第6巻 早期警戒制度と早期是正措置

― 当局は何を、どの順で見ているのか

対象読者:信用金庫の経営企画・リスク管理部門で、当局対応(報告、ヒアリング、検査対応)に関わることになった方。「早期警戒」と「早期是正」という似た名前の2つの制度が、頭の中で混ざっている段階を想定しています。

ねらい:この2つは別物であることを腹に落とし、当局が何を、どの順番で、どんな道具を使って見ているのかを一本の筋で理解すること。そのうえで、自金庫が今どの段階にいるかを自分で判断できるようになること。

このテキストの特徴:制度の条文解説ではなく、「時間軸」で整理します。早期警戒は"手前"、早期是正は"後"。この順序を軸に、収益の悪化がどのように自己資本の毀損に転化し、どの段階で誰が何を言ってくるのかを追います。

他巻との接続:早期是正措置の区分と含み損の取込みは →第1巻第17章・第21章。コア資本と自己資本比率の組み立ては →第5巻。収益性の指標(コア業務純益)は →第3巻。監督主体(金融庁・財務局)と検査・考査の違いは →第17巻。


全体マップ(この一枚で流れがつかめます)

flowchart LR
    T1["平常時"] --> T2["悪化の兆し<br/>【早期警戒制度】<br/>(区分によらない)<br/>収益性・信用・安定性・流動性<br/>↓ヒアリング・対話・報告徴求<br/>※自己資本比率がまだ十分でも入る"]
    T2 --> T3["基準を割る<br/>【早期是正措置】<br/>(区分に基づく)<br/>4% / 2% / 1% / 0%<br/>↓法令に基づく命令<br/>※自己資本比率が基準を下回って初めて"]
    T3 --> T4["債務超過<br/>業務停止(第3区分)"]

    F1["コア業務純益<br/>(フロー)の悪化"] --> F2["利益剰余金<br/>(ストック)の毀損"] --> F3["自己資本比率の低下"]
    F1 -.時間軸.- T1
    F3 -.時間軸.- T3
    N["「フローの悪化は、遅れて必ずストックに現れる」<br/>(→第3巻・第5巻)"]
    style N fill:#fde,stroke:#c39

目次

第Ⅰ部 基礎編

  1. なぜ制度が2つあるのか ― 「手前」と「後」
  2. 監督の道具箱 ― 何ができるのか

第Ⅱ部 早期警戒制度編

  1. 4つの着眼 ― 収益性・信用リスク・安定性・流動性
  2. 収益性の着眼はなぜ最初に来るのか
  3. 対話はどう進むか

第Ⅲ部 早期是正措置編

  1. 区分と措置 ― 4%・2%・1%・0%
  2. 「実質」の自己資本比率 ― 含み損はどこで効くか
  3. 措置は自動か、裁量か

第Ⅳ部 計算例編

  1. 【設例】ある金庫が区分に落ちるまでの3年

第Ⅴ部 規制編

  1. 国際的な監督の枠組み(SREP)との対比

第Ⅵ部 まとめ

  1. 実務での留意点
  2. つまずきやすいポイント総まとめ/セルフチェック/用語集

第Ⅰ部 基礎編

1. なぜ制度が2つあるのか ― 「手前」と「後」

新任担当者が最初につまずくのは、名前が似ている2つの制度の関係です。結論から言います。

早期警戒制度は「自己資本比率が十分でも入りうる、手前の対話」。

早期是正措置は「自己資本比率が基準を下回って初めて発動する、法令に基づく措置」。

早期警戒制度 早期是正措置
発動の引き金 収益性・信用リスク・安定性・流動性等の着眼に照らした状況 自己資本比率が一定の区分に該当したこと
自己資本比率 十分でも対象になりうる 基準を下回ることが要件
性格 ヒアリング・報告徴求を通じたモニタリングと対話 法令に基づく命令(業務改善命令等)
位置づけ 早期是正措置の手前 最後の防波堤

なぜ2段構えなのか。 理由は単純で、自己資本比率が基準を割ってから動いたのでは遅いからです。

第5巻第5章で見たとおり、信用金庫が自己資本を増やす手段は、ほぼ「利益を積み上げること」しかありません。年間の利益で増やせるコア資本はわずかです。裏返せば、自己資本比率が4%を割ってから「増資しなさい」と言われても、現実には打つ手がほとんどない。

だから当局は、自己資本比率が十分に見えている段階から、その「増減の速度」を見ています。これが早期警戒制度です。

⭐ポイント⭐:「早期是正は水位を見る、早期警戒は水位の変化速度を見る」。水位(自己資本比率)がまだ高くても、下がり続けているなら手を打たせる ― それが手前の制度の存在理由です。

これは第3巻第13章で述べた「自己資本比率はストック(今の体力)、コア業務純益はフロー(体力の増減速度)」という対比と、そのまま対応しています。

2. 監督の道具箱 ― 何ができるのか

当局が使う手段を、軽いものから重いものへ並べておきます。信用金庫に対する監督事務の多くは財務局に委任されています(→第17巻)。

段階 手段 性格
1 日常的なヒアリング・モニタリング 対話。法令上の処分ではない
2 報告徴求(法令に基づく報告の求め) 法令に基づくが、処分ではない
3 立入検査 法令に基づく実地調査(→第17巻)
4 業務改善命令 行政処分。改善計画の提出・実行を命じる
5 業務停止命令 行政処分。業務の全部または一部を停止させる

早期警戒制度は主に1〜2を、早期是正措置は主に4〜5を使います。根拠条文は信用金庫法および同法が準用する銀行法の規定によります(条番号は原文で確認してください)。

💡 ここでつまずきやすい:「報告徴求が来た=処分された」ではない

報告徴求は法令に基づく手続きですが、行政処分ではありません。当局が実態を把握するための手段です。もちろん軽く受け止めてよいという意味ではなく、報告徴求が来た段階で、当局は既に何かを気にしていると理解すべきです。逆に「まだ命令は出ていないから大丈夫」という受け止め方は、制度の設計意図(手遅れになる前に手を打たせる)を完全に取り違えています。

2-1. 監督の専門用語をほどく ― 「行政処分」とは何か

新任担当者がこの分野で最初に戸惑うのが、似た響きの言葉が、法的な重みの違う階層に散らばっていることです。ここを整理しておきます。

①「行政処分」と「それ以外」の線

行政処分とは、行政機関が法令に基づいて、特定の相手方の権利義務を直接に動かす行為をいいます。上の表でいえば、4の業務改善命令と5の業務停止命令が行政処分です。1〜3は違います。

この線が実務で意味を持つのは、次の3点です。

観点 行政処分(4・5) 処分でないもの(1〜3)
法的な効果 従う法的義務が生じる 直接の義務は生じない(ただし報告徴求への報告義務はある)
公表 公表されることが通例 通例、公表されない
対外的な影響 取引先・格付・世間の評価に直結する 原則として外部に現れない

💡 ここでつまずきやすい:「命令」と「要請」と「指導」の違い

実務では、この3つが同じ会議で飛び交います。

  • 命令:法令に基づく行政処分。従う法的義務がある。
  • 要請:法令に基づかない、当局からの求め。法的義務はないが、事実上は極めて重い。
  • 指導(行政指導):相手方の任意の協力を前提とする働きかけ。従わなかったことを理由に不利益な取扱いをしてはならない、というのが建前。

「法的義務がないから従わなくてよい」という理解は、制度としては正しく、実務としては危険です。要請や指導の段階で対応しなかった事実は、次の段階で「経営の姿勢」として評価されるからです。逆に、「全部が命令のようなものだ」と考えるのも正確ではありません。どの重みで言われているかを正しく認識したうえで、対応の優先順位を決めるのが本部担当者の仕事です。

②「検査」と「監督」は別の機能

もう一つ混同されやすいのが、この2語です。

検査 監督
何をするか 立ち入って実態を調べる 報告を受け、対話し、必要なら措置を発動する
いつ 数年に一度 継続的
位置づけ 監督のための情報収集の手段の一つ 全体の営み

検査は監督の一部であって、対立する別物ではありません。「検査部門と監督部門で言っていることが違う」という悩みが出ることがありますが、それは同じ目的に向けた役割分担です。詳細は →第17巻第4章。

担当者の心得:当局から何か言われたときに、担当者が最初にすべきことは「これはどの階層の話か」を特定することです。①日常のヒアリングなのか、②法令に基づく報告徴求なのか、③検査での指摘なのか、④行政処分なのか。階層が違えば、必要な決裁のレベルも、理事会への報告の要否も、対応の期限も変わります。ここを曖昧にしたまま「当局から言われました」と伝えると、組織の反応が過剰にも過小にもなります(→第17巻第1章)。

ここまでの筋(3行)

① 早期警戒は手前の対話、早期是正は基準を割った後の法令に基づく措置。

② 2段構えなのは、自己資本比率が割れてから動いたのでは打つ手がないから。

③ 早期是正は水位を見るが、早期警戒は水位の変化速度を見る。


第Ⅱ部 早期警戒制度編

3. 4つの着眼 ― 収益性・信用リスク・安定性・流動性

早期警戒制度では、自己資本比率の区分によらず、いくつかの観点から金融機関の状況をモニタリングします。着眼は大きく次の4つに整理できます(具体的な着眼点・水準・運用は「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」の原文および最新の当局公表資料で必ず確認してください)。

着眼 何を見るか 本シリーズの関連巻
収益性 本業で継続的に稼げているか。コア業務純益の水準と趨勢 →第3巻・第4巻
信用リスク 与信費用の増加、大口与信の集中、債務者区分の劣化 →第14巻・第15巻
安定性(市場リスク等) 有価証券の含み損、金利リスク量、価格変動リスクの大きさ →第1巻・第7巻・第8巻
流動性 資金繰りの余裕度、預金動向、調達構造 →第2巻・第12巻

この4つが、第0巻第14章で示した「当局と経営が見る4本の柱」とほぼ一致していることに注目してください。当局が見ているものと、経営が見るべきものは、基本的に同じです。当局対応を「外部への説明業務」だと捉えている限り、この制度の意味は分かりません。当局の着眼は、そのまま自金庫の内部管理のチェックリストとして使えます。

4. 収益性の着眼はなぜ最初に来るのか

4つのうち、実務で最も頻繁に議論になるのが収益性です。理由は、収益の悪化が、他のすべての先行指標になるからです。

flowchart TD
    A["コア業務純益の悪化(フロー)"]
    A --> B["利益剰余金が積み上がらない<br/>→ コア資本が増えない(→第5巻第5章)"]
    A --> C["収益を求めて高リスク運用へ<br/>→ 市場リスク・信用リスクの増加"]
    A --> D["与信費用を吸収できない<br/>→ 損失が直接コア資本を削る"]
    B --> E["自己資本比率の低下<br/>→ 早期是正措置の領域へ"]
    C --> E
    D --> E
    style E fill:#fde,stroke:#c39

とくに2番目の経路 ―「収益が足りないので、より高い利回りを求めてリスクを取る」― は、地域金融機関で繰り返し観察されてきた構図です。第3巻第4章のつまずきポイントで述べたとおり、高い利回りは、期間・信用・流動性のいずれかのリスクを引き受けた対価です。収益が苦しいときほど、そのリスクは損益計算書に見えない形で積み上がります。

だから当局は、収益性の指標が悪化している金融機関に対して、「その状態で、どこでリスクを取っているのか」をセットで見ます。収益性の着眼と安定性の着眼は、実務上つながっているのです。

担当者の心得:収益性について説明を求められたとき、「自己資本比率は十分です」と答えるのは、問いに答えていません。問われているのはストックではなくフローです。答えるべきは、①コア業務純益の水準と趨勢、②悪化しているならその要因(資金利益か、経費か、与信費用か)、③改善のための具体策とその実現可能性 ― この3点です(→第3巻)。

5. 対話はどう進むか

早期警戒制度は、ヒアリングと報告徴求を通じた対話として進みます。典型的な流れは次のとおりです。

  1. 当局が、決算データ・報告資料等から着眼に照らして気になる点を把握する
  2. ヒアリングで状況と原因、金庫の認識を確認する
  3. 必要に応じて報告徴求により、改善に向けた計画や分析の提出を求める
  4. 改善の進捗をフォローアップする
  5. 状況が改善しない、あるいは悪化する場合には、業務改善命令等のより重い措置へ移行しうる

ここで担当者が理解しておくべきなのは、この過程で最も重視されるのは「数字」そのものより「金庫自身が実態をどう認識し、何をしようとしているか」である、という点です。

数字が悪いこと自体は、当局は既にデータで把握しています。当局が確認したいのは、経営がその事実を正確に認識しているか、原因を特定できているか、実行可能な打ち手を持っているかです。

💡 ここでつまずきやすい:資料を「良く見せよう」としてしまう

悪化した数字を、前提の変更や区分の付け替えで見栄えよく整えようとするのは、最も避けるべき対応です。第7巻第8章で述べたとおり、コア預金の前提を変えるだけで金利リスク量は2割変わります。同じことは引当の前提でも、収益の内訳でも起こり得ます。しかし、前提を変えて数字が良くなったことと、実態が良くなったことはまったく別です。当局は複数年の数字を並べて見ており、前提変更による改善は、ほぼ確実に検知されます。そして検知された場合に問われるのは、数字ではなく経営の姿勢になります。ここが最も重い指摘につながる領域です。

ここまでの筋(3行)

① 早期警戒の着眼は収益性・信用リスク・安定性・流動性の4つで、経営が見るべきものと一致する。

② 収益性が最初に来るのは、その悪化が他のすべての先行指標になるから。

③ 対話で問われるのは数字より、実態の認識・原因の特定・打ち手の実行可能性。


第Ⅲ部 早期是正措置編

6. 区分と措置 ― 4%・2%・1%・0%

早期是正措置は、自己資本比率が一定の区分に該当した場合に発動される、法令に基づく措置です。信用金庫法が準用する銀行法の規定に基づきます(条番号は原文で確認してください)。国内基準の区分は次のとおりです。

区分 国内基準の自己資本比率 主な措置
(対象外) 4%以上 ―
第1区分 2%以上4%未満 経営改善計画(資本増強を含む)の提出・実行
第2区分 1%以上2%未満 資本増強計画、配当・役員賞与の禁止又は抑制、総資産の圧縮・抑制等
第2区分の2 0%以上1%未満 自己資本の充実、大幅な業務縮小、合併、事業の全部譲渡等のいずれかを選択・実施
第3区分 0%未満 業務の全部又は一部の停止

この表から読み取るべきことは3つあります。

第一に、措置は段階的である。 4%を割った瞬間に業務停止になるわけではありません。第1区分ではまだ「計画を出して実行しなさい」の段階です。制度の名称が示すとおり、狙いは早期の是正であって、退場させることではありません。

第二に、配当は業務停止よりずっと手前で止まる。 第2区分(1〜2%)で既に配当・役員賞与の禁止または抑制が入ります。これは、国際統一基準における資本保全バッファーが果たしている機能 ―「危ないときに社外流出を止める」― と目的を同じくします(→第5巻第3章)。

第三に、第2区分の2では「選択肢」が示される。 業務縮小、合併、事業譲渡 ― この段階では、単独での存続を前提としない選択肢が正面から挙がります。ここまで来ると、経営の独立性そのものが議論の対象になります。

⭐ポイント⭐:「第1区分は計画、第2区分は配当停止、第2区分の2は存続の選択、第3区分は停止」。段階ごとに、失われるものが変わります。

7. 「実質」の自己資本比率 ― 含み損はどこで効くか

ここが本巻で最も重要な論点であり、第1巻・第5巻と合流する地点です。

第5巻第7章で見たとおり、国内基準の通常の自己資本比率では、その他有価証券の含み損益は中立化されます。つまり、含み損がいくら膨らんでも、日々報告される自己資本比率には反映されません。

ところが、業務停止に関わる最も重い区分(第3区分)の判定では、含み損が時価で取り込まれます。損益をネットして評価損となる場合には、税効果調整後の全額を自己資本から控除する取扱いです。

この二本立てが生む現象を、第1巻第21章は数字で追いました。見かけ6.0%の金庫が、含み損を織り込むと2.0%、含み損がさらに膨らめば0%(業務停止ライン)まで滑り落ちうる。

局面 含み損の扱い 見え方
平常時の報告(第1・第2区分の判定) 中立化 高く見える
第3区分(業務停止)の判定 時価で取り込む 低い

担当者の心得:自金庫の健全性を経営に説明するときは、「通常の比率」と「含み損を織り込んだ実質の比率」を必ず並べてください。そして、実質ベースで第3区分ライン(0%)まであとどれだけ距離があるかを平時から把握しておくこと。金利上昇局面では、この距離は静かに縮みます。この距離を測る作業こそが、ストレステストの中核です(→第19巻)。

具体的な取込みの方法(監督指針の該当箇所、「区分等を定める命令」の該当条項)は、原文と自金庫の自己資本比率計算実務で必ず確認してください。 バーゼルⅢ最終化に伴う技術的な調整・経過措置もあり得ます。

8. 措置は自動か、裁量か

「自己資本比率が3.9%になったら、自動的に業務改善命令が出るのか」― よくある疑問です。

早期是正措置の枠組みは、区分に該当した場合に所定の措置を発動するという建て付けであり、この点で当局の裁量が広く働くわけではありません。これは意図的な設計です。制度が導入された背景には、裁量に委ねると措置の発動が遅れるという反省がありました。指標が一定の水準を割ったら機械的に動く仕組みにしておくことで、先送りを防ぐわけです。

⭐ポイント⭐:「早期警戒は対話だから柔軟、早期是正はルールだから機械的」。この性格の違いが、2つの制度を分けている本質です。

ただし、区分の判定に用いる自己資本比率そのものの算定には、専門的な判断が入ります。繰延税金資産の回収可能性判断(→第1巻第11章)、引当の水準(→第14巻)、含み損の評価 ― これらはいずれも判断を伴い、しかも判断が変われば比率が変わります。だから検査・監査では、この判断の妥当性が徹底的に問われるのです。

ここまでの筋(3行)

① 早期是正措置は段階的で、配当抑制は業務停止よりずっと手前(第2区分)で入る。

② 通常の比率は含み損を中立化するが、第3区分の判定では時価で取り込む。

③ 措置の発動は機械的。ただし比率の算定に用いる判断(DTA・引当・評価)には専門的な判断が入る。


第Ⅳ部 計算例編

9. 【設例】ある金庫が区分に落ちるまでの3年

すべて単純化した仮の数字です。実効税率30%。ある信用金庫の3年間を追います。リスクアセットは3年間2,400で一定と仮定します。

X年度(平常時)

項目 数値
コア資本 160
自己資本比率 6.67%
コア業務純益 +2
有価証券の含み損(税効果控除後) 0
実質自己資本比率 6.67%

自己資本比率は4%を大きく上回り、早期是正措置の対象外です。しかしコア業務純益が+2しかありません。 資金利益が経費をかろうじて上回る状態で、稼ぐ力はほぼゼロです。この段階で、早期警戒制度の収益性の着眼に入りうる、というのが第一のポイントです(→第4章)。

Y年度(金利上昇+収益悪化)

金利が上昇し、保有債券に含み損が発生。同時に、貸出の与信費用が増加して当期は赤字に。

項目 数値
コア業務純益 ▲3(赤字)
当期純損失 ▲8(与信費用を含む)
コア資本 160 − 8 = 152
自己資本比率(通常) 6.33%
有価証券の含み損(税効果控除後) 80
実質コア資本 152 − 80 = 72
実質自己資本比率 3.00%

ここが最も重要な局面です。 報告上の自己資本比率は6.33%で、依然として4%を大きく上回っています。早期是正措置の対象ではありません。 ところが実質ベースでは3.00%まで落ちています。含み損はリスクアセットを1円も増やさない(国債のリスクウェイトは0%)ため、分母も動きません(→第5巻第11章)。

この時点で当局が見ているのは、早期警戒制度の収益性の着眼(コア業務純益が赤字)と安定性の着眼(含み損の規模)です。自己資本比率は無風なのに、対話は既に始まっている ― これが2段構えの制度の意味です。

Z年度(含み損の実現+さらなる悪化)

資金繰りの都合と収益確保のため、含み損のある債券の一部を損切り。実現損がコア資本を直接削ります。

項目 数値
損切りによる実現損(税引後) ▲60
その他の当期損失 ▲5
コア資本 152 − 65 = 87
自己資本比率(通常) 3.63% ← 第1区分に該当
残る含み損(税効果控除後) 20
実質自己資本比率 (87 − 20) ÷ 2,400 = 2.79%

ついに4%を割り、第1区分に該当しました。 経営改善計画の提出・実行が求められます。

3年間を一枚に

X年度 Y年度 Z年度
コア業務純益 +2 ▲3 ▲
自己資本比率(通常) 6.67% 6.33% 3.63%
実質自己資本比率 6.67% 3.00% 2.79%
早期警戒制度 収益性の着眼に入りうる 収益性・安定性の着眼 ―
早期是正措置 対象外 対象外 第1区分

一言まとめ:通常の自己資本比率が動いたのはZ年度だが、実態が壊れたのはY年度である。 そしてY年度の異変は、収益性(コア業務純益の赤字)と安定性(含み損の規模)という、早期警戒の着眼にしか現れませんでした。

💡 ここでつまずきやすい:「損切りしたから自己資本比率が下がった」という因果の取り違え

Z年度に比率が急落したのは、損切りが原因のように見えます。しかし正確には違います。経済価値の毀損はY年度に既に起きており(実質3.00%)、損切りはそれを通常の比率の表面に顕在化させただけです(→第1巻第21章21-3)。損切りをしなければ比率は高いままでしたが、実質はやはり低いままです。「損切りしなければよかった」ではなく、「含み損を抱えた時点で既に傷んでいた」と読むのが正しい因果です。

ここまでの筋(3行)

① 通常の自己資本比率が無風でも、実質は大きく劣後しうる。

② その異変は、早期警戒の収益性・安定性の着眼にしか現れない。

③ 損切りは傷を作るのではなく、既にあった傷を表面化させる。


第Ⅴ部 規制編

10. 国際的な監督の枠組み(SREP)との対比

本家では何をしているか。国際的には、自己資本比率規制(第1の柱)を補完するものとして、監督当局が各金融機関のリスクプロファイルとリスク管理態勢を総合的に検証し、必要に応じて追加の資本や措置を求める枠組みが第2の柱として整備されています。欧州における SREP(監督上の検証・評価プロセス) は、その代表例です。

発想は日本の早期警戒制度と共通しています。「自己資本比率という1つの数字だけでは、金融機関の健全性は測りきれない」という認識です。収益性、ビジネスモデルの持続可能性、ガバナンス、各種リスクの管理態勢 ― これらを総合的に見る。

異なるのは帰結です。SREP 型の枠組みでは、検証の結果として個別金融機関ごとに上乗せの所要自己資本を課すことがあります。一方、日本の早期警戒制度は、ヒアリング・報告徴求を通じた改善の促しが中心であり、それ自体が直接に資本賦課へ結びつく仕組みではありません。

なぜ国内はこの形なのか。 理由は、第7巻第10〜11章で金利リスクについて述べたことと共通しています。

  1. 対象金融機関の数と規模。国内基準行・信用金庫は数が多く、1機関ごとに精緻な資本賦課を算定する監督資源の負担が重い。
  2. 計測が判断に依存する。収益性やビジネスモデルの持続可能性は、機械的に数値化して資本に換算しにくい。
  3. 段階的な措置の枠組みが既にある。早期是正措置という機械的な仕組みが後段に控えているため、手前は柔軟な対話に徹する、という役割分担が成立している。

必ず押さえる位置づけ:SREP そのものが信用金庫に適用されることはありません。しかし、「資本比率だけでは足りない」「ビジネスモデルの持続可能性を見る」「収益性は健全性の先行指標である」という発想は、業界標準の"ものさし"として、国内の監督実務にも自金庫の内部管理にも入り込んでいます。当局が収益性を執拗に問うのは、日本固有の運用ではなく、国際的に共有された監督の発想なのです。

地域銀行ならどうか:海外拠点を持たない地域銀行も、信用金庫と同じ枠組み(早期警戒制度・早期是正措置)の下にあります。ただし上場地銀には、株式市場という追加のモニターが常時働いています。PBR や株価は、市場が下す持続可能性の評価そのものです(→第4巻)。信用金庫にはこの外部の目がない分、当局の対話が果たす役割が相対的に大きくなる、と理解しておくとよいでしょう。


第Ⅵ部 まとめ

11. 実務での留意点

  • 2つの制度を混同しない。早期警戒は手前の対話(自己資本比率が十分でも入る)、早期是正は基準を割ってからの法令に基づく措置。
  • 収益性の問いにストックで答えない。「自己資本比率は十分です」は、収益性の問いへの答えになっていません(→第3巻)。
  • 通常の比率と実質の比率を必ず並べる。そして第3区分ライン(0%)までの距離を平時から測る(→第19巻)。
  • 前提の変更で数字を整えない。前提変更による改善は検知され、問われるのは数字ではなく経営の姿勢になります。
  • 当局の着眼を内部管理のチェックリストとして使う。収益性・信用リスク・安定性・流動性の4つは、経営が見るべきものと一致しています(→第0巻第14章)。
  • 配当は業務停止よりずっと手前で止まる。第2区分(1〜2%)で既に抑制が入ります。含み損は未実現でも配当余力を直接削るため(→第1巻第16章)、配当への影響が最も早く現れます。
  • 具体的な着眼点・水準・条番号は原文で確認する。監督指針は改正されます。本テキストの記述は枠組みの理解のためのものです。

つまずきやすいポイント総まとめ

用語・概念 章 一言で言うと
早期警戒と早期是正の違い 第1章 手前の対話と、基準を割った後の法令に基づく措置
行政処分とそれ以外の線 第2章2-1 命令(4・5)は処分。ヒアリング・報告徴求・検査は処分ではない
命令・要請・指導の重み 第2章2-1 法的義務の有無と、事実上の重さは別
検査と監督の関係 第2章2-1 検査は監督の一部。対立する別物ではない
「どの階層の話か」を特定する 第2章2-1 階層で決裁レベルも期限も変わる
なぜ2段構えか 第1章 4%を割ってから増資しろと言われても打つ手がない
水位と変化速度 第1章 早期是正は水位、早期警戒は水位の変化速度
報告徴求は処分ではない 第2章 ただし「当局が既に気にしている」サイン
収益性が最初に来る理由 第4章 収益の悪化は他のすべての先行指標
前提変更で数字を整える危険 第5章 検知され、問われるのは経営の姿勢になる
措置は段階的 第6章 4%割れは即業務停止ではない
通常の比率と第3区分の判定 第7章 中立化された含み損が、最も重い局面で取り込まれる
措置は機械的、算定は判断 第8章 発動はルール、比率の中身には専門的判断が入る
損切りと因果の取り違え 第9章 損切りは傷を作らず、既にある傷を表面化させる
SREP との異同 第10章 発想は同じ、帰結(資本賦課の有無)が違う

まとめとセルフチェック

一枚でわかる全体像

  1. 早期警戒制度は手前の対話、早期是正措置は基準を割った後の法令に基づく措置。 自己資本比率が十分でも早期警戒には入りうる。
  2. 2段構えなのは、自己資本比率が割れてから動いたのでは打つ手がないから。信用金庫は増資ができず、自己資本は利益でしか増やせない。
  3. 早期警戒の着眼は収益性・信用リスク・安定性・流動性の4つ。当局が見るものと経営が見るべきものは一致する。
  4. 収益性が最初に来るのは、その悪化が他のすべての先行指標だから。 収益が苦しいほど、見えない形でリスクが積み上がる。
  5. 対話で問われるのは数字より、実態の認識・原因の特定・打ち手の実行可能性。
  6. 早期是正措置の区分は 4% / 2% / 1% / 0%。配当抑制は第2区分(1〜2%)という、業務停止よりずっと手前で入る。
  7. 通常の比率は含み損を中立化するが、第3区分の判定では時価で取り込む。見かけと実質は乖離する。
  8. 措置の発動は機械的(先送り防止のための意図的な設計)。ただし比率の算定に用いる判断には専門的な判断が入る。
  9. 国際的な SREP と発想は共通するが、帰結(個別の資本賦課の有無)が異なる。国内は対話中心。

セルフチェック(説明できますか?)

  • 早期警戒制度と早期是正措置の違いを、引き金・性格・時間軸の3点で説明できる
  • 2段構えになっている理由を、信用金庫の資本調達手段の制約から説明できる
  • 早期警戒の4つの着眼を挙げ、それぞれ本シリーズのどの巻に対応するか言える
  • 収益性の着眼が最も重視される理由を、3つの経路で説明できる
  • 「自己資本比率は十分です」が収益性の問いへの答えにならない理由を説明できる
  • 早期是正措置の4つの区分と、それぞれの主な措置を言える
  • 配当抑制がどの区分で入るか、それが国際基準のどの仕組みと機能を共有するか説明できる
  • 通常の自己資本比率と第3区分の判定で、含み損の扱いがどう違うか説明できる
  • 措置の発動が機械的である理由(先送り防止)を説明できる
  • 設例のY年度について、なぜ「自己資本比率は無風なのに実態が壊れている」と言えるか説明できる
  • 「損切りしたから比率が下がった」がなぜ因果の取り違えか説明できる
  • SREP と早期警戒制度の、発想の共通点と帰結の違いを説明できる

用語集

用語 意味
早期警戒制度 自己資本比率の区分によらず、収益性・信用リスク・安定性・流動性等の観点からモニタリングし、早期の改善を促す監督の枠組み
早期是正措置 自己資本比率が一定の区分に該当した場合に発動される、法令に基づく監督上の措置
報告徴求 法令に基づき当局が金融機関に報告を求めること。行政処分ではない
行政処分 行政機関が法令に基づき、特定の相手方の権利義務を直接に動かす行為。業務改善命令・業務停止命令が該当
行政指導 相手方の任意の協力を前提とする働きかけ。従わないことを理由に不利益な取扱いをしてはならないとされる
監督 報告の受理・対話・措置の発動を含む継続的な営み。検査はその一部の手段
立入検査 法令に基づく当局の実地調査(→第17巻)
業務改善命令 改善計画の提出・実行を命じる行政処分
業務停止命令 業務の全部または一部の停止を命じる行政処分
第1区分〜第3区分 早期是正措置における自己資本比率の区分(4%未満/2%未満/1%未満/0%未満)
中立化 その他有価証券の含み損益をコア資本に算入しない取扱い(→第5巻第7章)
実質自己資本比率 含み損を織り込んだベースで試算した自己資本比率(本シリーズでの呼称)
コア業務純益 業務純益から債券5勘定尻等の一時的要因を除いた「稼ぐ力」の指標(→第3巻)
与信費用 貸倒引当金繰入額・貸出金償却等、信用リスクに起因する費用(→第14巻)
第1の柱/第2の柱 最低所要自己資本/監督上の検証プロセス
SREP 監督当局が金融機関のリスクと管理態勢を総合的に検証・評価する国際的な枠組みの一例
財務局 金融庁から監督事務の委任を受け、地域金融機関の監督・検査を行う機関(→第17巻)

参考文献・出典

  • 金融庁「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」(早期警戒制度の着眼、早期是正措置の運用。着眼点・水準は原文で確認すること)
  • 「銀行法第26条第2項に規定する区分等を定める命令」(早期是正措置の区分および資産の評価基準。条項は原文で確認)
  • 信用金庫法および同法が準用する銀行法の関係規定(監督上の措置の根拠。条番号は原文で確認)
  • バーゼル銀行監督委員会および欧州銀行監督当局の公表文書(第2の柱・SREP の考え方)
  • 自金庫のリスク管理規程・経営改善に関する内部規程

本テキストは制度理解のための教育用資料です。本文中の金額・比率はすべて設例用に単純化した仮の数字です。早期警戒制度の着眼点、早期是正措置の区分・措置の内容、自己資本比率の算定における含み損の取扱いは、個別事情や最新の法令・監督指針により異なります。実際の対応・判断にあたっては、自金庫の経営企画/リスク管理部門および当局公表資料で必ずご確認ください。

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