第4巻 リスクとリターンの物差し

― ROE・RORA・RAROCと、資本の使い方

対象読者:信用金庫の経営企画部門で、収益計画や部門別採算、資本政策に関わることになった方。「うちには株主がいないのに、なぜ ROE を計算するのか」という疑問を持っている方。

ねらい:「リターンを、それを生むために使った資本・リスクと並べて評価する」という考え方を身につけること。そして、株価という外部の通信簿を持たない信用金庫が、自ら作る通信簿として資本効率の指標をどう使うかを理解すること。

このテキストの特徴:ROE・RORA・RAROC を別々に暗記するのではなく、1本の分解式で結びつけて理解します。そのうえで、信用金庫で RORA を使うときの最大の落とし穴(国債のリスクウェイトは0%)を正面から扱います。

他巻との接続:リターン(分子)の作られ方は →第3巻。リスクアセット(分母)の作られ方は →第5巻。分母が捉えない金利リスクは →第7巻・第8巻。株主の規律がない組織の統治は →第16巻。リスク資本の配賦の全体像は →第18巻。


全体マップ(この一枚で流れがつかめます)

flowchart TD
    P["利益 (→第3巻)<br/>何で割るか?"]
    P --> A["総資産<br/>ROA「規模に対してどうか」"]
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    E --> F["落とし穴:国債のリスクウェイトは0%<br/>→ RORAでは無限大に見える<br/>だが BPV(金利リスク)は確実に消費している<br/>(→第7巻・第8巻)<br/>⇒ 規制資本ベースのRORAだけでは判断を誤る<br/>⇒ RAROCへ"]
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目次

第Ⅰ部 基礎編 ― なぜ協同組織に資本効率の指標が要るのか

  1. 株主がいないのに ROE を計算する理由
  2. 「利益額」ではなく「利益率」で見るということ

第Ⅱ部 指標編

  1. ROA と ROE ― 何で割るかで意味が変わる
  2. RORA ― リスクの量あたりのリターン
  3. 中心式:ROE = RORA ÷ 自己資本比率
  4. RAROC と経済資本 ― 規制の物差しを超える

第Ⅲ部 落とし穴編

  1. 国債のリスクウェイトは0% ― RORA の最大の弱点
  2. 分母を選び間違えると、経営判断が歪む

第Ⅳ部 計算例編

  1. 【設例】4つの運用先を、4つの物差しで並べる
  2. 【設例】資本配賦 ― 限られた資本をどこに配るか

第Ⅴ部 比較編

  1. 上場地銀の世界 ― PBR1倍割れと資本コスト
  2. 国際的な銀行経営と RORA ― なぜ海外では株主目線が前面に出るのか

第Ⅵ部 まとめ

  1. 実務での留意点
  2. つまずきやすいポイント総まとめ/セルフチェック/用語集

第Ⅰ部 基礎編 ― なぜ協同組織に資本効率の指標が要るのか

1. 株主がいないのに ROE を計算する理由

新任担当者が最初に抱く疑問は、まっとうなものです。

ROE(自己資本利益率)は、株主が「自分の出したお金がどれだけ効率よく増えているか」を見る指標のはずだ。株主がいない信用金庫で、なぜこれを計算するのか。

答えは3つあります。

理由①:自己資本は無限ではないから。

第5巻第5章で見たとおり、信用金庫が自己資本を増やす手段は、事実上利益の蓄積だけです。市場で増資はできません。つまり、自己資本は、増やすのに何年もかかる、極めて希少な資源です。

希少な資源には、必ず配分の問題が生じます。限られた自己資本を、貸出に使うのか、有価証券に使うのか、どの分野に厚く配るのか。 この問いに答えるには、「どの使い道が、資本1単位あたり最も多くのリターンを生むか」を測らなければなりません。それが資本効率の指標です。

理由②:株価という通信簿がないから。

第16巻第12章で見たとおり、上場地銀には株価・PBR という外部の評価が毎日つきます。信用金庫にはこれがありません。評価されないことは、問題がないことを意味しません。 評価されないからこそ、自分で自分を測る通信簿を作る必要がある ― これが本巻の出発点です。

理由③:自己資本比率だけでは経営の舵を取れないから。

自己資本比率は「潰れないか」を測る指標です(→第5巻)。しかし「この事業をやるべきか」「どちらの運用が有利か」という日々の判断には答えてくれません。健全性の指標と、意思決定の指標は別なのです。

⭐ポイント⭐:「自己資本比率は守りの指標、資本効率は攻めの指標」。

💡 ここでつまずきやすい:「非営利だから資本効率は関係ない」

第0巻第2章で述べたとおり、非営利とは「営利(出資者への利益分配の最大化)を第一の目的としない」という意味であって、赤字でよいという意味ではありません。むしろ、増資ができない信用金庫にとって、利益を出せないことは将来の貸出余力そのものを失うことを意味します。地域に資金を供給し続けるためにこそ、資本効率が要る ― この理解が、協同組織における資本効率論の正しい立て方です。

2. 「利益額」ではなく「利益率」で見るということ

資本効率の指標はすべて、「\(\text{利益} \div \text{何か}\)」という分数です。分母に何を置くかで意味が変わります。

指標 分母 問い
ROA 総資産 資産の規模に対して、どれだけ稼いだか
ROE 自己資本 資本の出し手に対して、どれだけ稼いだか
RORA リスクアセット 規制上のリスクの量に対して、どれだけ稼いだか
RAROC 経済資本(自ら計測したリスク量) 実際のリスクの量に対して、どれだけ稼いだか

なぜ額ではなく率なのか。 第5巻第1章で自己資本比率について述べたのと同じ理屈です。「利益10億円」だけでは、多いのか少ないのか判断できません。 100億円の資本を使って10億円なら優秀ですが、1,000億円の資本を使って10億円なら物足りない。投じた資源と並べて初めて、評価ができるのです。

担当者の心得:収益計画の資料を作るとき、利益の目標額だけを書いてはいけません。その利益を生むために、どれだけの資産・資本・リスクを使うのかを必ず併記してください。額だけの目標は、「リスクを取れば達成できる」という抜け道を残します。

ここまでの筋(3行)

① 自己資本は増資できない希少な資源であり、配分の問題が必ず生じる。

② 株価という外部の通信簿がないからこそ、自分で作る必要がある。

③ 自己資本比率は守りの指標、資本効率は攻めの指標。目的が違う。


第Ⅱ部 指標編

3. ROA と ROE ― 何で割るかで意味が変わる

\[\text{ROA(総資産利益率)} = \frac{\text{利益}}{\text{総資産}} \qquad \text{ROE(自己資本利益率)} = \frac{\text{利益}}{\text{自己資本}}\]

【設例】(単純化した仮の数字)

ある信用金庫:総資産5,000、自己資本160、当期純利益8。

  • ROA = 8 ÷ 5,000 = 0.16%
  • ROE = 8 ÷ 160 = 5.0%

同じ利益なのに、ROA は0.16%、ROE は5.0%。 30倍以上の開きがあります。この差は何でしょうか。

答えは、レバレッジ(てこ)です。 総資産5,000を自己資本160で支えているので、レバレッジは 5,000 ÷ 160 = 約31倍。銀行業は、薄い自己資本で大量の資産を動かす商売です(→第0巻第5章)。

\[\begin{aligned} \text{ROE} &= \text{ROA} \times \frac{\text{総資産}}{\text{自己資本}} = \text{ROA} \times \text{レバレッジ} \\ &= 0.16\% \times 31.25 = 5.0\% \end{aligned}\]

💡 ここでつまずきやすい:「ROE を上げればよい」という短絡

上の式を見ると、レバレッジを上げれば ROE は上がることが分かります。自己資本を減らして資産を増やせばよい。しかしこれは、自己資本比率を下げることとまったく同じです(→第5巻)。ROE の改善と健全性の悪化は、同じコインの裏表になり得ます。 ROE だけを目標にすると、金融機関は必ず過剰なレバレッジに向かいます。リーマンショック前の欧米金融機関で起きたのが、まさにこれです。だから ROE は、単独では銀行経営の指標として不完全なのです。次章の RORA が必要になる理由が、ここにあります。

4. RORA ― リスクの量あたりのリターン

\[\text{RORA(リスクアセット対比利益率)} = \frac{\text{利益}}{\text{リスクアセット}}\]

分母がリスクアセット(→第5巻第8章)であることが、この指標の本質です。総資産ではなく、リスクの大きさに応じて重み付けした資産で割ります。

なぜこれが銀行にとって重要なのか。 総資産で割る ROA は、国債100億円と無担保貸出100億円を同じ「100億円の資産」として扱います。しかし、この2つのリスクはまったく違う。リスクの違いを無視した効率指標は、経営判断を誤らせます。

RORA は、「規制上のリスクを1単位使って、どれだけ稼いだか」を測ります。自己資本比率規制の下では、リスクアセットこそが消費される資源だからです。

   リスクアセットを使う = 自己資本を使う
   (自己資本比率が一定なら、リスクアセット1増やすには自己資本も比例して必要)

⭐ポイント⭐:「ROA は資産を、RORA はリスクを、希少な資源とみなす」。銀行にとって希少なのは資産ではなく、リスクを取る余力です。

5. 中心式:ROE = RORA ÷ 自己資本比率

ここが本巻の核心です。3つの指標は、1本の式で結びつきます。

\[\text{RORA} = \frac{\text{利益}}{\text{リスクアセット}} \qquad \text{自己資本比率} = \frac{\text{自己資本}}{\text{リスクアセット}}\]
\[\begin{aligned} \frac{\text{RORA}}{\text{自己資本比率}} &= \frac{\text{利益}}{\text{リスクアセット}} \times \frac{\text{リスクアセット}}{\text{自己資本}} \\ &= \frac{\text{利益}}{\text{自己資本}} \;=\; \text{ROE} \end{aligned}\]

\(\text{ROE} = \dfrac{\text{RORA}}{\text{自己資本比率}}\)

この式が意味することを、丁寧に読み解きます。

【設例】(単純化した仮の数字)

項目 値
当期純利益 8
リスクアセット 2,400
自己資本(コア資本) 160
RORA 8 ÷ 2,400 = 0.33%
自己資本比率 160 ÷ 2,400 = 6.67%
ROE 0.33% ÷ 6.67% = 5.0% ✓(8 ÷ 160 と一致)

読み方①:ROE を上げる方法は2つしかない。

  • RORA を上げる(分子):同じリスク量で、より多く稼ぐ ← 本来目指すべき道
  • 自己資本比率を下げる(分母):同じ稼ぎを、より薄い資本で ← 健全性を犠牲にする道

読み方②:健全性と収益性のトレードオフが、式として見える。

自己資本比率を6.67%から10%に引き上げれば、RORA が同じなら ROE は 0.33% ÷ 10% = 3.3% に下がります。安全になるほど、資本効率は下がる。 これは失敗ではなく、構造的な事実です。

読み方③:だから、本当の勝負は RORA にある。

自己資本比率は健全性の要請から下限が決まっています。ROE を犠牲にせず健全性を高めるには、RORA を上げるしかありません。つまり、

「同じリスク量で、より多く稼ぐ」 ― これが資本効率経営の本体です。

担当者の心得:経営会議で「ROE を改善したい」という話が出たら、必ずこの式を書いてください。そして「RORA を上げるのか、自己資本比率を下げるのか、どちらの話をしているのか」を確認する。この一手間が、議論を健全に保ちます。

6. RAROC と経済資本 ― 規制の物差しを超える

RORA の分母は規制上のリスクアセットです。しかし第5巻第8〜9章で見たとおり、リスクアセットは信用リスクを数えるが、金利リスクを数えません。

そこで、自ら計測したリスク量(経済資本)を分母に置く指標が使われます。

\[\text{RAROC(リスク調整後資本利益率)} = \frac{\text{リスク調整後の利益}}{\text{経済資本}}\]

経済資本とは、「この事業・ポートフォリオが抱えるリスクを吸収するために、どれだけの資本が必要か」を自ら計測した額です。信用リスク、市場リスク(金利リスクを含む)、オペレーショナル・リスクを、それぞれの計測手法で測り、必要に応じて合算します(合算の方法とリスク資本配賦の全体像は →第18巻)。

RORA RAROC
分母 規制上のリスクアセット 自ら計測した経済資本
長所 計算が容易。当局・他行と比較できる 実際のリスクを反映。金利リスクも入る
短所 規制が捉えないリスクが抜け落ちる 計測手法が自金庫の判断に依存し、比較が難しい

⭐ポイント⭐:「RORA は比べるための物差し、RAROC は決めるための物差し」。外部と比較するには RORA、内部で意思決定するには RAROC ― という使い分けが実務的です。

ここまでの筋(3行)

① \(\text{ROE} = \text{ROA} \times \text{レバレッジ}\)。ROE 単独では、健全性の悪化と改善が区別できない。

② ROE = RORA ÷ 自己資本比率。ROE を上げる道は「RORA を上げる」か「自己資本比率を下げる」かの2つだけ。

③ RORA の分母は規制が捉えるリスクだけ。実際のリスクで測るには経済資本ベースの RAROC が要る。

次の部では、この「規制が捉えないリスク」が具体的に何を引き起こすかを見ます。


第Ⅲ部 落とし穴編

7. 国債のリスクウェイトは0% ― RORA の最大の弱点

信用金庫で RORA を使うとき、必ずぶつかる問題があります。

第5巻第9章で見たとおり、自国通貨建ての日本国債のリスクウェイトは0%です。したがって、国債を100億円買ってもリスクアセットは1円も増えません。

すると、RORA の計算はどうなるでしょうか。

\[\text{国債の RORA} = \frac{\text{利益}}{0} = \infty\]

分母がゼロなので、RORA は計算不能(無限大)になります。 指標の上では、国債は「リスクを一切使わずに利益を生む、無限に効率のよい運用」に見えるのです。

これは明らかに誤りです。 第8巻で見たとおり、デュレーション10年の国債を100億円持てば、金利が1%上昇したときに約10億円の含み損が生じます。リスクは確実に存在します。 ただ、自己資本比率規制の分母がそれを数えていないだけです。

規制上のリスク(リスクアセット) 実際のリスク
中小企業向け貸出100 大きい(RW 75%程度) 信用リスク
10年国債100 ゼロ(RW 0%) 金利リスク(BPV で測れば大きい)

⭐ポイント⭐:「規制の目には無料に見える運用が、経済的にはまったく無料ではない」。

💡 ここでつまずきやすい:「RORA を経営目標にすればよい」

RORA を単独の経営目標に据えると、組織は必ず「リスクアセットを消費しない運用」に流れます。国債・地方債を買えば RORA は改善し、中小企業向け貸出を減らせばさらに改善する。指標は改善し、地域金融機関としての機能は縮み、金利リスクだけが積み上がる。 これは架空の懸念ではなく、指標運用の設計を誤ったときに現実に起こりうる帰結です。指標は必ず、それが捉えていないものとセットで運用しなければなりません。

対処の方向は2つあります。

  1. RORA の分母に、金利リスク相当の経済資本を加える(=RAROC に寄せる)。
  2. RORA と、金利リスク量(BPV・ΔEVE)を必ず並べて提示する(→第7巻・第8巻)。

実務的には、まず2から始めるのが現実的です。計測体制が整うにつれて1へ進みます。

8. 分母を選び間違えると、経営判断が歪む

第7章の話を一般化します。効率指標は、分母に置いたものを「希少な資源」として扱い、それを節約する方向に組織を動かします。

分母 組織が節約しようとするもの 起こりうる歪み
総資産(ROA) 資産の量 リスクの高低を無視して、残高だけを絞る
自己資本(ROE) 自己資本 レバレッジを高め、健全性を損なう
リスクアセット(RORA) 規制上のリスク 国債等に偏り、金利リスクが積み上がる
経済資本(RAROC) 実際のリスク 計測されていないリスク(流動性・風評等)に偏る

どの指標にも死角があります。 したがって実務の答えは、「正しい指標を1つ選ぶ」ではなく、「複数の指標を並べ、それぞれの死角を他の指標で補う」ことになります。

担当者の心得:資本効率の資料を作るときは、必ず次の4点セットで示してください。①リターン(利益)②規制上のリスク消費(リスクアセット・RORA)③規制が捉えないリスク(BPV・ΔEVE →第7巻)④健全性への影響(自己資本比率)。どれか1つを目標に掲げた瞬間、組織はその指標の死角に向かって最適化を始めます。


第Ⅳ部 計算例編

9. 【設例】4つの運用先を、4つの物差しで並べる

すべて単純化した仮の数字です。実効税率30%。リスクウェイトも設例用の値であり、実際の告示の値ではありません。各運用先に100を投じた場合を比較します。

前提

運用先 利回り 調達・経費 与信費用 税引前利益 税引後利益 設例上のRW リスクアセット
A:中小企業向け貸出 1.50% 0.80% 0.30% 0.40 0.28 75% 75
B:住宅ローン 0.70% 0.50% 0.02% 0.18 0.126 35% 35
C:10年国債 0.80% 0.30% ― 0.50 0.35 0% 0
D:投資信託 2.00% 0.30% ― 1.70 1.19 100% 100

物差し①:ROA(総資産100に対して)

A B C D
ROA 0.28% 0.126% 0.35% 1.19%

→ D(投資信託)が圧倒的に有利に見えます。

物差し②:RORA(リスクアセットに対して)

A B C D
RORA 0.28 ÷ 75 = 0.37% 0.126 ÷ 35 = 0.36% 0.35 ÷ 0 = 計算不能(∞) 1.19 ÷ 100 = 1.19%

→ C(国債)が無限大で1位、次いで D。A と B はほぼ同水準。

物差し③:金利リスクの消費(BPV。→第8巻第7章)

デュレーションを、A=3年、B=8年(繰上返済を考慮した実質)、C=9年、D=(価格変動リスクを別途評価)と仮定します。

A B C D
金利1%上昇時の価値変動 ▲3 ▲8 ▲9 (基準価額の変動による。株式等を含めば別のリスク)

→ RORA で1位だった C が、金利リスクでは最悪という逆転が起きます。

物差し④:自己資本比率への影響

A B C D
リスクアセットの増加 +75 +35 0 +100
自己資本比率への影響 低下 小幅低下 影響なし 最も低下

4つの物差しを一枚に

順位 ROA RORA 金利リスクの少なさ 自己資本比率への優しさ
1位 D 投信 C 国債(∞) A 貸出 C 国債
2位 C 国債 D 投信 B 住宅ローン B 住宅ローン
3位 A 貸出 A 貸出 D 投信(別種のリスク) A 貸出
4位 B 住宅ローン B 住宅ローン C 国債 D 投信

一言まとめ:C(国債)は、RORA と自己資本比率では最優秀、金利リスクでは最悪。 順位が完全に逆転しています。どの物差しを見るかで、結論が正反対になるのです。

担当者の心得:この表を作ったうえで、経営に対しては次のように整理して提示します。「Dは収益性が高いが、規制資本と価格変動リスクを最も消費する。Cは規制上は無料に見えるが、金利リスクを最も消費する。AとBは規制資本を消費するが、金利リスクは相対的に小さく、地域金融機関としての本業でもある。」 順位表を出すだけでなく、それぞれが何を消費しているのかを言語化するのが担当者の仕事です。

投資信託(D)についての注意:分配金利回りが高く見えても、それが元本の払戻しに相当する部分を含むことがあります。また、解約益がコア業務純益の「見かけ」をかさ上げする論点(→第3巻第10章)や、基準価額下落時の減損、ルックスルーによるリスクアセット計算の論点があります。詳細は →第9巻で扱います。利回りの数字だけを比較表に載せてはいけない代表例です。

10. 【設例】資本配賦 ― 限られた資本をどこに配るか

資本効率の指標は、最終的に資本配賦という形で経営管理に組み込まれます。

考え方:自己資本のうち、リスクを取るために使ってよい額(リスク資本)をあらかじめ決め、それを部門・リスクカテゴリーごとに配分する。各部門は、配分された枠の範囲でリスクを取り、その枠あたりのリターンで評価される。

【設例】(単純化した仮の数字)

コア資本160のうち、リスク資本として120を配賦するとします。

部門 配賦資本 税引後利益 配賦資本利益率
貸出部門 60 3.0 5.0%
市場運用部門 40 3.2 8.0%
その他(手数料業務等) 20 1.8 9.0%
合計 120 8.0 6.7%

読み方。この表だけを見れば、市場運用部門とその他部門の効率が高く、貸出部門は見劣りします。「では貸出を減らして市場運用を増やそう」― これが最も危険な結論です。

理由は3つあります。

第一に、配賦資本の測り方に依存する。 市場運用部門への配賦40が、金利リスクを適切に反映しているか。第7章で見たとおり、規制ベースのリスクアセットで配賦すると、国債中心の運用にはほとんど資本が配賦されず、効率が過大に見えます。

第二に、リスクの性質が違う。 貸出の信用リスクは、平常時にじわじわ発現します。市場運用の金利リスクは、ある年に一気に発現します(→第6巻第9章の設例)。平均的なリターンが同じでも、損失の出方の形が違うのです。

第三に、信用金庫の存在意義に関わる。 地区内の中小企業への資金供給は、信用金庫が制度上担っている機能です(→第0巻第2章、→第16巻第10章)。効率だけで貸出を縮小することは、業態の存立基盤を削ることでもあります。

担当者の心得:資本配賦の資料を作るときは、配賦資本の測り方(規制ベースか、経済資本ベースか)を必ず明記してください。そして、部門間の効率比較は「だから縮小・拡大せよ」という結論に直結させず、「なぜこの差が生じているのか」を分析する材料として提示する。指標は判断の材料であって、判断そのものではありません。資本配賦の詳細は →第18巻で扱います。


第Ⅴ部 比較編

11. 上場地銀の世界 ― PBR1倍割れと資本コスト

地域銀行(株式会社)ならどうか。上場地銀には、信用金庫にはない外部の物差しがあります。

PBR(株価純資産倍率)= 株価 ÷ 1株あたり純資産

PBR が1倍を下回るということは、市場が「この銀行の純資産は、額面どおりの価値がない」と評価していることを意味します。より正確には、この銀行は、株主が求めるリターン(資本コスト)を上回る利益を生めていないという評価です。

\[\begin{aligned} \text{ROE} > \text{資本コスト} &\;\Longrightarrow\; \text{PBR は1倍を超える方向} \\ \text{ROE} < \text{資本コスト} &\;\Longrightarrow\; \text{PBR は1倍を下回る方向} \end{aligned}\]

多くの上場地銀が長く PBR1倍割れの状態にあることは、「地域銀行は、株主が求める水準の資本効率を達成できていない」という市場の評価が続いていることを意味します。証券取引所からの要請もあり、上場地銀は資本コストを意識した経営と、その説明を求められています。

信用金庫にとって、これは他人事か。 違います。PBR という数字が出ないだけで、同じ問題は存在します。

信用金庫にとっての「資本コスト」に相当するものは何でしょうか。株主への配当ではありません。「自己資本を維持・成長させ、将来にわたって地域に資金を供給し続けるために、最低限必要な収益水準」です。

  • 自己資本比率を維持しながら資産を成長させるには、成長率に見合った利益が要る
  • 与信費用や有価証券の損失を吸収するには、平時にその分の利益を積んでおく必要がある
  • 出資配当を続けるにも、原資が要る

これらを足し合わせた「最低限必要な ROE」を自分で定義し、実績と比べる ― 市場が評価してくれない組織が、自ら通信簿を作るとは、そういう作業です。

⭐ポイント⭐:「上場地銀は市場に資本コストを突きつけられ、信用金庫は自分で突きつけなければならない」。

12. 国際的な銀行経営と RORA ― なぜ海外では株主目線が前面に出るのか

国際的な世界では何が起きているか(第3層)。

グローバルに活動する大手銀行(G-SIBs 等)の経営では、RORA や CET1 比率をめぐる議論が経営戦略の中心にあります。理由は明快で、これらの銀行は株主から資本を調達しており、株主が求めるリターンを満たせなければ資本を引き揚げられるからです。資本が集まらなければ、規制上必要な自己資本を維持できず、事業を縮小せざるを得ません。

そのため、国際的な銀行では次のような経営判断が日常的に行われます。

  • リスクアセットを多く消費する事業から撤退する(RORA の改善)
  • 資本効率の低い地域・部門を売却する
  • 自己資本比率が規制上の要求を上回る部分を、自社株買いや配当で株主に返す

なぜ信用金庫ではこうならないのか。 理由は3つあります。

  1. 資本を市場から調達していないため、株主に資本を引き揚げられるという圧力がない。
  2. 事業からの撤退・売却という選択肢が乏しい。地区と会員資格が制度で決まっている以上、「効率の悪い地域から撤退する」ことはできません(→第16巻第10章)。
  3. 余剰資本を返すという発想が制度上なじまない。自己資本は会員のものであると同時に、将来にわたって地域に資金を供給し続けるための原資であり、出資配当率にも上限があります。

必ず押さえる位置づけ:RORA・RAROC・資本配賦という枠組み自体は、国際的な銀行経営の実務から発展してきたものであり、信用金庫に規制として適用されるものではありません。しかし、「リターンを、それを生むために消費したリスクと資本で割って評価する」という考え方は、業界標準の"ものさし"として、国内の経営管理にも当局のモニタリングにも入り込んでいます。株主の圧力がないからこそ、自律的にこの規律を課す必要がある ― これが協同組織における資本効率論の結論です。


第Ⅵ部 まとめ

13. 実務での留意点

  • 利益の目標額だけを掲げない。必ず、それを生むために使う資産・資本・リスクを併記する。
  • ROE を単独の目標にしない。レバレッジを高めれば ROE は上がる。それは健全性の悪化と同じことです。
  • \(\text{ROE} = \text{RORA} \div \text{自己資本比率}\) の式を常に手元に置く。「RORA を上げる話か、自己資本比率を下げる話か」を確認する。
  • RORA の死角(国債のリスクウェイト0%)を必ず補う。RORA と BPV・ΔEVE を並べて提示する(→第7巻・第8巻)。
  • 指標は、それが捉えていないものとセットで運用する。組織は、分母に置かれたものを節約する方向に動きます。
  • 資本配賦の資料には、配賦資本の測り方を必ず明記する。規制ベースか経済資本ベースかで、結論が変わります。
  • 効率比較を「だから縮小・拡大せよ」に直結させない。指標は判断の材料であって、判断そのものではありません。
  • 信用金庫にとっての「資本コスト」を自分で定義する。市場が評価してくれない以上、自ら通信簿を作るしかありません。

つまずきやすいポイント総まとめ

用語・概念 章 一言で言うと
株主がいないのに ROE を計算する理由 第1章 自己資本は増資できない希少資源だから
非営利だから資本効率は関係ない? 第1章 稼げないことは将来の貸出余力を失うこと
守りの指標と攻めの指標 第1章 自己資本比率は「潰れないか」、資本効率は「どう使うか」
\(\text{ROE} = \text{ROA} \times \text{レバレッジ}\) 第3章 ROE の改善と健全性の悪化は表裏になりうる
RORA の分母の意味 第4章 銀行にとって希少なのは資産ではなくリスクを取る余力
ROE = RORA ÷ 自己資本比率 第5章 ROE を上げる道は2つだけ。本筋は RORA
RORA と RAROC の使い分け 第6章 比べるための物差しと、決めるための物差し
国債の RORA は無限大 第7章 規制の目には無料に見えるが、金利リスクは確実に消費している
分母が組織を動かす 第8章 分母に置いたものを節約する方向に最適化が起きる
順位が物差しで逆転する 第9章 RORA1位の国債が、金利リスクでは最下位
配賦資本の測り方 第10章 規制ベースだと市場運用の効率が過大に見える
PBR1倍割れの意味 第11章 ROE が資本コストを下回っているという市場の評価
信金の「資本コスト」 第11章 地域に供給し続けるために最低限必要な収益水準

まとめとセルフチェック

一枚でわかる全体像

  1. 信用金庫が資本効率を測るのは、①自己資本が増資できない希少資源だから ②株価という通信簿がないから ③自己資本比率だけでは舵を取れないから。
  2. 効率指標はすべて「利益 ÷ 何か」。分母に何を置くかで意味が変わる(総資産/自己資本/リスクアセット/経済資本)。
  3. ROE = ROA × レバレッジ。ROE 単独では、健全性の悪化による改善と区別がつかない。
  4. 中心式:ROE = RORA ÷ 自己資本比率。ROE を上げる道は「RORA を上げる」か「自己資本比率を下げる」かの2つだけで、本筋は RORA。
  5. RORA は比べるための物差し、RAROC(経済資本ベース)は決めるための物差し。
  6. RORA の最大の死角は、国債のリスクウェイトが0%であること。指標上は無限に効率がよく見えるが、金利リスクは確実に消費している。
  7. 組織は、分母に置かれたものを節約する方向に最適化する。だから指標は、それが捉えていないものとセットで運用する。
  8. 同じ4つの運用先が、物差しを変えると順位が完全に逆転する。担当者の仕事は、それぞれが何を消費しているかを言語化すること。
  9. 資本配賦は、配賦資本の測り方で結論が変わる。効率比較を縮小・拡大の結論に直結させない。
  10. 上場地銀は市場に資本コストを突きつけられる。信用金庫は、自分で「最低限必要な ROE」を定義するしかない。

セルフチェック(説明できますか?)

  • 株主のいない信用金庫が資本効率を測る理由を3つ挙げられる
  • 「非営利だから収益性は二の次」がなぜ誤りか説明できる
  • ROA と ROE の違いを、レバレッジを使って説明できる
  • 「ROE を上げればよい」という主張の危うさを説明できる
  • RORA の分母がリスクアセットである理由を説明できる
  • \(\text{ROE} = \text{RORA} \div \text{自己資本比率}\) を導出できる
  • この式から、ROE を上げる2つの道と、目指すべき道を説明できる
  • 自己資本比率を高めると ROE が下がることを、式で説明できる
  • RORA と RAROC の違いと、使い分けを説明できる
  • 国債の RORA が計算不能になる理由と、それがなぜ問題かを説明できる
  • 「RORA を経営目標にすると何が起きるか」を説明できる
  • 4つの運用先を、ROA・RORA・金利リスク・自己資本比率の4つの物差しで比較できる
  • 資本配賦の資料で、配賦資本の測り方を明記すべき理由を説明できる
  • PBR1倍割れが何を意味するか説明できる
  • 信用金庫にとっての「資本コスト」に相当するものを自分の言葉で定義できる
  • 国際的な銀行が RORA を経営の中心に置く理由と、信用金庫でそうならない理由を説明できる

用語集

用語 意味
ROA(総資産利益率) \(\text{利益} \div \text{総資産}\)
ROE(自己資本利益率) \(\text{利益} \div \text{自己資本}\)
RORA \(\text{利益} \div \text{リスクアセット}\)。規制上のリスク量あたりのリターン
RAROC \(\text{リスク調整後利益} \div \text{経済資本}\)。自ら計測したリスク量あたりのリターン
レバレッジ \(\text{総資産} \div \text{自己資本}\)。薄い資本で大きな資産を動かす度合い
リスクアセット 資産にリスクウェイトを掛けて換算した金額(→第5巻)
経済資本 抱えるリスクを吸収するために必要と自ら計測した資本の額(→第18巻)
リスク資本 自己資本のうち、リスクを取るために使ってよいと定めた額
資本配賦 リスク資本を部門・リスクカテゴリーに配分する経営管理の手法
資本コスト 資本の出し手が求める最低限のリターン
PBR(株価純資産倍率) 株価 ÷ 1株あたり純資産。1倍割れは市場の評価が純資産を下回る状態
G-SIBs グローバルにシステム上重要な銀行
CET1 国際統一基準における最も損失吸収力の強い資本(→第5巻)
BPV 金利が1bp動いたときの価格変化額(→第8巻)
ΔEVE 金利ショックによる経済価値の変動額(→第7巻)
コア業務純益 業務純益から一時的要因を除いた「稼ぐ力」の指標(→第3巻)
与信費用 貸倒引当金繰入額・貸出金償却等(→第14巻)

参考文献・出典

  • 各信用金庫・地域銀行のディスクロージャー誌および決算説明資料(ROE・RORA・資本配賦の開示例)
  • 金融庁公表の地域金融機関の収益性・持続可能性に関する分析資料
  • 東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する要請(上場会社を対象とする枠組み。対比のため)
  • バーゼル銀行監督委員会の公表文書(リスクアセット、CET1 の考え方)
  • 日本銀行金融機構局金融高度化センターの統合的リスク管理・資本配賦に関する各種資料
  • 自金庫の経営計画・収益管理規程および資本配賦の内部規程

本テキストは制度理解のための教育用資料です。本文中の利回り・リスクウェイト・金額はすべて設例用に単純化した仮の数字であり、実際の告示の値や商品の条件を示すものではありません。特定の運用手段の推奨を意図するものでもありません。実際の経営判断・指標の設計にあたっては、自金庫の経営企画/リスク管理部門および当局公表資料で必ずご確認ください。

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