元になければ札は入らない。応札が極端に少ない指値オペは、壁が効いた証拠にも、壁が無意味だという証拠にも読める。板の側は、たいてい後ろのほうを読む。撃って札が入らなければ、こちらの弾数を教えただけになる。
SLF(国債補完供給)
日銀が保有する国債を市場へ一時的に供給する制度。形式は買戻条件付売却であり、応札先は国債を受け取って代金を払い、原則として翌営業日に日銀へ売り戻す。決済に必要な特定銘柄が市場から枯渇するのを防ぎ、玉不足による決済の詰まりを緩める。
ここから、危機時の順番が出てくる。補完供給で出た玉そのものは、日銀の買入れオペには売れない。翌営業日に日銀へ売り戻す約束で受け取ったものだからである。したがって、これは弾を配る制度ではない。
配るのは、詰まりをほどく一本である。フェイルの列の先頭に渡すべき銘柄が入れば、その受渡が落ちる。落ちれば、それを当てにして自分の玉を動かせずにいた次の一本が動く。列がほどけた先のどこかで、玉を握らされていた者の手が空く。指値オペに売りに来られるのは、その空いた手が持っている自己保有分である。
補完供給を指値の前に置くのは、弾を渡すためではなく、弾を持っている者の手を空けるためである。
値幅制限(ストップ安・ストップ高)
一日の価格変動幅の上下限。下限に売り注文が積み上がって値がつかない状態が「ストップ安売り気配」で、板は開いているが取引は成立していない。全面的な災厄のなかでも、災害復旧で受注が積み上がる業種(ゼネコン、仮設、建機、生コン、電線など)は逆方向の買い気配に張りつく。板は、それを寄り付き前の数分で計算し終える。
日本銀行法 第三十三条・第三十七条・第三十八条
三十三条は通常業務(有価証券等を担保とする貸付け等)。三十七条は、金融機関等において電子情報処理組織の故障その他の偶発的な事由により予見し難い支払資金の一時的な不足が生じ、それが直ちに確保されなければ業務の遂行に著しい支障が生じるおそれがある場合に、金融機関の間における資金決済の円滑の確保を図るため、政令で定める期間(施行令により一月)を限度として、担保を徴求せずに行う一時貸付け。対象先は政令で定められ、金融機関のほか、有価証券関連業を行う金融商品取引業者、証券金融会社、および「主としてコール資金の貸付け又はその貸借の媒介を業として行う者」すなわち短資会社を含む。貸せる額は「その不足する支払資金に相当する金額」までであり、担保の多寡ではなく、目の前の不足額そのものが上限になる。三十八条の特融は内閣総理大臣及び財務大臣の「要請」を要する。したがって、官邸と本省が文書を出せない局面では三十八条は閉じる。
三十七条は、内閣との関係では「届出」で足り、「要請」を要しない。ただし日本銀行の内部では、その貸付けの実施自体が政策委員会の議決事項である。委員会が開けない夜には、三十七条もまた閉じている。しかも根拠は同じ第十五条第二項第一号であって、この一号は「第三十七条第一項の規定による貸付けの実施及び第三十八条第二項の規定による業務の実施」と書く。三十八条と同じ壁の内側にあるというのは比喩ではなく、両者は同じ一行に並んでいる。壁が薄いだけである。
三十三条の有担保貸付けの上に、三十七条の無担保を三割だけ載せた合計が、百三十パーセントという線になる。
政策委員会
日銀の最高意思決定機関(総裁・副総裁二名・審議委員六名の九名)。会議を開き、議決をするには、議長が出席し、かつ現に在任する委員の総数の三分の二以上が出席していなければならない(議事そのものは出席委員の過半数で決する)。議長に事故があるときは、あらかじめ委員のうちから定められた者がその職務を代理するため、議長の不在は会議を止めない。止めるのは、頭数のほうである。担保の基準、買入れの枠、第三十七条の一時貸付けの実施といった事項は、この委員会の議決による。
企画役
日本銀行に置かれた、課長級より下の企画担当の職名。ラインの長ではなく、多くは部下を持たない。にもかかわらず、制度の設計、対外交渉の下ごしらえ、稟議の起案といった仕事は、実質的にこの層が担う。局長や理事の名で外へ出ていく紙の相当部分は、企画役が書いている。二〇〇八年の国際的なドル供給の局面で、深夜の回線の日本側に座っていたのがこの職名の人間だった、というのはそういう意味である。決める椅子ではないが、決めるための材料と、相手方の担当者との線は、ここにたまる。二十年後にその線が生きているかどうかは、制度の問題ではなく、誰が現役でいるかの問題になる。
レパトリエーション(レパトリ)
災害時に、本邦の機関投資家が海外資産を売って円に戻すとの観測。過去の震災では円高要因とされ、市場のアルゴリズムもそう学習している。その買い手自身が決済を断たれて板に出られなければ、学習された反射は空振りする。
トリプル安
株・債券・通貨が同時に売られる現象。個別資産の需給ではなく、一国の信用そのものへの売りである。
ドル・国際系
ジャパンプレミアム
一九九七〜九八年に、邦銀というだけでドル調達に上乗せされた金利。日本の信用不安が高まると、健全な銀行でもドル市場で締め出される。
クロスカレンシー・ベーシス(通貨ベーシス)
異なる通貨を交換する際に生じる上乗せコスト。日本リスクが跳ねると、円を担保にドルを取る際のコスト(ベーシスのワイド化)が暴発する。
円投/為替スワップ(FXスワップ)
手持ちの円を担保に、為替スワップでドルを調達する取引。平時は安価だが、危機時には割高化・閉塞し、ブリッジの一手段にしかならない。
脚は二本ある。直物で円を売ってドルを買い、同時に、先の期日にそのドルを売って円を買い戻す約定を立てる。一本目は文字どおりドルの買いであり、法形式も売買である。「担保」は比喩であって、円に担保権が設定されるわけではない。それでも調達と呼ぶのは、二本目が同時に固定されるからである。為替リスクは立たず、期日には返さねばならず、コストは値段ではなく利率のように振る舞う。ドルを持つのではなく、期限を切ってドルを使う取引である。
この区別が効くのは、下の一段である。実質が借入だから、円投は直物の需給を動かさない。動かさないものが動き出すとき、それは円投が閉まったということである。
では、はじめから直物で買えばよいかというと、それは調達ではない。円投なら渡した円が期日に戻り、戻る値段が約定の日に決まる。直物で買えば円は戻らず、戻すには、そのとき市場にある値段で買い直すしかない。数日をつなぐために使えば、円が最も安い日に買って、円が戻った日に売ることになる。加えて、買ったドルはドルの負債を立てない。円の預金でドル資産を持つ形になり、それは調達ではなく為替の張りである。銀行がドルを調達するとは、ドルの負債を立てることをいう。
危機時にもう一つ効いてくるのが、渡しの日である。為替の直物は約定から二営業日先の受渡が標準で、直物を起点に組む円投では、今日約定しても、ドルが手に入るのは明後日になる。これは交換だからではなく、渡しの慣行だからであって、円を売ってドルを買い切る場合もまったく同じである。当日にドルが要る局面では、買いに回っても一日も早くならない。当日や翌日にドルが要る局面で使えるのは、当日物・翌日物といった、市場のごく細い隅だけである。平時なら一日に数えるほどしか出来ない場所へ需要が集中すれば、値段は値段でなくなる。
なお、為替スワップは円を渡して先日付で返してもらう約束が同時に立つため、理屈のうえでは直物の需給を動かさない。その約束が立たない値段でしか組めなくなったとき、はじめて直物のドル買いが出る。
もう一つ、値段の外側で閉まる閉まり方がある。カントリー枠である。海外の取引相手は、国ごと・名前ごとに与信の枠を持っており、危機時にはその枠のほうが先に落ちる。枠が落ちれば、値を出すかどうかの手前で取引が成立しない。値段が高いだけなら、払えば取れる。枠が落ちた相手には、積める上乗せがない。危機時の円投が「割高になる」ことと「できなくなる」ことは、別の事象である。
米ドル資金供給オペ(ドルオペ)
日銀が国内の金融機関へドルを供給するオペ。ただし原資のドルは日銀が刷るのではなく、FRBから借りてくる。いくらオペを大きくしたくても、原資の枠が広がらなければ供給量は増やせない。
平時の運用は、週に一度、火曜の正午に入札を行い、原則一週間物を供給する形である。渡しは落札から二営業日先が標準で、この点は為替の慣行に揃っている。危機の時間軸は、この頻度・期間・渡しの日の内側に収まらない。金曜の午後に穴が開けば、次の定例まで丸四日あり、そこで落札してもドルが着くのはさらに二営業日後になる。頻度を日ごとにし、按分をやめて全額供給にし、期間を八十四日物まで延ばし、そして渡しを当日にする。組み替えが四つ要るのはそのためである。
当日渡しにするということは、原資を引くスワップラインのドローイングも当日渡しで受けねばならないということでもある。そちらは相手方の中央銀行の事務が決める。そして応札から着金までが数時間に縮むため、落札の通知、コルレス先の指定、送金の実行を、その中で通す事務が要る。
なお、相手方はドルオペの場合も当座預金先の金融機関に限られる。事業会社には直接一円も出ない。企業まで届けるのは、受け取った銀行の仕事である。
外貨預金/預かると出すの非対称
銀行が客から受け入れているドル建ての預金。預かるときは帳簿の記入で済み、出ていくときは現物の送金になる、という非対称を抱えている。
窓口で円をドルの預金に替えても、銀行はドルを動かさない。客の通帳にドル建ての数字を書き、同額のドル建て負債を自分の帳簿に立てるだけである。客が手にしているのはドルではなく、その銀行への請求権にすぎない。だから即時にできる。一方、客がそれを他行へ移すと言えば、銀行はコルレス網を通して本物のドルを送らねばならない。ここで初めて、送る先の口座にドルが要る。
平時は入る分と出る分が釣り合うため、この非対称は表に出ない。片側しか動かなくなった週に、預金は流出項目に変わる。預金保険の外にある大口の法人預金ほど速く、名前に不安の出た銀行から先に抜ける。
なお、これは末項の granted と funded と同じ区別である。約束は記入で立ち、着金だけが現物を要求する。
中央銀行スワップライン
日銀とFRBのあいだの為替スワップ取極。ドルオペの原資はここから引き出される。主要中央銀行どうしの枠であり、政府の外貨準備とは別物である。ゆえにその拡大は、政治ではなく、中央銀行同士の交渉に属する。
供給する側から見れば、これは信用供与ではない。引き出しと同時に、同額の円が担保としてFRBへ渡り、戻すときのレートは渡した日のレートで固定される。相場がどこへ動いても、FRBの手元には円が残る。ゆえに枠の拡大を渋る理由は、相手方の信用でも為替の変動でもなく、規模と、速さと、前例になることのほうにある。次に別の国が同じことを頼んできたときに断れるか、という問いには、断ればそれも前例になる、という答えしか用意されていない。
外貨流動性ストレステスト
銀行が、預金の流出・市場性調達の困難化・コミットメントラインの引き出し・証拠金の追加差入を想定として置き、それでも手元のドルが尽きないかを日数を追って確かめる作業。各銀行の外貨資金繰り管理の中核にある。
ここで「手元のドル」と呼んでいるのは、主に二つである。海外の中央銀行に置いた預け金と、外債。いつでも売れることを条件に選んである持ち高のことで、危機時にまず取り崩されるのはこちらであり、円投はその次に来る。何か月もつ、という数字は、この緩衝材が想定した流出に何日耐えるかを言っている。したがってその数字は、どの流出をいくつ同じ週に重ねたかで決まる。重ねなかったものは、耐えたことにならない。
想定の置き方に、一つの難所がある。近年の危機では、中央銀行のドル供給が速く大きく出てきたため、為替スワップ市場の機能が長く止まることがなかった。過去の実績をそのまま使って「危機時にもこれだけは円投できる」と置けば、その中央銀行の政策効果まで一緒に織り込んでしまう。そこで、政策効果を可能な限り除去し、一定期間は市場機能が停止して円投が一切できない、という想定まで置くことが望ましいとされる。中央銀行のサポートに過度に依存せず、自律的に流動性を管理するためである。
この要請は正しい。そして、危機の現場を通った人間にとっては、同時に苦い。実際に自分を救ったものを、次の想定からは外して数えろ、ということだからである。外させるのは、外さなければ備える理由が銀行の側から消えるからであり、外したうえで次も中央銀行は出てくるだろうと当局も銀行も思っている。その「思っている」を書く欄は、どの様式にもない。
フルアロットメント(全額供給)
応札された額を按分せず、全額そのまま供給する方式。定例オペの限られた枠では取付けの津波を受けきれないため、危機時に求められる。
八十四日物
通常より長い、約三か月の期間のドル供給。翌日物や一週間物では毎朝借り換えを繰り返すことになるため、期日までの猶予を稼ぐべく期間を延ばす。
コミットメントライン(バックストップ)
銀行が「いざというときは必ず貸す」と事前に約束した与信枠。CPが借り換え不能になった企業が一斉に引きに来る。銀行は、企業に対しては開ける側であり、同時に、米銀コルレス先に対しては引く側でもある。
ドルCP(米ドル・コマーシャルペーパー)
企業や銀行が、数日から数か月の短いドル資金を市場から直接借りるための、無担保の約束手形。満期が来たら新しいCPを刷って返す借り換えの連鎖で回っており、平時はこの水が途切れない。
銀行のドル建てCD・CP
CPが企業の資金調達手段であるのに対し、銀行自身も市場から短いドルを借りている。CD(譲渡性預金)は、銀行が発行し、満期前に転売できる預金証書。銀行が発行するCPと合わせ、いずれも数日から数か月の無担保調達であり、満期が来れば新しく刷って返す借り換えで回っている。
この二つが、危機時の銀行の資金繰りでは厄介な位置にある。企業に張ったコミットメントラインは「引かれる」側の負担だが、自行のCD・CPの満期は「返さねばならない」側の負担であり、しかも同じ日に重なる。買い手が引けば、借り換えができず、手元のドルで返すほかない。開ける約束と、返す期限が、同じ朝に同じ通貨を取り合う。
ブルーチップ
市場で最上位の信用を認められた優良企業。日本でいえば、世界的な自動車メーカーや総合電機など、対外債務の返済が疑われたことのない名前を指す。
危機時に重要なのは、その企業自身の財務ではなく、市場がその名前を何の指標として読んでいるかである。ブルーチップが対外債務を期日に払えなければ、市場は「その一社が苦しい」とは読まない。「その国の最優良企業ですらドルが払えない」と読む。以後、同じ国籍のすべての名前が、より深く締め出される。一社の遅延が、国の信用の値付けに変換されてしまう場所に、この語の重さがある。
プライムMMF
ドルCPの最大の買い手である、米国の短期運用ファンド。信用不安を嫌い、危機時には真っ先に手を引く。彼らが邦銀・邦企業の名前から一斉に退くと、CPの借り換えが止まる。
CLS/外国為替決済リスク
外国為替の決済を、売り渡しと買い入れを同時に落とすことで守る国際決済システム。円ドルなら、円は日銀ネットを通じ、ドルはFedを通じ、同じ瞬間に動く。
この仕組みが消しているのは、片方だけが渡ってしまう危険である。円は東京の午後に渡し、ドルはニューヨークの午後に受け取る。そのあいだの数時間に相手が飛べば、渡した円は戻らない。一九七四年に実際に起きたことで、以来この危険には破綻した銀行の名前がついている。
ただし同時に落とすということは、片方が入らなければもう片方も落ちないということでもある。参加者は各通貨のRTGSを通じて払込を行い、円の払込は東京の銀行が日銀ネットへ指図を出す。CLSの決済の時間帯は東京の午後にかかるため、東京の資金部門が同時に沈黙すれば、システムが完全に正常なまま、その参加者の取引だけが落ちない。相手方は世界中にいる。
なお、CLSを通していない相対の取引では、この保護はそもそも働かない。
コルレス(コルレス先)
海外での決済を委託する、銀行どうしの代理関係。自行が口座を持たない国の決済を、現地の提携銀行に代行してもらう。ドルの資金繰りは、この相手先の名前と信頼に大きく依存する。
CHIPS・Fedwire
米国内のドル決済網。CHIPSは民間、FedwireはFRBが運営する。
Fedwireには二つの締切がある。顧客送金(第三者宛て)の締切が先に来て、銀行どうしの尻決めの締切がそのあとに来る。企業の払いのために金を動かす側が押さえねばならないのは、前のほうである。
米国CPの決済期限
米国のコマーシャルペーパーは決済機関を通じて処理され、発行体の代理人となる米銀(発行・支払代理人)が、満期日の現地午後の期限までに払う。期限を過ぎれば、その時点で不履行として処理される。
これは資金繰りの現場では、動かない壁として働く。ニューヨークの午後に期限があるということは、東京から見れば、その前日の夕方から当日の未明までに手当てを終えていなければならないということである。中央銀行が夜明けに何を撃つかを議論している時刻には、その日の分の壁は、すでに通り過ぎていることもある。
信用状(L/C)/既発と新規
貿易金融の代表的な手段。買い手の取引銀行が「代金の支払いを保証する」と発行する証書。
危機時には、既に発行してある信用状と、これから発行する信用状とで、扱いがまったく違う。既発の信用状は銀行の確定した約束であり、書類が揃って呈示されれば払わねばならない。新規の発行は、約束を一本増やすことである。ドルが限られた局面で銀行が止めるのは、後者のほうになる。
したがって、危機の被害は「まだ約束されていない取引」から順に出る。大企業の既存のコミットメントラインが満額開き、町工場の次のロットの信用状が出ないのは、同じ一つの順番の両端である。
granted と funded
枠が承認されること(granted)と、実際にドルが着金すること(funded)は違う。スワップライン拡大の発表がgranted、日銀ドルオペでの着金がfunded。二つのあいだには、渡しの日と、事務の時間と、送金の経路がある。危機の現場で数えるのは、後者だけである。