第25巻 勘定系システムと決済インフラ

― 共同センター・全銀ネット・ことら送金・ATM・スマホアプリを、経営の言葉で読む

対象読者:信用金庫の企画・事務統括・システム部門に配属された方、および営業店で「なぜこの手続きはこうなっているのか」を理解したい方。技術者向けのテキストではありません。プログラムの書き方もネットワークの設計も扱いません。扱うのは、経営とリスク管理の言葉で語られるシステムと決済インフラです。

ねらい:①自金庫のシステムが何層でできていて、どこを自分で持ち、どこを共同化しているのかを説明できること。②振込・口座振替・ATM・アプリの取引が、どのインフラをどう流れて、どこで資金が決済されるのかを追えること。③システム維持コストがなぜ固定費の塊なのか、口座数を減らすと本当に減るのかを、数字で説明できること。

このテキストの特徴:システムを「費用」としてだけ見る解説と、「技術」としてだけ見る解説の中間を狙います。中心に置くのは「どこで資金が動くか」と「何が固定費か」の2つの問いです。この2つを持っていれば、システム部門の説明も、ベンダーの提案も、当局の指摘も読めるようになります。

他巻との接続:口座振替・口座数・未稼働口座の実務は →第24巻。経費率(OHR)と損益の階層は →第3巻第3〜6章。オペレーショナル・リスクの自己資本上の扱いは →第5巻第10章。事務リスクと相互牽制は →第27巻第Ⅲ部。短期金融市場と日銀当座預金は →第12巻。信金中央金庫の機能は →第17巻第9章。チャネルの変化が預金流出に与える影響は →第28巻。


全体マップ(この一枚で流れがつかめます)

flowchart TD
    A["【チャネル系】顧客との接点<br/>窓口・ATM・IB・スマホアプリ<br/>(第Ⅲ部)"] --> B["【勘定系】残高と取引の記録<br/>預金・為替・融資の元帳<br/>(第Ⅰ部)"]
    B --> C["【情報系】経営のためのデータ<br/>顧客情報・収益管理・当局報告"]
    B --> D["【対外接続】決済インフラ<br/>全銀システム・日銀ネット<br/>ことら・ATMネットワーク<br/>(第Ⅱ部)"]
    D --> E["資金がどこで最終的に決済されるか<br/>= 日本銀行当座預金"]
    B --> F["【コスト】共同センターへの支払い<br/>固定費+口座数・取引件数連動<br/>(第Ⅳ部)"]
    B --> G["【リスク】止まると業務が止まる<br/>システムリスク管理態勢・BCP<br/>(第Ⅴ部)"]
    style B fill:#fde,stroke:#c39
    style E fill:#def,stroke:#39c

この図の読みどころは、中央の勘定系がすべての結節点になっていることです。顧客がどのチャネルから来ても、最後は勘定系の残高が動きます。対外的な決済も、経営データも、コストも、リスクも、すべて勘定系を経由します。「勘定系は銀行の心臓」と言われるのは比喩ではなく、構造的にそうなっているということです。

そしてもう1つ。右下に伸びた矢印の先、資金の最終的な決済は日本銀行当座預金で行われます。振込もATMの相互利用も、最後はここに帰着する ― これが第Ⅱ部の主題です。


目次

第Ⅰ部 基礎編 ― システムを3層で読む

  1. なぜシステムの話が経営の話なのか
  2. 勘定系・情報系・チャネル系 ― 3層で読む
  3. 共同センター ― 「自分で作らない」という選択

第Ⅱ部 決済インフラ編

  1. 内国為替と全銀システム ― 振込はどう届くのか(4-3 電子交換所とでんさいネット)
  2. 資金はどこで決済されるのか ― 日銀ネットと、ネット決済/RTGS
  3. ことら送金 ― 少額送金の新しい経路
  4. ATM相互利用 ― ネットワークと手数料の流れ
  5. 口座直結の潮流 ― デビット・コード決済・API・電子決済等代行業者

第Ⅲ部 チャネル編

  1. インターネットバンキングとスマホアプリ ― 何を置き換えたのか
  2. 【設例】チャネル別のコストを比べる
  3. 不正送金とセキュリティ ― 利便性とリスクの綱引き

第Ⅳ部 コスト編

  1. システム維持コストの構造 ― 何が固定費で、何が変動費か
  2. 【設例】口座数を減らすと、コストはいくら減るのか
  3. ATMと店舗 ― チャネルの統廃合をどう判断するか

第Ⅴ部 リスク・規制編

  1. システムリスク管理態勢と外部委託管理
  2. 障害・BCP・コンティンジェンシープラン(16-3 サイバーセキュリティ/16-4 ランサムウェア・生成AIという新しい脅威と、当局の見方)

第Ⅵ部 比較編

  1. 地域銀行ならどうか/国際的な位置づけ

第Ⅶ部 まとめ

  1. 実務での留意点
  2. つまずきやすいポイント総まとめ/セルフチェック/用語集/参考文献

第Ⅰ部 基礎編 ― システムを3層で読む

1. なぜシステムの話が経営の話なのか

企画部門に来た人が最初に驚くのは、経費の内訳を見たときにシステム関係費が占める大きさです。人件費に次ぐ、あるいは物件費の中では最大の項目になっていることも珍しくありません。

しかも、この費用には3つの厄介な性質があります。

性質 内容 経営上の意味
①ほぼ固定費 口座数が1割減っても、費用は1割減らない 業務量が減っても費用が減らない。収益が落ちたときに真っ先に効いてくる
②長期の拘束 共同センターへの参加も、ベンダーとの契約も、年単位・十年単位 来期の予算では動かせない。意思決定の時点で数年先まで決まる
③代替が難しい 勘定系を替えるのは、心臓を移植するのに等しい 交渉上の立場が弱くなりやすい

第3巻で扱ったOHR(経費率)を思い出してください(→第3巻第6章)。分母の業務粗利益が構造的に伸びにくいなかで、分子の経費を下げるのが地域金融機関の共通課題です。そして経費の中でシステム関係費は、下げにくいが、下げれば効果が大きい項目です。だから経営会議で必ず議題になります。

⭐ポイント⭐:「人件費は減らせるが痛みが大きく、システム費は痛みが小さいが減らせない」。

もう1つ、費用とは別の理由があります。止まると業務が止まるからです。

信用金庫の業務は、預金の残高がシステム上で正しく記録され、いつでも動かせることを前提に成り立っています。勘定系が止まれば、窓口もATMもアプリも同時に止まります。これは事務ミスや不正のような「一部の損失」ではなく、業務そのものの停止です。だからシステムリスクは、監督指針でも重点項目として扱われます(→第15章)。

担当者の心得:システムの議論に入るとき、まず自分に問うべきは「これは費用の話か、止まらないための話か」です。この2つは、判断の基準がまったく違います。費用の話なら安いほうがよい。止まらないための話なら、二重化・待機系・訓練にお金をかけるほうがよい。議論が噛み合わないときは、たいてい両者が混ざっています。

2. 勘定系・情報系・チャネル系 ― 3層で読む

金融機関のシステムは、実際には無数のサブシステムの集まりですが、3層で捉えれば経営の議論には十分です。

層 何をするか 具体例 性格
勘定系 預金・為替・融資の残高と取引を記録する。銀行業の元帳そのもの 預金元帳、為替、融資、外国為替 止められない。24時間365日に近い稼働が求められる。変更が難しい
情報系 記録されたデータを経営や当局報告のために使う 顧客情報(CIF)、収益管理、自己査定、当局報告データ 止まっても即座に業務は止まらない。変化が速い
チャネル系 顧客との接点。取引の入口 窓口端末、ATM、インターネットバンキング、スマホアプリ 顧客の期待が変わるたびに更新が必要。競争がもっとも激しい

この3層の性格の違いが、実務上のほとんどすべての論点を説明します。

flowchart TD
    A["【チャネル系】<br/>変化が速い・競争が激しい<br/>顧客はここしか見ていない"] --> B["【勘定系】<br/>変化が遅い・止められない<br/>顧客からは見えない"]
    B --> C["【情報系】<br/>データを経営に使う<br/>当局報告もここから"]
    D["ここに投資が要る<br/>アプリ・IB"] -.-> A
    E["ここに費用がかかる<br/>共同センター利用料"] -.-> B
    style A fill:#def,stroke:#39c
    style B fill:#fde,stroke:#c39

顧客が評価しているのはチャネル系だけです。 アプリが使いやすいかどうかで金融機関を選び、勘定系がどのベンダーのものかは知りません。ところが費用の大半は勘定系にかかっています。ここに、地域金融機関のシステム投資の根本的なジレンマがあります。

💡 ここでつまずきやすい:「システムを更改する」の意味が場面で違う

誤解:システム更改といえば、勘定系を入れ替える大工事のことだ。

正しい理解:層によってまったく規模が違います。 アプリの改修は数か月、情報系のツール入替えは1年程度、勘定系の移行(いわゆるマイグレーション)は数年がかりで、金融機関にとって最大級のプロジェクトになります。会議で「更改」という言葉が出たら、どの層の話かを最初に確認してください。年間予算の桁が変わります。

3. 共同センター ― 「自分で作らない」という選択

ここが、信用金庫のシステムを理解する上でもっとも重要な章です。

3-1. 共同化がなぜ必然だったか

勘定系システムを1金融機関で単独開発・維持すると、規模にかかわらず一定の費用がかかります。預金量30兆円の銀行でも3,000億円の信用金庫でも、預金元帳の機能は基本的に同じものが必要だからです。

すると、次の関係が生まれます。

規模 1口座あたり・1兆円あたりのシステム費用
大規模 薄まる。規模の経済が効く
小規模 重くのしかかる

これが、共同センター(複数の金融機関が1つのシステムを共同で利用し、費用を分担する仕組み)が生まれた理由です。信用金庫業界では、全国規模の共同システムに大半の金庫が参加する形が定着しており、業態としてはもっとも共同化が進んでいると言えます。地域銀行でも、ベンダーごとに複数行が集まる共同利用型のグループが形成されています。

flowchart TD
    A["共同センター<br/>(1つのシステムを多数の金融機関で共同利用)"] --> B["金庫A"]
    A --> C["金庫B"]
    A --> D["金庫C"]
    A --> E["… 多数"]
    F["【得られるもの】<br/>費用の分担<br/>制度改正への対応<br/>セキュリティ水準<br/>業界標準の事務"] -.-> A
    G["【失うもの】<br/>独自商品の自由度<br/>変更のスピード<br/>交渉上の立場"] -.-> A
    style A fill:#fde,stroke:#c39

3-2. 共同化で得るものと、失うもの

得るもの 内容
費用の分担 開発・維持・更改の費用を参加金融機関で分け合う
制度改正への対応 マイナンバー、税制改正、休眠預金、新しい決済手段。制度対応は毎年発生し、単独では追いつかない
セキュリティと品質 単独では確保しにくい水準の対策・監視・監査
人材の問題の回避 システム人材の採用・育成は、地域金融機関にとって極めて難しい
失うもの 内容
独自性 「うちだけの商品」を作りにくい。共同システムの仕様に合わせる必要がある
スピード 参加金融機関の合意が必要なため、単独の判断で変えられない
交渉上の立場 一度参加すると移行が極めて難しく、費用の交渉力が弱くなる
リスクの集中 共同センターが止まれば、参加する全金庫が同時に止まる

最後の「リスクの集中」は見落とされがちです。共同化は各金庫の個別リスクを下げますが、業界全体としては1点集中のリスクを作ります。これは第Ⅴ部(システムリスク管理)と、第15巻(与信集中)で扱った「分散したつもりが同じ要因に依存している」という論点と、構造的に同じ話です(→第15巻第4章)。

💡 ここでつまずきやすい:共同化していても、責任は自金庫にある

誤解:勘定系は共同センターが運営しているのだから、障害が起きても責任は共同センター側にある。

正しい理解:顧客との預金契約の当事者は自金庫です。 共同センターは自金庫が業務を委託している先にすぎません。したがって、①委託先の管理が適切か、②障害時に自金庫として何ができるか、③顧客への説明と対応をどうするか ― これらはすべて自金庫の責任です。監督上も「外部委託管理」の問題として整理されます(→第15章)。「委託しても、責任は委託できない」 ― これが本巻でもっとも重要な一文です。

⭐ポイント⭐:「システムは委託できるが、説明責任は委託できない」。

担当者の心得:共同センターの利用料の明細を、一度は自分の目で見てください。何が固定で、何が口座数・取引件数に連動しているかが分かると、経費削減の議論が具体的になります。「システム費を削減する」という抽象的な目標は、たいてい何も動かしません(→第12〜13章)。

ここまでの筋(3行)

① システム関係費はほぼ固定費で、長期に拘束され、代替が難しい。しかも止まれば業務そのものが止まる。

② システムは勘定系・情報系・チャネル系の3層で読む。顧客が見ているのはチャネル系だけで、費用の大半は勘定系にかかる。

③ 信用金庫は共同センターへの参加によって費用と制度対応を分担しているが、独自性・スピード・交渉力を失い、業界としては1点集中のリスクを負っている。委託しても責任は委託できない。


第Ⅱ部 決済インフラ編

4. 内国為替と全銀システム ― 振込はどう届くのか

窓口やアプリで「振込」を1件受け付けたとき、そのお金はどうやって相手の口座に届くのでしょうか。新任者が意外と説明できないのがここです。

まず用語を整理します。国内の金融機関どうしの資金のやりとりを内国為替といい、そのための電文をやりとりする仕組みが全銀システム(全国銀行データ通信システム)です。運営しているのが全国銀行資金決済ネットワーク(全銀ネット)です。信用金庫も、業態の中央機関等を経由する形も含めて、この仕組みに接続しています。

流れを追います。

flowchart TD
    A["①顧客が振込を依頼<br/>(窓口・ATM・アプリ)"] --> B["②仕向金融機関が<br/>顧客の口座から引き落とす"]
    B --> C["③全銀システムへ<br/>振込の電文を送信"]
    C --> D["④被仕向金融機関が電文を受信"]
    D --> E["⑤受取人の口座へ入金"]
    C --> F["⑥金融機関どうしの<br/>資金の受払いは別途決済<br/>→ 日銀ネット(第5章)"]
    style F fill:#fde,stroke:#c39

ここで絶対に押さえるべきなのが⑥です。

①〜⑤で動いているのは「情報」であって、金融機関どうしの「資金」ではありません。 受取人の口座には入金されていますが、その原資を仕向金融機関から被仕向金融機関へ渡す作業は、まだ終わっていません。この決済は別の仕組みで、まとめて行われます(→第5章)。

⭐ポイント⭐:「振込は、情報が先に届いて、資金が後から動く」。

この時間差があるあいだ、被仕向金融機関は仕向金融機関に対する債権を持っている状態になります。つまり、決済システムには参加者どうしの信用リスクが埋め込まれているわけです。この認識が、決済システムの設計と規制の出発点になります。

4-1. モアタイム ― 「営業時間」という概念の変化

かつて振込は、平日の日中に処理されるものでした。夕方以降や休日に振り込んでも、相手に届くのは翌営業日です。

これを変えたのがモアタイムシステムです(2018年稼働)。従来の稼働時間(コアタイム)に加えて、それ以外の時間帯も他行あて振込をリアルタイムで処理できるようになり、24時間365日の即時振込が可能になりました。ただし、これは参加している金融機関どうしの間で成り立つ話であり、参加状況や自金庫側の受付時間の制約は金融機関ごとに異なります。

このインフラの変化が持つ意味は、単なる利便性の向上にとどまりません。

💡 ここでつまずきやすい:モアタイムは「預金流出の高速化」でもある

誤解:24時間振込ができるようになったのは、顧客にとって便利になったというだけの話だ。

正しい理解:資金が夜間・休日でも動くということは、預金が夜間・休日でも流出しうるということです。第2巻で扱ったデジタルバンクランの議論(→第2巻第8章)は、このインフラの上に成り立っています。かつては「窓口が閉まっていれば時間が稼げた」。いまは稼げません。流動性リスク管理の前提が、決済インフラの進化によって書き換わったのです。この論点は第24巻第11章、第28巻でも繰り返し出てきます。

4-2. インフラの更改と障害

全銀システムのような社会インフラも、機器やソフトウェアの更改を定期的に行っています。そして2023年10月には、全銀システムの一部機器の更改に起因して大規模な障害が発生し、複数の金融機関で振込の遅延が生じました。広く報道された事例です。

この事例から、実務者が持ち帰るべき教訓は次の2点です。

  1. 自金庫のシステムが正常でも、業務は止まりうる。 障害の発生場所は自金庫の外でした。にもかかわらず、顧客に対して説明し、対応するのは各金融機関です。
  2. 代替手段の準備と顧客説明の手順を、平時に決めておく必要がある。 障害の最中に設計している時間はありません(→第16章)。

4-3. 電子交換所とでんさいネット ― 手形が消えたあとの決済経路

内国為替と並んで、企業間の決済を長く支えてきたのが手形と小切手です。ここも、この10年で最も大きく姿を変えた領域なので、決済インフラの一部として押さえてください。

変化は2段階で起きました。

第一段階は、交換の電子化です。 手形・小切手は、かつて各地の手形交換所に現物を持ち寄って交換していました。営業店から現物を運び、期日に取立に回す ― この事務は、想像以上の人員と時間を使っていました。2022年11月、この仕組みは電子交換所に移行し、現物の搬送は廃止されて、手形のイメージデータを送受信する方式に変わりました。金融機関にとっては、事務と物流のコストが大きく減った変化です。

第二段階は、手形そのものの置き換えです。 その受け皿が、電子記録債権と、その代表的な記録機関であるでんさいネット(株式会社全銀電子債権ネットワーク。2013年業務開始)です。電子記録債権は、電子債権記録機関の記録原簿への電子記録によって発生・譲渡する金銭債権で、手形でも売掛金でもない第三の類型として制度上あらたに作られたものです(電子記録債権法。2008年施行)。電子債権記録機関は、同法に基づく指定を受けた法人であり、誰でも記録原簿を運営できるわけではありません。信用金庫も参加しています。

本巻の視点、すなわち「決済インフラとして見るとどうか」で読むと、要点は次の1点に尽きます。

でんさいは、支払期日が来ると、債務者の口座から債権者の口座へ、自動的に資金が移動する。

手形なら、受け取った側が取立に回し、期日に決済されたかを確認する必要がありました。でんさいでは、記録機関が支払期日に決済の指図を発し、金融機関の間の資金は、既に見てきた内国為替・日銀ネットの経路を通って決済されます(→第4章・第5章)。つまり、でんさいは独立した新しい資金決済網ではなく、既存の決済インフラの上に載った"債権の記録と管理の仕組み"だと理解してください。ここを取り違えると、全体像がつかめなくなります。

flowchart TD
    A["でんさいネット<br/>(記録原簿=誰が誰にいくら払うか)"] --> B["支払期日に決済の指図"]
    B --> C["各金融機関の口座間送金決済<br/>(第4章の経路)"]
    C --> D["金融機関どうしの資金は<br/>日銀当座預金で最終決済<br/>(第5章)"]
    style A fill:#fde,stroke:#c39

この図の読みどころは、でんさいネットが担っているのは上の2段(記録と指図)だけだという点です。下の2段は、振込とまったく同じ仕組みです。新しいサービスが登場したとき、「それは記録のレイヤーの話か、資金決済のレイヤーの話か」を切り分ける ― この見方は、第6章のことら送金や第8章のコード決済を読むときにもそのまま使えます。

そして、レイヤーが分かれているということは、リスクも分かれているということです。 記録のレイヤーが止まれば「誰が誰にいくら払うか」が確定できず、資金決済のレイヤーが止まれば確定していても資金が動きません。支払期日は企業の資金繰りそのものですから、どちらが止まっても、取引先にとっての影響は同じ「支払いができない」です。第16章のBCPで「3日止まったら本当に困る業務」を挙げるとき、手形・でんさいの支払期日の処理が必ず入ってくるのは、このためです。

信用金庫にとっての意味を、3つに整理します。

第一に、事務負担の構造が変わります。 手形の受入・保管・搬送・取立という事務が減り、その代わりにでんさいの発生記録・譲渡記録の受付とシステム対応が業務になります。取引先の資金繰りに直結する事務であることは変わりませんが、人手が現物を扱う業務から、システムを介した業務へ移った、と捉えてください。

第二に、融資商品としての接続があります。 でんさいを支払期日前に資金化するでんさい割引(電子記録債権割引)は、手形割引に代わる与信取引として定着しつつあります。手形と違って分割できるため、取引先は必要な額だけを資金化できます。与信の見方(持込人と支払企業の両方を見る)は手形割引と同じです ― 詳しくは →第20巻第7章7-2。

第三に、参加していないと取引が成立しなくなる可能性があります。 大企業が支払を電子記録債権に切り替えれば、その取引先である地元の中小企業も対応せざるを得ません。自金庫が対応していなければ、取引先は対応している金融機関に口座を移すことになります。 第Ⅳ部で扱うシステム投資の判断は、常にこの構図の中にあります。

💡 ここでつまずきやすい:「手形が減るのは、うちには関係のない話」

誤解:手形の取扱いが減るのは、事務が楽になるだけの話だ。

正しい理解:手形の減少は、営業店の収益の一部が消えることでもあります。手形帳・小切手帳の発行、取立手数料、割引 ― これらは営業店の役務収益と与信の一角を占めてきました。置き換わる先(でんさい、振込、ファクタリング等)で同じだけの収益を確保できるとは限りません。インフラの変化は、事務の話に見えて、必ず損益の話に着地します(→第3巻第5章の役務取引等利益)。第Ⅳ部で見るとおり、これが本巻を貫く視点です。

担当者の心得:紙の約束手形については、官民の取組みとして利用の廃止に向けた期限が掲げられ、企業側の切替えが進んでいます。営業店の担当者は、取引先が「まだ手形を使っているのか、でんさいに移行済みか」を把握しておくことが、そのまま資金繰り支援の会話の入口になります。期限や取組みの現状は継続的に変化するため、全国銀行協会・関係省庁の最新の公表資料で確認してください。

5. 資金はどこで決済されるのか ― 日銀ネットと、ネット決済/RTGS

第4章の⑥を掘り下げます。金融機関どうしの資金は、日本銀行当座預金の振替によって最終的に決済されます。そのための仕組みが日銀ネット(日本銀行金融ネットワークシステム)です。

日銀当座預金は、金融機関が日本銀行に持つ預金口座です(→第12巻第8章)。ここでの振替は、日本銀行の債務の移転であり、それ以上に確実な決済手段は国内に存在しません。だから「最終的な決済(ファイナリティ)は日銀当座預金で行われる」と表現します。

決済の方式には、大きく2つあります。

方式 内容 長所 短所
時点ネット決済 一定の時点までの取引を差引計算(ネッティング)し、差額だけを決済する 必要な資金が少なくて済む 決済までの間、参加者間に信用リスクが残る
RTGS(即時グロス決済) 1件ごとに、その都度、総額で決済する 決済のたびに完了するので信用リスクが残らない 大量の日中流動性が必要になる

歴史的には、日本の大口の資金決済はRTGS化が進められ、内国為替のうち1件あたりの金額が大きい取引についても、全銀システムでの時点ネット決済からRTGSへ移行しました。少額の取引は引き続き差額決済の対象となり、所定の時刻に日銀ネットを通じて決済されます。金額の閾値や決済時刻の詳細は制度変更がありうるため、最新の公表資料で確認してください。

💡 ここでつまずきやすい:なぜ大口だけRTGSにしたのか

誤解:信用リスクが残らないRTGSのほうが優れているなら、すべてRTGSにすればよい。

正しい理解:RTGSには日中流動性のコストがかかります。 1件ずつ総額で決済するには、その都度、日銀当座預金に残高が必要です。すべての小口振込をRTGSにすると、金融機関は膨大な日中資金を用意しなければなりません。一方、差額決済なら必要な資金は大幅に減ります。信用リスクと流動性コストのトレードオフがあり、システミックな影響の大きい大口取引にはRTGSを、件数が多く1件が小さい小口取引には差額決済を、と使い分けているのです。「リスクをゼロにする」ではなく「どのリスクをどれだけ引き受けるか」を設計している ― シリーズ全体を通じた考え方が、ここにも現れています。

担当者の心得:資金証券部門にいるなら、自金庫の日中の資金ポジションが、決済のどのタイミングで動くかを把握しておいてください。大口の振込を受け付けた日、大口の満期が来る日、決済の集中する日(月末、五十日)。資金繰りの実務は、この決済スケジュールの上に成り立っています(→第12巻第4章、第2巻第7章)。

6. ことら送金 ― 少額送金の新しい経路

ことら送金は、2022年に始まった個人間の少額送金のための仕組みです。株式会社ことらが運営し、多数の金融機関が参加しています。

特徴を、従来の振込と比べて整理します。

従来の振込(全銀システム) ことら送金
対象 個人・法人を問わず、金額の制限は基本的にない 個人間の送金で、1回あたり10万円以下
宛先の指定 金融機関名・支店名・口座番号 携帯電話番号やメールアドレスでも指定できる
金融機関間のコスト 相対的に高い 低く抑えられている
顧客が使う場所 各金融機関のIB・アプリ、窓口、ATM 各金融機関のアプリ等

技術的には、既存のデビット決済の基盤を活用することで、新しい仕組みを一から作らずに実現した点が特徴です。インフラを新設せず、既存のインフラを別の用途に使うという発想です。

6-1. なぜ生まれたのか ― 銀行間手数料という論点

背景には、銀行間手数料をめぐる長年の議論があります。振込を行うとき、仕向金融機関は被仕向金融機関に対して手数料を支払います。これが顧客の負担する振込手数料の一部を構成していました。この水準が長期間見直されていないことが競争政策の観点から問題とされ、引下げが行われた経緯があります。

同時に、キャッシュレス決済事業者による個人間送金が広がり、「銀行口座を使わない少額送金」が一般化しつつありました。ことら送金は、これに対する銀行界側の応答という側面を持ちます。

⭐ポイント⭐:「全銀システムは"あらゆる振込"のために作られ、ことらは"割り勘"のために作られた」。

6-2. 信用金庫にとっての意味

小さな話に見えますが、リテール戦略上の意味は小さくありません。

論点 内容
アプリの利用価値 少額送金ができないアプリは、若年層にとって使う理由が乏しい。アプリを開いてもらう頻度が、金融機関との接点の頻度になる(→第9章)
資金の滞留 個人間送金が自金庫の口座間で完結すれば、資金は外に出ない。逆に、送金手段がなければ資金は決済アプリへ移る(→第28巻第2章)
コスト 従来の振込より金融機関間のコストが低い。少額の送金を安く提供できる

担当者の心得:こうした新しい決済手段への参加は、「収益が出るか」だけで判断すると、たいてい参加しないという結論になります。少額送金それ自体からは、大きな収益は生まれません。判断すべきは、参加しなかった場合に何を失うかです。若年層の口座が生活口座にならない(→第24巻第10章)ことの損失は、送金手数料の何十倍にもなりえます。攻めの投資ではなく、土俵から降りないための投資として評価する視点が要ります。

7. ATM相互利用 ― ネットワークと手数料の流れ

自金庫のキャッシュカードが、他の金融機関やコンビニのATMで使える ― この当たり前の仕組みは、複数のネットワークの積み重ねで成り立っています。

flowchart TD
    A["顧客が他金融機関のATMで<br/>自金庫のカードを使う"] --> B["ATM設置金融機関"]
    B --> C["業態内のネットワーク<br/>(信用金庫業界のオンライン提携網 等)"]
    C --> D["業態をまたぐ接続<br/>(統合的なATMネットワーク)"]
    D --> E["カード発行金融機関<br/>= 自金庫の勘定系"]
    E --> F["残高照会・引落しの応答"]
    F --> A
    style E fill:#fde,stroke:#c39

この図の読みどころは、顧客の1回の引出しのために、複数の組織のシステムが数秒のあいだに連携していることです。信用金庫どうしは業態内の提携ネットワークでつながり、業態をまたぐ利用は、それらを相互に接続する仕組みを経由します。

7-1. 手数料は2種類ある

ここが実務でもっとも混乱する部分です。顧客が払う手数料と、金融機関どうしが払う手数料は別物です。

種類 だれが、だれに払うか 性格
ATM利用手数料 顧客 → カード発行金融機関(自金庫) 顧客から見える手数料。無料の場合も多い
代行手数料(ATM設置行が受け取る手数料) カード発行金融機関 → ATM設置金融機関 顧客からは見えない。取引1件ごとに発生する

つまり、顧客が他金融機関のATMで引き出すと、自金庫は相手にお金を払っています。顧客の利用手数料を無料にしていれば、その分は自金庫の持ち出しです。

この構造から、次の帰結が導かれます。

立場 経済的な意味
ATMをたくさん設置している金融機関 他行のカードで使われるほど代行手数料の収入が入る。ただし設置・維持のコストは重い
ATMが少ない金融機関 設置コストは軽いが、顧客が他行ATMを使うたびに代行手数料の支払いが発生する
コンビニATMの運営者 自らは預金をほとんど持たず、代行手数料そのものを収益源とするビジネスモデル

💡 ここでつまずきやすい:「ATM手数料無料」は無料ではない

誤解:自金庫のカードで提携ATMを使ったとき手数料が無料なら、金庫にコストは発生していない。

正しい理解:顧客が払っていないだけで、金庫が代行手数料を払っています。 「手数料無料キャンペーン」は、実質的には金庫が顧客のATM利用コストを肩代わりする施策です。したがって、無料化の判断は「顧客サービス」ではなく「1件あたりいくらの費用を、何件分負担するか」という計算の問題として行うべきです。第10章の設例で扱います。

7-2. 自前のATMを持つべきか

近年、この問いは地域金融機関の共通課題になっています。

自前ATMを維持する コンビニATM等へ依存する
設置費用・現金輸送・警備・回線・保守が固定費として発生 利用件数に応じた変動費になる
他行利用による代行手数料の収入がある 収入はない。支払いのみ
店舗の顧客利便を自分で確保できる 設置場所は自分で選べない
利用件数が減ると、1件あたりコストが急上昇する 件数が減れば費用も減る

キャッシュレス化によってATMの利用件数は趨勢的に減っています。固定費を件数で割る構造なので、件数の減少は1件あたりコストを直撃します。 これが、ATMの台数削減・共同利用・コンビニATMへの代替が進んでいる理由です(→第14章)。

8. 口座直結の潮流 ― デビット・コード決済・API・電子決済等代行業者

最後に、近年のもっとも大きな流れを整理します。ひとことでいえば、「預金口座から直接お金が動く経路が増えている」ということです。

仕組み 資金はどう動くか 金融機関にとっての意味
デビットカード 決済と同時に預金口座から引き落とされる クレジットカードと違い、与信が不要。口座がそのまま決済手段になる
コード決済(スマホ決済) 事前に口座からチャージする、または後払い チャージされた資金は金庫の外へ出る。預金が決済事業者に移る
口座振替のWeb受付 収納企業のサイトから即時に登録(→第24巻第8-1節) 申込みの摩擦が消える
API接続 外部事業者が、顧客の同意のもとで口座情報の参照や振込指図を行う 金融機関のサービスが分解され、外部から使われる

この最後のAPI接続が、制度としても実務としても重要です。

8-1. 電子決済等代行業者とオープンAPI

家計簿アプリで複数の銀行口座の残高がまとめて見られる。会計ソフトが自動で入出金を取り込む。― こうしたサービスを提供する事業者は、銀行法上電子決済等代行業者として位置づけられ、登録制の下に置かれています(2017年の銀行法改正)。あわせて、金融機関にはオープンAPI(外部事業者が安全に接続できる仕組み)の整備に努めることが求められました。

制度の趣旨は、次のように整理できます。

flowchart LR
    A["【従来】顧客のIDとパスワードを<br/>事業者が預かって代理でログイン<br/>― セキュリティ上、危うい"] --> B["【制度化後】APIで接続<br/>― 顧客の同意に基づき<br/>― 必要な範囲だけ<br/>― 事業者は登録制"]
    style B fill:#def,stroke:#39c

担当者の心得:API対応を「外部にデータを渡す話」と捉えると、防御的な議論に終始します。実際には自金庫のサービスが、顧客の使っているアプリの中に組み込まれる機会でもあります。ただし、接続を認める以上、接続先の事業者の管理は自金庫の責任です(→第15章の外部委託管理と同じ論理)。ここでも「委託できるのは作業であって責任ではない」が効いてきます。

💡 ここでつまずきやすい:資金移動業者と銀行の違い

誤解:スマホ決済事業者も送金ができるのだから、実質的に銀行と同じだ。

正しい理解:資金決済法上の資金移動業者は、送金は行えますが、預金の受入れと貸出はできません。利用者から預かった資金は供託等の方法で保全することが求められ、預金保険の対象ではありません(→第24巻第22章)。「お金を動かす」機能だけを取り出した業態であり、銀行業の中核である期間変換(短期の預金を長期の貸出に変える)を行っていない点が決定的な違いです(→第0巻第5章、第2巻第1章)。

⭐ポイント⭐:「決済事業者はお金を運び、金融機関はお金を預かって貸す」。

ここまでの筋(3行)

① 振込は情報が先に届き、金融機関どうしの資金は後から日銀当座預金で最終決済される。時点ネット決済とRTGSは、信用リスクと日中流動性コストのトレードオフで使い分けられている。

② モアタイムによる24時間振込は利便性であると同時に、預金流出の高速化でもある。

③ ことら送金・デビット・API接続は、いずれも「口座から直接お金が動く経路」の拡大であり、参加しない選択は土俵から降りることを意味しうる。


第Ⅲ部 チャネル編

9. インターネットバンキングとスマホアプリ ― 何を置き換えたのか

チャネルの話に入ります。まず整理しておきたいのは、インターネットバンキング(IB)とスマホアプリは、何を置き換えたのかです。

従来の手段 置き換えたもの 置き換わり方
通帳記帳(ATM・窓口) 残高照会・入出金明細 ほぼ完全に置き換わった。通帳レスの流れへ
窓口・ATMでの振込 振込 大きく置き換わった。24時間可能(→第4-1節)
窓口での住所変更・各種届出 各種手続 進行中。本人確認の方法が制約になる
窓口での定期預入・満期案内 資産運用の入口 進行中。プッシュ通知が案内の主役になりつつある(→第24巻第14章)
収納企業への口座振替依頼書 口座振替の申込み Web受付により置き換わった(→第24巻第8-1節)

新任者に理解してほしいのは、IBとアプリは同じものではないという点です。

インターネットバンキング スマホアプリ
起点 パソコンのブラウザ。用事があるときに開く スマートフォン。用事がなくても開きうる
顧客層 相対的に高年齢・法人 若年層を含む幅広い層
設計 機能の網羅性 使いやすさと起動頻度
競争相手 他の金融機関のIB 他のあらゆるアプリ(決済アプリ、証券アプリ、家計簿アプリ)

最後の行が決定的です。IBの競争相手は他の金融機関でしたが、アプリの競争相手はスマートフォンの画面そのものです。顧客の手元にあるアプリのうち、どれが開かれるか。開かれないアプリは、存在しないのと同じです。

⭐ポイント⭐:「支店は場所を取り合い、アプリは時間を取り合う」。

担当者の心得:アプリの評価指標を「ダウンロード数」に置くと、施策を誤ります。見るべきは起動頻度と、アプリ経由の取引件数です。第24巻第12章で扱ったメイン化指標と同じ構造 ― 数を目標にすると数だけが達成される ― がここでも当てはまります。

💡 ここでつまずきやすい:デジタル化は「窓口の代替」ではない

誤解:アプリを使う顧客が増えれば、窓口に来る顧客が減り、その分だけ手が空く。

正しい理解:デジタル化で減るのは定型的な取引(残高照会・振込・記帳)です。窓口に残るのは、相続、成年後見、苦情、複雑な相談、高齢の顧客の対応といった、1件あたりの時間が長く、判断を要する業務です。つまり、件数は減るが、1件あたりの難易度は上がります。「デジタル化すれば人が余る」という前提で人員計画を立てると、現場が壊れます(→第27巻第4章)。

10. 【設例】チャネル別のコストを比べる

チャネルの議論を数字にします。すべて単純化した仮の数字です。自金庫の実際の原価は事務統括・企画部門の計算で確認してください。

前提

チャネル 1取引あたりのコスト 内訳のイメージ
窓口 400円 人件費が大半。1件に要する時間が長い
自前ATM 100円 機器・現金輸送・警備・回線の固定費を件数で割ったもの
提携ATM 130円 上記に代わり、代行手数料の支払い(→第7-1節)
IB・アプリ 20円 ほぼシステム費用のみ。件数が増えても単価はあまり増えない

現状と、シフト後

年間の取引件数を600万件とします。話を単純にするため、ここではATMをすべて自前ATMとして扱います(提携ATMを使った場合にどうなるかは、代行手数料の双方向性が効いてくるため第14章で別に扱います)。

チャネル 現状の件数 現状のコスト シフト後の件数 シフト後のコスト
窓口 120万件 4億8,000万円 60万件 2億4,000万円
自前ATM 360万件 3億6,000万円 300万件 3億0,000万円
IB・アプリ 120万件 2,400万円 240万件 4,800万円
合計 600万件 8億6,400万円 600万件 5億8,800万円

差引 2億7,600万円の削減。税引後で 2億7,600万円 × (1−30%) = 1億9,320万円。

ここからが本題 ― この数字は、そのままでは実現しません

上の計算には重大な前提が隠れています。「1取引あたりのコスト」に固定費が含まれていることです。

チャネル コストの性質 件数が減ったとき
窓口 人件費・店舗費用。人を減らさない限り減らない 件数だけ減っても費用は減らない
自前ATM 機器・警備・回線。台数を減らさない限り減らない 件数だけ減ると、1件あたり単価が上がる
提携ATM 代行手数料は件数連動 件数が減れば費用も減る
IB・アプリ 大半が固定。件数が増えても増えにくい 件数が増えても費用はあまり増えない

つまり、窓口の取引が半分になっても、窓口の費用は自動的には半分になりません。人員配置を見直すか、店舗を統合するか、いずれかの意思決定をして初めて費用になります。

⭐ポイント⭐:「チャネルシフトは、箱と人を減らして初めて費用になる」。

誤った読み方 正しい読み方
アプリの利用が増えたから、経費が2億7,600万円減った アプリの利用が増えたことで、2億7,600万円を減らせる余地が生まれた。実現するかどうかは、人員と店舗とATMの意思決定次第

担当者の心得:「デジタル化による経費削減効果」を試算するときは、必ず削減額を「変動費部分」と「意思決定を要する固定費部分」に分けて示してください。前者だけが自動的に実現します。後者は、店舗統合やATM撤去という痛みを伴う判断とセットでしか実現しません。分けずに提示された試算は、経営を誤らせます。

11. 不正送金とセキュリティ ― 利便性とリスクの綱引き

チャネルを便利にするほど、不正に使われる経路も便利になります。この章は、その綱引きの整理です。

11-1. 何が起きているか

手口 概要
フィッシング 金融機関を装ったメール・SMSで偽サイトに誘導し、IDやパスワード、ワンタイムパスワードを入力させる
不正送金 窃取した認証情報でIBにログインし、第三者の口座へ送金する
偽造・盗難カード ATMでの不正な払戻し
口座の不正利用 譲渡された口座が振込先として使われる(→第24巻第6章)

対策の基本は、認証を多層化することと取引を監視することの2つです。

対策の類型 具体例
認証の多層化 ワンタイムパスワード、生体認証、取引ごとの追加認証、デバイスの登録
取引の制限 振込限度額の設定、初回振込先への遅延、高額取引の追加確認
モニタリング 平時と異なる取引パターンの検知(普段と違う時間帯・金額・宛先)
顧客への注意喚起 「当金庫がメールでパスワードを尋ねることはありません」という周知の徹底

💡 ここでつまずきやすい:預金者保護法はIBの不正送金をカバーしない

誤解:不正な払戻しは預金者保護法で補償されるのだから、IBの不正送金も同じように処理すればよい。

正しい理解:預金者保護法(→第24巻第6章)が直接の対象としているのは、偽造・盗難カード等を用いたATMでの不正な払戻しです。インターネットバンキングによる不正送金は、この法律の直接の対象ではありません。実務では、全国銀行協会の申し合わせ等を踏まえ、各金融機関が個別に対応方針を定めて補償の可否を判断しています。「同じ不正でも、経路によって根拠が違う」 ― この区別を誤ると、顧客への説明を誤ります。具体的な取扱いは、必ず自金庫の規程と最新の業界申し合わせで確認してください。

11-2. 利便性とリスクは、どちらかを選ぶ問題ではない

セキュリティを強くすれば安全になりますが、手続きが増えて顧客は離れます。緩くすれば使いやすくなりますが、被害が出ます。

この綱引きに一般解はありません。ただし、判断の筋は決まっています。

リスクの大きさは、取引の性質によって違う。だから対策も取引の性質に応じて変える。

取引 リスク 妥当な対策
残高照会 情報の漏えい。資金は動かない 通常のログイン認証
登録済みの口座への振込(家賃など) 限定的 通常の認証
新規の宛先への高額振込 大きい 追加認証、遅延、限度額
振込限度額の引上げ 大きい。被害の上限が上がる 厳格な確認

一律に厳しくするのではなく、危ないところだけ厳しくする。 これは融資でいえば与信の重要度に応じて決裁権限を変えるのと同じ発想であり(→第21巻第7章)、リスク管理の基本形です。

担当者の心得:不正送金の被害が発生したときに問われるのは、「被害を防げたか」だけではありません。「その水準の対策を選んだ理由を説明できるか」です。業界の一般的な水準、自金庫の顧客層、被害の実績を踏まえて、意識的に選択した記録があるかどうか。ここでも「記録が牽制になる」という原則が働きます(→第21巻第16章)。

ここまでの筋(3行)

① アプリの競争相手は他の金融機関ではなく、スマートフォンの画面そのものである。指標はダウンロード数ではなく起動頻度と取引件数で見る。

② チャネルシフトによるコスト削減は「余地」が生まれるだけであり、箱と人を減らす意思決定をして初めて実現する。

③ セキュリティは一律に強くするのではなく、取引の性質に応じて強弱をつける。そして、その選択の理由を記録に残す。


第Ⅳ部 コスト編

12. システム維持コストの構造 ― 何が固定費で、何が変動費か

第Ⅳ部は本巻の実務的な核心です。「システム費を削減する」という議論を、動く数字と動かない数字に分解します。

共同センターを利用している場合、支払いはおおむね次のような構成になります。名称と区分は契約によって異なるため、必ず自金庫の契約書と請求明細で確認してください。

費目の類型 何で決まるか 性質
基本料・参加料 参加していること自体 純粋な固定費。業務量と無関係
口座数・顧客数に連動する費用 管理している口座の数 準固定費。段階的な料金体系(階段状)のことも多い
取引件数に連動する費用 為替・ATM・IBの取引件数 変動費
端末・回線・機器 店舗数、端末台数 店舗を減らさなければ減らない
個別開発・追加機能 自金庫が個別に依頼したもの 一時費用だが、その後の保守費が乗る
更改の負担金 システム更改の周期で発生 数年に一度、大きな山が来る

この表から、実務上の重要な帰結が3つ出ます。

第一に、業務量が減っても費用はあまり減りません。 純粋な変動費は全体の一部にすぎないからです。

第二に、「階段状」の料金体系に注意が必要です。 口座数が10万件刻みで料金区分が変わる契約なら、区分の境目を越えない限り、口座を減らしても1円も減りません。9万9,000件削減しても効果ゼロ、あと1,000件削減すれば効果が出る ― こういうことが実際に起きます。

第三に、更改の山を平準化する必要があります。 システム更改は数年に一度、大きな費用を伴います。決算上は、更改の年度だけ経費が跳ね上がり、OHRが悪化します。この山をどう見せるか(資産計上とその後の償却か、費用処理か)は会計方針の問題であり、経理部門との事前の擦り合わせが要ります。「システムの話」が「決算の話」になる典型の場面です。

担当者の心得:システム費の削減を検討するなら、最初にやるべきは請求明細を費目ごとに3年分並べることです。「何が増えているのか」「増えている費目は何で決まっているのか」が見えます。これをせずにベンダーと交渉しても、話が噛み合いません。

13. 【設例】口座数を減らすと、コストはいくら減るのか

第24巻第17章で「未稼働口座の削減はシステムコストの削減になる」と述べました。では、いくら減るのか。 手を動かします。すべて単純化した仮の数字です。

前提

項目 数値
預金口座数 30万口座
年間の取引件数 600万件
業務粗利益 60億円
経費(合計) 45億円
うちシステム関連経費 6億円
OHR(経費 ÷ 業務粗利益) 45億円 ÷ 60億円 = 75.0%
実効税率 30%

システム関連経費6億円の内訳を、次のように置きます。

区分 金額 単価
固定費(基本料・回線・端末・保守) 3億6,000万円 ―
口座数連動 1億2,000万円 1口座あたり400円
取引件数連動 1億2,000万円 1件あたり20円
合計 6億0,000万円

施策:未稼働口座5万件を削減する(30万 → 25万口座)

項目 削減前 削減後 差
口座数 30万 25万 ▲5万
口座数連動費 1億2,000万円 25万 × 400円 = 1億0,000万円 ▲2,000万円
固定費 3億6,000万円 3億6,000万円 変わらず
取引件数連動費 1億2,000万円 1億2,000万円 変わらず(未稼働口座は取引がないため)
システム関連経費 計 6億0,000万円 5億8,000万円 ▲2,000万円
項目 削減前 削減後
経費(合計) 45億0,000万円 44億8,000万円
OHR 75.00% 74.67%
改善幅 0.33ポイント

税引後の効果は 2,000万円 × (1−30%) = 1,400万円です。

読みどころ

論点 読み方
口座を6分の1減らしても、費用は3.3%しか減らない 6億円のうち減ったのは2,000万円。固定費の壁がこれほど厚い
それでも2,000万円は小さくない 業務純益への影響として見れば、営業店1か店の利益に匹敵しうる規模
取引件数連動費は減らない 未稼働口座はもともと取引がない。「使われていない口座を減らす」のは、口座数連動費だけに効く
階段状の料金なら効果はゼロにも満額にもなる 契約が「25万口座以下なら区分が下がる」なら、5万件の削減でちょうど区分をまたぐ。1件足りなければ効果ゼロ

💡 ここでつまずきやすい:OHRの改善は分子だけの話ではない

誤解:OHRを改善するには経費(分子)を減らせばよい。

正しい理解:\(\text{OHR} = \text{経費} \div \text{業務粗利益}\) です(→第3巻第6章)。分母の業務粗利益が減れば、経費が同じでもOHRは悪化します。設例で経費を2,000万円減らして0.33ポイント改善しましたが、業務粗利益が1億円減れば、その改善は吹き飛びます。システムコスト削減は重要ですが、分母を守る施策(=第24巻の生活口座化、第26巻の個人ローン)と両輪でなければ、OHRは改善しません。この構造を理解せずに経費削減だけを追うと、収益基盤を削って比率を悪化させるという本末転倒が起きます。

⭐ポイント⭐:「固定費は口座を減らしても減らない。減るのは、契約の区分をまたいだときだけ」。

14. ATMと店舗 ― チャネルの統廃合をどう判断するか

第7章で見たATMの費用構造を、判断の形に落とします。すべて単純化した仮の数字です。

前提:ATM1台

項目 数値
年間の維持コスト(機器・現金輸送・警備・回線・保守・設置場所) 400万円
年間の取引件数 36,000件(月3,000件)
うち 自金庫の顧客による利用 24,000件
うち 他金融機関のカードによる利用 12,000件
他金融機関から受け取る代行手数料 1件130円
提携ATMを使ったときに自金庫が支払う代行手数料 1件130円

案A:このATMを維持する

項目 計算 金額
維持コスト ▲400万円
他金融機関のカード利用による代行手数料収入 12,000件 × 130円 +156万円
純コスト ▲244万円

案B:撤去し、顧客には提携ATMを使ってもらう(顧客手数料は無料のまま)

項目 計算 金額
維持コスト 0円
代行手数料収入 失われる 0円
自金庫の顧客24,000件が提携ATMを使う 24,000件 × 130円 ▲312万円
純コスト ▲312万円

案Bのほうが68万円悪化します。 撤去したのにコストが増える ― これが実務でよく起きる誤算です。

案C:撤去し、提携ATMの利用時に顧客から手数料を受け取る

24,000件のうち半分の12,000件について、1件110円の利用手数料を受け取れたとします。

項目 計算 金額
提携ATMへの代行手数料の支払い 24,000件 × 130円 ▲312万円
顧客から受け取る利用手数料 12,000件 × 110円 +132万円
純コスト ▲180万円

案Aより64万円改善します。

まとめ

純コスト 案Aとの差
案A:維持する ▲244万円 ―
案B:撤去する(顧客手数料は無料のまま) ▲312万円 ▲68万円(悪化)
案C:撤去し、顧客に手数料を求める ▲180万円 +64万円(改善)

⭐ポイント⭐:「ATMの撤去が得かどうかは、顧客手数料をどうするかとセットでしか決まらない」。

この設例の教訓は3つあります。

  1. 代行手数料は双方向に発生する。 自前ATMをやめると、支払う側に回ります。「箱をなくせば費用がなくなる」わけではありません。
  2. 他金融機関の顧客に使われているATMは、収益を生んでいる。 立地の良いATMほど、この収入が大きい。撤去の候補を選ぶときは、自金庫の利用件数ではなく他金融機関の利用件数を見るべき場合があります。
  3. 顧客負担をどうするかが結論を左右する。 そして顧客負担の変更は、協同組織金融機関として慎重な検討を要します(→第24巻第18-2節)。経済計算だけでは決まりません。

担当者の心得:店舗の統廃合も、構造は同じです。統合すれば人件費と店舗費用が減りますが、その店舗が持っていた預金と貸出のどれだけが残るかが決め手になります。第24巻で見たとおり、生活口座は動きにくい(→第24巻第11章)一方で、店舗がなくなったことをきっかけに口座を移す顧客も出ます。費用の削減額は計算しやすく、失う収益は計算しにくい。だから統廃合の試算は、たいてい楽観に傾きます。 事後検証を必ず行ってください。

ここまでの筋(3行)

① システム費用の大半は固定費と準固定費で、業務量が減っても連動しない。階段状の料金体系では、区分をまたがない限り効果はゼロである。

② 未稼働口座5万件の削減はシステム関連経費6億円のうち2,000万円しか減らさないが、それでも無視できない額であり、OHRを0.33ポイント改善する。

③ ATMや店舗の統廃合は、代行手数料の双方向性と、失う収益の見積もりを織り込まなければ判断を誤る。


第Ⅴ部 リスク・規制編

15. システムリスク管理態勢と外部委託管理

15-1. システムリスクとは何か

システムリスクとは、コンピュータシステムのダウン・誤作動・不正使用等によって、金融機関が損失を被るリスクをいいます。オペレーショナル・リスクの一部として位置づけられ、自己資本比率の分母にも影響します(→第5巻第10章)。

ただし、実務でシステムリスクが重視される理由は、自己資本比率への影響ではありません。業務が止まるからです。

起きること 影響
勘定系の停止 窓口・ATM・IB・アプリが同時に止まる。預金の払戻しができない
為替の停止 振込が送れない・受けられない。給与振込日・年金支給日なら影響は甚大
データの毀損 残高が正しく分からない。復旧まで業務再開ができない
不正アクセス 顧客情報の漏えい、不正送金

第2巻で扱った流動性リスクとの接続も重要です。システム障害で払戻しができない状態は、資金があっても支払えない状態であり、顧客からは「お金がないのではないか」と映ります。技術の問題が、信用の問題に転化するのです(→第2巻第1章)。

15-2. 態勢として何が求められるか

監督指針では、システムリスク管理態勢が重点項目として扱われています。求められる要素を、実務の言葉で整理します。

要素 中身
経営陣の関与 「システムのことは分からない」は通用しない。重要な意思決定に経営陣が関与しているか
リスクの特定と評価 どの業務が止まると、どれだけの影響が出るか。重要度の順位づけ
安全対策 業界の基準に照らした対策(金融情報システムセンター〈FISC〉の安全対策基準が広く参照されます)
障害への備え 二重化、待機系、復旧手順、訓練(→第16章)
外部委託先の管理 共同センター・ベンダーの管理(→次節)
サイバーセキュリティ 攻撃の検知・防御・復旧、演習への参加、情報共有
監査 内部監査による検証(→第16巻第6章の3つの防衛線)

具体的な要求水準や重点は監督指針の改正で変わります。必ず最新の監督指針と自金庫の規程で確認してください。

15-3. 外部委託管理 ― 委託しても責任は委託できない

第3章で述べた原則を、ここで制度の言葉に置き換えます。

信用金庫の勘定系は共同センターにあり、ATMのネットワークも、アプリの開発も、多くが外部に委託されています。業務の実態としては、システムのほとんどを自金庫の外に置いているわけです。

それでも、監督上の整理は明快です。

顧客に対して責任を負うのは、契約の当事者である自金庫である。外部委託は、自金庫が業務を他者に行わせているにすぎない。

したがって、次のことが求められます。

求められること 実務での意味
委託先の選定基準 安さだけで選んでいないか。能力・財務・セキュリティ水準を評価したか
契約による手当て 責任分担、報告義務、監査権、再委託の制限、終了時の措置
モニタリング 委託先の運営状況の報告を受け、確認しているか。受け取った報告書を読んでいるか
再委託先の把握 委託先がさらに外部に出している部分を把握しているか
代替手段 委託先が業務を継続できなくなった場合にどうするか

💡 ここでつまずきやすい:「共同センターだから安心」ではない

誤解:業界共通の共同センターを使っているのだから、外部委託管理は形式的な確認で足りる。

正しい理解:共同化のメリットは品質とコストであって、責任の免除ではありません。 むしろ、共同センターは多数の金融機関が依存する集中点であるため、そこが止まったときの影響は最大です。自金庫として問うべきは「共同センターは大丈夫か」ではなく、「共同センターが止まったとき、自金庫は何ができるか」です。この問いに答えるのが第16章のコンティンジェンシープランです。

担当者の心得:委託先から定期的に届く報告書(運営状況報告、監査報告、外部監査の保証報告書など)を、誰が読んで、何を確認したかの記録を残してください。届いているが誰も読んでいない、という状態が最も危険です。当局からの指摘も、多くはこの点に集中します。

16. 障害・BCP・コンティンジェンシープラン

16-1. 「止まらない」ではなく「止まったらどうするか」

システム部門の目標を「障害ゼロ」に置くと、話が硬直します。どれだけ備えても、障害は起きます。 自金庫のシステムが正常でも、共同センターが止まることも、全銀システムが止まることもあります(→第4-2節)。

だから備えの中心は、業務継続体制(BCP)とコンティンジェンシープランに置かれます。第2巻で資金繰り危機に備えるCFP(コンティンジェンシー・ファンディング・プラン)を扱いましたが(→第2巻第7章)、考え方はまったく同じです。

平時に決めておくこと 具体例
何を最優先で復旧するか 預金の払戻し、給与振込、年金の入金。すべてを同時に復旧はできない
どこまでの停止なら許容するか 何時間までなら業務を止めても持ちこたえられるか(復旧目標時間)
代替手段は何か 手作業での払戻し(上限額を決めておく)、他店舗への誘導、代替のATM
だれが判断するか 発動の権限者、代行順位。役席が不在のときは誰が決めるか
顧客にどう伝えるか 店頭掲示、ホームページ、アプリ、報道対応。文案を用意しておく
当局への報告 いつ、誰が、何を報告するか

⭐ポイント⭐:「BCPは、障害を防ぐ計画ではなく、障害が起きた日に読む手順書である」。

16-2. 訓練していない手順は、実行されない

コンティンジェンシープランで最も重要なのは、訓練です。

  • 停止時に手作業で払戻しを行うなら、帳票と限度額と本人確認の手順を、営業店の担当者が実際にやってみておく必要があります。
  • 顧客説明の文案は、掲示できる形で用意されている必要があります。障害の最中に作文はできません。
  • 判断の権限者が不在の場合の代行順位は、訓練の場で実際に代行してみて初めて機能します。

担当者の心得:訓練は「やった」という記録を作るためのものではありません。「うまくいかなかったこと」を見つけるためのものです。訓練報告書に問題点が1つも書かれていないなら、その訓練は形骸化しています。融資の稟議で「懸念事項なし」と書かれた稟議書を疑うのと同じです(→第21巻第5章)。

16-3. サイバーセキュリティ

近年、システムリスクの中心はサイバー攻撃へと移っています。特徴は次の点にあります。

従来の障害 サイバー攻撃
機器の故障・プログラムの不具合。偶発的 意図的。攻撃側は成功するまで繰り返す
原因が分かれば復旧できる 原因究明そのものに時間がかかる。侵入の範囲が分からない
影響範囲は限定的 顧客情報の漏えい、資金の流出、業務停止が同時に起こりうる
業界内の問題 サプライチェーン全体の問題。委託先経由の侵入もある

対応の基本は、防御に加えて検知と復旧を重視することです。「侵入されない」を前提にせず、「侵入されたときにどれだけ早く気づき、どれだけ被害を限定できるか」を設計します。業界横断の演習への参加や、情報共有の枠組みの活用も、態勢の一部として位置づけられています。

💡 ここでつまずきやすい:サイバーセキュリティは「システム部門の仕事」ではない

誤解:専門的な話だから、システム部門と委託先に任せておけばよい。

正しい理解:実際の侵入経路として多いのは、メールの添付ファイル、偽サイトへの入力、持ち込み機器など、現場の人の行動です。技術的な防御をどれだけ固めても、営業店の1人が偽メールに応じれば突破されます。したがってサイバーセキュリティは、事務リスク管理・研修・内部牽制と一体の課題です(→第27巻第Ⅲ部)。技術の問題に見えて、実態は人と手続の問題である ― この認識が出発点です。

16-4. 新しい脅威 ― ランサムウェアと、生成AIが変えたこと

前節で「サイバー攻撃は意図的で、成功するまで繰り返す」と述べました。近年、その攻撃側の条件が大きく変わっています。新任者にとっても、ここは避けて通れません。

①ランサムウェア(身代金要求型ウイルス)

データを暗号化して使えなくし、復旧と引き換えに金銭を要求する攻撃です。近年は二重の脅迫―「復旧したければ払え。払わなければ盗んだデータを公開する」―という形が一般的になっています。

金融機関にとっての要点は、自金庫が直接狙われるとは限らないことです。委託先・関連会社・取引先が侵入口になる例が繰り返し報じられています。第15-3節の外部委託管理と、この脅威は直結しています。

②生成AIが攻撃側にもたらしたもの

生成AIの普及は、攻撃の質と量の両方を変えました。守り手として押さえるべきは、次の点です。

変化 内容 現場で何が起きるか
文面が自然になった かつて偽メールは、不自然な日本語で見分けがつきました 「日本語がおかしいから偽物」という判別法が使えなくなった
一人ひとりに合わせられる 公開情報を集めて、その人向けの文面を大量に作れる 「取引先の担当者名を名乗る、自然な依頼メール」が届く
声や映像を作れる(ディープフェイク) 音声・動画の偽造 電話やWeb会議での本人確認が、それだけでは根拠にならない
攻撃の準備が速く、安くなった 侵入の手口の調査、不正なプログラムの作成の効率化 高度な攻撃が、限られた攻撃者だけのものではなくなる
狙われる範囲が広がる 大手だけを狙う必要がなくなる 小規模な金融機関・その委託先も対象になる

この表の下2行が、信用金庫にとっての本質です。 従来、「うちのような規模の金庫が狙われるはずがない」という感覚が現場にありました。攻撃のコストが下がるということは、割に合わないはずだった相手も割に合うようになるということです。

⭐ポイント⭐:「防御を破る技術ではなく、攻撃の単価が下がったことが脅威である」。

③守る側も生成AIを使う ― ただし、新しいリスクが伴う

異常な取引の検知や、大量のログの分析には、AIの活用が進んでいます。一方、金融機関が自ら生成AIを業務に使う場面では、別のリスクが生じます。顧客情報を外部のサービスに入力してしまうという情報管理の問題、出力された内容の誤りをそのまま使ってしまう問題です。自金庫の生成AI利用に関する規程を必ず確認してください。 これは第15-3節の外部委託管理と同じ構図―便利な外部サービスを使っても、顧客に対する責任は自金庫にある―です。

④当局は、これをどう見ているか

サイバーセキュリティは、当局の監督上、近年もっとも優先度が上がった項目の1つです。姿勢は、おおむね次のように整理できます。

当局の見方 意味
経営課題であって、システム部門の課題ではない 経営陣が関与し、リスクを理解しているかが問われる(→第15-2節)
「侵入される前提」で備えているか 防御一辺倒ではなく、検知・対応・復旧・演習まで見る
規模に応じた、しかし「やらない」は許されない水準 小規模な金融機関でも、態勢の整備は求められる。共同センター任せは説明にならない
委託先・サードパーティまで含めた管理 自金庫の外にある弱点も、自金庫の問題として扱われる
業界横断での演習・情報共有への参加 1金庫では防げないため、業界全体で備えるという発想

金融庁は、金融分野のサイバーセキュリティに関する考え方と対応方針を公表しており、業界横断的な演習や情報共有の枠組みも設けられています。求められる具体的な水準・項目は改定が続いているため、必ず最新の公表資料(監督指針、金融庁のサイバーセキュリティに関する公表資料、FISC の安全対策基準等)と自金庫の規程で確認してください。

💡 ここでつまずきやすい:「対策の水準は、金庫の規模で決めてよい」

誤解:大手行と同じ対策は現実的でないのだから、規模相応にやっていれば足りる。

正しい理解:規模に応じた合理的な水準という考え方自体は正しい前提です。しかし、攻撃側は規模に応じて手加減しません。しかも、信用金庫のシステムは共同センターに集約されているため(→第3章)、1つの弱点が業界全体の問題になりうるという側面もあります。

問われるのは「大手と同じことをやっているか」ではなく、「自金庫の顧客層・システム構成・委託関係を踏まえて、どこに重点を置くと決めたのか。それを誰が判断したのか」です。第11章と同じ論法です。選択の理由が記録に残っているかどうか ― ここが検査・監査の焦点になります。

担当者の心得:営業店・本部の一般職員にとっての実務的な帰結は、次の2つに集約されます。①「本物らしさ」を判断根拠にしない。 メールの日本語が自然でも、電話の声が上司のものでも、手続で定められた経路(登録済みの連絡先へのかけ直し、複数名での確認)を省かない。②おかしいと思ったら、まず報告する。 「自分の勘違いかもしれない」と思って黙る時間が、被害を決めます。第27巻第7章の「報告を評価する」文化は、そのままサイバー対応の初動の速さに直結します。

ここまでの筋(3行)

① システムリスクの本質は自己資本比率への影響ではなく、業務そのものの停止であり、技術の問題が信用の問題に転化する。

② システムを外部に委託していても、顧客に対する責任は自金庫にある。問うべきは「委託先は大丈夫か」ではなく「委託先が止まったとき自金庫は何ができるか」である。

③ BCPは障害を防ぐ計画ではなく、障害の日に読む手順書である。訓練していない手順は実行されない。そして生成AIによって攻撃の単価が下がったいま、「うちの規模は狙われない」という前提は成り立たない。


第Ⅵ部 比較編

17. 地域銀行ならどうか/国際的な位置づけ

17-1. 地域銀行ならどこが変わるか

論点 信用金庫 地域銀行
勘定系の選択 業態の共同システムへの参加が主流。選択肢が実質的に限られる 複数の共同利用型グループ、単独運営、ベンダー提供と選択肢が広い
規模の経済 業態全体で共同化することで確保する 1行の規模でもある程度確保できる。それでも共同化が進んでいる
決済インフラへの接続 業態の中央機関を経由する形も含めて接続 直接の接続が中心
システム人材 採用・育成が難しい。共同センターとベンダーへの依存が大きい 相対的に確保しやすいが、課題である点は同じ
独自サービスの余地 小さい。共同システムの仕様が制約になる 相対的に大きい
更改の意思決定 業界全体の判断に従う部分が大きい 個別行の経営判断の余地が大きい

構造的な含意は明確です。信用金庫は、システムの独自性で差をつけることが難しい業態です。 同じ共同システムを使っている以上、機能はほぼ横並びになります。

だからこそ、差がつくのはシステムそのものではなく、それを使って何をするかです。同じアプリでも、プッシュ通知で満期案内を出す金庫と出さない金庫では、結果が変わります(→第24巻第14章)。同じデータでも、口座振替の本数を分析して施策に使う金庫と使わない金庫では、結果が変わります(→第24巻第12章)。

⭐ポイント⭐:「共同システムは、みんなが同じ道具を持つということ。差がつくのは道具ではなく使い方」。

17-2. 国際的にはどう扱われているか

システムと決済インフラをめぐる国際的な枠組みは、大きく3つに分かれます。ここは信用金庫の実務者にとって「自分に直接は関係しないが、考え方は効いてくる」典型です。

①決済インフラそのものに対する国際基準

金融市場インフラのための原則(PFMI)という国際的な基準があります。資金決済システム、証券決済システム、清算機関などのインフラ運営者が満たすべきガバナンス・リスク管理・決済のファイナリティ・業務継続などの原則を定めたものです。

ここで注目すべきは、規制の対象がインフラであって、参加者ではないという点です。全銀システムや日銀ネットのようなインフラには高い水準が求められますが、そこに接続している個々の信用金庫が直接この基準の適用を受けるわけではありません。信用金庫は、高い基準で運営されているインフラの利用者という立場にあるわけです。これは、業界としての共同化が「安心の外部化」でもあることを意味します ― 同時に、そのインフラが止まったときに何もできない、という裏返しの意味も持ちます(→第4-2節)。

②オペレーショナル・リスクに対する自己資本の賦課

バーゼルⅢの最終化により、オペレーショナル・リスクの計測手法は整理・統一されました。国際的な枠組みでは、業務の規模を表す指標に加えて、その銀行自身の過去の損失実績を資本賦課に反映させる考え方が採られています。「損失を出した銀行ほど、より多くの資本を求められる」という設計です。

国内基準行に適用される算式はこれより簡素です(→第5巻第10章)。具体的な算式と適用時期は必ず最新の告示で確認してください。

なぜ簡素なのか。理由はシリーズ共通の2点です。

  1. 精緻な計測には、長期にわたる損失データの蓄積が必要であり、国内基準行にその態勢を求めるのは負担に比して効果が乏しい。
  2. 国内基準行の業務は国内・地域に限定され、破綻時の国際的な波及も小さいため、簡素で保守的な代替で足りると整理されている。

ただし、適用されないことと無関係であることは違います。国際規制の考え方は、業界標準の"ものさし"として、実務や当局のモニタリングで参照されます。 本巻の文脈では、「損失データを集めて、それを管理に使う」という発想がそれにあたります。事務ミス・システム障害・不正の記録を蓄積し、傾向を分析し、対策の優先順位をつける ― これは資本賦課とは無関係に、そのまま自金庫の管理の質を上げます(→第18巻第3章、第27巻第6章)。

③オペレーショナル・レジリエンス

近年、国際的にも国内でも重視されているのがオペレーショナル・レジリエンスという考え方です。従来のBCPが「障害からいかに早く復旧するか」に重点を置いていたのに対し、レジリエンスは次の順序で考えます。

flowchart TD
    A["①重要な業務を特定する<br/>(顧客と金融システムにとって<br/>止まると困る業務は何か)"] --> B["②どこまでの停止なら<br/>許容できるかを決める<br/>(耐性度の設定)"]
    B --> C["③その業務を支えている<br/>資源をすべて洗い出す<br/>(システム・人・委託先・拠点)"]
    C --> D["④その範囲内に収まるか<br/>検証し、足りなければ手当てする"]
    style A fill:#fde,stroke:#c39

従来のBCPとの違いは、出発点が「システム」ではなく「業務」にあることです。「勘定系が止まったらどうするか」ではなく、「預金の払戻しという業務を止めないために、何を守るか」と考えます。すると、勘定系だけでなく、電力・通信・委託先・人員配置まで含めて視野に入ります。

信用金庫にこの枠組みが直接に義務づけられているわけではありませんが、考え方は規模を問わず有効です。とくに、業務のほとんどを外部委託している信用金庫にとって、「重要業務を支えている資源を洗い出す」という作業は、外部委託管理(→第15-3節)の実効性を高めます。

担当者の心得:自金庫でこの発想を試すなら、まず「3日止まったら本当に困る業務」を3つだけ挙げてみてください。おそらく、預金の払戻し、給与振込・年金の入金、そして手形・でんさいの決済期日の処理あたりが挙がるはずです。その3つを支えている資源を書き出すと、BCPの対象が現実的な大きさになります。すべてを守ろうとする計画は、何も守れません。

ここまでの筋(3行)

① 同じ共同システムを使う以上、信用金庫は機能で差をつけられない。差がつくのは道具ではなく使い方である。

② 国際基準PFMIの対象はインフラであって参加者ではない。信用金庫は高い水準で運営されたインフラの利用者という立場にある。

③ オペレーショナル・リスクの資本賦課は国内基準では簡素だが、損失データを集めて管理に使うという発想と、業務起点で考えるレジリエンスの枠組みは、規模を問わず有効である。


第Ⅶ部 まとめ

18. 実務での留意点

①議論の入口で

  • 「これは費用の話か、止まらないための話か」を最初に切り分ける。判断基準がまったく違う。
  • 「更改」と言われたら、どの層(勘定系・情報系・チャネル系)の話かを確認する。予算の桁が変わる。

②費用を扱うとき

  • 請求明細を費目ごとに3年分並べる。何が固定で、何が口座数・件数に連動しているかを掴む。
  • 階段状の料金体系では、区分をまたがない限り削減効果はゼロである。
  • 更改の山は数年に一度来る。会計上の扱いを経理部門と事前に擦り合わせる。
  • 「デジタル化による削減効果」は、変動費部分と意思決定を要する固定費部分に分けて示す。

③チャネルを扱うとき

  • ATM利用手数料(顧客が払う)と代行手数料(金融機関どうしが払う)を区別する。「無料」は金庫の持ち出しである。
  • ATMの撤去候補は、自金庫の利用件数ではなく他金融機関の利用件数を見る。
  • アプリの指標はダウンロード数ではなく起動頻度と取引件数で見る。
  • デジタル化しても窓口の仕事はなくならない。件数は減り、1件あたりの難易度は上がる。

④決済を扱うとき

  • 振込は情報が先に届き、資金は後から日銀当座預金で決済される。その間、参加者間に信用リスクがある。
  • 24時間決済は利便性であると同時に、預金流出の高速化でもある。流動性リスクの前提が変わっている。
  • 新しい決済手段への参加は「収益が出るか」ではなく「参加しなかったら何を失うか」で判断する。

⑤リスクを扱うとき

  • 委託しても責任は委託できない。問いは「委託先は大丈夫か」ではなく「止まったとき自金庫は何ができるか」。
  • 委託先からの報告書を誰が読んで何を確認したかの記録を残す。
  • BCPは訓練して初めて機能する。訓練報告に問題点が1つもないなら、その訓練は形骸化している。
  • サイバーセキュリティの実質は、技術ではなく人と手続の問題である。

担当者の心得(本巻の総括):システムと決済インフラは、地域金融機関にとって「自分では作れないが、なければ業務そのものが成り立たないもの」です。だから議論はどうしても受け身になります。しかし本巻で見たとおり、判断の余地は確かに存在します。どの費目を削るか、どのチャネルに投資するか、どの新しい仕組みに参加するか、何を最優先で復旧するか。受け身の領域だからこそ、判断した記録が経営の質を分けます。

19. つまずきやすいポイント総まとめ

用語・概念 章 一言で言うと
システム関係費の性質 1 ほぼ固定費・長期拘束・代替困難。業務量が減っても減らない
3層(勘定系・情報系・チャネル系) 2 顧客が見ているのはチャネル系だけ、費用の大半は勘定系
「更改」の規模 2 層によって数か月から数年まで違う。まず層を確認する
共同センター 3 費用と制度対応を分担する仕組み。独自性・スピード・交渉力を失う
委託と責任 3・15 システムは委託できるが、説明責任は委託できない
共同化とリスクの集中 3 各金庫のリスクは下がるが、業界としては1点集中になる
内国為替と全銀システム 4 動いているのは情報。金融機関間の資金は後から決済される
モアタイム 4-1 24時間振込は、預金流出の24時間化でもある
日銀ネットとファイナリティ 5 最終的な決済は日銀当座預金の振替で完了する
時点ネット決済とRTGS 5 信用リスクと日中流動性コストのトレードオフ。大口はRTGS
ことら送金 6 個人間・少額(1回10万円以下)、携帯番号等で宛先指定、金融機関間コストが低い
ATM利用手数料と代行手数料 7-1 前者は顧客が払い、後者は金融機関どうしが払う。「無料」は持ち出し
ATMの費用構造 7-2・14 固定費を件数で割る。件数減少が1件あたり単価を直撃する
電子決済等代行業者 8-1 銀行法上の登録制。オープンAPIで安全に接続する枠組み
資金移動業者と銀行 8-1 資金移動業者は預金と貸出ができず、預金保険の対象外。期間変換をしていない
IBとアプリの違い 9 IBの競争相手は他行、アプリの競争相手はスマホの画面全体
デジタル化と窓口 9 件数は減るが1件あたりの難易度は上がる。人は余らない
チャネルシフトの削減効果 10 生まれるのは「余地」。箱と人を減らして初めて費用になる
預金者保護法とIB不正送金 11-1 同法の直接の対象は偽造・盗難カードによるATM払戻し。IBは別の枠組み
階段状の料金体系 12・13 区分をまたがない限り、口座を減らしても1円も減らない
口座数削減の効果 13 口座を6分の1減らしても、システム費は3.3%しか減らない(設例)
OHRの分母 13 経費を減らしても、業務粗利益が減れば改善は吹き飛ぶ
ATM撤去の損得 14 顧客手数料をどうするかとセットでしか決まらない。撤去して悪化する場合もある
システムリスクの本質 15-1 自己資本比率への影響ではなく、業務そのものの停止
でんさいは記録のレイヤー 4-3 新しい資金決済網ではなく、既存の決済経路の上に載った記録の仕組み
「手形が減るのはうちに無関係」 4-3 手形帳発行・取立手数料・割引という収益が消える話でもある
外部委託管理 15-3 問いは「委託先は大丈夫か」ではなく「止まったとき自金庫は何ができるか」
BCP・コンティンジェンシープラン 16 障害を防ぐ計画ではなく、障害の日に読む手順書
サイバーセキュリティ 16-3 侵入経路の多くは人の行動。技術の問題に見えて人と手続の問題
PFMI 17-2 対象はインフラであって参加者ではない
オペレーショナル・レジリエンス 17-2 出発点が「システム」ではなく「重要業務」

まとめとセルフチェック

○×で答えてください。

  1. システム関係費は業務量に応じて増減する変動費であり、口座数が1割減れば費用も約1割減る。
  2. 勘定系・情報系・チャネル系のうち、顧客が直接に評価しているのはチャネル系である。
  3. 共同センターに勘定系を委託していれば、障害が起きたときの顧客への説明責任も委託先が負う。
  4. 振込の電文が全銀システムを通って相手先に届いた時点で、金融機関どうしの資金の受払いも完了している。
  5. 内国為替のうち金額の大きい取引は、時点ネット決済ではなくRTGSで決済される。
  6. RTGSは信用リスクが残らないので、すべての振込をRTGSにするのが望ましい。
  7. モアタイムシステムにより24時間の振込が可能になったことは、流動性リスク管理の前提にも影響する。
  8. ことら送金は法人間の大口送金を安く行うための仕組みである。
  9. 顧客が提携ATMを手数料無料で利用した場合、自金庫にはコストが発生しない。
  10. ATMを撤去すれば、必ずコストは減る。
  11. 資金移動業者に預けた資金は、預金保険によって保護される。
  12. インターネットバンキングによる不正送金は、預金者保護法が直接の対象としている。
  13. 未稼働口座を削減すると、取引件数に連動するシステム費用も同じ割合で減る。
  14. OHRは経費を減らせば必ず改善する。
  15. PFMI(金融市場インフラのための原則)は、決済システムに参加する個々の信用金庫に直接適用される。
  16. オペレーショナル・レジリエンスは、システムを起点にではなく重要業務を起点に考える枠組みである。
  17. でんさいネットは、既存の決済インフラとは独立した独自の資金決済網を持っている。

解答

問 答 ひとこと
1 × 大半が固定費・準固定費。設例では口座1/6削減でシステム費3.3%減(第13章)
2 ○ 費用の大半は勘定系にかかるのに、顧客はそこを見ていない(第2章)
3 × 契約の当事者は自金庫。委託できるのは作業であって責任ではない(第3章・第15-3節)
4 × 動いているのは情報。資金は後から日銀当座預金で決済される(第4章)
5 ○ 信用リスクの大きい大口をRTGS化した(第5章)
6 × RTGSには日中流動性のコストがかかる。トレードオフである(第5章)
7 ○ 夜間・休日にも資金が動くということは、流出もしうるということ(第4-1節)
8 × 個人間・少額(1回10万円以下)の送金のための仕組み(第6章)
9 × 顧客が払っていないだけで、金庫が代行手数料を払っている(第7-1節)
10 × 顧客手数料の扱い次第で悪化しうる。設例の案B(第14章)
11 × 資金移動業者は預金保険の対象外。供託等で保全される(第8-1節)
12 × 同法の直接の対象は偽造・盗難カードによるATM払戻し(第11-1節)
13 × 未稼働口座はもともと取引がない。減るのは口座数連動費だけ(第13章)
14 × 分母の業務粗利益が減れば改善は打ち消される(第13章)
15 × 対象はインフラ運営者。参加者である信金に直接適用はない(第17-2節)
16 ○ 「勘定系が止まったら」ではなく「払戻しを止めないために何を守るか」(第17-2節)
17 × 担うのは記録と支払期日の指図。資金は内国為替・日銀ネットの経路で決済される(第4-3節)

用語集

用語 意味
ランサムウェア データを暗号化して使用不能にし、復旧や非公開と引き換えに金銭を要求する攻撃。近年は「二重の脅迫」の形が一般的
ディープフェイク 生成AI等により作られた偽の音声・映像。電話やWeb会議での本人確認を根拠として使えなくする
勘定系システム 預金・為替・融資の残高と取引を記録する、銀行業の元帳にあたるシステム
情報系システム 蓄積されたデータを経営管理・顧客管理・当局報告に用いるためのシステム
チャネル系システム 窓口端末、ATM、インターネットバンキング、スマホアプリなど顧客との接点
共同センター 複数の金融機関が1つのシステムを共同利用し、費用と開発を分担する仕組み
マイグレーション 勘定系システムの移行。金融機関にとって最大級のプロジェクトになる
内国為替 国内の金融機関どうしの資金のやりとり。振込・送金の仕組み
全銀システム(全国銀行データ通信システム) 内国為替の電文をやりとりする仕組み。全国銀行資金決済ネットワーク(全銀ネット)が運営
モアタイムシステム 従来の稼働時間外にも他行あて振込を即時処理できるようにした仕組み(2018年稼働)
電子交換所 手形・小切手の交換を、現物の搬送によらずイメージデータで行う仕組み(2022年移行)
電子記録債権 電子債権記録機関の記録原簿への電子記録により発生・譲渡する金銭債権
でんさいネット 全国銀行協会系の電子債権記録機関(株式会社全銀電子債権ネットワーク)
でんさい割引 電子記録債権を支払期日前に買い取る与信取引。手形割引の電子版(→第20巻第7章7-2)
日銀ネット 日本銀行金融ネットワークシステム。日銀当座預金と国債の決済を行う
ファイナリティ 決済が最終的・無条件に完了すること。日銀当座預金の振替がこれにあたる
時点ネット決済 一定時点までの取引を差引計算し、差額だけを決済する方式
RTGS(即時グロス決済) 1件ごとに、その都度、総額で決済する方式
日中流動性 決済を行うために日中に必要となる資金。RTGSではこの負担が大きくなる
ことら送金 個人間・少額(1回10万円以下)の送金のための仕組み(2022年開始)
銀行間手数料 振込において仕向金融機関が被仕向金融機関に支払う手数料
代行手数料 ATM相互利用において、カード発行金融機関がATM設置金融機関に支払う手数料
統合的なATMネットワーク 業態をまたぐATM相互利用を可能にする接続の仕組み
デビットカード 決済と同時に預金口座から引き落とされるカード。与信を伴わない
電子決済等代行業者 顧客の同意のもとで口座情報の参照や振込指図を行う事業者。銀行法上の登録制
オープンAPI 外部事業者が安全に金融機関のシステムに接続できるようにする仕組み
資金移動業者 資金決済法に基づく送金業者。預金の受入れと貸出はできず、預金保険の対象外
システムリスク システムのダウン・誤作動・不正使用等により金融機関が損失を被るリスク
FISC安全対策基準 金融情報システムセンターが定める、金融機関等のシステムの安全対策の基準
外部委託管理 業務を外部に委託する際の、選定・契約・モニタリング・再委託管理等の態勢
BCP(業務継続計画) 災害・障害等が発生しても重要業務を継続・早期復旧するための計画
コンティンジェンシープラン 危機発生時の具体的な対応手順を定めた計画。資金繰り版はCFP(→第2巻)
オペレーショナル・レジリエンス 重要業務を起点に、許容できる停止の限度を定め、それを支える資源を洗い出す枠組み
PFMI(金融市場インフラのための原則) 決済システム等のインフラ運営者が満たすべき国際的な原則
オペレーショナル・リスク相当額 事務・システム・不正等に起因するリスクとして自己資本比率の分母に加える額(→第5巻第10章)

参考文献・出典

制度・インフラは変更が頻繁です。実務では必ず最新版を参照してください。

  • 銀行法、信用金庫法、資金決済に関する法律(資金決済法)およびその関係政省令
  • 金融庁「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」(システムリスク管理態勢、外部委託、業務継続体制、サイバーセキュリティに関する箇所)
  • 金融庁「金融分野におけるサイバーセキュリティに関する取組方針」、オペレーショナル・レジリエンスに関する公表資料
  • 金融情報システムセンター(FISC)「金融機関等コンピュータシステムの安全対策基準・解説書」
  • 日本銀行「決済システムレポート」「日銀ネットに関する公表資料」「わが国の資金決済システムの概要」
  • 全国銀行資金決済ネットワーク(全銀ネット)の公表資料(全銀システムの仕組み、モアタイムシステム、システム障害に関する報告)
  • 株式会社ことらの公表資料(ことら送金の仕組み・参加金融機関)
  • 電子記録債権法、株式会社全銀電子債権ネットワーク(でんさいネット)の業務規程・公表資料
  • 全国銀行協会・電子交換所および関係省庁による手形・小切手機能の電子化に関する公表資料(取組みの現状は最新資料で確認する)
  • CPMI-IOSCO「金融市場インフラのための原則(PFMI)」
  • バーゼル銀行監督委員会「オペレーショナル・リスクに関する基準」「オペレーショナル・レジリエンスのための原則」
  • 自金庫の共同センター利用契約、システムリスク管理規程、業務継続計画・コンティンジェンシープラン

注記:本文中の設例に用いた数値(チャネル別の1取引あたりコスト、システム関連経費の内訳、ATMの維持コストと取引件数、代行手数料の単価など)は、すべて説明のために単純化した仮の数値です。実際の水準は金庫ごと・契約ごとに大きく異なります。自金庫の請求明細と原価計算のデータで必ず置き換えてください。制度の細部(決済の時刻、金額の閾値、参加状況)は変更されうるため、原典で確認してください。


本テキストは制度理解のための教育用資料です。個別の処理・判断は、個別事情や最新の法令・会計基準・監督指針により異なります。実際の処理・判断にあたっては、自金庫の経理/財務/リスク管理部門および監査法人・税理士・当局公表資料で必ずご確認ください。

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