第3巻 信用金庫の決算書と収益管理指標

― 業務純益・コア業務純益・債券5勘定尻を読み解く

対象読者:信用金庫の経理・経営企画部門に配属され、決算資料や業績報告の作成・説明を任された方。営業店で「預金○億円達成」という数字は見てきたが、業務純益とコア業務純益の違いを説明しろと言われて詰まった、という段階を想定しています。

ねらい:銀行・信用金庫独特の損益の階層構造を一本の筋で理解し、「うちの金庫は本業で儲かっているのか」という問いに、根拠のある数字で答えられるようになること。

このテキストの特徴:数ある収益指標のうち、業務純益・コア業務純益・債券5勘定尻の3つに絞って深く掘ります。この3つを押さえると、当局の見方(→第6巻)も、有価証券運用の意思決定(→第1巻・第8巻)も、資本効率の議論(→第4巻)も、同じ土俵に乗せられるようになります。

既刊との接続:損切り・益出しの会計処理は →第1巻第8章・第13章。投資信託の解約損益は →第9巻。収益性を当局がどう見るかは →第6巻。決算書全体の形の概観は →第0巻第6章。


全体マップ(この一枚で流れがつかめます)

信用金庫の損益計算書は、「一時的な要因を段階的にはがしていくと、最後に本業の実力が残る」という設計になっています。本テキストはこの階段を1段ずつ降りていきます。

flowchart TD
    S0["資金運用収益 − 資金調達費用"]
    S0 --> S1["①資金利益<br/>利ざやの絶対額 (第3〜4章)"]
    S1 -->|"+役務取引等利益(手数料) (第5章)<br/>+その他業務利益<br/>(ここに国債等債券損益=債券5勘定尻が紛れ込む 第8章)"| S2["②業務粗利益"]
    S2 -->|"−経費(人件費・物件費・税金)"| S3["③業務純益<br/>(一般貸倒引当金繰入 前/後) (第7章)"]
    S3 -->|"−債券5勘定尻を除く (第8章)"| S4["④コア業務純益<br/>「本業の実力」(第9章)<br/>(さらに投信解約損益を除く開示も 第10章)"]
    S4 -->|"±臨時損益<br/>(不良債権処理・株式等関係損益)<br/>株式売却益はここ。業務純益には入らない 第10章"| S5["⑤経常利益 → 当期純利益"]
    S3 -.-> Q["本テキストの問い:<br/>③と④は、なぜ・どれだけズレるのか"]
    S4 -.-> Q
    style Q fill:#fde,stroke:#c39

目次

第Ⅰ部 基礎編 ― なぜ銀行の決算書は読みにくいのか

  1. 売上高のない決算書という難所
  2. 損益の階層 ― 5段の階段を降りる

第Ⅱ部 業務粗利益編 ― 収益の3本の柱

  1. 資金利益 ― 利ざやの絶対額
  2. 利ざやを分解する ― 残高×利回り差
  3. 役務取引等利益とその他業務利益

第Ⅲ部 核心編 ― 業務純益とコア業務純益

  1. 経費とOHR ― 効率をどう測るか
  2. 業務純益 ― 「一般貸倒引当金繰入前」という但し書きの意味
  3. 債券5勘定尻とは何か
  4. コア業務純益 ― なぜ債券損益を除くのか
  5. 投信解約損益という抜け道と、指標の再修正(10-2 業務純益に入るもの・入らないもの ― 債券・株式・TK出資・買入金銭債権)

第Ⅳ部 計算例編

  1. 【設例】同じ業務純益でも、中身が正反対の2つの金庫
  2. 【設例】益出しをすると、どの指標がどう動くか

第Ⅴ部 規制・監督編

  1. 当局は収益性をどう見るか
  2. 地域銀行ならどうか/国際統一基準行ならどうか

第Ⅵ部 まとめ

  1. 実務での留意点
  2. つまずきやすいポイント総まとめ/セルフチェック/用語集

第Ⅰ部 基礎編 ― なぜ銀行の決算書は読みにくいのか

1. 売上高のない決算書という難所

経理配属の初日に信用金庫の損益計算書を開いた人が、まず戸惑うのがこの一点です。売上高がありません。

簿記で習った損益計算書は「売上高 − 売上原価 = 売上総利益 → 販管費を引いて営業利益」という一本道でした。ところが信用金庫の P/L には売上高も売上原価もなく、代わりに「資金運用収益」「資金調達費用」「役務取引等収益」といった見慣れない科目が並び、しかも収益と費用が対になって何段も積み重なっています。

なぜこうなるのか。理由は、銀行業の商売の形そのものにあります。金融機関は「お金を仕入れて、お金を売る」商売です。預金者からお金を借り(仕入れ)、貸出先や有価証券に投じて(販売)、その差額である利ざやを稼ぎます。したがって、

  • 「仕入れ値」にあたるのが資金調達費用(預金利息など)
  • 「売値」にあたるのが資金運用収益(貸出金利息、有価証券利息配当金など)
  • その差が、事業会社でいう売上総利益に近い資金利益

という対応になります。ここまで分かれば、あとは「本業以外の収益をどう扱うか」の問題に集約されます。そしてその扱い方こそが、本テキストの主題です。

💡 ここでつまずきやすい:「業務粗利益 ≒ 売上高」だと思ってしまう

業務粗利益を売上高のように扱って「対売上高比率」を計算する人がいますが、これは危険です。業務粗利益は既に費用を差し引いた後の利益概念(資金調達費用を引いた後)です。売上高に相当するのは、強いていえば資金運用収益+役務取引等収益の側であって、業務粗利益ではありません。事業会社の指標をそのまま持ち込むと、比率の意味が壊れます。

2. 損益の階層 ― 5段の階段を降りる

信用金庫の損益は、次の5段の階段として理解してください。上の段ほど「粗い」利益、下の段ほど「絞り込まれた」利益です。

段 指標 引くもの 何が分かるか
1段目 資金利益 資金調達費用 貸出・有価証券の利ざやをいくら稼いだか
2段目 業務粗利益 (資金利益+役務+その他業務) 本業の収益の総量
3段目 業務純益 経費 銀行業としての本業利益
4段目 コア業務純益 債券5勘定尻等の一時的要因 来年も再現できる稼ぐ力
5段目 経常利益・当期純利益 臨時損益・税金 最終的な成果

ここで新任担当者に持ってほしい感覚は、「4段目が主役である」ということです。

3段目の業務純益は「今期いくら稼いだか」を示しますが、そこには有価証券を売って作った一過性の利益が混じり得ます。5段目の当期純利益は、不良債権処理額のような臨時要因や税効果に振り回されます。その年限りの事情に最も汚されていないのが、4段目のコア業務純益です。だから経営会議でも当局との対話でも、この指標が中心に据えられます(→第6巻)。

⭐ポイント⭐:「業務純益は"稼いだ額"、コア業務純益は"稼ぐ力"」。前者は今期の結果、後者は来期以降の実力。議論がかみ合わないときは、たいていこの2つを混ぜています。

ここまでの筋(3行)

① 銀行の P/L に売上高がないのは、お金を仕入れてお金を売る商売だから。

② 損益は5段の階段になっており、下に降りるほど一時的要因がはがれる。

③ 主役は4段目のコア業務純益 ―「稼ぐ力」を測る指標。

次の部では、階段の1〜2段目(資金利益と業務粗利益)を分解します。


第Ⅱ部 業務粗利益編 ― 収益の3本の柱

3. 資金利益 ― 利ざやの絶対額

資金利益 = 資金運用収益 − 資金調達費用。信用金庫の収益の中で圧倒的な比重を占める、本業中の本業です。

区分 主な中身
資金運用収益 貸出金利息、有価証券利息配当金、預け金利息、コールローン利息 等
資金調達費用 預金利息、譲渡性預金利息、借用金利息、コールマネー利息 等

信用金庫の場合、資金運用収益の中身に業態の特徴がはっきり出ます。地区内の貸出だけでは資金を使い切れないため、有価証券利息配当金と、信金中央金庫への預け金利息が相応の比重を占めるのが一般的です(→第0巻第4章、→第12巻)。「貸出で稼ぐ」だけでなく「余資の運用で稼ぐ」ことが、構造的に組み込まれているわけです。

担当者の心得:資金利益が前期比で減ったとき、原因を「残高が減ったのか」「利回りが下がったのか」「調達コストが上がったのか」の3つに切り分けずに報告してはいけません。次章の分解が、そのための道具です。

4. 利ざやを分解する ― 残高×利回り差

資金利益は、大づかみには次のように分解できます。

\[\text{資金利益} \approx \text{運用残高} \times \text{運用利回り} - \text{調達残高} \times \text{調達利回り}\]

実務では、これを次の2つの指標に整理して議論します。

  • 預貸金利回り差 = 貸出金利回り − 預金等利回り(貸出業務の利ざやの厚さ)
  • 総資金利ざや = 資金運用利回り − (資金調達原価:調達利回りに経費率を加えたもの)

【設例】利ざやの薄さは残高では埋めきれない(単純化した仮の数字)

前期 当期 差
運用残高 1,000 1,100 +100
運用利回り 1.00% 0.85% ▲0.15%
調達残高 1,000 1,100 +100
調達利回り 0.10% 0.10% ―
利回り差 0.90% 0.75% ▲0.15%
資金利益 9.0 8.25 ▲0.75

残高を10%増やしたのに、利回り差が0.15%縮んだせいで資金利益は減っています。残高の伸びは、利回り低下を打ち返せないことが多いのです。

一言まとめ:利ざやは「厚み」、残高は「面積」。厚みが薄くなると、面積を広げても追いつかない。 これが低金利局面で地域金融機関の資金利益が細り続けた構造そのものです。

💡 ここでつまずきやすい:「利回りが高い運用に替えれば資金利益は増える」

増えます。ただし利回りは無償ではありません。高い利回りは、より長い期間(金利リスク→第7巻・第8巻)、より低い信用力(信用リスク→第14巻)、より低い流動性(→第2巻)のいずれかを引き受けた対価です。資金利益は損益計算書に見えますが、その裏で増えたリスクは損益計算書には見えません。「資金利益は増えたが、金利上昇時の含み損リスクが倍になった」という状態は、P/L だけを見ている限り検知できません。この非対称こそ、本シリーズが第1巻・第7巻・第8巻でリスク側の物差しを重視する理由です。

5. 役務取引等利益とその他業務利益

資金利益以外の2本の柱を押さえます。

役務取引等利益(手数料) ― 為替手数料、投資信託・保険の窓口販売手数料、ATM 手数料、各種取扱手数料などから、対応する費用を引いたものです。低金利で資金利益が細るなか、多くの金庫が強化を図ってきた領域ですが、信用金庫の規模と顧客基盤では、資金利益を代替できるほどの規模には育ちにくいのが実情です。

その他業務利益 ― ここが本テキストの主戦場です。国債等債券損益(債券5勘定尻)、外国為替売買損益などが入ります。

なぜここが主戦場なのか。その他業務利益は、担当者の裁量で"作れる"収益だからです。含み益のある債券を売れば、その期の売却益をその場で計上できます。つまり、

本業が不振でも、有価証券を売れば業務粗利益・業務純益は増やせる。

この事実が、本テキストのすべての論点の出発点です。第Ⅲ部で正面から扱います。

ここまでの筋(3行)

① 資金利益は「\(\text{残高} \times \text{利回り差}\)」に分解でき、利ざやの厚みは残高では埋めきれない。

② 利回りの高さは、期間・信用・流動性のリスクを引き受けた対価であり、P/L には見えない。

③ その他業務利益には債券損益が入り、ここは担当者の裁量で作れる収益である。

次の部では、その「作れる収益」をどうやってはがすのかを見ます。


第Ⅲ部 核心編 ― 業務純益とコア業務純益

6. 経費とOHR ― 効率をどう測るか

業務粗利益から経費(人件費・物件費・税金)を引くと業務純益になります。この経費の重さを測る代表的な指標が OHR(経費率、オーバーヘッド・レシオ) です。

\[\text{OHR} = \frac{\text{経費}}{\text{業務粗利益}}\]

分母が利益概念であることに注意してください。OHR が上がる原因は2つあり、経費が増えた場合だけでなく、業務粗利益が減った場合にも上がります。 低金利下で多くの地域金融機関の OHR が悪化したのは、経費が膨張したというより、分母である業務粗利益が細ったことの影響が大きい ― この読み分けができるかどうかで、報告資料の質が変わります。

担当者の心得:比率指標を報告するときは、必ず分子と分母のどちらが動いたかを添える。「OHR が5ポイント悪化しました」だけの報告は、経営に何の判断材料も与えません。

7. 業務純益 ― 「一般貸倒引当金繰入前」という但し書きの意味

業務純益には、資料によって「一般貸倒引当金繰入前」「同繰入後」という但し書きが付きます。実質業務純益という呼び方が使われることもあります。呼称や算式の細部は金庫・資料によって異なるため、必ず自金庫の開示・内部資料の定義を確認してください。

考え方の核心は単純です。一般貸倒引当金は、個別の貸出先の破綻に備えるものではなく、貸出ポートフォリオ全体に対して過去の貸倒実績率等に基づいて機械的に積む引当です(→第14巻)。貸出残高が増えれば、貸出先の質が変わっていなくても引当は増えます。すると、

貸出を伸ばした年ほど、引当繰入で業務純益が押し下げられる。

という、直感に反する現象が起きます。これでは「本業でどれだけ稼いだか」が見えにくい。そこで繰入前の数字を併記して、営業の成果と引当の増減を切り分けるわけです。

💡 ここでつまずきやすい:引当が増えた=貸出の質が悪化した、とは限らない

一般貸倒引当金の増加要因は、①貸出残高の増加、②貸倒実績率の上昇、③引当方法の見直し(フォワードルッキングな要素の反映など)の3つに分かれます。①だけなら、むしろ営業が伸びた証拠です。報告の際は必ずこの3つを切り分けてください(→第14巻)。

8. 債券5勘定尻とは何か

いよいよ本テキストの中心概念です。債券5勘定尻とは、国債等債券に関する次の5つの勘定を合計した損益を指す実務上の呼び名です。

# 勘定 内容
1 国債等債券売却益 債券を簿価より高く売った利益(益出し)
2 国債等債券売却損 債券を簿価より安く売った損失(損切り)
3 国債等債券償還益 償還時に生じた益
4 国債等債券償還損 償還時に生じた損
5 国債等債券償却 減損等による償却

これら5つの「尻」(=差引の合計)なので5勘定尻です。損益計算書上はその他業務利益の中に含まれ、業務粗利益 → 業務純益にそのまま流れ込みます。

なぜこの5つをひとまとめにするのか。 それは、この5つが「本業の稼ぎではなく、保有債券という"貯金箱"を開けた結果」という点で共通しているからです。

含み益のある債券を売れば、売却益が立ちます。しかしそれは、過去に積み上がっていた含み益を、当期の損益に振り替えただけです。金庫全体の経済価値は1円も増えていません(むしろ売却で将来の利息収入を手放しています)。同じことは損切りの裏返しでも起きます。

⭐ポイント⭐:「益出しは、稼いだのではなく、貯金箱を開けただけ」。

含み損側との接続:第1巻で見たとおり、その他有価証券の含み損は未実現の段階で既に純資産を減らしています(→第1巻第8章8-4)。損切りをしても純資産の総額は(時価が同じなら)ほとんど動かず、「評価差額金 → 繰越利益剰余金」への引っ越しが起きるだけでした。ところが損益計算書は違います。 損切りは債券売却損として5勘定尻に立ち、業務純益と当期純利益を当年に一括で押し下げます。純資産では引っ越しにすぎないものが、P/L では新規の損失として現れる ― この落差が、担当者を最も混乱させるところです。

純資産(第1巻の視点) 損益計算書(本巻の視点)
含み損が発生 評価差額金ですでに▲(未実現でも減る) 何も起きない
損切りで実現 引っ越しのみ(総額は不変) 売却損が5勘定尻に計上され、業務純益が減る

一言まとめ:含み損は純資産では"先に"効き、損益計算書では"後から"効く。 効く場所と効く順番が違うだけで、二重に損をしているわけではありません。

9. コア業務純益 ― なぜ債券損益を除くのか

コア業務純益は、業務純益から国債等債券損益(債券5勘定尻)等の一時的要因を除いた指標です。算式は概ね次の形になります(定義の細部は金庫・資料により異なるため、必ず自金庫の開示で確認してください)。

\[\text{コア業務純益} \approx \text{業務純益(一般貸倒引当金繰入前)} - \text{国債等債券損益(債券5勘定尻)}\]

なぜ除くのか。理由は3つあります。

第一に、再現性がないから。含み益は有限です。今年売って利益を作れば、来年売る分は減ります。売れば売るほど翌年以降の「貯金箱」は空になるので、この収益は構造的に持続しません。

第二に、タイミングを選べるから。いつ売るかは金庫の裁量です。裁量で動かせる数字を本業の実力に含めてしまうと、指標が経営の意思で操作可能になり、期間比較も他金庫との比較もできなくなります。

第三に、リスクテイクの結果であって、営業努力の結果ではないから。債券の売却益は、金利が下がったという市場環境の産物です。貸出や手数料のように、職員が顧客に働きかけて積み上げたものとは性質が違います。

担当者の心得:期末が近づき「業務純益の目標に届かないので益出しで埋めよう」という議論が出たとき、担当者が確認すべきは次の順序です。①その売却は、金利見通し・ポートフォリオ構成の観点から経済合理性があるか → ②あるとして、会計・税務・自己資本比率にどう効くか。 「目標に届くから」は理由になりません。順序を逆にした瞬間、それは数字合わせです(→第1巻第20章20-4に同じ規律)。

💡 ここでつまずきやすい:コア業務純益を「良い利益」、債券損益を「悪い利益」と思ってしまう

善悪の話ではありません。債券の売買は市場運用部門の正当な業務であり、適切なポートフォリオ入替えに伴う売却損益はむしろ健全な運用の証拠です。指標が分けているのは「来年も再現できるか」という一点だけです。「悪いから除く」ではなく「性質が違うから分けて見る」― この理解の違いは、経営会議での説明の説得力に直結します。

10. 投信解約損益という抜け道と、指標の再修正

10-1. 投信解約益はどこに残るのか

コア業務純益は債券5勘定尻を除きます。では、投資信託を解約して得た利益はどうでしょうか。

投資信託の解約益は、会計上、国債等債券損益ではなく資金運用収益(有価証券利息配当金)等に計上される扱いとなることがあります。すると次のことが起こります。

債券を売れば除かれる利益が、投資信託を解約すれば除かれずにコア業務純益に残る。

これが実務で問題になった「投信解約益によるコア業務純益のかさ上げ」です。本業の実力を測るはずの指標が、解約というタイミングを選べる行為で膨らんでしまう。経済的な中身は債券の益出しと変わらないのに、指標の上では「本業の稼ぎ」に見えてしまうわけです。

この問題を受けて、地域銀行等の開示では 「コア業務純益(投資信託解約損益を除く)」 という、さらに一段絞り込んだ指標が示されるようになりました。

指標 除くもの 何を見ているか
業務純益 ― 今期いくら稼いだか
コア業務純益 債券5勘定尻 本業の実力(第一次近似)
コア業務純益(投信解約損益除き) 債券5勘定尻+投信解約損益 本業の実力(より厳密)

💡 ここでつまずきやすい:「指標が増えて分かりにくくなった」と感じる

指標が増えたのは、"実力"を測ろうとするたびに、実力でないものが指標の中に入り込む抜け道が見つかったからです。指標と実務のいたちごっこの記録が、この3段構えの指標体系だと理解してください。したがって次に別の抜け道が見つかれば、指標はまた1つ増えます。「なぜこの調整項目があるのか」を歴史ごと理解しておけば、新しい調整項目が出てきても自力で意味を推測できます。

投資信託そのものの会計処理・リスク管理(基準価額の下落と減損、ルックスルーによるリスクアセット計算など)は →第9巻で扱います。

10-2. 「有価証券を売った利益」は、どこに入るのか

10-1 を読んで、次の疑問を持った方は、正しい読み方をしています。

債券を売れば業務純益に入り、コア業務純益からは除かれる。投信を解約すればコア業務純益にまで残る。― では、株式を売った利益はどうなるのか。

答えは、「そもそも業務純益に入らない」です。 ここは新任担当者が最も混乱するところなので、腰を据えて整理します。

判定の基準は、たった1つです。

その損益が、①業務粗利益の中(=その他業務利益等)に計上されるのか、②業務純益より下の臨時損益に計上されるのか。

①なら業務純益に入り、②なら入りません。経済的な性質ではなく、損益計算書のどの段に置かれるかで決まる ― この一点を押さえてください。

主要な取引を並べます。

取引 主な計上区分 業務純益 コア業務純益 経常利益
債券(国債・地方債・社債等)の売却・償還・償却 その他業務利益(債券5勘定尻) 入る 除かれる 入る
株式等の売却・償却 臨時損益(株式等関係損益) 入らない (もともと入らない) 入る
投資信託の解約 資金運用収益(有価証券利息配当金)等となる扱いがある 入る 除かれない(→10-1) 入る
投資信託の売却 株式等売却損益となる扱いがある 入らない扱いがありうる ― 入る
匿名組合出資(TK出資)の損益分配 その他業務収益/費用またはその他経常収益/費用 区分による 除かれない扱いがありうる 入る
買入金銭債権の償還益・売却益 その他業務収益またはその他経常収益 区分による 除かれない扱いがありうる 入る
外国為替売買損益 その他業務利益 入る 除かれない 入る

表の右3列の「まだら模様」こそが、本節の主題です。 同じ「保有していた資産を換金して、過去に積み上がった評価差を当期の損益に振り替えた」という行為でも、対象資産が何かによって、現れる場所がまったく違います。

なぜ株式は臨時損益なのか。 株式は価格変動が大きく、その売却損益を本業の利益の中に置くと、業務純益が市場の値動きで振り回されてしまうからです。「本業(=貸出と手数料と、それに準ずる業務)の利益」という業務純益の性格を守るために、外に出してあると理解してください。銀行が政策保有株式を大量に持っていた時代、株式の益出しは決算の調整弁として使われましたが、それは経常利益の段では見えても、業務純益の段では見えません。

そして、この非対称は損失側でもそのまま成立します。 表をもう一度、損失で読み直してください。債券の減損(償却)は5勘定尻に入るので業務純益を押し下げますが、株式の減損は臨時損益なので業務純益をまったく動かしません。株価が急落して多額の減損を計上した期でも、業務純益とコア業務純益は無傷のままで、経常利益と当期純利益だけが沈む ― こういう決算がありうるということです。「業務純益は前年並みを確保しました」という報告が、株式の大幅減損と同時に成立する。これを知らずに業務純益だけを見ていると、決算の実像を見誤ります。

【設例】どの資産を売っても利益は100。指標はどう動くか

前提(単純化した仮の数字)

項目 金額
業務粗利益(売却等を行わない場合) 1,000
経費 800
業務純益 200
債券5勘定尻・臨時損益 いずれも 0
コア業務純益 200
経常利益 200

ここで、利益100を実現する取引を1つだけ行ったとします。ケースごとに指標を並べます(税効果は考慮せず、単体の効果のみを見ます)。

ケース 業務粗利益 業務純益 コア業務純益 経常利益
①何もしない 1,000 200 200 200
②債券を売って益出し100 1,100 300 200 300
③株式を売って益出し100 1,000 200 200 300
④投信を解約して100 1,100 300 300(※) 300
⑤TK出資の分配益100(その他業務収益に計上した場合) 1,100 300 300 300
⑥買入金銭債権の償還益100(その他業務収益に計上した場合) 1,100 300 300 300
⑦⑤⑥をその他経常収益に計上した場合 1,000 200 200 300

※④は「コア業務純益(投資信託解約損益を除く)」のベースでは200になります(→10-1)。

この表から読み取るべきことは、3つあります。

第一に、経常利益はどのケースも300で同じです。 一番下まで降りれば、利益は同じ100だけ増えている。違うのは、その100が「どの段で」現れるかだけです。

第二に、業務純益を押し上げるかどうかは、資産の種類で正反対になります。 期末に「業務純益が目標に届かないので益出しをしよう」という議論が出たとき、株式を売っても業務純益は1円も増えません。増えるのは経常利益と当期純利益だけです。この事実を知らずに議論に参加すると、話が噛み合いません。

第三に、⑤⑥の「区分による」が、実務で最も気をつけるべき箇所です。 匿名組合出資(いわゆるTK出資。不動産や再生可能エネルギー等のファンドへの出資でよく用いられる形態です)の損益分配や、買入金銭債権(貸出債権・住宅ローン債権等を買い入れたもの)の償還益・売却益は、債券でも株式でもないため、債券5勘定尻にも株式等関係損益にも入りません。その結果、

その他業務収益に計上されれば、業務純益に入り、しかもコア業務純益からも除かれない。

という位置に落ちる可能性があります。これは、10-1 で見た投信解約益とまったく同じ構図です。

⭐ポイント⭐:「指標がはがしているのは、経済的な性質ではなく、勘定科目である」。

ここで、必ずセットで押さえてほしい注意があります。

「業務純益に入らない」ことは、「自己資本比率に効かない」という意味ではありません。

株式の売却益も、当期純利益 → 剰余金 → コア資本という経路をたどるため、自己資本比率は上がります(→第5巻第5章、本巻第12章)。つまり、株式の益出しは「業務純益には現れないが、自己資本比率には現れる」という、さらにねじれた効き方をします。

益出しの対象 業務純益 コア業務純益 経常利益・当期純利益 自己資本比率
債券 ↑ → ↑ ↑
株式 → → ↑ ↑

この表の1行目と2行目の違いが説明できれば、本章は理解できています。 なお、その他有価証券の含み益が自己資本比率の分子に与える効果(中立化されていた含み益が、実現によって算入されるものに変わる)は第12章で扱います。同じ「益出し」でも、損益計算書の段と自己資本比率とでは、効く場所も効き方も違う ― 本シリーズが繰り返す「会計の数字と規制の数字は別物」の、これが最も身近な例です。

💡 ここでつまずきやすい:「実質が同じなら、指標も同じように扱ってくれるはずだ」

誤解:債券の益出しも、買入金銭債権の償還益も、経済的には「保有資産の含み益を実現した」という同じことなのだから、コア業務純益はどちらも除いてくれるはずだ。

正しい理解:指標は経済的な性質を見ていません。定義に書かれた勘定科目を機械的に控除しているだけです。コア業務純益の算式は「業務純益 − 国債等債券損益」であって、「業務純益 − 一時的な性質の損益」ではありません。だから、国債等債券損益という科目に入らない一時的な利益は、そのまま残ります。

これは指標の欠陥というより、指標というものの宿命です。定義を明確にすれば機械的に計算でき、比較可能になる。その代わり、定義の外側に落ちるものは拾えない。だから抜け道が見つかるたびに調整項目が1つ増える(→10-1)。この構造を理解していれば、次にどんな新しい取引が出てきても、自分で「これはどの段に落ちるか」を考えられるようになります。

担当者の心得:新しい種類の投資を検討する会議に出たら、経済的な採算の議論とは別に、必ず次の3つを確認してください。①この損益は、損益計算書のどの科目に入るのか(業務純益に入るのか、臨時損益か) ②コア業務純益の算式で除かれるのか ③自己資本比率上、どう扱われるのか(→第5巻・第12章)。 そして、この3つの答えを、投資を実行する前に、監査法人と経理部門に確認して文書に残すこと。実行後に「思っていた段に入らなかった」と分かっても、もう動かせません。第1巻から繰り返している「①経済合理性 → ②税・会計・規制の確認」という順序の、これが具体形です。

重要な注記:本節の計上区分は、信用金庫・地域銀行の実務で一般的にみられる整理を示したものです。とくにTK出資と買入金銭債権については、契約の内容・保有目的・自金庫の会計方針によって計上区分が異なります。 実際の区分は、自金庫の勘定科目体系と経理規程、監査法人の見解、および銀行法施行規則等に基づく財務諸表の様式で必ず確認してください。 「他の金庫がこう処理しているから」で決めてよい論点ではありません。

ここまでの筋(3行)

① 債券5勘定尻は「貯金箱を開けた結果」であり、再現性がなく、タイミングを選べる。

② だからコア業務純益はこれを除いて「稼ぐ力」を測る。善悪ではなく性質の違いで分けている。

③ ただし指標がはがしているのは勘定科目であって経済的な性質ではない。株式売却益はそもそも業務純益に入らず(臨時損益)、投信解約益・TK出資の分配益・買入金銭債権の償還益は、区分によっては業務純益に入り、しかも除かれない。

次の部では、これらを数字で動かして体感します。


第Ⅳ部 計算例編

11. 【設例】同じ業務純益でも、中身が正反対の2つの金庫

すべて単純化した仮の数字です。A金庫とB金庫は、業務純益がまったく同じ100です。

項目 A金庫 B金庫
資金利益 260 200
役務取引等利益 30 30
その他業務利益(うち債券5勘定尻) 10(0) 70(60)
業務粗利益 300 300
経費 ▲200 ▲200
業務純益 100 100
債券5勘定尻を除く ▲0 ▲60
コア業務純益 100 40

読み方。業務純益だけを見れば、2つの金庫は同じ実力に見えます。しかし中身を開けると、

  • A金庫:資金利益260で経費200を賄い、益出しに頼らず100を稼いでいる。来年も同じ水準を再現できる可能性が高い。
  • B金庫:資金利益200では経費200を賄えず(差し引きゼロ)、益出し60で数字を作っている。来年、売れる含み益がなければコア業務純益は40のまま、あるいはさらに落ちる。

しかも B金庫は、益出しをした分だけ将来の利息収入を手放し、保有債券の含み益というバッファーを消費しています。つまり、来年の資金利益はむしろ減る方向に働きます。

一言まとめ:業務純益が同じでも、A金庫は走っており、B金庫は貯金を取り崩している。 この差は業務純益では見えず、コア業務純益で初めて見えます。

担当者の心得:業績報告では、業務純益とコア業務純益を必ず並記し、両者の差額(=はがした一時的要因)を1行で明示すること。差額こそが、経営が知りたい情報です。

12. 【設例】益出しをすると、どの指標がどう動くか

第1巻とのつながりを、1つの取引で確認します。すべて単純化した仮の数字、実効税率30%。

前提:ある金庫が、取得原価100・時価130(含み益30)のその他有価証券(国債)を保有しており、これを期末に売却(益出し)した。

売却前の状態

場所 状態
その他有価証券評価差額金(純資産) +21(= 含み益30 − 繰延税金負債9)
業務純益・コア業務純益 影響なし
自己資本比率(国内基準・コア資本) 含み益は算入されない(中立化)

売却後の状態

場所 状態
その他有価証券評価差額金 +21 → 0(消える)
国債等債券売却益(5勘定尻) +30
その他業務利益・業務粗利益・業務純益 +30
コア業務純益 ±0(5勘定尻として除かれる)
当期純利益 +21(= 30 − 税金9)
繰越利益剰余金・コア資本 +21
自己資本比率 上昇する(実現によりコア資本が増えるため)

4つの数字で並べる(→第0巻第8〜9章の枠組み)

レンズ 益出しはどう見えるか
①会計 当期純利益+21。ただし純資産の総額は+21−21(評価差額金の消滅)= ほぼ不変
②税務 課税所得+30、納税+9。現金が実際に出ていく
③規制 中立化されていた含み益が実現し、自己資本比率は上昇
④経営管理 経済価値はむしろ悪化(将来の利息収入を手放し、含み益バッファーを消費)

一言まとめ:益出しは、業務純益・自己資本比率・当期純利益を良く見せるが、コア業務純益は動かず、経済価値と将来収益は減る。 指標を選べば「改善」にも「悪化」にも見える取引の典型です。

💡 ここでつまずきやすい:「純資産が増えないのに自己資本比率が上がる」のはなぜか

会計上の純資産は、評価差額金(+21)が繰越利益剰余金(+21)に引っ越しただけなのでほぼ不変です。ところが国内基準の自己資本比率では、評価差額金はもともとコア資本に算入されていません(中立化)。したがって「算入されていなかったもの」が「算入されるもの(利益剰余金)」に変わった分だけ、コア資本が純増して見えるのです。第1巻第21章で扱った含み損側の議論(中立化が外れる)の、ちょうど鏡像にあたります。

⭐ポイント⭐:「含み損の実現は自己資本比率を下げ、含み益の実現は自己資本比率を上げる。どちらも経済価値は変わっていない。」

ここまでの筋(3行)

① 業務純益が同じ2つの金庫も、コア業務純益で見ると走っている金庫と貯金を取り崩す金庫に分かれる。

② 益出しは業務純益・当期純利益・自己資本比率を押し上げるが、コア業務純益は動かない。

③ 指標ごとに答えが違うのは、第0巻の「4つの数字」の実例そのもの。

次の部では、これらの指標を当局がどう見ているかに視点を移します。


第Ⅴ部 規制・監督編

13. 当局は収益性をどう見るか

金融庁・財務局は、自己資本比率が基準を下回る前の段階から、早期警戒制度の枠組みで収益性・信用リスク・市場リスク・流動性といった観点をモニタリングしています。収益性の着眼において、コア業務純益は中心的な指標の一つです(具体的な着眼点・水準・運用は「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」の原文および最新の当局公表資料で必ず確認してください)。

当局の関心は、「この金庫は、持続的に本業で稼げているか。稼げていないなら、将来どこかで自己資本を毀損するのではないか」という点にあります。この観点からすると、第11章の B金庫のように益出しで業務純益を作っている状態は、次のような含意を持ちます。

  1. 本業が経費を賄えていない(コア業務純益が薄い、あるいは赤字)
  2. 益出しの原資である含み益は有限であり、いずれ尽きる
  3. 尽きた後は損益が悪化し、利益剰余金 = コア資本の毀損に直結する(→第5巻)

つまり、コア業務純益は「収益性の指標」であると同時に、将来の自己資本の先行指標なのです。だから当局は、自己資本比率が十分に見える段階からこれを見ています。早期警戒制度と早期是正措置の全体像は →第6巻で扱います。

担当者の心得:「自己資本比率は基準を大きく上回っています」という説明は、収益性の議論の答えになりません。自己資本比率はストック(今の体力)、コア業務純益はフロー(体力の増減速度)です。体力が十分でも、毎年減り続けているなら、いずれ基準を割ります。当局が見ているのは、水準だけでなく方向と速度です。

14. 地域銀行ならどうか/国際統一基準行ならどうか

地域銀行ならどうか。損益の階層構造(業務粗利益 → 業務純益 → コア業務純益)は信用金庫と基本的に同じです。「コア業務純益(投資信託解約損益を除く)」という開示も、もともと地域銀行の開示で広がったものです。異なるのは、上場地銀には株式市場という追加の目がある点です。四半期開示があり、アナリストが業務純益とコア業務純益の差を毎回問い、PBR や資本コストの議論に直結します(→第4巻)。信用金庫にはこの外圧がない分、自律的に「稼ぐ力」を測り、経営に突きつける仕組みを内部に持つ必要があります。

国際統一基準行(および国際的な会計基準)ならどうか。ここが本巻の第3層です。

そもそも「業務純益」「コア業務純益」「債券5勘定尻」は、日本の銀行実務・監督実務が育ててきた独自の概念であり、国際会計基準(IFRS)や国際的な開示に同じ名前の指標が存在するわけではありません。国際的な銀行分析では、純金利収入(Net Interest Income)、役務収益(Fee Income)、トレーディング収益(Trading Income)、営業経費(Operating Expenses)といった区分と、そこから計算される Cost-Income Ratio(≒ OHR)や Pre-provision Operating Profit(与信費用控除前の営業利益。日本の「一般貸倒引当金繰入前業務純益」に発想が近い)といった指標が使われます。

同じ名前がないにもかかわらず、発想は一致しています。「一時的なトレーディング損益を除いて、恒常的な収益力を見る」という分析姿勢は、国際的にも標準です。国内基準の信用金庫に IFRS や国際的な開示基準が適用されるわけではありませんが、この分析姿勢そのものは業界標準の"ものさし"として、国内の当局モニタリングにも経営分析にも取り込まれている ― 本シリーズが繰り返し確認している位置づけが、収益指標の世界でも成り立ちます。

なぜ日本独自の概念が発達したのか。理由の一端は、日本の銀行が保有国債等の債券を大量に抱え、その売買損益が本業の損益を覆い隠しやすい構造にあったことにあります。指標は、その国の金融機関が抱えた問題の形をなぞって進化します。債券5勘定尻という細かい概念が日本に固有なのは、それが日本の地域金融機関にとって現に大きな論点だったからです。

ここまでの筋(3行)

① コア業務純益は収益性の指標であると同時に、将来の自己資本の先行指標。

② 自己資本比率はストック、コア業務純益はフロー。当局は水準だけでなく方向と速度を見る。

③ 「一時的損益を除いて恒常的な収益力を見る」姿勢は国際的にも標準で、名前が違うだけ。


第Ⅵ部 まとめ

15. 実務での留意点

  • 必ず定義を確認する。「業務純益」「コア業務純益」「実質業務純益」は、金庫・資料・年度によって算式の細部が異なることがあります。他金庫や過去年度と比較するときは、同じ定義同士で比較しているかを最初に確かめること。ここを怠った比較表は、経営判断を誤らせます。
  • 必ず業務純益とコア業務純益を並記する。そして差額(はがした一時的要因)を1行で明示する。差額が大きい年ほど、その説明が資料の中心になります。
  • 比率指標は分子・分母のどちらが動いたかを添える。OHR の悪化が経費増によるのか業務粗利益減によるのかで、打ち手はまったく違います。
  • 「その損益がどの段に入るか」を、取引を実行する前に確認する。業務純益に入るのか臨時損益か、コア業務純益で除かれるのか、自己資本比率にどう効くのか。とくにTK出資・買入金銭債権のように債券でも株式でもない資産は、計上区分が金庫の会計方針によって分かれます(→第10章10-2)。
  • 「益出しで業務純益を埋める」という議論では、対象資産を必ず確認する。株式を売っても業務純益は1円も増えません(増えるのは経常利益と当期純利益)。ただし自己資本比率は上がります ― 効く場所が違うだけで、効かないわけではありません(→第10章10-2、第12章)。
  • 株式の減損は業務純益を素通りする。業務純益だけを見ていると、株式の大幅減損を見落とします。必ず経常利益・当期純利益まで降りて確認すること。
  • 益出しの意思決定は順序を守る。①ポートフォリオ運営上の経済合理性 → ②会計・税務・自己資本比率への影響、の順。「目標に届くから」は理由になりません(→第1巻第20章20-4)。
  • 一般貸倒引当金の増減は3要因に切り分ける(残高増/実績率上昇/引当方法の見直し)。増加が即「質の悪化」ではありません(→第14巻)。
  • コア業務純益は将来の自己資本の先行指標と心得る。フローの悪化は、遅れて必ずストックに現れます(→第5巻・第6巻)。
  • 最新の開示様式・定義を確認する。収益指標の開示様式や調整項目は見直されることがあります。本テキストの記述は考え方の枠組みであり、具体的な算式・開示区分は自金庫のディスクロージャー誌と当局の最新公表資料で確認してください。

つまずきやすいポイント総まとめ

用語・概念 章 一言で言うと
業務粗利益は売上高ではない 第1章 既に費用を引いた後の利益概念
5段の階段 第2章 下に降りるほど一時的要因がはがれる
利ざやは厚み、残高は面積 第4章 厚みが薄れると面積では追いつかない
高利回り=リスクの対価 第4章 増えた収益は P/L に、増えたリスクは P/L に見えない
その他業務利益は「作れる」収益 第5章 益出しでいつでも積み増せる
OHR の悪化要因は2つ 第6章 経費増か、業務粗利益減か
一般貸倒引当金繰入前/後 第7章 貸出を伸ばすと引当で利益が押し下げられる
債券5勘定尻 第8章 売却益・売却損・償還益・償還損・償却の合計
益出しは貯金箱を開けただけ 第8章 経済価値は増えていない
含み損は純資産に先、P/L に後 第8章 効く場所と順番が違うだけ
コア業務純益が除く理由 第9章 善悪ではなく「再現できるか」の一点
投信解約損益除きの指標 第10章 抜け道が見つかるたび指標が1つ増える
株式売却益は業務純益に入らない 第10章 臨時損益。増えるのは経常利益と当期純利益だけ
TK出資・買入金銭債権の損益 第10章 債券でも株式でもないため、区分次第で業務純益に残る
はがしているのは勘定科目 第10章 指標は経済的な性質ではなく、定義された科目を控除している
株式の減損も業務純益に効かない 第10章 大幅減損と「業務純益は前年並み」は同時に成立する
業務純益に入らない≠自己資本比率に効かない 第10章 株式の益出しは業務純益には現れないが、コア資本には効く
益出しで自己資本比率が上がる 第12章 中立化されていた含み益が算入されるものに変わるから
ストックとフロー 第13章 自己資本比率は体力、コア業務純益は増減速度

まとめとセルフチェック

一枚でわかる全体像

  1. 銀行の P/L は「お金を仕入れてお金を売る」商売の形をしており、売上高がない。
  2. 損益は5段の階段。資金利益 → 業務粗利益 → 業務純益 → コア業務純益 → 経常利益。
  3. 資金利益は「\(\text{残高} \times \text{利回り差}\)」に分解できる。厚みが薄れると残高では埋めきれない。
  4. その他業務利益には債券5勘定尻が入り、ここは裁量で作れる収益である。
  5. 債券5勘定尻=国債等債券の売却益・売却損・償還益・償還損・償却の合計。
  6. コア業務純益は5勘定尻を除いた「稼ぐ力」。除く理由は、①再現性がない ②タイミングを選べる ③営業努力の結果ではない、の3点。
  7. 投信解約益という抜け道への対応として、投信解約損益を除く指標が生まれた。
  8. どの段に現れるかは、資産の種類で決まる。債券の売却損益は業務純益に入りコア業務純益で除かれる。株式の売却損益は臨時損益で、そもそも業務純益に入らない。TK出資の分配損益・買入金銭債権の償還損益は、計上区分によっては業務純益に入り、しかも除かれない。
  9. 指標がはがしているのは経済的な性質ではなく、定義に書かれた勘定科目である。だから定義の外側に落ちる利益は残る。
  10. 益出しは、業務純益・当期純利益・自己資本比率を押し上げるが、コア業務純益は動かず、経済価値は減る。
  11. コア業務純益は収益性の指標であると同時に、将来の自己資本の先行指標。当局は水準だけでなく方向と速度を見る。

セルフチェック(説明できますか?)

  • 銀行の P/L に売上高がない理由を、商売の形から説明できる
  • 資金利益・業務粗利益・業務純益・コア業務純益の関係を、階段として書き出せる
  • 資金利益を「\(\text{残高} \times \text{利回り差}\)」に分解し、前期比の増減要因を切り分けられる
  • 「利回りの高い運用に替えれば良い」という主張の何が危ういか説明できる
  • OHR が悪化したとき、経費要因と業務粗利益要因を切り分けて説明できる
  • 「一般貸倒引当金繰入前」という但し書きが付く理由を説明できる
  • 債券5勘定尻に含まれる5つの勘定を挙げられる
  • コア業務純益が債券損益を除く理由を3つ挙げられる
  • 「債券損益は悪い利益だから除く」がなぜ不正確か説明できる
  • 投信解約損益を除く指標が生まれた経緯を説明できる
  • 株式の売却益がなぜ業務純益に入らないのか、業務純益の性格から説明できる
  • 株式の大幅減損があっても業務純益が前年並みになりうる理由を説明できる
  • 「業務純益に入らない」ことと「自己資本比率に効かない」ことが別である理由を説明できる
  • 債券・株式・投信解約・TK出資・買入金銭債権について、業務純益/コア業務純益/経常利益への効き方を表で書き出せる
  • 「同じ100の利益でも、経常利益は同じで現れる段だけが違う」ことを設例で示せる
  • 新しい種類の投資を検討するとき、実行前に確認すべき3点を挙げられる
  • 業務純益が同じ2金庫について、コア業務純益で何が見えるか説明できる
  • 益出しをしたとき、当期純利益・純資産・コア業務純益・自己資本比率がそれぞれどう動くか言える
  • 益出しで自己資本比率が上がる理由(中立化との関係)を説明できる
  • コア業務純益が「将来の自己資本の先行指標」である意味を説明できる

用語集

用語 意味
資金運用収益 貸出金利息・有価証券利息配当金・預け金利息等、資金の運用から生じる収益
資金調達費用 預金利息・借用金利息等、資金の調達に要する費用
資金利益 資金運用収益 − 資金調達費用。利ざやの絶対額
役務取引等利益 為替・投信窓販・各種手数料等から対応費用を差し引いた利益
その他業務利益 国債等債券損益・外国為替売買損益等。債券5勘定尻がここに入る
業務粗利益 資金利益+役務取引等利益+その他業務利益
経費 人件費・物件費・税金(業務粗利益から差し引く)
OHR(経費率) \(\text{経費} \div \text{業務粗利益}\)。分母の減少でも悪化する点に注意
業務純益 業務粗利益 − 経費。銀行業の本業利益。一般貸倒引当金繰入の前/後の別がある
実質業務純益 一般貸倒引当金繰入前の業務純益を指す実務上の呼称(定義は資料により異なる)
一般貸倒引当金 貸出ポートフォリオ全体に対し、貸倒実績率等に基づいて積む引当(→第14巻)
債券5勘定尻 国債等債券の売却益・売却損・償還益・償還損・償却を合計した損益
益出し 含み益のある有価証券を売却して、当期の損益に利益を計上すること
損切り 含み損のある有価証券を売却して、損失を実現させること(→第1巻)
コア業務純益 業務純益から債券5勘定尻等の一時的要因を除いた、本業の実力を示す指標
コア業務純益(投資信託解約損益を除く) さらに投資信託の解約損益を控除した、より厳密な実力指標
臨時損益 不良債権処理額・株式等関係損益等、業務純益の下に位置する損益
株式等関係損益 株式等の売却益・売却損・償却の合計。臨時損益に区分され、業務純益には入らない
匿名組合出資(TK出資) 営業者の事業に出資し、損益の分配を受ける形態の出資。計上区分は契約・会計方針による
買入金銭債権 貸出債権・住宅ローン債権等を買い入れて保有する資産。有価証券とは区分される
経常利益 業務純益に臨時損益を加減した利益
預貸金利回り差 貸出金利回り − 預金等利回り
総資金利ざや 資金運用利回り − 資金調達原価(調達利回りに経費率を加えたもの)
早期警戒制度 自己資本比率の区分によらず、収益性・安定性等の観点から早期の改善を促す監督の枠組み(→第6巻)
Cost-Income Ratio 国際的な銀行分析で用いられる経費率。OHR に発想が近い
Pre-provision Operating Profit 与信費用控除前の営業利益。「一般貸倒引当金繰入前業務純益」に発想が近い

参考文献・出典

  • 各信用金庫・地域銀行のディスクロージャー誌(損益の状況、コア業務純益の開示。まず自金庫の実物を通読すること)
  • 一般社団法人全国銀行協会「全国銀行財務諸表分析」等の業界統計(損益区分の定義と全体像)
  • 金融庁「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」(早期警戒制度における収益性の着眼)
  • 金融庁公表の地域金融機関の収益性に関する分析資料(コア業務純益、投資信託解約損益を除くベースの議論の経緯)
  • 銀行法施行規則等に基づく銀行・信用金庫の財務諸表の様式(科目区分の根拠。条番号・様式番号は原文で確認)
  • 自金庫の勘定科目体系・経理規程および監査法人の見解(TK出資・買入金銭債権等の計上区分は必ずこちらで確認する)

本テキストは制度理解のための教育用資料です。業務純益・コア業務純益等の指標の算式や開示区分は、金庫・資料・年度により異なることがあり、また会計基準・監督指針の改正により変更されうるものです。実際の集計・開示・説明にあたっては、自金庫の経理/経営企画部門および監査法人・当局公表資料で必ずご確認ください。

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