第13巻 預金商品と負債サイドの管理

― 仕組預金・大口定期・調達コストを、リスクの言葉で読む

対象読者:信用金庫の資金証券・企画部門で、預金商品の設計や調達構造の管理に関わることになった方。営業店では「預金を集める」側にいたが、本部で預金を負債・リスクとして見る視点に切り替える段階を想定しています。

ねらい:預金を「集める対象」ではなく、「コスト・粘着性・オプション性の3つの性質を持つ調達手段」として読めるようになること。とくに仕組預金の上乗せ金利の正体を理解し、商品性を説明できるようになること。

このテキストの特徴:預金商品を、デリバティブの言葉で分解します。仕組預金は「預金+オプションの売却」であり、上乗せ金利はオプションの対価です。この見方を持つと、商品性も顧客説明の要点も一度に理解できます。

他巻との接続:預金の流出率と粘着性は →第2巻(とくに第3章・第4章)。コア預金として金利リスクに与える影響は →第7巻第8〜9章。調達コストと資金利益の関係は →第3巻第3〜4章。市場からの調達手段は →第12巻。組込デリバティブの会計は →第11巻。オプションの非対称性は →第8巻第6章。


全体マップ(この一枚で流れがつかめます)

flowchart TD
    T["預金を「3つの性質」で読む (第Ⅰ部)"]
    T --> A["①コスト<br/>いくら払うか<br/>→第3巻(資金利益)"]
    T --> B["②粘着性<br/>どれだけ居座るか<br/>→第2巻(流出率)・第7巻(コア預金)"]
    T --> C["③オプション性<br/>相手に選択権があるか<br/>→本巻の核心"]
    C --> D["【顧客が持つオプション】<br/>定期預金の中途解約<br/>→金利上昇時に行使される<br/>→金庫に不利"]
    C --> E["【金庫が持つオプション】<br/>仕組預金の期限延長・早期償還<br/>→上乗せ金利はその対価<br/>→預金者にとっては両側で不利"]
    D --> F["「オプションは、常に持っている側に有利に行使される」"]
    E --> F
    F --> G["調達構造をどう管理するか(第Ⅳ部)<br/>― 大口依存度と調達コスト"]
    style F fill:#fde,stroke:#c39

目次

第Ⅰ部 基礎編 ― 預金を3つの性質で読む

  1. 本部から見た預金は「負債」である
  2. コスト・粘着性・オプション性

第Ⅱ部 通常の預金商品

  1. 流動性預金と定期預金 ― 何が違うのか
  2. 金利更改リスク ― 満期が来るたびに条件が変わる
  3. 定期預金の中途解約 ― 顧客が持つオプション

第Ⅲ部 仕組預金(核心)

  1. 仕組預金とは何か ― 「預金+オプションの売却」
  2. 上乗せ金利の正体
  3. 【設例】コーラブル預金は、どちらに転んでも預金者に不利
  4. 会計上の扱いと、顧客説明態勢

第Ⅳ部 調達構造の管理

  1. 大口依存度をどう測るか
  2. 調達コストと預貸金利回り差

第Ⅴ部 制度・比較編

  1. 金利自由化という前提 ― なぜ「調達コスト」が経営課題になったのか
  2. 海外の教訓 ― 粘着性の低い調達への警戒

第Ⅵ部 まとめ

  1. 実務での留意点
  2. つまずきやすいポイント総まとめ/セルフチェック/用語集

第Ⅰ部 基礎編 ― 預金を3つの性質で読む

1. 本部から見た預金は「負債」である

営業店から本部に来た人が、最初に頭を切り替えなければならないのがここです。

営業店では「預金○億円達成」が成果でした。しかし会計上、預金は負債です(→第0巻第5章)。集めた瞬間に利益が出るわけではなく、運用して利ざやを稼いで初めて収益になります。

さらに、預金には運用側にはない厄介な性質があります。

貸出金は満期まで回収できないが、預金は預金者の都合でいつでも引き出される。

この非対称が銀行業の宿命的なリスクです(→第2巻第1章)。だから本部では、預金を「どれだけ集めたか」ではなく、「どういう性質の負債を、どれだけ抱えているか」という目で見ます。

⭐ポイント⭐:「営業店は預金を数え、本部は預金の中身を読む」。

2. コスト・粘着性・オプション性

本部が預金を読むときの3つの軸を、先に据えます。本巻の全章は、この3つのどれかを扱っています。

軸 問い 効いてくる場所
①コスト この預金にいくら払うか 資金利益・調達コスト(→第3巻)
②粘着性 どれだけ長く居座るか。ストレス時にどれだけ逃げるか 流動性リスク(→第2巻)、コア預金(→第7巻)
③オプション性 相手(または自分)に、いつ・どう動かすかの選択権があるか 金利リスク、商品設計、顧客説明

この3つは独立ではなく、たいていトレードオフになります。

  • 金利を高くすれば集まるが(①悪化)、金利に敏感な資金が集まるので粘着性は下がる(②悪化)
  • 中途解約を自由にすれば顧客に喜ばれるが、オプションを与えることになる(③悪化)
  • 中途解約に厳しいペナルティを課せば粘着性は上がるが(②改善)、集めにくくなる

担当者の心得:新商品の提案を評価するときは、必ずこの3軸で採点してください。「金利0.1%上乗せで100億円集まります」という提案に対して問うべきは、「その100億円の粘着性はどれくらいか」「顧客または金庫に、どんな選択権が付いているか」です。集まる額だけを見た評価は、負債サイドの評価としては不完全です。

ここまでの筋(3行)

① 本部から見た預金は負債であり、集めた額ではなく中身を読む対象。

② 読むための軸はコスト・粘着性・オプション性の3つ。

③ 3つはトレードオフ。金利を高くすれば集まるが、粘着性は下がる。


第Ⅱ部 通常の預金商品

3. 流動性預金と定期預金 ― 何が違うのか

3つの軸で並べると、違いが立体的に見えてきます。

流動性預金(普通預金・当座預金等) 定期預金
①コスト 低い 相対的に高い
②粘着性 契約上はいつでも引き出せるが、実際には長く滞留する 満期までは動かない(ただし中途解約あり)
③オプション性 引出しの自由(常時) 中途解約権(第5章)
金利リスク上の扱い コア預金としてどこまで長期とみなすかが最大の論点(→第7巻第8章) 満期までの期間で扱える
LCR 上の流出率 属性により5〜40%等(→第2巻第3.3節) 要件を満たせば0%となる場合もある

ここに、負債サイドの管理で最も面白い(そして厄介な)ねじれがあります。

契約上は「いつでも引き出せる」流動性預金のほうが、実際には粘着性が高いことが多い。

給与振込口座の残高は、契約上いつでも引き出せますが、実際には何年も一定水準で滞留します。一方、金利に敏感な大口の定期預金は、満期が来れば容赦なく他行の高い金利へ移ります。

⭐ポイント⭐:「契約の期間と、実際の期間は別物」。第2巻第3.5節の「実効残存期間」、第7巻第8章の「コア預金」と、まったく同じ発想です。

4. 金利更改リスク ― 満期が来るたびに条件が変わる

定期預金には、流動性預金にはない固有のリスクがあります。満期が来るたびに、その時の市場環境で金利が決め直されることです。

低金利が長く続いた局面では、これは金庫にとって有利に働きました。 高い金利で預かった古い定期預金が満期を迎え、低い金利で更改されるたびに、調達コストが下がっていったからです。

金利上昇局面では、これがそのまま逆回転します。

   市場金利が上昇
        ↓
   満期が来た定期預金を、より高い金利で更改しなければ他行へ流出
        ↓
   調達コストが上昇 → 資金利益が圧迫される(→第3巻第4章)
        ↓
   しかし運用側の固定金利資産の利回りは変わらない(→第7巻第1章のケースB)

この「更改のたびにコストが上がっていく」速度は、定期預金の満期構成によって決まります。短い定期預金ばかりなら、金利上昇は即座に調達コストに跳ね返ります。長い定期預金が多ければ、影響は遅れて現れます。

担当者の心得:定期預金の満期構成(いつ、いくら満期が来るか)を、常に把握しておいてください。これは第7巻のギャップ分析の負債側そのものであり、ΔNII(期間収益への影響)を左右します。「定期預金○億円」ではなく、「うち1年以内に満期が来るのが○億円」という形で管理するのが本部の仕事です。

5. 定期預金の中途解約 ― 顧客が持つオプション

定期預金には、通常中途解約権が付いています。預金者は、満期前でも解約して引き出すことができます(ただし、適用される利率は当初の約定利率より低くなるのが一般的です)。

これは、金庫が預金者にオプションを与えている状態です。 そして第7巻第3章で述べたとおり、

顧客のオプションは、いつも金庫の逆を突きます。

局面 預金者の行動 金庫への影響
金利が上昇 中途解約して、より高い金利の商品へ乗り換える 粘着性が想定より低くなる。調達コストが上がる
金利が低下 高い約定利率の定期預金を、満期まで持ち続ける 高い金利を払い続けることになる

どちらに動いても金庫が不利。 これがオプション性リスクの本質です。

中途解約のペナルティ(中途解約利率)が意味を持つのは、ここです。 ペナルティが実質的に重ければ、金利が上昇しても解約は起きにくくなり、粘着性が保たれます。第2巻第3.5節の LCR の判定フローで「中途解約権がない、または実質的なペナルティがある定期預金は流出率0%」とされていたのは、まさにこの理屈です。

💡 ここでつまずきやすい:「中途解約はめったに起きないから無視してよい」

平常時にはそのとおりです。しかし、オプションは平常時に行使されないからこそ危険なのです。金利が急上昇した局面や、金庫の信用不安が生じた局面では、それまでほとんど起きなかった中途解約が、一斉に起こりえます。過去の実績だけでモデルを作ると、この非線形な変化を捉えられません(→第2巻第4.4節の相関の議論)。

ここまでの筋(3行)

① 契約の期間と実際の期間は別物。流動性預金のほうが粘着性が高いことも多い。

② 定期預金は満期が来るたびに条件が決め直される。金利上昇局面では調達コストが上がり続ける。

③ 中途解約権は顧客が持つオプションで、金利が上がっても下がっても金庫に不利。


第Ⅲ部 仕組預金(核心)

6. 仕組預金とは何か ― 「預金+オプションの売却」

仕組預金は、通常の預金にデリバティブ取引を組み合わせることで、通常より高い金利を実現した預金商品です。

この一文を、正しく分解できることが本章の目標です。

仕組預金 = 通常の預金 + 預金者から金庫(または金融機関)へのオプションの売却

つまり、預金者は預金をすると同時に、オプションを売っているのです。そして受け取る上乗せ金利は、そのオプションを売った対価(オプション料)にほかなりません。

代表的な型を挙げます。

型 誰が何の選択権を持つか
満期日繰延特約付(期限延長型) 金融機関側が、満期を延長する権利を持つ
期日前解約特約付(早期償還型) 金融機関側が、満期前に返す権利を持つ
為替特約付 満期時の受取通貨等が、為替相場に応じて変わる

注目すべきは、多くの型で選択権を持つのが金融機関側であることです。通常の定期預金では預金者が中途解約権を持っていました(第5章)。仕組預金では、その関係が逆転します。

⭐ポイント⭐:「通常の定期預金では顧客がオプションを持ち、仕組預金では金庫が持つ。だから金利が上乗せされる。」

7. 上乗せ金利の正体

「なぜ普通の定期預金より金利が高いのか」 ― 顧客からこう聞かれたときに、正確に答えられることが担当者の責務です。

答えは、「預金者が金融機関に選択権(オプション)を売っており、上乗せ金利はその対価だから」です。

この理解が持つ意味は、決定的です。

  • 上乗せ金利は、金融機関の善意でも、キャンペーンでもありません。
  • リスクを引き受けた対価です。第3巻第4章・第8巻第4章で繰り返した「利回りが高いのには必ず理由がある」の、預金版です。
  • したがって、上乗せ分に見合うリスクが預金者側にあることになります。

💡 ここでつまずきやすい:「元本保証だからリスクはない」

円建ての仕組預金には、満期まで保有すれば円建ての元本が保証される設計のものがあります。しかしそれは「元本割れしない」ということであって、「リスクがない」ということではありません。次章で見るとおり、資金が意図しない期間拘束される、あるいは意図せず早く返ってくるという形でリスクは現れます。また、中途解約が可能な設計でも、その場合には元本割れが生じうる商品があります。「元本保証」という言葉が何を保証しているのかを、正確に確認する必要があります。

8. 【設例】コーラブル預金は、どちらに転んでも預金者に不利

すべて単純化した仮の数字です。

前提:満期日繰延特約付の定期預金。当初満期1年、金融機関側が満期を5年まで延長できる権利を持つ。適用金利は年1.0%。同時期の通常の1年定期預金の金利は年0.3%とします。

上乗せは 0.7%。これがオプション料です。

ケース①:1年後、市場金利が上昇して、5年物の市場金利が2.0%になった

金融機関の立場で考えます。市場で5年の資金を調達すれば2.0%かかるところ、この預金は1.0%で保有し続けられます。当然、延長します。

  • 預金者:市場では2.0%で運用できるのに、1.0%で4年間拘束される
  • 金融機関:市場より1.0%安く、5年の資金を確保できる

ケース②:1年後、市場金利が低下して、市場金利が0.1%になった

金融機関の立場では、1.0%を払い続ける理由がありません。市場で調達すれば安く済みます。当然、延長せず1年で終了します。

  • 預金者:1年で資金が返ってくる。再運用しようにも、市場金利は0.1%しかない
  • 金融機関:高い調達を1年で打ち切れる

両方のケースを並べる

市場金利が上昇 市場金利が低下
金融機関の選択 延長する 延長しない
預金者の状況 高い金利で運用できるのに、低い金利で拘束される 低い金利の世界に、資金が返ってくる
預金者にとって 不利 不利

一言まとめ:金利が上がっても下がっても、預金者は不利な側に置かれます。 これは商品が不当だという意味ではありません。その不利を引き受ける対価として、当初から0.7%の上乗せを受け取っているのです。等価交換であり、問題はその等価性を預金者が理解しているかどうかにあります。

💡 ここでつまずきやすい:第8巻の「マイナスのコンベキシティ」との関係

第8巻第6章で、「オプションが埋め込まれた商品では、コンベキシティがマイナス(逆向き)になることがあり、金利が上がっても下がっても不利」と述べました。本章の設例は、その預金版そのものです。債券でも預金でも、オプションを売った側は、金利がどちらに動いても不利になるという同じ構造が現れます。この構造を一度理解すれば、仕組債・仕組ローンなど他の「仕組み商品」も同じ目で読めるようになります。

9. 会計上の扱いと、顧客説明態勢

会計上の扱い。仕組預金は「預金+デリバティブ」の性格を持つため、会計上は組込デリバティブの論点が生じます。一定の要件に該当する場合には、組込デリバティブを主契約(預金)から区分して時価評価する(区分処理)ことが求められる場合があります。

区分処理の要否の判定は、商品性と会計基準の要件によります。個別の商品の会計処理は、必ず経理部門および監査法人に確認してください。 組込デリバティブとヘッジ会計の考え方は →第11巻で扱います。

顧客説明態勢。ここは、担当者が最も緊張感を持つべき領域です。

仕組預金は、「元本保証」「金利が高い」という表面的な特徴だけを見れば、非常に魅力的に映ります。しかし実際には、第8章で見たとおり、預金者はオプションを売っており、資金が意図せず長く拘束される、あるいは早く返ってくるというリスクを負っています。

説明すべき事項は、少なくとも次の点です。

説明事項 なぜ必要か
誰が、どんな選択権を持っているか これが商品の本体だから
上乗せ金利は、その選択権の対価であること 「なぜ金利が高いのか」への正しい答え
金利が上昇した場合に何が起きるか 資金が長期間拘束されうる
金利が低下した場合に何が起きるか 早期に償還され、再運用先がない
中途解約の可否と、その場合の条件 元本割れが生じうる商品がある
預金保険の対象か 商品性により異なりうるため、必ず確認して説明する

顧客の属性に応じた説明(適合性の原則)も重要です。資金の使用予定が近い顧客に、長期間拘束されうる商品を勧めることは適切ではありません。

担当者の心得:「金利が高い商品です」で始まる説明は、順序が逆です。 正しい順序は、「この商品は、満期を延ばすかどうかを当金庫が決められる仕組みです。そのぶん金利を上乗せしています」。商品の構造を先に、金利の高さを後に説明する ― この順序が、顧客説明態勢の質を決めます。苦情やトラブルの多くは、構造の説明が後回しになったことから生じます。

ここまでの筋(3行)

① 仕組預金は「預金+預金者によるオプションの売却」であり、上乗せ金利はその対価。

② コーラブル型では、金利が上がっても下がっても預金者が不利な側に置かれる(マイナスのコンベキシティ)。

③ 説明は「構造を先に、金利の高さを後に」。組込デリバティブの会計は経理部門と要確認。


第Ⅳ部 調達構造の管理

10. 大口依存度をどう測るか

第2巻第2章で見たとおり、1億円預けている預金者が全額引き出すと1億円が動くが、300万円の人が全額引き出しても300万円しか動きません。したがって、調達構造の管理では大口への依存度が中心的な論点になります。

測り方には、大づかみに3つあります。

測り方 内容 使いどころ
上位N先の残高比率 上位10先・50先などが預金総額に占める割合 最も直感的。経営への報告に向く
HHI(集中度指数) 各預金者のシェアの2乗和(→第2巻第6章) モデルを回す前の一次スクリーニング
属性別の構成比 個人/法人、付保/非付保、給振口座かどうか等 流出率と直結する(→第2巻第3.3節)

信用金庫にとって特に重要なのは、3番目です。 総額が同じでも、中身によって危機時の姿はまったく違います(→第12巻第9章)。

【設例】同じ預金総額でも、中身が違う2つの金庫(単純化した仮の数字)

区分 設例上の流出率 A金庫 B金庫
個人・給与振込口座 5% 3,000 1,500
個人・その他 10% 1,000 1,500
法人・付保範囲内 20% 500 800
法人・非付保 40% 400 900
金融機関等 100% 100 300
預金合計 5,000 5,000
ストレス時の想定流出額 610 1,045

計算は、区分ごとに「\(\text{残高} \times \text{流出率}\)」を出して足すだけです。手を動かして確認してください。

区分 A金庫 B金庫
個人・給与振込口座(5%) 3,000 × 5% = 150 1,500 × 5% = 75
個人・その他(10%) 1,000 × 10% = 100 1,500 × 10% = 150
法人・付保範囲内(20%) 500 × 20% = 100 800 × 20% = 160
法人・非付保(40%) 400 × 40% = 160 900 × 40% = 360
金融機関等(100%) 100 × 100% = 100 300 × 100% = 300
合計 610 1,045

一言まとめ:預金総額は同じ5,000でも、想定流出額は610と1,045で約1.7倍の差があります。「預金量○億円」という指標だけでは、この差はまったく見えません。

もう一段、読みどころがあります。 B金庫の流出額1,045のうち、660(=360+300)、実に6割超が、金融機関等と非付保法人という「合計1,200(預金全体の24%)」の区分から出ています。残高では4分の1にすぎない部分が、流出額では6割を作る。残高構成比と流出構成比は、まったく違う姿になる ― 第8巻第7章で「残高構成比とリスク構成比は別物」と述べたのと、同じ構造が負債サイドでも現れます。

担当者の心得:調達構造の報告は、「預金総額とその増減」ではなく、「属性別の構成と、それに基づく想定流出額」の形で作ってください。そして、その属性区分は流動性リスクのモデル(→第2巻)と同じ区分を使うこと。部署ごとに違う区分で管理していると、数字が突き合わせられなくなります。

11. 調達コストと預貸金利回り差

最後に、コスト面の管理です。第3巻第4章で見たとおり、資金利益は「\(\text{残高} \times \text{利回り差}\)」に分解できます。負債サイドの担当者が管理するのは、この利回り差の下側です。

\[\begin{aligned} \text{預貸金利回り差} &= \text{貸出金利回り} - \text{預金等利回り} \\ \text{資金調達原価} &= \text{預金等利回り} + \text{経費率} \\ \text{総資金利ざや} &= \text{資金運用利回り} - \text{資金調達原価} \end{aligned}\]

注目すべきは、資金調達原価に経費率が入ることです。預金を集めるには、店舗も人も システムも必要です。表面的な預金金利がゼロに近くても、預金の調達コストはゼロではありません。

💡 ここでつまずきやすい:「預金金利がほぼゼロだから、調達コストはほぼゼロ」

誤りです。低金利下では預金利息の絶対額は小さくなりますが、店舗・人員・システムの経費は変わりません。むしろ、預金利息が小さくなったぶん、調達コストに占める経費の比重が高まりました。したがって、低金利下で調達コストを下げる主戦場は、金利ではなく経費(→第3巻第6章のOHR)になります。これが、店舗網の見直しや事務の効率化が経営課題として繰り返し議論される背景です。

そして、ここに負債サイド管理の根本的なジレンマがあります。

  • 経費を削れば調達コストは下がる ― しかし店舗を減らせば、粘着性の高い個人預金の基盤が細る
  • 高い金利を提示すれば預金は集まる ― しかし集まるのは粘着性の低い資金
  • 何もしなければ、預金は他行やネット銀行へ静かに流れる

担当者の心得:調達構造の議論を「コストの最小化」だけで進めないでください。最も安い調達は、たいてい最も足の速い調達です(→第12巻第12章)。コスト・粘着性・オプション性の3軸(第2章)を同時に見て、どこで何を差し出すかを経営に選ばせるのが、担当者の役割です。


第Ⅴ部 制度・比較編

12. 金利自由化という前提 ― なぜ「調達コスト」が経営課題になったのか

若い担当者にとっては当たり前でも、預金金利が金融機関ごとに自由に決められるのは、歴史的には比較的新しい状態です。

かつて日本では、預金金利は規制によって定められていました。規制金利の時代には、調達コストは各行共通で、金融機関が競争する余地はほとんどありませんでした。

その後、段階的に金利自由化が進み、金融機関は自ら預金金利を決められるようになりました。この変化がもたらしたものは、次の2つです。

  1. 調達コストが、経営努力と経営判断の対象になった。 各行が違う金利を提示できるようになり、預金者は選べるようになりました。
  2. 預金の粘着性が、金利差に左右されるようになった。 他行が高い金利を提示すれば、預金は動きます。

つまり、本巻で扱ってきた論点のすべては、金利自由化があって初めて成立するのです。規制金利の時代には、「調達構造の管理」という概念自体が今ほど重要ではありませんでした。

⭐ポイント⭐:「規制金利の時代は預金が来るのを待てばよかった。自由化後は、集め方も抱え方も経営判断になった。」

そして現在、金利のある世界に戻りつつある局面では、この自由化の意味が改めて問われます。 長い低金利期には、預金金利はどこもほぼゼロで、事実上の横並びに近い状態でした。金利が動く局面では、各行の預金金利の設定が、粘着性を通じて流動性リスクに直結します(→第2巻)。

13. 海外の教訓 ― 粘着性の低い調達への警戒

本家(国際的な規制・実務)では何が問題とされてきたか(第3層)。

国際的な流動性規制(LCR/NSFR)が、預金を属性ごとに細かく区分し、粘着性の低いものほど厳しく扱う設計になっていることは、第2巻で見たとおりです。この設計の背景には、粘着性の低い調達に依存した金融機関が繰り返し破綻してきたという経験があります。

代表的な論点を2つ挙げます。

①ブローカー預金・ネット経由の預金。仲介業者を通じて集められた預金や、金利のみを理由にネット経由で集まった預金は、より高い金利を提示する先が現れれば、直ちに移動します。米国では、こうした調達への依存度が高い金融機関の破綻が繰り返し問題とされてきました。

②非付保の大口預金。第2巻第8章で扱った SVB の事例が象徴的です。預金保険で保護されない大口預金の比率が高く、かつ預金者が密なネットワークで繋がっていたため、信用不安が生じた瞬間に、極めて短時間で大量の流出が発生しました。

信用金庫にとっての含意は、悲観的なものではありません。信用金庫の預金基盤は、地域の個人を中心とし、給与振込・年金受取などの取引関係を伴うものが多く、構造的に粘着性が高いという特徴があります。これは業態の強みです。

しかし油断はできません。 3点を押さえておくべきです。

  1. ネット経由の預金や、金利のみを理由に集まった大口預金の比率が上がっていないかを、定期的に確認する。
  2. SNS を通じた風評の伝播は、業態を問わず存在する(→第2巻第8章)。粘着性の高さは、風評リスクへの免疫ではありません。
  3. 粘着性の高さは、放っておいて維持されるものではない。取引関係(給与振込、決済、融資)の厚みが粘着性を支えています。関係の薄い預金は、金利で簡単に動きます。

必ず押さえる位置づけ:LCR/NSFR は信用金庫に直接適用されません。しかし、「預金を属性で区分し、粘着性で評価する」という考え方は、業界標準の"ものさし"として、自金庫の調達構造の管理にそのまま使えます。第2巻の流出率テーブルを、本巻の3軸(コスト・粘着性・オプション性)と組み合わせて使うのが、実務的なアプローチです。

地域銀行ならどうか:地域銀行は、信用金庫より法人預金・市場性調達の比率が高い傾向があります。平常時の調達力では優位ですが、その分だけ足の速い調達を抱えていることになります(→第12巻第12章、→第17巻第12章)。


第Ⅵ部 まとめ

14. 実務での留意点

  • 預金は3軸で読む(コスト・粘着性・オプション性)。新商品の評価は、集まる額だけで行わない。
  • 契約の期間と実際の期間を区別する。流動性預金のほうが粘着性が高いことも多い。
  • 定期預金の満期構成を把握する。金利上昇局面では、更改のたびに調達コストが上がります。
  • オプションは、持っている側に有利に行使される。顧客の中途解約権も、金庫の期限延長権も、同じ構造です。
  • 仕組預金の説明は「構造を先に、金利の高さを後に」。上乗せ金利はオプションの対価であると説明する。
  • 「元本保証」が何を保証しているかを正確に確認する。中途解約時の元本割れ、預金保険の対象か否かを含めて。
  • 調達構造は属性別に管理し、流動性リスクのモデルと同じ区分を使う(→第2巻)。
  • 低金利下の調達コストの主戦場は経費。ただし店舗を削れば粘着性の基盤も細る、というジレンマがある。
  • 最も安い調達は、たいてい最も足が速い。コストの最小化だけを目標にしない。
  • 商品性・会計処理・預金保険の取扱いは必ず個別に確認する。本テキストの記述は考え方の枠組みです。

つまずきやすいポイント総まとめ

用語・概念 章 一言で言うと
本部から見た預金は負債 第1章 集めた額ではなく中身を読む
3つの軸はトレードオフ 第2章 金利を高くすれば集まるが、粘着性は下がる
契約の期間と実際の期間 第3章 流動性預金のほうが粘着性が高いことも多い
金利更改リスク 第4章 低金利期に有利だったものが、上昇期に逆回転する
中途解約は顧客のオプション 第5章 金利が上がっても下がっても金庫に不利
平常時に行使されないから危険 第5章 過去の実績だけでは非線形な変化を捉えられない
仕組預金=預金+オプションの売却 第6章 上乗せ金利はオプションの対価
「元本保証だからリスクがない」 第7章 保証しているのは元本であって、拘束されないことではない
どちらに転んでも預金者に不利 第8章 第8巻のマイナスのコンベキシティの預金版
説明は構造が先、金利が後 第9章 苦情の多くは構造の説明が後回しになったことから生じる
預金総額では危機時の姿が見えない 第10章 同じ5,000でも想定流出額は2倍違いうる
預金金利ゼロ=調達コストゼロではない 第11章 経費が調達コストの主要部分になっている
粘着性は放っておくと維持されない 第13章 取引関係の厚みが粘着性を支えている

まとめとセルフチェック

一枚でわかる全体像

  1. 本部から見た預金は負債。読む軸はコスト・粘着性・オプション性の3つで、3つはトレードオフ。
  2. 契約の期間と実際の期間は別物。契約上いつでも引き出せる流動性預金のほうが、粘着性が高いことも多い。
  3. 定期預金は満期のたびに条件が決め直される。低金利期に調達コストを下げてくれたものが、上昇期には逆回転する。
  4. 中途解約権は顧客が持つオプションで、金利が上がっても下がっても金庫に不利。
  5. 仕組預金 = 預金 + 預金者によるオプションの売却。上乗せ金利は、そのオプションの対価。
  6. コーラブル型では、金利が上がれば延長され、下がれば早期終了する。どちらに転んでも預金者が不利な側に置かれる(マイナスのコンベキシティ)。
  7. 顧客説明は「構造を先に、金利の高さを後に」。中途解約時の元本割れ、預金保険の対象か否かも必ず確認する。
  8. 調達構造は属性別に管理し、流動性リスクのモデルと同じ区分を使う。預金総額が同じでも、想定流出額は2倍違いうる。
  9. 低金利下の調達コストの主戦場は経費。ただし店舗を削れば粘着性の基盤も細るというジレンマがある。
  10. 最も安い調達は、たいてい最も足が速い。信用金庫の預金基盤は構造的に粘着性が高いが、それは放っておいて維持されるものではない。

セルフチェック(説明できますか?)

  • 本部と営業店で、預金の見方がどう変わるか説明できる
  • 預金を読む3つの軸を挙げ、それらがトレードオフである例を示せる
  • 流動性預金と定期預金を、3つの軸で比較できる
  • 「契約の期間と実際の期間は別物」の意味を説明できる
  • 金利上昇局面で、定期預金の更改が調達コストにどう効くか説明できる
  • 中途解約権が、金利が上がっても下がっても金庫に不利である理由を説明できる
  • 中途解約のペナルティが、LCR の流出率判定にどう関係するか説明できる
  • 仕組預金を「預金+○○」の形で分解できる
  • 「なぜ普通の定期預金より金利が高いのか」に、正確に答えられる
  • コーラブル預金について、金利上昇時と低下時に何が起きるかを設例で説明できる
  • 仕組預金の説明で「構造が先、金利が後」であるべき理由を説明できる
  • 「元本保証だからリスクがない」がなぜ不正確か説明できる
  • 預金総額が同じ2つの金庫で、想定流出額が大きく違いうることを設例で示せる
  • 「預金金利がほぼゼロだから調達コストもほぼゼロ」がなぜ誤りか説明できる
  • 調達コストを下げることと粘着性を保つことのジレンマを説明できる
  • 金利自由化が、本巻の論点の前提になっている理由を説明できる
  • 海外の破綻事例から、粘着性についてどんな教訓が得られるか説明できる

用語集

用語 意味
流動性預金 普通預金・当座預金等、要求払いの預金
定期預金 一定期間の据置きを約した預金
粘着性 預金がどれだけ長く滞留し、ストレス時にどれだけ残るかの度合い
金利更改リスク 満期のたびに適用金利が決め直されることによるリスク
中途解約権 満期前に払戻しを請求できる契約上の権利(→第2巻)
中途解約利率 中途解約時に適用される、当初の約定利率より低い利率
オプション性リスク 顧客等が持つ選択権の行使によるリスク(→第7巻)
仕組預金 通常の預金にデリバティブ取引を組み合わせ、通常より高い金利を実現した預金
満期日繰延特約付預金 金融機関側が満期を延長する権利を持つ仕組預金
期日前解約特約付預金 金融機関側が満期前に返す権利を持つ仕組預金
オプション料 オプションを売った側が受け取る対価。仕組預金の上乗せ金利の正体
マイナスのコンベキシティ 金利が上がっても下がっても不利になる、オプションを売った側の性質(→第8巻)
組込デリバティブ 主契約に組み込まれたデリバティブ。要件により区分処理が求められる(→第11巻)
適合性の原則 顧客の属性・知識・目的に照らして適切な商品を勧めるべきという原則
大口依存度 少数の大口預金者への依存の度合い
HHI 集中度を表す指数。シェアの2乗和(→第2巻)
付保/非付保 預金保険で保護される/されない部分(→第2巻)
預貸金利回り差 貸出金利回り − 預金等利回り(→第3巻)
資金調達原価 預金等利回りに経費率を加えたもの
金利自由化 預金金利等を金融機関が自ら決定できるようになった制度変更
ブローカー預金 仲介業者を通じて集められた預金。粘着性が低いとされる

参考文献・出典

  • 金融庁「金融商品取引法」および「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」関係の顧客保護・説明義務に関する規定(適用関係は原文で確認すること)
  • 金融庁「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」(顧客説明態勢、リスク管理態勢の着眼)
  • 預金保険機構の公表資料(仕組預金を含む各種預金の付保の取扱い。商品ごとに必ず確認すること)
  • 金融庁/日本銀行「流動性規制(流動性カバレッジ比率)に関するバーゼルⅢテキスト公表」(預金区分と流出率。→第2巻)
  • 日本銀行「金融市場レポート」「金融システムレポート」(預金動向、調達構造の分析)
  • 企業会計基準委員会の複合金融商品に関する会計基準・実務指針(組込デリバティブの区分処理。→第11巻)
  • 自金庫の預金規定・商品説明書・顧客説明態勢に関する内部規程

本テキストは制度理解のための教育用資料です。本文中の金利・金額・流出率はすべて設例用に単純化した仮の数字であり、実在する商品の条件を示すものではありません。特定の商品の推奨を意図するものでもありません。仕組預金等の商品性、会計処理、預金保険の取扱い、顧客説明に必要な事項は、商品ごとおよび最新の法令・会計基準・監督指針により異なります。実際の商品設計・販売・会計処理にあたっては、自金庫の企画/経理/コンプライアンス部門および監査法人・顧問弁護士に必ずご確認ください。

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