第19巻 ストレステスト入門

― 金利上昇・預金流出・信用悪化の複合シナリオで、あと何メートルかを測る

対象読者:信用金庫のリスク統括部門で、ストレステストの設計・実施を担当することになった方。個別のリスク(金利・流動性・信用)の計測はできるようになったが、それらを一つのシナリオで束ねる段階に進む方を想定しています。

ねらい:ストレステストを「悪い数字を作る作業」ではなく、「破綻ラインまでの距離を測り、経営に打ち手を選ばせる作業」として設計できるようになること。

このテキストの特徴:本巻はシリーズの合流点です。第1巻(含み損)、第2巻(預金流出)、第14巻(引当)、第5巻(自己資本比率)、第7巻(金利リスク)で学んだ道具を、1つのシナリオの中で同時に動かします。新しい理論はほとんど出てきません。既刊の道具を組み合わせる技術が主題です。

他巻との接続:含み損と実質自己資本比率は →第1巻(とくに第21章)。預金流出の数理と相関は →第2巻第4章。与信費用の跳ね方は →第14巻第10章。早期是正措置の区分は →第5巻第13章・第6巻。ΔEVE と前提の置き方は →第7巻。統合的リスク管理の枠組みは →第18巻。


全体マップ(この一枚で流れがつかめます)

flowchart TD
    S["1つのショック<br/>(例:金利が2%上昇し、地域経済が悪化する)"]
    S --> A["【市場】<br/>有価証券の含み損 (→第1巻・第8巻)"]
    S --> B["【流動性】<br/>預金の流出 (→第2巻)<br/>資金確保のため国債の売却を迫られる<br/>▶ 含み損が実現 ◀"]
    S --> C["【信用】<br/>債務者区分の低下 (→第14巻)<br/>引当の積み増し(与信費用)"]
    A --> M["コア資本の減少 + リスクアセットの増加"]
    B --> M
    C --> M
    M --> Q["自己資本比率は何%まで落ちるか<br/>4%(第1区分)まであと何メートルか<br/>0%(第3区分=業務停止)までは?"]
    Q --> E["経営が選ぶ打ち手(第Ⅴ部)と、リバース・ストレステスト"]
    style B fill:#fde,stroke:#c39
    style Q fill:#fde,stroke:#c39

この図の中央にある矢印(▶ 含み損が実現 ◀)が、本巻の核心です。 個別に見れば「含み損は自己資本比率に効かない」(→第1巻第17章)はずでした。しかし流動性ストレスが同時に来ると、売らざるを得なくなり、効いてしまう。リスクは単独では現れない ― これがストレステストの存在理由です。


目次

第Ⅰ部 基礎編

  1. なぜ「悪いシナリオ」をわざわざ計算するのか
  2. 感応度分析とストレステストは何が違うのか
  3. シナリオの3つの型

第Ⅱ部 設計編

  1. シナリオを作る ― 何を、どれだけ、どの順で動かすか
  2. 複合シナリオの肝 ― リスクは互いを増幅する
  3. リバース・ストレステスト ― 逆から考える

第Ⅲ部 計算例編

  1. 【設例】複合ストレスシナリオを3年間走らせる
  2. 【設例】どの一手が最も効くか ― 打ち手の比較

第Ⅳ部 規制編

  1. 当局主導のストレステスト(CCAR・EBA)との対比

第Ⅴ部 実務編

  1. 結果をどう経営に伝えるか
  2. ストレステストが失敗するとき

第Ⅵ部 まとめ

  1. 実務での留意点
  2. つまずきやすいポイント総まとめ/セルフチェック/用語集

第Ⅰ部 基礎編

1. なぜ「悪いシナリオ」をわざわざ計算するのか

新任担当者が最初に持つ違和感は、たいていこれです。「起きるかどうか分からないことを計算して、何の意味があるのか。」

意味は3つあります。

理由①:平常時の指標は、危機時の姿を教えてくれない。

本シリーズで繰り返し見てきたとおりです。第6巻第9章の設例では、通常の自己資本比率が6.33%で無風のまま、実質は3.00%まで壊れていました。第1巻第21章では、見かけ6.0%の金庫が含み損を織り込むと2.0%でした。平常時の報告値は、金庫の実力を体系的に過大評価する構造を持っています。

理由②:リスクは単独では現れない。

金利が上がれば、有価証券に含み損が生じ(市場)、預金者はより高い金利を求めて動き(流動性)、借入人の返済負担が増して業況が悪化します(信用)。1つのショックが4本の柱すべてに同時に効く(→第0巻第14章)。分野別の管理では、この同時性を捉えられません。

理由③:距離が分からなければ、打ち手を選べない。

経営が本当に知りたいのは「今何%か」ではなく、「あと何が起きたら危ないのか」です。

⭐ポイント⭐:「平常時の指標は現在地を示し、ストレステストは崖までの距離を示す」。

担当者の心得:ストレステストの目的は、悪い数字を作ることではありません。「このシナリオなら耐えられる/耐えられない」という判定を通じて、経営に打ち手を選ばせることです。判定だけを報告して打ち手の選択肢を示さない資料は、仕事の半分しかしていません(第10章)。

2. 感応度分析とストレステストは何が違うのか

用語を整理しておきます。実務では混同されがちです。

感応度分析 ストレステスト
動かすもの 1つの要因(金利だけ、株価だけ) 複数の要因を、整合的に同時に
目的 リスクの大きさを測る 耐久力を測る
例 金利1%上昇で ΔEVE はいくらか(→第7巻) 金利上昇+景気悪化+預金流出が同時に起きたら、自己資本比率はどこまで落ちるか
時間軸 一時点 複数年にわたる展開を追うことが多い

この違いは決定的です。 感応度分析では、金利上昇による含み損は「未実現のまま、自己資本比率には効かない」で終わります。しかしストレステストでは、預金流出が同時に起きるため、国債を売らざるを得なくなり、含み損が実現して自己資本比率を直撃します。

⭐ポイント⭐:「感応度分析はリスクの大きさを測り、ストレステストはリスク同士の連鎖を測る」。

3. シナリオの3つの型

シナリオの作り方には、大きく3つの型があります。

型 内容 長所 短所
ヒストリカル・シナリオ 過去に実際に起きた危機を再現する(バブル崩壊、世界金融危機、金利急騰局面など) 現実に起きた組合せなので説得力がある 過去に起きていない危機は捉えられない
仮想シナリオ 想定される事象を組み立てて作る 現在のポートフォリオの弱点に合わせて設計できる 前提の置き方が恣意的になりやすい
リバース・ストレステスト 結果から逆算する(「自己資本比率が0%になるのは、何が起きたときか」) 最も経営に刺さる。第6章で詳述 シナリオの現実性の評価が難しい

第2巻第4.3節で扱った引き金による分類(自行固有/市場全体/複合)も、あわせて使います。

担当者の心得:まずヒストリカル・シナリオから始めるのが実務的です。「バブル崩壊期と同じ地価下落と金利水準が再来したら」という設計なら、前提の妥当性を説明しやすく、経営にも伝わります。仮想シナリオは、そのうえで自金庫固有の弱点(特定業種への集中、超長期債の保有など)を狙って作ります。

ここまでの筋(3行)

① 平常時の指標は実力を過大評価する。ストレステストは崖までの距離を測る道具。

② 感応度分析はリスクの大きさ、ストレステストはリスク同士の連鎖を測る。

③ シナリオにはヒストリカル・仮想・リバースの3型。まずヒストリカルから。


第Ⅱ部 設計編

4. シナリオを作る ― 何を、どれだけ、どの順で動かすか

シナリオ設計は、「動かす変数」と「その変数から各リスクへの伝わり方」の2段階で考えます。

第1段階:動かす変数(シナリオ変数)を決める

変数 例
金利(イールドカーブ) 短期・長期がそれぞれ何%動くか(→第7巻第7章)
経済(GDP成長率、地域の景況) 何%のマイナス成長が何年続くか
地価・不動産価格 何%下落するか
株価 何%下落するか
自金庫固有の要因 風評、格下げ、システム障害(→第2巻第4.3節)

第2段階:各変数から、各リスクへの伝わり方(伝達経路)を決める

変数 伝わる先 使う道具
金利上昇 有価証券の含み損 デュレーション・BPV(→第8巻第7章)
金利上昇 資金利益の変化 ΔNII(→第7巻第4章)
金利上昇 預金の流出(他行への乗り換え) セグメント別流出率(→第2巻第4.2節)
景気悪化 債務者区分の低下 → 与信費用 区分遷移の想定(→第14巻第10章)
地価下落 担保の処分可能見込額の低下 → 引当増 保全額の再計算(→第14巻第3章)
風評 預金の急速な流出 相関を高めた流出モデル(→第2巻第4.4節)

💡 ここでつまずきやすい:「厳しければ厳しいほど良いシナリオ」ではない

極端に厳しいシナリオは、経営から「それは起きない」と一蹴されて終わります。逆に緩すぎれば「うちは大丈夫」という誤った安心を与えます。良いシナリオの条件は、厳しさではなく "起こりうると経営が納得でき、かつ耐久力の限界が見える" ことです。前提の根拠(過去の実績、当局や日本銀行の公表資料の想定など)を示せるかどうかが、シナリオの説得力を決めます。

5. 複合シナリオの肝 ― リスクは互いを増幅する

本巻の中心的な論点です。複合シナリオの価値は、個別のリスクを足し合わせることにはありません。リスク同士が互いを増幅する経路を捉えることにあります。

代表的な増幅経路を3つ挙げます。

増幅経路①:流動性ストレス → 含み損の強制実現

   金利上昇 → 有価証券に含み損(未実現。通常の自己資本比率には効かない)
        +
   預金流出 → 資金が必要 → 国債を売却せざるを得ない
        ↓
   含み損が実現 → P/L を通ってコア資本を直撃 → 自己資本比率が低下

個別に見れば効かないはずのものが、組み合わせると効く。 これが第1巻・第2巻を別々に読んでいるだけでは見えない構造です。

なお、この経路には逃げ道があります。 第12巻第11章で見たとおり、国債は売らずに担保に入れて資金化できます(レポ・日本銀行への担保差入れ)。ストレステストでは、この担保余力を明示的にシナリオに組み込むべきです。担保余力を無視したシナリオは、実力を過小評価します。

増幅経路②:信用悪化 → 引当増 → 繰延税金資産の取り崩し

   景気悪化 → 債務者区分の低下 → 引当の積み増し(与信費用)
        ↓
   当期純損失 → 将来の課税所得の見込みが崩れる
        ↓
   繰延税金資産の回収可能性が失われる → 取り崩し
        ↓
   純資産がさらに減少(→第1巻第15章)

損失の計上と、繰延税金資産の取り崩しが、二重にコア資本を削ります。

増幅経路③:資産の劣化 → リスクアセットの増加(分母の膨張)

自己資本比率は分数です。ストレス下では、分子が減るだけでなく、分母も増えます。

  • 債務者区分が下がれば、延滞債権等のリスクウェイトは重くなる(→第5巻第9章)
  • 担保・保証による軽減効果も、担保価値の下落で縮む

⭐ポイント⭐:「ストレス下では、分子が減り、分母が増える。比率は二重に悪化する。」

この3つの増幅経路を組み込んでいないストレステストは、ストレステストとは呼べません。 単なる感応度分析の足し算です。

6. リバース・ストレステスト ― 逆から考える

通常のストレステストは「このシナリオなら、比率は何%になるか」と順方向に計算します。リバース・ストレステストは、これを逆にします。

「自己資本比率が4%(あるいは0%)になるのは、何がどれだけ起きたときか。」

なぜこれが有効なのか。 3つの理由があります。

  1. シナリオの厳しさをめぐる不毛な議論を回避できる。「金利2%上昇は現実的か」という議論ではなく、「金利が何%上がったら4%を割るのか」を計算し、その水準が現実的かを経営に判断してもらう。
  2. 弱点が特定できる。何を動かすと最も早く限界に達するかが分かります。
  3. 経営に刺さる。「金利が1.5%上がるだけで第1区分に落ちます」という一文は、どんな分厚い資料よりも伝わります。

【簡易な例】(単純化した仮の数字)

コア資本160、リスクアセット2,400、有価証券1,500(デュレーション6年)の金庫。他の要因を動かさず、金利上昇による含み損だけを考えるとします。

\[\begin{aligned} \text{4\%になるコア資本} &= 2{,}400 \times 4\% = 96 \\ \text{許容できるコア資本の減少} &= 160 - 96 = 64 \\ \text{含み損の額面} &= \frac{64}{0.7} \approx 91 \quad (\text{税効果控除後で64のため}) \\ \text{その含み損が生じる金利上昇幅} &= \frac{91}{1{,}500 \times 6\,\text{年}} \approx 1.0\% \end{aligned}\]

一言まとめ:この金庫は、含み損が実現するような局面では、金利が約1%上昇しただけで自己資本比率4%のラインに接近する。

この一行が、リバース・ストレステストの成果物です。

担当者の心得:リバース・ストレステストの結果は、必ず「距離」の形で表現してください。「金利があと○%」「与信費用があと○億円」「預金が○%流出したら」― 経営が直感的に大きさを判断できる単位に翻訳することが、担当者の付加価値です。

ここまでの筋(3行)

① シナリオは「動かす変数」と「各リスクへの伝達経路」の2段階で設計する。

② 複合シナリオの価値は、リスク同士が増幅する3つの経路を捉えること。

③ リバース・ストレステストは、崖までの距離を1行で示せる最も強力な手法。


第Ⅲ部 計算例編

7. 【設例】複合ストレスシナリオを3年間走らせる

すべて単純化した仮の数字です。実効税率30%。本シリーズの他巻と同じ金庫(コア資本160、リスクアセット2,400、自己資本比率6.67%)を使います。

シナリオの設定

変数 想定
金利 1年目に +1.5% 上昇し、その後横ばい
地域経済 1〜2年目に悪化(主要業種の業況が大幅に低下)
預金 金利上昇と風評により、2年目に5%流出
地価 2年間で20%下落

保有状況

  • 有価証券 1,500(その他有価証券、デュレーション6年)
  • 貸出金 2,000
  • 預金 4,500
  • 担保差入余力(レポ・日銀)により、売却せずに調達可能な額は200

【1年目】金利上昇

項目 計算 結果
含み損(額面) 1,500 × 6年 × 1.5% 135
税効果控除後の含み損 135 × 70% 94.5
通常の自己資本比率 中立化されるため変化なし 6.67%
実質自己資本比率 (160 − 94.5) ÷ 2,400 2.73%

1年目の結論:報告上の比率は無風。しかし実質はすでに第1区分相当の水準まで落ちています(→第1巻第21章)。


【2年目】預金流出+信用悪化

(a) 預金流出への対応

\[\begin{aligned} \text{流出額} &= 4{,}500 \times 5\% = 225 \\ \text{担保差入れによる調達} &= 200 \quad (\text{売却せずに対応}) \\ \text{不足分} &= 225 - 200 = 25 \end{aligned}\]

この25は、有価証券を売却するしかありません。

ここが本巻の核心です。 担保余力200のおかげで、売却を25に抑えられました。担保余力がなければ、225全額を売却する必要がありました。

\[\text{売却25に対応する実現損} = 25 \times \frac{135}{1{,}500} = 2.25 \;(\text{額面}) \qquad \text{税引後} = 2.25 \times 70\% \approx \mathbf{1.6}\]

(b) 信用悪化による与信費用

地域経済の悪化により、要注意先の一部が要管理先・破綻懸念先へ低下。地価下落により担保の保全額も縮小。

\[\text{与信費用(税引後)} = \mathbf{20} \quad (\text{設例上の想定})\]

(c) 繰延税金資産の取り崩し

当期は損失計上となり、将来の課税所得の見込みが低下。分類が下がり、繰延税金資産の一部を取り崩す。

\[\text{取り崩し} = \mathbf{10} \quad (\text{設例上の想定})\]

(d) リスクアセットの増加

債務者区分の低下と担保価値の下落により、リスクアセットが増加。

\[\text{リスクアセット} = 2{,}400 \;\to\; \mathbf{2{,}500}\]

2年目末の状態

項目 計算 結果
コア資本 160 − 1.6 − 20 − 10 128.4
リスクアセット 2,500
通常の自己資本比率 128.4 ÷ 2,500 5.14%
残る含み損(税効果控除後) 94.5 − 1.6 ≒ 92.9 92.9
実質自己資本比率 (128.4 − 92.9) ÷ 2,500 1.42%

2年目の結論:通常の比率は5.14%で、まだ4%を上回っています。しかし実質は1.42% ― 早期是正措置の第2区分に相当する水準です。


【3年目】さらに与信費用が続く

\[\begin{aligned} \text{与信費用(税引後)} &= 15 \\ \text{コア資本} &= 128.4 - 15 = \mathbf{113.4} \\ \text{リスクアセット} &= 2{,}550 \\ \text{通常の自己資本比率} &= \frac{113.4}{2{,}550} = \mathbf{4.45\%} \\ \text{実質自己資本比率} &= \frac{113.4 - 92.9}{2{,}550} = \mathbf{0.80\%} \end{aligned}\]

3年間を一枚に

起点 1年目 2年目 3年目
コア資本 160 160 128.4 113.4
リスクアセット 2,400 2,400 2,500 2,550
通常の自己資本比率 6.67% 6.67% 5.14% 4.45%
実質自己資本比率 6.67% 2.73% 1.42% 0.80%
早期是正措置(通常ベース) 対象外 対象外 対象外 対象外(ぎりぎり)
早期是正措置(実質ベース) 対象外 第1区分相当 第2区分相当 第2区分の2に接近

一言まとめ:3年間、通常の自己資本比率は一度も4%を割りません。しかし実質ベースでは、1年目で既に第1区分相当、3年目には0.80%まで落ちています。

担当者の心得:このシナリオの報告で最も重要なのは、「通常ベースでは基準を割らないので措置の対象にはならない」という事実を、安心材料として提示してはいけないということです。第1巻第21章・第6巻第7章で見たとおり、業務停止に関わる第3区分の判定では含み損が時価で取り込まれます。実質ベースの数字こそが、経営が向き合うべき数字です。

担保余力の価値を数字で示す

もし担保差入余力200がなかったら、2年目の売却は225となり、実現損は約20(税引後14)。コア資本は約12少なくなり、通常の自己資本比率も0.5ポイント近く低下していました。

一言まとめ:担保余力200は、危機時に自己資本比率を約0.5ポイント守る保険だった。 平時に「収益を生まない」と見えるものの価値が、ストレステストで初めて数字になります(→第12巻第4章「流動性の余力は保険料」)。

8. 【設例】どの一手が最も効くか ― 打ち手の比較

ストレステストは、判定で終わってはいけません。「では何をするか」を比較できる形にするのが、担当者の仕事です。上のシナリオに対する打ち手を並べます。

打ち手 3年目の通常ベースへの効果 3年目の実質ベースへの効果 副作用
①有価証券のデュレーションを6年→4年に短縮 わずかに改善 大きく改善(含み損が3分の1減る) 利回り低下 → 資金利益が減る(→第8巻第10章)
②担保差入余力を200→400に拡大 改善(売却を回避) 改善 担保の取り合い。運用の自由度が下がる
③配当を見送る 改善(社外流出の抑制) 改善 会員の理解が必要(→第16巻第8章)
④リスクアセットを圧縮(貸出の抑制) 改善(分母が減る) 改善 収益力の低下と、地域金融機関としての役割の後退(→第5巻第12章)
⑤何もしない ― ― 3年目に実質0.80%

この表の作り方が、本巻で最も実務的な学びです。 打ち手には必ず副作用があります。副作用を書かない比較表は、経営を誤らせます。

担当者の心得:打ち手の比較表には、必ず「効果」と「副作用」を同じ行に並べてください。そして可能なら、副作用も数字にする(「①なら年間の資金利益が○億円減る」)。効果だけを並べた表は、「全部やればよい」という結論しか生みません。実際には、すべての打ち手が収益・地域貢献・運用の自由度のいずれかを削ります。何を差し出すかを選ぶのが経営の仕事であり、選択肢を数字で並べるのが担当者の仕事です。


第Ⅳ部 規制編

9. 当局主導のストレステスト(CCAR・EBA)との対比

本家では何をしているか(第3層)。

世界金融危機の後、主要国では当局が共通のシナリオを示し、大手銀行に一斉にストレステストを実施させ、結果を公表するという枠組みが整備されました。米国の CCAR(包括的資本分析・審査)、欧州の EBA(欧州銀行監督機構)によるEUワイドのストレステストが代表例です。

その特徴は次の3点です。

特徴 内容
共通シナリオ 当局が経済変数のシナリオを指定し、全行が同じ前提で計算する
結果の公表 各行の結果が公表され、市場が評価する
資本政策への直結 結果が不十分であれば、配当や自社株買いが制限される

とくに3番目が決定的です。CCAR 型の枠組みでは、ストレステストは「やって終わり」の分析ではなく、資本政策を規制する装置として機能します。

なぜ日本の信用金庫では、こうなっていないのか。 理由は3つあり、本シリーズで繰り返し確認してきた構造と同じです。

  1. 対象の数と規模。国内基準行・信用金庫は数が多く、全行に共通シナリオを課して結果を検証する監督資源の負担が重い。
  2. 計測の負担。共通シナリオを精緻に自金庫のポートフォリオに当てはめる作業には、相当のデータと体制が必要です。規模に比して負担が過大になります。
  3. 市場による評価の前提がない。CCAR の実効性は「結果が公表され、市場が評価する」ことに支えられています。株価を持たない信用金庫では、この規律が働きません(→第16巻第7章)。

したがって国内の信用金庫では、ストレステストは自主的な内部管理の道具として位置づけられ、当局はその実施状況と経営への活用を監督の中で確認する、という形になっています(具体的な着眼は監督指針で確認してください)。

必ず押さえる位置づけ:CCAR や EBA のストレステストが信用金庫に適用されることはありません。しかし、「複数年の経済シナリオを設定し、資本への影響を計測し、資本政策に結びつける」という枠組みは、業界標準の"ものさし"として、国内の内部管理にも当局のモニタリングにも参照されています。とくに「ストレステストの結果を、配当を含む資本政策の意思決定に使う」という発想は、信用金庫にとっても本質的に重要です(第8章の打ち手③)。

⭐ポイント⭐:「当局主導型は結果を市場に見せ、自主型は結果を経営に突きつける」。市場に見せる相手がいない信用金庫では、自ら経営に突きつける規律を持つしかありません。

地域銀行ならどうか:国内基準の地域銀行も、基本的に自主的なストレステストの枠組みです。ただし上場地銀は、結果の一部を開示することで市場との対話に用いることがあります。


第Ⅴ部 実務編

10. 結果をどう経営に伝えるか

ストレステストの報告資料は、次の4点を必ず含めてください。

①シナリオの前提と、その根拠

「金利+1.5%」の根拠は何か(過去の金利上昇局面の実績か、当局・日本銀行の公表資料の想定か)。前提を書いていない資料は、数字が正しくても資料として不合格です(→第7巻第12章と同じ原則)。

②通常ベースと実質ベースの両方

含み損を中立化した比率と、織り込んだ比率を必ず並べる(→第1巻第21章)。

③基準ラインまでの距離

「4%まであと○ポイント」「あと金利が○%上がったら」「与信費用があと○億円増えたら」。距離の形で示す(第6章)。

④打ち手の選択肢と、それぞれの効果・副作用

効果だけでなく副作用を、可能なら数字で(第8章)。

担当者の心得:報告の一行目に書くべきは、「このシナリオでは、○年目に自己資本比率が○%まで低下し、実質ベースでは第○区分相当となります。これを回避するには、○○を○○する必要があります」という結論です。分析の過程から書き始める資料は、読まれません。

11. ストレステストが失敗するとき

最後に、ストレステストが形骸化する典型的なパターンを挙げておきます。これを避けることが、実務の要諦です。

失敗のパターン なぜ起きるか どう防ぐか
シナリオが甘い 厳しい結果を出すと説明が大変だから リバース・ストレステストで「限界点」を先に示す(第6章)
リスクを足し算しているだけ 増幅経路を組み込んでいない 3つの増幅経路を必ず組み込む(第5章)
結果が意思決定に使われない 判定だけで打ち手の選択肢がない 打ち手の比較表を必ず添える(第8章)
前提が毎回変わる 結果を良く見せようと前提を調整する 前提の変更は必ず変更前後の比較とセットで示す(→第7巻第8章)
ALM・流動性の前提と矛盾する 部署ごとに別の前提を置いている 同じ預金について、複数の資料で整合しているか点検する(→第7巻第9章)
一度作って終わり 定例の作業になっていない 定期的に実施し、シナリオも見直す

💡 ここでつまずきやすい:「結果が厳しすぎて報告しづらい」

ストレステストで厳しい結果が出ることは、テストの失敗ではなく、テストの成功です。平時に厳しい結果を知ることができたからこそ、打ち手を選べます。報告しづらいという理由でシナリオを緩めることは、最も避けるべき失敗です。第6巻第5章で述べたとおり、前提を調整して数字を整えることは、当局にも監査にも検知され、問われるのは数字ではなく経営の姿勢になります。


第Ⅵ部 まとめ

12. 実務での留意点

  • シナリオの前提と根拠を必ず書く。前提のない資料は、数字が正しくても不合格です。
  • 通常ベースと実質ベースを必ず並べる。通常ベースで基準を割らないことを、安心材料として提示しない。
  • 3つの増幅経路を組み込む(流動性→含み損の強制実現/信用悪化→DTA取り崩し/資産劣化→分母の膨張)。足し算だけならストレステストではありません。
  • 担保余力を明示的にシナリオに入れる。これを無視すると実力を過小評価します(→第12巻第11章)。
  • 距離の形で示す。「あと金利が○%」「あと与信費用が○億円」。
  • 打ち手の選択肢を、効果と副作用をセットで並べる。効果だけの表は「全部やればよい」しか生みません。
  • 他の資料と前提が整合しているか点検する。ALM のコア預金、流動性の流出率、引当の前提(→第7巻第9章)。
  • 厳しい結果は成功である。報告しづらいという理由でシナリオを緩めない。

つまずきやすいポイント総まとめ

用語・概念 章 一言で言うと
なぜ悪いシナリオを計算するか 第1章 平常時の指標は実力を体系的に過大評価する
感応度分析との違い 第2章 大きさを測るか、連鎖を測るか
シナリオの3つの型 第3章 ヒストリカルから始め、仮想で弱点を突き、リバースで限界を示す
厳しければ良いシナリオではない 第4章 良い条件は「起こりうると納得でき、限界が見える」こと
増幅経路① 第5章 流動性ストレスが含み損を強制的に実現させる
増幅経路② 第5章 信用悪化が引当とDTA取り崩しの二重打撃を生む
増幅経路③ 第5章 分子が減り、分母も増える
担保余力を無視しない 第5・7章 売らずに資金化できる分だけ、実力は高い
リバース・ストレステスト 第6章 「あと何%で4%を割るか」の一行が最も刺さる
通常ベースは安心材料ではない 第7章 第3区分の判定では含み損が取り込まれる
打ち手には必ず副作用がある 第8章 副作用のない比較表は経営を誤らせる
当局主導型と自主型の違い 第9章 結果を市場に見せるか、経営に突きつけるか
厳しい結果は失敗ではない 第11章 平時に知れたことがテストの成功

まとめとセルフチェック

一枚でわかる全体像

  1. ストレステストの目的は、崖までの距離を測り、経営に打ち手を選ばせること。悪い数字を作ることではない。
  2. 感応度分析はリスクの大きさ、ストレステストはリスク同士の連鎖を測る。
  3. シナリオにはヒストリカル・仮想・リバースの3型。まずヒストリカルから始める。
  4. 設計は「動かす変数」と「各リスクへの伝達経路」の2段階。
  5. 複合シナリオの価値は、3つの増幅経路を捉えること。
    • ①流動性ストレス → 含み損の強制実現(個別には効かないはずのものが効く)
    • ②信用悪化 → 引当 + 繰延税金資産の取り崩しの二重打撃
    • ③資産劣化 → 分子が減り、分母も増える
  6. 担保余力を明示的に組み込む。売らずに資金化できる分だけ、実力は高い(→第12巻)。
  7. リバース・ストレステストは、「あと金利が何%上がったら4%を割るか」を1行で示す最も強力な手法。
  8. 設例では、通常ベースは3年間4%を割らないのに、実質ベースでは1年目で第1区分相当、3年目に0.80%まで落ちた。
  9. 打ち手には必ず副作用がある。効果と副作用をセットで並べるのが担当者の仕事。
  10. 当局主導型(CCAR・EBA)は結果を市場に見せて資本政策を規制する。株価のない信用金庫では、自ら経営に突きつける規律を持つしかない。

セルフチェック(説明できますか?)

  • ストレステストを行う理由を3つ挙げられる
  • 感応度分析とストレステストの違いを説明できる
  • シナリオの3つの型と、それぞれの長所・短所を説明できる
  • 「厳しければ厳しいほど良いシナリオ」がなぜ誤りか説明できる
  • シナリオ変数から各リスクへの伝達経路を、3つ以上具体的に挙げられる
  • 流動性ストレスが含み損を強制実現させる経路を説明できる
  • 信用悪化が二重にコア資本を削る経路を説明できる
  • ストレス下で自己資本比率の分母が増える理由を説明できる
  • 担保余力をシナリオに組み込むべき理由を説明できる
  • リバース・ストレステストの考え方と、その有効性を3点で説明できる
  • コア資本・リスクアセット・デュレーションから、4%ラインまでの金利上昇幅を概算できる
  • 設例の3年間について、通常ベースと実質ベースの乖離を説明できる
  • 打ち手の比較表に副作用を書くべき理由を説明できる
  • CCAR型の当局主導ストレステストと、国内の自主的な枠組みの違いを3点で説明できる
  • ストレステストが形骸化する典型的なパターンを3つ以上挙げられる

用語集

用語 意味
ストレステスト 複数の要因を整合的に同時に動かし、耐久力を測る分析
感応度分析 1つの要因を動かして、リスクの大きさを測る分析
シナリオ変数 ストレステストで動かす経済変数(金利、GDP、地価、株価等)
伝達経路 シナリオ変数から各リスク・各勘定への影響の伝わり方
ヒストリカル・シナリオ 過去に実際に起きた危機を再現するシナリオ
仮想シナリオ 想定される事象を組み立てて作るシナリオ
リバース・ストレステスト 結果(限界点)から逆算して、必要なショックの大きさを求める手法
アイディオシンクラティック・ストレス 自金庫固有の要因による危機(→第2巻)
増幅経路 1つのリスクの顕在化が、別のリスクを拡大させる経路
担保余力 差入れ可能な担保のうち、まだ差し入れていない部分(→第12巻)
実質自己資本比率 含み損を織り込んだベースで試算した自己資本比率(本シリーズでの呼称)
中立化 その他有価証券の含み損益をコア資本に算入しない取扱い(→第5巻)
与信費用 貸倒引当金繰入額・貸出金償却等(→第14巻)
繰延税金資産の取り崩し 回収可能性が失われた繰延税金資産を消す処理(→第1巻第15章)
CCAR 米国における当局主導の包括的資本分析・審査
EBAストレステスト 欧州銀行監督機構によるEUワイドのストレステスト
ICAAP 自己資本充実度の自己評価プロセス(→第18巻)

参考文献・出典

  • 金融庁「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」(統合的リスク管理・ストレステストに関する着眼)
  • 日本銀行「金融システムレポート」(マクロ・ストレステストの手法とシナリオの考え方)
  • 日本銀行金融機構局金融高度化センターのストレステスト・統合的リスク管理に関する各種資料
  • バーゼル銀行監督委員会「ストレステストの原則」に関する公表文書
  • 米国連邦準備制度理事会(CCAR)および欧州銀行監督機構(EBA)のストレステストに関する公表資料
  • 自金庫の統合的リスク管理規程・ストレステスト実施要領

本テキストは制度理解のための教育用資料です。本文中のシナリオ・金額・比率・損失率はすべて設例用に単純化した仮の数字であり、特定の見通しを示すものではありません。ストレステストのシナリオ設計、計測方法、監督上の着眼は、個別事情や最新の監督指針により異なります。実際の設計・実施・報告にあたっては、自金庫のリスク統括部門および当局・日本銀行の公表資料で必ずご確認ください。

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