第14巻 自己査定と償却・引当の実務

― 貸したお金は返るか、を数字にする

対象読者:信用金庫の審査・融資管理部門または経理部門で、自己査定や貸倒引当金の算定に関わることになった方。「債務者区分」「Ⅱ分類」「予想損失率」という言葉が飛び交う中で、全体の骨格がつかめていない段階を想定しています。

ねらい:「債務者を区分する → 債権を分類する → 引当を積む → 税務で処理する」という一本の流れを理解し、それぞれの段階で何を判断しているのかを説明できるようになること。

このテキストの特徴:検査マニュアル廃止後の実務を前提に、「基準に合っているか」ではなく「なぜそう判断したのか」を説明するという視点で構成します。細かい算定式は自金庫の規程に譲り、判断の骨格に絞ります。

他巻との接続:引当と税務のズレが生む繰延税金資産は →第1巻(とくに第7章タイプA)。与信費用がコア業務純益・業務純益に与える影響は →第3巻第7章。一般貸倒引当金がコア資本に算入される論点は →第5巻第5章。当局の信用リスクの着眼は →第6巻第3章。集中リスクは →第15巻。複合シナリオでの活用は →第19巻。


全体マップ(この一枚で流れがつかめます)

flowchart TD
    A["①債務者を区分する(第Ⅰ部)<br/>正常先 → 要注意先(うち要管理先) → 破綻懸念先<br/>→ 実質破綻先 → 破綻先<br/>判断材料:財務内容・キャッシュフロー・返済状況・将来性"]
    A --> B["②債権を分類する<br/>(担保・保証でどこまで守られているか)<br/>非分類(Ⅰ分類)=優良担保・保証で保全されている部分<br/>Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ分類=回収の危険度に応じた区分"]
    B --> C["③引当を積む(第Ⅱ部)<br/>一般貸倒引当金:正常先・要注意先に実績率等で機械的に<br/>個別貸倒引当金:破綻懸念先以下に個別に見積もって<br/>直接償却:回収不能が確定した部分を落とす"]
    C --> D["④税務で処理する(第Ⅲ部)<br/>会計で引当 ≠ 税務で損金<br/>ズレが将来減算一時差異になり、<br/>繰延税金資産を生む(→第1巻第7章タイプA)"]

目次

第Ⅰ部 基礎編 ― 査定の骨格

  1. なぜ「自己」査定なのか
  2. 債務者区分 ― 誰に貸しているのか(2-1 信用格付から債務者区分へ/2-2 開示債権とのつながり/2-3 正常先の条件とランクダウンの引き金/2-4 実態バランスシートと実質債務超過の判定)
  3. 債権の分類 ― どこまで守られているか

第Ⅱ部 引当編

  1. 一般貸倒引当金と個別貸倒引当金
  2. 貸倒実績率という考え方
  3. DCF法 ― 大口債権の見積り
  4. 検査マニュアル廃止とフォワードルッキングな引当

第Ⅲ部 税務編

  1. 有税引当と無税償却 ― 会計と税務のズレ
  2. 引当と繰延税金資産 ― 第1巻へのつながり

第Ⅳ部 計算例編

  1. 【設例】1つの債務者を、区分から引当まで追う
  2. 【設例】与信費用が決算とコア資本に効く経路

第Ⅴ部 規制編

  1. IFRS9の予想信用損失(ECL)との異同

第Ⅵ部 まとめ

  1. 実務での留意点
  2. つまずきやすいポイント総まとめ/セルフチェック/用語集

第Ⅰ部 基礎編 ― 査定の骨格

1. なぜ「自己」査定なのか

自己査定とは、金融機関が自らの責任で、保有する資産(主に貸出金)の価値を査定する手続きです。「自己」という語が付いているのには意味があります。

かつて、資産の査定は当局の検査によって事後的に是正されるもの、という色彩が強い時期がありました。しかし、本来、自らの資産の質を最もよく知っているのは、貸した本人です。したがって、金融機関が自ら査定し、その結果に基づいて引当・償却を行い、その判断の妥当性を説明する ― これが制度の建て付けです。

この「自ら判断し、説明する」という性格は、金融検査マニュアルの廃止によってさらに強まりました(第7章)。かつては詳細な基準が示され、実務はそれへの適合を目指しました。今は、各金融機関が自らの融資方針と顧客特性に即して判断し、それを説明することが求められます。

担当者の心得:自己査定の資料で最も重要なのは、判断の根拠が記録に残っていることです。「なぜこの債務者を要注意先ではなく正常先と判断したのか」を、担当者が代わっても説明できる状態にしておく。検査・監査で最も指摘されやすいのは、判断そのものよりも判断の過程が残っていないことです(→第17巻第5章)。

2. 債務者区分 ― 誰に貸しているのか

自己査定の第一段階は、債務者を、その財務状況・返済能力に応じて区分することです。区分の名称と考え方は、次のとおりです。

債務者区分 状態の考え方
正常先 業況が良好で、財務内容にも特段の問題がない
要注意先 業況が低調・不安定、財務内容に問題があるなど、今後の管理に注意を要する
├ 要管理先 要注意先のうち、一定期間以上の延滞や貸出条件の緩和があるもの
破綻懸念先 現状、経営破綻の状況にはないが、今後、経営破綻に陥る可能性が大きい
実質破綻先 法的・形式的な破綻の事実はないが、実質的に経営破綻に陥っている
破綻先 法的・形式的な経営破綻の事実が発生している

具体的な判定基準(延滞期間、条件緩和の定義等)は、金融庁の公表資料および自金庫の自己査定基準で必ず確認してください。

この区分が実務のすべてを決めます。 なぜなら、後続の分類も、引当の方法も、税務上の扱いも、すべてこの区分を出発点とするからです。

判断で最も難しいのは、正常先と要注意先の境界、そして要注意先と破綻懸念先の境界です。ここは形式的な数値基準だけでは決まりません。

見るもの 内容
財務内容 債務超過か、収益力はあるか
キャッシュフロー 借入金を営業キャッシュフローで返済できる年数
返済状況 延滞の有無と期間、条件緩和の有無
将来性・事業の実態 事業の継続性、経営者の資質、業界動向、支援の可能性

2-1. 信用格付から債務者区分へ ― 出発点はどこにあるか

実務では、債務者区分をゼロから考えることはあまりありません。出発点は、与信の入口で付けられた信用格付です(→第21巻第2-2節)。

信用格付は、決算データを読み込んで財務指標をスコア化し(定量評価)、業界動向や経営者の評価(定性評価)と実態修正を加えて、取引先の信用力を段階に置き換えたものでした。自己査定では、まずこの格付から出発します。

flowchart LR
    A["信用格付<br/>(細かい段階)"] --> B["自金庫の基準による<br/>債務者区分への読み替え"]
    B --> C["債務者区分<br/>(正常先〜破綻先)"]
    C --> D["債権の分類<br/>(第3章)"]
    D --> E["引当・償却<br/>(第Ⅱ部)"]
    style C fill:#fde,stroke:#c39

ただし、格付をそのまま区分に機械的に置き換えて終わりではありません。 格付は主として決算書の数字を出発点にしていますが、債務者区分では、決算書に出てこない事実が決定的になることがあります。

格付では拾いにくいが、区分では効くもの 例
返済の実際の状況 延滞の発生、条件変更の有無(要管理先の判定は、ここで決まります)
決算期後に起きた事実 主要取引先の倒産、大口受注の喪失、代表者の死亡
支援の状況 親会社・代表者からの支援の見込み、他行の姿勢
決算書の信頼性そのもの 粉飾の疑い、実地調査で確認した在庫の実態

⭐ポイント⭐:「格付は決算書から出発し、区分は決算書の外で決まることがある」。

💡 ここでつまずきやすい:「格付が高いのに要注意先」はありうるか

誤解:格付と区分は対応しているのだから、格付が上位なら正常先のはずだ。

正しい理解:ありえます。 直近決算は良好でも、期末後に条件変更を行っていれば要管理先です。逆に、格付は下位でも、代表者の資産や支援によって実態は健全と判断されることもあります。両者がずれたときこそ、判断の根拠を記録に残す場面です。ずれていること自体は問題ではありません。ずれの理由を説明できないことが問題です。

💡 ここでつまずきやすい:「債務超過だから破綻懸念先」ではない

財務諸表が債務超過であっても、直ちに破綻懸念先になるとは限りません。中小企業では、経営者個人の資産や、実質的に返済を要しない役員借入金などを加味して実態的な財務内容を見ることがあります。逆に、財務諸表上は黒字でも、資金繰りが行き詰まっていれば区分は下がりえます。形式ではなく実態で見る ― これが自己査定の基本姿勢であり、同時に判断が難しい理由でもあります。その「実態」をどう作るのかは2-4節で扱います。

2-2. 債務者区分と「開示債権」はどうつながるか ― 不良債権の数え方

ここまでは内部の管理区分の話でした。しかし、みなさんが新聞やディスクロージャー誌で目にする「不良債権」「不良債権比率」は、これとは別の開示のための区分です。両者の関係を説明できることは、銀行員にとっても検査官にとっても最低限の前提なので、ここで押さえます。

開示の枠組みは、大きく2つあります。

枠組み 数える単位 区分
金融再生法開示債権 債務者ごと(その債務者への債権の総体) ①破産更生債権及びこれらに準ずる債権 ②危険債権 ③要管理債権 ④正常債権
リスク管理債権 債権ごと(貸出金の状態) ①破綻先債権 ②延滞債権 ③3か月以上延滞債権 ④貸出条件緩和債権

そして、金融再生法開示債権の区分は、債務者区分とおおむね次のように対応します。

債務者区分(内部) 金融再生法開示債権(外部)
破綻先・実質破綻先 破産更生債権及びこれらに準ずる債権
破綻懸念先 危険債権
要注意先のうち要管理先 要管理債権
要注意先(要管理先以外)・正常先 正常債権
\[\text{不良債権比率} = \frac{\text{破産更生債権等} + \text{危険債権} + \text{要管理債権}}{\text{総与信残高}}\]

この表の読みどころは、いちばん下の行です。

要注意先は、要管理先でない限り「正常債権」として開示されます。

つまり、業況が低調で内部では注意先として管理している債務者も、延滞も条件緩和もなければ、開示上は「正常債権」に入るわけです。ここに、開示された不良債権比率を読むときの決定的な注意があります。

💡 ここでつまずきやすい:「不良債権比率が低い=資産の質が良い」

誤解:開示上の不良債権比率が2%なら、貸出の98%は健全だということだ。

正しい理解:分子に入るのは要管理先以下だけです。要注意先が大量にいても、条件変更をしていなければ比率には表れません。そして第22巻で見たとおり、条件変更を行えば要管理先となり不良債権に落ちる ― という関係にあるため、条件変更をどう扱うかの判断が、そのまま開示上の比率を動かします。

だから、比率だけを見るのではなく、①要注意先の残高がどれだけあるか ②条件変更先(フォベアランス)の残高と推移 ③引当率の水準 を並べて見る必要があります。不良債権比率は「結果」であって、資産の質そのものではありません。

担当者の心得:内部管理・開示・税務で、同じ貸出が3つの違う名前で呼ばれます。「破綻懸念先」(内部)、「危険債権」(開示)、「個別評価金銭債権」(税務。→第8章)。会議で話が噛み合わないときは、たいていどの枠組みの言葉で話しているかがずれています。「それは自己査定の区分ですか、開示の区分ですか」と確認する癖をつけてください。これは第0巻の「4つの数字」が、信用リスクの領域で現れた姿そのものです。

区分の定義・算式の細部(3か月以上延滞の起算、貸出条件緩和債権の判定、部分直接償却の反映の有無など)は、金融再生法・銀行法等の関係法令と自金庫の開示実務で必ず確認してください。 開示区分は制度改正により見直されることがあります。

2-3. 正常先の条件とランクダウンの引き金 ― 何が起きると区分は動くか

第2章の冒頭で見た「正常先=業況が良好で、財務内容にも特段の問題がない」という定義は、出発点としては正しいのですが、これだけでは実務の判断には足りません。どこまでなら正常先で、何が起きた瞬間に区分が動くのか ― ここを一段具体化します。

正常先であるための条件(考え方の骨格)

見る観点 正常先である状態の目安
損益 黒字基調。一時的な赤字要因があっても、実態としての収益力に疑義がないと説明できる
財務内容 実質債務超過でない(簿価だけでなく、含み益や経営者個人の資産等を踏まえた実態でも)
返済状況 延滞がなく、貸出条件の緩和(元本・利息の減免、返済猶予等)も行っていない
キャッシュフロー 借入金を営業キャッシュフローで返済できる年数に、特段の問題がない
将来性 主要取引先の喪失、後継者不在、業界の構造変化など、事業継続への懸念材料が表面化していない

⭐ポイント⭐:正常先は「加点を積み上げてたどり着く区分」ではなく、「減点材料(赤信号)が1つも立っていない状態」と理解したほうが実務的です。 上表のどれか1つが崩れた瞬間、その債務者は区分見直しの検討対象になります。

では、何が起きるとランクダウンするのか。 区分の変化ごとに、引き金となる事実を整理します。

flowchart LR
    A["正常先"] -->|"赤字・実質債務超過への転落<br/>CFによる返済年数の長期化<br/>取引先喪失等、将来性への懸念<br/>(外形基準なし)"| B["要注意先"]
    B -->|"3か月以上の延滞<br/>または貸出条件緩和に該当<br/>(外形基準あり)"| C["要管理先"]
    B -->|"実質債務超過<br/>業況が著しく低調<br/>金融支援なしに事業継続が困難<br/>(外形基準なし)"| D["破綻懸念先"]
    D -->|"深刻な経営難<br/>有効な再建計画がない<br/>(外形基準なし)"| E["実質破綻先"]
    E -->|"破産・会社更生・民事再生<br/>手形交換所の取引停止処分等<br/>法的・形式的な破綻の事実<br/>(外形基準あり)"| F["破綻先"]
    style A fill:#eef7ee,stroke:#4a4
    style C fill:#fde,stroke:#c39
    style F fill:#fee,stroke:#c33
区分の変化 引き金となる事実(例) 外形基準の有無
正常先 → 要注意先 赤字が続く・実質債務超過に転じる、業況の低迷が続く、CFによる返済年数が長期化する、主要取引先の喪失など将来性への懸念が生じる ない(実態判断)
要注意先 → 要管理先 3か月以上の延滞、または貸出条件緩和(元本・利息の減免、返済猶予等)に該当した ある(→2-2節の開示区分と対応)
要注意先 → 破綻懸念先 実質債務超過に陥っている、業況が著しく低調、経営改善計画等の進捗が芳しくなく今後破綻に陥る可能性が大きい、金融機関からの金利減免・追加支援なしには事業継続が困難 ない(実態判断)
破綻懸念先 → 実質破綻先 深刻な経営難で、有効な再建計画がない、実質的な資産超過の見込みが立たない ない(実態判断)
実質破綻先 → 破綻先 破産、会社更生、民事再生、手形交換所の取引停止処分等、法的・形式的な破綻の事実が発生 ある(法的な事実)

この表の読みどころは、外形基準がある区分の変化がごくわずかしかないことです。 はっきりした基準があるのは、要管理先の判定(3か月以上延滞・条件緩和)と、破綻先の認定(法的な破綻の事実)だけです。それ以外 ― 正常先から要注意先へ、要注意先から破綻懸念先へ、破綻懸念先から実質破綻先へ ― は、すべて実態判断です。第2章で「判断で最も難しいのは、正常先と要注意先の境界、そして要注意先と破綻懸念先の境界」と述べたのは、まさにこの非対称性のためです。

💡 ここでつまずきやすい:「延滞していないから正常先」ではない

誤解:延滞さえなければ、区分が下がることはない。

正しい理解:延滞の有無が明確な基準として効くのは、要管理先の判定だけです。 正常先から要注意先への転落も、要注意先から破綻懸念先への転落も、延滞が一度もなくても起こりえます。黒字であっても実質債務超過であれば、あるいは主要取引先の破綻で将来性に重大な懸念が生じていれば、延滞が発生する前でも区分は下がります。「延滞していない」は正常先であるための必要条件であっても、十分条件ではありません。

担当者の心得:ランクダウンの兆しは、たいてい決算書が動くより先に現場に出ます。主要取引先の経営悪化の噂、支払サイトの延び、業界紙で報じられる構造変化、経営者の高齢化と後継者不在 ― こうした情報を、査定の基準日を待たずに拾えるかどうかが、期中管理(→第22巻)と自己査定をつなぐ実務の核心です。逆に言えば、「決算が出るまで分からない」という姿勢そのものが、フォワードルッキングな引当(第7章)の対極にあります。

具体的な認定基準(延滞期間の算定方法、実質債務超過の判定、経営改善計画の進捗評価の方法等)は、金融庁の公表資料および自金庫の自己査定基準で必ず確認してください。 ここで示したのは判断の骨格であり、実際の当てはめは自金庫の基準によります。

2-4. 実態バランスシートを作る ― 実質債務超過をどう判定するか

ここまで、「実質債務超過」という言葉を、区分を動かす引き金として何度も使ってきました(2-1、2-3)。しかし、決算書の貸借対照表を見て「純資産がプラスだから債務超過ではない」と読むだけなら、格付システムが機械的にできてしまいます。自己査定が難しいのは、決算書の貸借対照表を、いったん作り直す作業が要るからです。 この作り直した貸借対照表を、実態バランスシート(実態貸借対照表)と呼びます。

⭐ポイント⭐:「簿価の純資産」と「実態の純資産」は別物。決算書の数字をそのまま信じるところに、自己査定は存在しません。

実態バランスシートとは、資産・負債の一つひとつについて「本当の価値はいくらか」「本当に返済を要するものか」を洗い直し、決算書の帳簿価額を置き換えて作り直した貸借対照表です。目的はただ一つ、実態としての純資産(実態純資産)がプラスかマイナスかを見ることにあります。

flowchart TD
    A["決算書の貸借対照表<br/>(帳簿価額)"] --> B["資産の洗い直し<br/>含み損益の反映/資産性のない資産の除外"]
    A --> C["負債の洗い直し<br/>資本性借入金の資本組入/簿外債務の追加"]
    B --> D["実態バランスシート<br/>(実態純資産)"]
    C --> D
    D -->|"マイナス"| E["実質債務超過"]
    D -->|"プラス"| F["実質資産超過"]
    style D fill:#fde,stroke:#c39
    style E fill:#fee,stroke:#c33

主な洗い直しの対象は、次の4種類です。

洗い直しの対象 何をするか 効果
資産の含み損益 保有不動産・有価証券を、帳簿価額ではなく時価・処分可能見込額で見直す 含み益は加算、含み損は減算
資産性のない資産の除外 滞留した売掛金・不良在庫、回収可能性のない関係会社・オーナー貸付金、換金性のない繰延資産等を、資産としてカウントしない 資産から減算(ゼロ評価)
資本性借入金の資本組入 オーナー・役員・関係会社からの借入金のうち、実質的に返済を求めない実態が明確なものを、負債から除いて資本相当額として扱う 負債を減らし、その分だけ純資産を押し上げる
簿外債務の追加 保証債務など、決算書に計上されていないが顕在化の可能性が高い債務を、負債として追加する 負債に加算
\[\text{実態純資産} = \text{簿価純資産} + \text{資産の含み損益} - \text{資産性のない資産} + \text{資本性借入金の資本組入額} - \text{顕在化が見込まれる簿外債務}\]

この式が言っていることは、簿価の純資産に4つの調整を積み重ねると実態純資産になる、というだけのことです。実態純資産がマイナスであれば、それが実質債務超過です。

【設例】簿価は黒字でも、実態は債務超過という中小企業

項目 金額(万円) 内容
簿価純資産(①) \(+1{,}000\) 決算書上の純資産。黒字に見える
保有不動産の含み損(②) \(-1{,}500\) 帳簿価額3,000万円の土地が、実勢では1,500万円
滞留売掛金・不良在庫の資産性否認(③) \(-1{,}800\) 決算書に資産計上されているが、実質的に回収の見込みがない
オーナー借入金の資本組入(④) \(+1{,}200\) 代表者からの借入金1,200万円。返済実績がなく、今後も返済を求めない意思が明確
実態純資産(①+②+③+④) \(\mathbf{-1{,}100}\) 実質債務超過

簿価だけを見れば黒字1,000万円ですが、実態では1,100万円の債務超過です。 この差額2,100万円こそが、決算書の数字を鵜呑みにしてはいけない理由です。2-1節・2-3節で見た「決算書に出てこない事実」の正体は、多くの場合この実態バランスシートの中に隠れています。

💡 ここでつまずきやすい:「実態修正」と「実態バランスシート」は同じ言葉ではない

誤解:第21巻2-2節に出てきた「実態修正」と、ここでの実態バランスシートは同じ作業だ。

正しい理解:似ていますが、対象が違います。 第21巻の実態修正は、信用格付を付けるときに、決算データのスコアに定性評価を加味する調整でした。ここでの実態バランスシートは、債務者区分の実質債務超過判定のために、決算書そのものの資産・負債を組み替える作業です。前者は「点数の調整」、後者は「貸借対照表の作り直し」と考えると区別しやすくなります。

💡 ここでつまずきやすい:「オーナー借入金は資本性借入金にできる」と機械的に扱う

誤解:オーナーからの借入金は、いつでも負債から外して資本に組み入れてよい。

正しい理解:返済を要求しない実態が客観的な事実として認められて初めて成り立つ扱いです。 単に「オーナーだから返済を待ってもらえるはず」という推測では足りません。返済実績、契約条件、オーナー自身の資産・返済意思まで確認したうえで判断します。都合よく資本扱いにして実質債務超過を回避する ― これは自己査定が最も警戒する逆方向の粉飾です。

担当者の心得:実態バランスシートを作る作業は、原則として法人の資産・負債が対象です。経営者個人の資産や支援の意思は、これとは別に「支援可能性」として2-3節・第21巻で見た定性評価に反映します。両者を混ぜて「経営者の個人資産があるから実態は健全」と法人の実態バランスシートに直接組み込んでしまうと、何を根拠に実態純資産を計算したのかが説明できなくなります。 法人の実態と、経営者による支援可能性は、別の階層として整理し、両方を記録に残すことが説明できる査定の条件です(→第23巻の経営者保証ガイドライン・一体整理とも関わる論点です)。

実態バランスシートの個々の勘定科目の洗い直し方(不動産・有価証券の評価方法、資本性借入金と認められる要件、滞留売掛金・不良在庫の判定基準等)は、金融庁の公表資料および自金庫の自己査定基準で必ず確認してください。 ここで示したのは考え方の骨格であり、設例の数値もすべて単純化した仮の数字です。

3. 債権の分類 ― どこまで守られているか

債務者区分が「誰に貸しているか」の判断であるのに対し、債権の分類は「その貸出が、どこまで担保・保証で守られているか」の判断です。

同じ破綻懸念先への1億円の貸出でも、優良な担保で全額保全されていれば損失は生じません。守られていない部分にこそ、引当が必要になります。

【破綻懸念先への貸出1億円の例(考え方のイメージ)】

flowchart TD
    A["預金担保・保証協会の保証等で保全されている部分<br/>→ 損失の可能性が低い"]
    B["不動産担保の処分可能見込額で保全されている部分<br/>→ 一定の回収が見込める"]
    C["保全されていない部分(信用部分)<br/>→ ここに引当が必要"]
    A --- B --- C
    style C fill:#fde,stroke:#c39

分類は、回収の危険度に応じて非分類(Ⅰ分類)、Ⅱ分類、Ⅲ分類、Ⅳ分類という区分で行われます。数字が大きくなるほど、回収の危険度が高いという整理です(具体的な当てはめは自金庫の自己査定基準で確認してください)。

信用金庫の実務で特に重要なのが、信用保証協会の保証です。保証付き融資は保全効果が大きく、引当にも自己資本比率のリスクウェイト(→第5巻第9章)にも影響します。保証の要件を満たしているか、免責事由に該当していないかの確認は、実務上の要所です。

担当者の心得:担保評価は「今いくらか」ではなく「処分するときにいくらで売れるか」で見ます。不動産の評価額と、実際の処分可能見込額は違います。評価額をそのまま保全額として扱うと、引当が過少になります。評価の前提(評価時点、評価方法、掛目)を明示することが、説明できる査定の条件です。

ここまでの筋(3行)

① 自己査定は「自ら判断し、説明する」手続き。判断の過程を記録に残すことが要。

② 債務者区分は「誰に貸しているか」、形式ではなく実態で見る。

③ 債権分類は「どこまで守られているか」。保全されていない部分にこそ引当が要る。


第Ⅱ部 引当編

4. 一般貸倒引当金と個別貸倒引当金

引当は大きく2種類に分かれます。この2つの違いは、本シリーズの他巻(第3巻・第5巻)を理解するうえでも重要です。

一般貸倒引当金 個別貸倒引当金
対象 主に正常先・要注意先 主に破綻懸念先以下
積み方 ポートフォリオ全体に、貸倒実績率等を用いて機械的に 個別の債務者ごとに、回収可能性を見積もって
性格 まだ表面化していない損失への備え 特定の債権に生じる見込みの損失
コア資本 一定の範囲で算入が認められる(→第5巻第5章) 算入されない

コア資本の扱いが違う理由を押さえておくと、記憶に残ります。一般貸倒引当金は特定の損失に紐づいていない備えであり、実質的に自己資本に近い性格を持ちます。だから一定の範囲でコア資本への算入が認められます。一方、個別貸倒引当金は特定の債権の損失に紐づいているため、自己資本とは見なされません。

💡 ここでつまずきやすい:引当が増えた=貸出の質が悪化した、とは限らない

第3巻第7章でも触れた論点です。一般貸倒引当金の増加要因は、①貸出残高の増加 ②貸倒実績率の上昇 ③引当方法の見直しの3つに分かれます。①だけなら、むしろ営業が伸びた証拠です。報告の際は必ずこの3つを切り分けてください。切り分けずに「引当が増えました」とだけ報告すると、経営に誤った危機感を与えるか、逆に本当の劣化を見逃させます。

5. 貸倒実績率という考え方

一般貸倒引当金の算定の基本は、過去の実績から将来の損失を見積もるという考え方です。

\[\text{引当額} \approx \text{債権残高} \times \text{予想損失率} \qquad \text{予想損失率} \approx \text{過去の貸倒実績率}\]

予想損失率は、過去の貸倒実績率を出発点に、必要に応じて調整します。

貸倒実績率は、大づかみには「ある区分の債権が、一定期間内にどれだけ損失になったか」の割合です。正常先と要注意先では実績率が大きく異なるため、区分ごとに算定します。

【設例】(単純化した仮の数字)

債務者区分 債権残高 設例上の予想損失率 引当額
正常先 1,800 0.2% 3.6
要注意先(要管理先以外) 150 3.0% 4.5
要管理先 30 15.0% 4.5
一般貸倒引当金 合計 12.6

一言まとめ:残高の大半は正常先だが、引当額で見ると要注意先以下の寄与が大きい。 残高構成比と引当構成比は一致しません(→第8巻第7章の「残高構成比とリスク構成比は別物」と同じ構図です)。

💡 ここでつまずきやすい:「過去の実績率をそのまま使えばよい」

過去の実績は、過去の経済環境の下での結果です。これから景気が悪化するなら、過去の実績率は将来の損失を過小評価します。逆に、過去に大きな不良債権処理を経験した直後なら、実績率は将来を過大評価しているかもしれません。過去の実績をそのまま将来に延長してよいかという問いが、次章のフォワードルッキングな引当の出発点です。

6. DCF法 ― 大口債権の見積り

大口の債権や、再建計画に基づいて返済が続く債権については、DCF法(割引現在価値法)による見積りが用いられることがあります。

考え方の骨格は第8巻第2章の債券の値付けと同じです。将来受け取れると見込まれるキャッシュフローを、現在価値に割り引いて、債権の帳簿価額との差額を引当とする、というものです。

\[\text{引当額} = \text{債権の帳簿価額} - \text{将来キャッシュフローの現在価値}\]

ただし、債券の値付けとの決定的な違いが1つあります。それが割引率です。

DCF法で用いる割引率は、市場金利ではなく、その債権の「当初の約定利子率」です。

債券の時価は「いま市場が要求する利回り」で割り引きますが、DCF法の割引率は貸出を実行したときの約定利率であり、期中に市場金利が動いても変わりません。この違いには理由があります。ここで測ろうとしているのは「この債権をいま売ればいくらか」という時価ではなく、「当初約束された回収が、どれだけ損なわれたか」という信用リスクによる毀損額だからです。市場金利の変動による価値の増減まで引当に混ぜてしまえば、金利が上がった年に引当が増えるという、信用リスクの計測としては意味をなさない結果になります。

💡 ここでつまずきやすい:「割引率を高くすれば保守的でよい」

誤解:割引率を高めに置けば現在価値が小さくなり、引当が厚くなるので保守的だ。

正しい理解:割引率は保守性の調整弁ではありません。 約定利子率という決められた率を使うのがDCF法であり、率をいじって引当額を動かせば、それは見積りではなく数字合わせです。保守的に見るべきなのは将来キャッシュフローの見込み(いくら回収できるか)のほうであって、割引率ではありません。どこで保守性を取るのかを取り違えないでください。

この方法の長所と短所は表裏です。

  • 長所:個別の債務者の実態(再建計画の内容、返済スケジュール)を精緻に反映できる。
  • 短所:将来キャッシュフローの見積りに、判断が大きく入る。再建計画が楽観的なら、引当は過少になります。

担当者の心得:DCF法を用いる場合、再建計画の実現可能性をどう評価したかが、引当額のすべてを決めます。計画の前提(売上の回復、経費削減の実現)が、過去の実績や業界の状況に照らして妥当か。ここは監査でも検査でも必ず問われます。「計画に書いてあるから」は根拠になりません。

7. 検査マニュアル廃止とフォワードルッキングな引当

金融検査マニュアルの廃止(→第17巻第5章)は、引当の実務に最も大きな影響を与えました。何が変わったのかを正確に押さえます。

かつての姿:検査マニュアルが債務者区分と引当の考え方について詳細な基準を示し、実務はそれへの適合を目指しました。結果として、「過去の実績率を機械的に適用する」実務が広く定着しました。

廃止後に求められること:金融機関が、自らの融資方針・顧客特性・将来の見通しに即して引当を見積もり、それを説明する。将来の見通しを織り込む考え方を、フォワードルッキングな引当と呼びます。

具体的には、次のような要素を引当に織り込むことが議論されています。

  • 過去の実績率では捉えられない、将来の景気動向・業界動向
  • 特定の業種への集中(→第15巻)や、地域経済の構造変化
  • 自金庫の融資方針の変化(新しい分野への進出等)

⭐ポイント⭐:「かつては過去を数え、今は将来を見積もる」。

ただし、担当者が誤解してはならない点があります。 フォワードルッキングとは、引当を増やすことではありません。将来の見通しを、根拠をもって引当に反映することです。将来が改善する見通しなら、引当が減る方向に働くこともあります。重要なのは方向ではなく、その見積りに合理的な根拠と説明があるかです。

💡 ここでつまずきやすい:「引当は多めに積んでおけば保守的で安全」

会計上、引当は合理的な見積りでなければなりません。根拠なく多く積むことは、利益の恣意的な調整(利益操作)にあたりうるため、認められません。「保守的だから問題ない」という発想は、会計の世界では通用しないのです。多すぎても少なすぎても、根拠を説明できなければ不適切― これが引当の難しさです。

ここまでの筋(3行)

① 引当には一般(ポートフォリオ全体に機械的に)と個別(債務者ごとに見積もって)がある。

② 一般貸倒引当金は一定の範囲でコア資本に算入される。特定の損失に紐づかない備えだから。

③ 検査マニュアル廃止後は、過去の実績の機械的適用から、将来を織り込んだ説明できる見積りへ。


第Ⅲ部 税務編

8. 有税引当と無税償却 ― 会計と税務のズレ

ここで第1巻とつながります。会計で引当を積んだからといって、税務でそのまま損金になるわけではありません。

会計 税務
目的 経営実態を正しく示す 税金を公平に計算する
引当の扱い 合理的な見積りで計上 法令の要件を満たす範囲でのみ損金算入

税務上、貸倒引当金の損金算入には要件があり、会計上の引当額のすべてが損金になるとは限りません。損金算入されなかった部分は申告加算され、会計利益より課税所得が大きくなります。これを実務では「有税引当」と呼びます。

一方、回収不能が確定した部分を直接償却し、税務上も損金算入が認められる場合を「無税償却」と呼びます。要件を満たせば、その時点で課税所得が減ります。

税務上の損金算入の要件は法令の定めによります。適用にあたっては必ず税理士・経理部門と確認してください。

9. 引当と繰延税金資産 ― 第1巻へのつながり

第1巻第7章2で扱ったタイプAの一時差異が、まさにこれです。

   【有税引当が発生した年】
   会計:引当100を費用計上 → 税引前利益が100減る
   税務:損金不算入 → 申告加算され、課税所得は会計利益より100多い
        → 今、税金を多く払っている

   【将来、貸倒れが確定した年】
   税務:ようやく100が損金算入 → 課税所得が100減る
        → 税金が減る(過去に多く払った分を取り返す)

このズレが将来減算一時差異であり、これに実効税率30%を掛けた30が繰延税金資産になります(→第1巻第5章・第6章)。

そして、ここに信用金庫の実務上の急所があります。

繰延税金資産は、将来の課税所得(黒字)が見込める範囲でしか計上できません(回収可能性。→第1巻第11章)。ところが、有税引当が大量に発生するのは、まさに与信費用が膨らんで業績が悪化している局面です。

業績が悪化して引当を積む → 有税引当で繰延税金資産が積み上がる → しかし業績悪化により回収可能性が失われる → 繰延税金資産を計上できない、あるいは取り崩す

この連鎖が、第1巻第15章で扱った「取り崩しは悪化局面の追い打ち」の正体です。信用リスクの悪化は、引当という形で当期の利益を削り、さらに繰延税金資産という形で追い打ちをかけるのです。

⭐ポイント⭐:「引当は今の利益を削り、回収可能性の喪失は純資産をもう一度削る」。


第Ⅳ部 計算例編

10. 【設例】1つの債務者を、区分から引当まで追う

すべて単純化した仮の数字です。実効税率30%。

前提:ある製造業の債務者に、貸出金100。

ステップ①:債務者区分の判定

見た事実 判断
2期連続で営業赤字、債務超過ではない 財務内容に問題あり
返済は遅延なく継続している 返済状況は良好
主力販売先の縮小が続いており、回復の見通しが立たない 将来性に懸念
経営改善計画はあるが、進捗は計画を下回っている 計画の実現可能性に疑問

→ 要注意先(要管理先以外)と判定。理由:延滞はなく直ちに破綻懸念とは言えないが、業況が低調で今後の管理に注意を要するため。

ステップ②:債権の分類(保全状況)

保全 金額
信用保証協会の保証付き部分 30
不動産担保の処分可能見込額 20
保全されていない部分(信用部分) 50

ステップ③:引当

要注意先なので一般貸倒引当金の対象。設例上の予想損失率を3.0%とすると、

\[\text{引当額} = \underbrace{50}_{\text{保全されていない部分}} \times 3.0\% = 1.5\]

(保全部分をどう扱うか、どの残高に率を乗じるかは自金庫の自己査定基準・引当基準によります。ここでは考え方を示すための単純化です。)

ステップ④:翌期、区分が下がった場合

翌期、返済に3か月の延滞が発生し、条件緩和も行われた。

→ 要管理先に区分変更。設例上の予想損失率を15.0%とすると、

\[\text{引当額} = 50 \times 15.0\% = 7.5 \qquad \text{追加の引当繰入} = 7.5 - 1.5 = \mathbf{6.0}\]

さらに翌々期、破綻懸念先に。個別貸倒引当金の対象となり、保全されていない部分50に対して、回収可能性を個別に見積もる。仮に信用部分の70%を引き当てるとすると、

\[\text{引当額} = 50 \times 70\% = 35 \qquad \text{追加の引当繰入} = 35 - 7.5 = \mathbf{27.5}\]

3期分を並べる

X期 Y期 Z期
債務者区分 要注意先 要管理先 破綻懸念先
引当残高 1.5 7.5 35
当期の引当繰入(与信費用) 1.5 6.0 27.5

一言まとめ:貸出額は100のまま1円も変わっていないのに、区分が2段階下がると引当は1.5から35へ、23倍以上に膨らみます。 与信費用は、残高ではなく区分の変化によって跳ねるのです。

担当者の心得:与信費用の見通しを作るとき、「貸出残高がこれだけだから与信費用はこの程度」という発想では当たりません。「どの債務者が、どの区分に、いつ落ちうるか」という積み上げが必要です。とくに大口先の区分が1つ下がるインパクトは、小口先の集合をはるかに上回ります(→第15巻)。

11. 【設例】与信費用が決算とコア資本に効く経路

上の設例のZ期(引当繰入27.5)が、決算全体にどう効くかを追います。単純化した仮の数字です。

段階 影響
一般貸倒引当金繰入前業務純益 影響なし
業務純益(一般貸倒引当金繰入後) 一般貸倒引当金の繰入分だけ減少(→第3巻第7章)
コア業務純益 一般貸倒引当金繰入前ベースなら影響なし(定義は自金庫の開示で確認)
臨時損益(不良債権処理額) 個別貸倒引当金の繰入がここに出る
経常利益・当期純利益 減少
繰越利益剰余金 = コア資本 減少 → 自己資本比率が低下(→第5巻第5章)
税務 損金算入されない部分は有税引当。繰延税金資産の対象(→第9章)

4つの数字で並べる(→第0巻第8章)

レンズ 与信費用27.5はどう見えるか
①会計 費用として当期純利益を圧迫。純資産が減る
②税務 損金算入されない部分は申告加算。今の税金は減らない(むしろ多く払う)
③規制 個別貸倒引当金はコア資本に算入されず、利益の減少を通じてコア資本も減る
④経営管理 経済的な損失の顕在化。RORA の分子が減る(→第4巻)

一言まとめ:与信費用は、4つの数字すべてを同じ方向(悪化)に動かす、数少ない事象です。 含み損が「純資産は減るが利益は無傷、規制は無風」と方向がばらばらだったのとは対照的です(→第0巻第9章)。信用リスクの顕在化は、逃げ場がないのです。


第Ⅴ部 規制編

12. IFRS9の予想信用損失(ECL)との異同

本家では何をしているか(第3層)。国際的な会計基準である IFRS9 では、貸倒引当金について予想信用損失(ECL:Expected Credit Loss)モデルが採用されています。

世界金融危機の反省が背景にあります。危機以前の会計基準では、損失が実際に発生した証拠が現れてから引当を計上する「発生損失モデル」が中心でした。その結果、引当が「遅すぎ、少なすぎ(too little, too late)」だったと批判されたのです。

そこで IFRS9 は、損失が発生する前から、予想される損失を引き当てるという考え方に転換しました。信用リスクの状況に応じて3つの段階に分け、段階が下がるほど長い期間の予想損失を引き当てる、という構造です。

段階 状況 引き当てる期間
ステージ1 当初認識時から信用リスクが著しく増大していない 12か月の予想信用損失
ステージ2 信用リスクが著しく増大した 全期間の予想信用損失
ステージ3 信用減損している 全期間の予想信用損失(利息の認識方法も変わる)

日本の実務との異同を整理します。

日本の実務(信用金庫) IFRS9(ECL)
基本の発想 債務者区分を軸に、実績率等で見積もる 信用リスクの増大の程度で段階分けし、予想損失を見積もる
将来の織り込み フォワードルッキングな要素の反映が議論されている(第7章) 将来の経済見通しの織り込みが明示的に要求される
適用 信用金庫は日本基準。IFRS9 は適用されない 主に IFRS 適用企業・国際的な銀行

発想の方向は一致しています。 「損失が現実化してから引き当てるのでは遅い」「将来の見通しを織り込むべきだ」― この認識は国際的に共有されており、日本における検査マニュアル廃止後のフォワードルッキングな引当の議論も、同じ方向を向いています。

なぜ信用金庫に IFRS9 が適用されないのか。 適用される会計基準が異なるからです。IFRS は主に国際的に資本市場で資金調達を行う企業のために設計されており、国内で地域に密着して業務を行う信用金庫が採用する必要性は乏しい。また、ECL モデルの実装には相当のデータと計測体制が必要で、規模に比して負担が重すぎるという現実的な問題もあります。

必ず押さえる位置づけ:IFRS9 は信用金庫に適用されません。しかし、「予想信用損失」「将来の経済見通しの織り込み」という考え方は、業界標準の"ものさし"として、日本の引当実務の議論にも当局のモニタリングにも入り込んでいます。フォワードルッキングな引当をめぐる議論を理解するには、この国際的な背景を知っておくことが助けになります。

地域銀行ならどうか:国内基準の地域銀行も日本基準を適用しており、引当の枠組みは信用金庫と基本的に同じです。ただし規模の大きい銀行ほど、データの蓄積や統計的手法の高度化が進んでいる傾向があります。


第Ⅵ部 まとめ

13. 実務での留意点

  • 判断の過程を記録に残す。検査・監査で最も指摘されやすいのは、判断そのものより「なぜそう判断したかが残っていないこと」。
  • 形式ではなく実態で見る。債務超過だから直ちに破綻懸念先、ではありません。中小企業では実態的な財務内容を見ます。
  • 担保は「処分可能見込額」で見る。評価額をそのまま保全額にすると、引当が過少になります。
  • 引当の増加要因を3つに切り分ける(残高増/実績率上昇/引当方法の見直し)。増加が即「質の悪化」ではありません(→第3巻第7章)。
  • 「保守的だから多めに積む」は通用しない。引当は合理的な見積りでなければならず、根拠のない過大計上は利益操作にあたりえます。
  • DCF法では再建計画の実現可能性がすべて。「計画に書いてあるから」は根拠になりません。保守性は将来キャッシュフローの見込みで取るのであって、割引率(当初の約定利子率)で取るものではありません。
  • 与信費用は残高ではなく区分の変化で跳ねる。大口先の区分低下のインパクトを常に把握しておく(→第15巻)。
  • 有税引当は繰延税金資産を生み、業績悪化局面では回収可能性を失う。引当と税効果はセットで考える(→第1巻)。
  • 具体的な基準は自金庫の規程と法令で確認する。債務者区分の判定基準、引当率の算定方法、税務上の損金算入要件はいずれも自金庫の規程・法令によります。

つまずきやすいポイント総まとめ

用語・概念 章 一言で言うと
なぜ「自己」査定か 第1章 自ら判断し、説明する手続き。過程を記録に残す
債務超過=破綻懸念先ではない 第2章 形式ではなく実態で見る
正常先からのランクダウンに外形基準はない 第2章 明確な基準があるのは要管理先(3か月以上延滞・条件緩和)と破綻先(法的事実)だけ
「延滞していない」は正常先の必要条件にすぎない 第2章 延滞前でも、実質債務超過や将来性の悪化でランクダウンしうる
実質債務超過は「実態バランスシート」を作って判定する 第2章 簿価の純資産をそのまま信じず、資産・負債を洗い直して実態純資産を出す
「実態修正」(信用格付)と「実態バランスシート」(債務者区分)は別物 第2章 前者は点数の調整、後者は貸借対照表の作り直し
担保は処分可能見込額で見る 第3章 評価額をそのまま使うと引当が過少になる
一般と個別のコア資本の扱い 第4章 特定の損失に紐づかない備えだから一般は算入される
引当増=質の悪化とは限らない 第4章 残高増/実績率上昇/方法の見直しに切り分ける
残高構成比と引当構成比は別物 第5章 残高は正常先中心でも、引当は要注意先以下の寄与が大きい
過去の実績率をそのまま使えるか 第5章 過去は過去の経済環境の結果
債務者区分と開示債権は別物 第2章 要注意先は要管理先でない限り「正常債権」として開示される
不良債権比率は資産の質ではない 第2章 分子は要管理先以下だけ。要注意先の厚みは表に出ない
DCF法は計画の評価がすべて 第6章 「計画に書いてあるから」は根拠にならない
DCF法の割引率は当初の約定利子率 第6章 市場金利ではない。率をいじるのは数字合わせ
フォワードルッキング=増額ではない 第7章 根拠をもって将来を反映すること
「保守的に多めに」は通用しない 第7章 引当は合理的な見積り。過大も不適切
有税引当と繰延税金資産 第8・9章 今の税金は減らず、将来取り戻す(→第1巻タイプA)
与信費用は区分の変化で跳ねる 第10章 残高が同じでも引当は何倍にもなる
与信費用は4つの数字すべてを悪化させる 第11章 含み損と違い、逃げ場がない

まとめとセルフチェック

一枚でわかる全体像

  1. 自己査定は「自ら判断し、説明する」手続き。検査マニュアル廃止後、この性格が一段と強まった。
  2. 流れは ①債務者区分 → ②債権の分類 → ③引当 → ④税務処理。
  3. 債務者区分は「誰に貸しているか」。正常先/要注意先(うち要管理先)/破綻懸念先/実質破綻先/破綻先。形式ではなく実態で見る。ランクダウンに外形基準があるのは要管理先(3か月以上延滞・条件緩和)と破綻先(法的事実)だけで、それ以外はすべて実態判断。その実態判断の中核が実質債務超過の判定であり、簿価の貸借対照表を資産・負債の洗い直しで組み直した実態バランスシートを作って、実態純資産がプラスかマイナスかで見る。
  4. 債権の分類は「どこまで担保・保証で守られているか」。保全されていない部分に引当が要る。
  5. 引当には一般(ポートフォリオ全体に実績率等で機械的に)と個別(債務者ごとに見積もって)がある。一般は一定の範囲でコア資本に算入される。
  6. 貸倒実績率は過去の実績。過去をそのまま将来に延長してよいかが、フォワードルッキングな引当の論点。
  7. DCF法では、再建計画の実現可能性の評価が引当額のすべてを決める。
  8. 会計の引当と税務の損金は一致せず、有税引当が将来減算一時差異となって繰延税金資産を生む(→第1巻タイプA)。
  9. 与信費用は残高ではなく区分の変化で跳ねる。貸出額が同じでも、区分が2段階下がれば引当は何十倍にもなる。
  10. 与信費用は、会計・税務・規制・経営管理の4つの数字すべてを同じ方向に悪化させる。含み損と違い逃げ場がない。
  11. 国際的には IFRS9 の ECL モデルがあり、「損失が現実化する前に引き当てる」という発想は日本の議論とも一致する。

セルフチェック(説明できますか?)

  • 「自己」査定という言葉に込められた意味を説明できる
  • 債務者区分の5つ(+要管理先)を挙げ、それぞれの状態を説明できる
  • 「債務超過だから破綻懸念先」がなぜ不正確か説明できる
  • 正常先であるための条件(損益・財務内容・返済状況・キャッシュフロー・将来性)を挙げて説明できる
  • どの区分の変化に外形基準があり、どれが実態判断かを説明できる
  • 「延滞していないから正常先」がなぜ不正確か説明できる
  • 実態バランスシートとは何か、簿価の貸借対照表との違いを説明できる
  • 実態純資産を求める4つの調整項目(含み損益・資産性のない資産・資本性借入金・簿外債務)を挙げられる
  • 「実態修正」(信用格付)と「実態バランスシート」(債務者区分)の違いを説明できる
  • 債務者区分と債権の分類が、何を判断するものか区別して説明できる
  • 担保を「処分可能見込額」で見る理由を説明できる
  • 一般貸倒引当金と個別貸倒引当金の違いを4点で説明できる
  • 一般貸倒引当金だけがコア資本に算入される理由を説明できる
  • 引当の増加要因を3つに切り分けて説明できる
  • 過去の貸倒実績率をそのまま使うことの限界を説明できる
  • 債務者区分と金融再生法開示債権の対応を、表にして書き出せる
  • 不良債権比率の算式を書き、その分子に入らないものを説明できる
  • 同じ貸出が内部管理・開示・税務で別の名前を持つことを、具体例で説明できる
  • DCF法の考え方と、その最大の論点を説明できる
  • DCF法の割引率が市場金利ではなく当初の約定利子率である理由を説明できる
  • 検査マニュアル廃止で引当実務の何が変わったか説明できる
  • 「フォワードルッキング=引当を増やすこと」がなぜ誤りか説明できる
  • 「保守的に多めに積む」がなぜ認められないか説明できる
  • 有税引当がなぜ繰延税金資産を生むのか、第1巻のタイプAと結びつけて説明できる
  • 業績悪化時に引当と繰延税金資産が二重の打撃になる連鎖を説明できる
  • 貸出額が同じでも区分が下がると与信費用が跳ねることを、設例で説明できる
  • IFRS9 の ECL モデルの発想と、日本の議論との共通点を説明できる

用語集

用語 意味
自己査定 金融機関が自らの責任で保有資産の価値を査定する手続き
信用格付(内部格付) 与信の入口で付される信用力の段階。債務者区分の出発点になる(→第21巻第2-2節)
債務者区分 債務者の財務状況・返済能力に応じた区分(正常先〜破綻先)
要管理先 要注意先のうち、一定期間以上の延滞や貸出条件の緩和があるもの
破綻懸念先 現状は破綻していないが、今後経営破綻に陥る可能性が大きい債務者
実質破綻先/破綻先 実質的に/法的・形式的に経営破綻の事実が生じている債務者
実態バランスシート(実態貸借対照表) 決算書の帳簿価額を、含み損益や資産性・資本性借入金等で洗い直して作り直した貸借対照表。実態純資産(実質債務超過かどうか)を見るために作る
資本性借入金 オーナー・役員等からの借入金のうち、実質的に返済を要しない実態が認められ、負債ではなく資本相当額として扱われるもの
債権の分類 担保・保証による保全状況と回収の危険度に応じた債権の区分
非分類(Ⅰ分類) 優良な担保・保証等により回収の危険がないとされる部分
金融再生法開示債権 債務者単位の開示区分。破産更生債権等・危険債権・要管理債権・正常債権の4区分
リスク管理債権 債権単位の開示区分。破綻先債権・延滞債権・3か月以上延滞債権・貸出条件緩和債権
不良債権比率 \((\text{破産更生債権等} + \text{危険債権} + \text{要管理債権}) \div \text{総与信残高}\)
部分直接償却 回収不能と見込まれる部分を、債権額から直接減額して開示する処理
処分可能見込額 担保を処分した場合に回収が見込まれる額
信用保証協会の保証 中小企業の借入に対する公的な保証制度。信用金庫の実務で保全の中心の一つ
一般貸倒引当金 ポートフォリオ全体に対し、貸倒実績率等に基づいて積む引当
個別貸倒引当金 個別の債務者について、回収可能性を見積もって積む引当
直接償却 回収不能が確定した部分を債権から直接落とすこと
貸倒実績率 過去に実際に生じた貸倒損失の割合
予想損失率 将来生じると見込まれる損失の割合
DCF法 将来キャッシュフローを当初の約定利子率で割り引いた現在価値と、帳簿価額との差を引当とする方法
フォワードルッキングな引当 将来の経済見通し等を織り込んで引当を見積もる考え方
与信費用 貸倒引当金繰入額・貸出金償却等、信用リスクに起因する費用
有税引当 会計上引き当てたが税務上損金算入されない部分
無税償却 税務上も損金算入が認められる償却
将来減算一時差異 将来解消する年に課税所得を減らす会計と税務のズレ(→第1巻)
IFRS9 国際的な会計基準。予想信用損失(ECL)モデルを採用
予想信用損失(ECL) 損失が現実化する前から、予想される信用損失を引き当てる考え方

参考文献・出典

  • 金融庁「検査・監督基本方針」および金融検査マニュアル廃止に関する公表資料
  • 金融庁「融資に関する検査・監督実務についての考え方と進め方(検査マニュアル廃止後の融資に関する検査・監督の考え方と進め方)」等の公表資料
  • 日本公認会計士協会の貸倒引当金の監査に関する実務指針等(具体的な取扱いは原文で確認すること)
  • 法人税法および同施行令の貸倒引当金・貸倒損失に関する規定(条番号は原文で確認)
  • 国際会計基準審議会(IASB)公表の IFRS9(予想信用損失モデルの考え方)
  • 自金庫の自己査定基準・償却引当基準(実際の当てはめは必ずこちらで確認する)

本テキストは制度理解のための教育用資料です。本文中の金額・損失率はすべて設例用に単純化した仮の数字であり、実際の基準値を示すものではありません。債務者区分の判定基準、債権の分類方法、引当率の算定、税務上の損金算入要件は、個別事情や最新の法令・会計基準・監督上の考え方により異なります。実際の査定・引当・申告にあたっては、自金庫の審査/融資管理/経理部門および監査法人・税理士に必ずご確認ください。

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